約束  番外編(白馬編)


「白馬ー」

黒羽君が昨日からうるさい。

何故だろう?

何の用もないのに近寄ってきてはくだらない事をぺちゃくちゃ喋っていく。

何か言いたいのか?





「・・でよーそん時青子が―――――って聞いてんのか?」

こんとこぶしで額をこづかれた。

乱暴な人だ。

「聞いてますよ。」

一応。聞いても聞かなくてもいいような内容のせいか身が入らない。

もっとこう・・・世界状勢についてとか、ああ、怪盗KIDの事についてでもいい彼らしい引き込まれるような話をして欲しい。





なんでだろう?

本当に突然昨日からなんだ。

つまらない話に適当に相づちを打ちながら僕はずっと考えていた。

「なあ白馬。」

いきなりトーンの変わった声音に僕はハッと黒羽君の顔を見上げた。

僕の前の席を陣取りイスに逆向きにすわる彼は数瞬迷った風な雰囲気を見せたが、すぐにいつもの笑顔に戻った。

「いやっ何でもねー。」

「黒羽君?」




さっきのあの瞳が忘れられない。

とてもいろんな感情がまじっていた。

なんであんな目を見せるんだろう。

いつものようにポーカーフェイスで常に己を武装していればいいのに。

気になって仕方ないじゃないか。




「中森さん。ちょっといいですか?」

結局僕は昼休み中森さんに尋ねる事にした。

幼なじみだし何か知っているかもしれない。

人に聞く前に限界まで自分の力で考える僕にしては珍しく早めに諦めたと思う。

「なあに?白馬君?」

不思議そうに問い返す可愛らしい女の子。

彼の幼なじみで彼をおいかける刑事さんの娘さん。

どれだけ彼は世間を欺けば気がすむのだろうか?

よく飄々とこの少女と話しが出来るなといつも思う。




ちょっと・・と言葉をにごして屋上にひっぱって行くと中森さんは見当違いな事を述べた。



「紅子ちゃんに愛の告白したいならまず快斗を倒さなきゃだめよっ。」



「・・・・・・・

・・・・・・

・・・・は?」




人差し指をつきつけられ僕はあまりの事にとんでもなく間抜けな声をあげてしまった。

「あれ?違うの?」

「ええ・・どこからそういう発想が・・・。」

クラクラする頭をおさえ、あはははと乾いた笑いが出た。

先ほどまでのせっぱつまった気分がなにやら風船のようにしぼんでしまったようだ。

彼女のこんな所がきっとあの黒羽君と付き合っていけるゆえんのなのかもしれない。




「それじゃあなあに?」

「えーっとその・・黒羽君のことで。彼最近何かありましたか?」

「何か?」

僕が黒羽君の事を聞くのがおかしいのか目をまん丸くさせる彼女にずばり直球で尋ねてみた。

きっと彼女に遠回しで聞いたって意味が伝わるまでに疲れきってしまうだろうから。

「何かーー。?あったかなあ?え?なんで?」

「なんでって。黒羽君最近・・というか昨日くらいからおかしいじゃないですか。」

「えー?いつもと同じだよー。」

ケロリと答える中森さんに僕のほうがビックリする。

だってあんなに変な態度じゃないか。

それとも・・・もしかして中森さんにすらポーカーフェイスを?

だったら何で僕にはあんな目を見せたのだろう?





僕に気を許している?

それとも・・・彼女が鈍くて気づいてないだけ・・とか?(あまりにありえそうな話ですね。)

あともう一つとってもありえる理由もある。

「そうですか?それじゃあ僕の気のせいかもしれませんね。こんな所まで引っ張って来てしまってすみませんでした。」

とりあえずごまかしておく。

もう一つの可能性。この少女には今の自分の状態を知られたくない・・・そんな男心かもしれない。

そうかもしれない。

彼は意地っ張りだから。プライド高いし。

弱み見せるの嫌いだし。

なんか猫見たいな人。





そんな彼がライバルであるはずの僕にあんな目を見せた。それってどういう事だろう?

中森さんの去った屋上で僕は一人フェンスに寄りかかって空を見上げていた。

暑い空気に吹く柔らかい風が心地よい。

「白馬君。あまり彼に関わらないほうがいいかもしれないわ。」

突然背後から声が聞こえた。

僕もこれでも探偵やってる身だから一応気配とかには敏感なほうだ。

でもまったく感じなかった。

「小泉さん。」

校内一の美人と皆が噂するだけあって彼女はとても綺麗だった。

柔らかな風にサラサラの黒髪をなびかせスラリと立つ。

潔よいまっすぐな視線。

その真剣な瞳にはなにか常人を気圧すものがある。

それがまた彼女の美しさを際だたせているのかもしれない。




ただ謎の多い人ではある。

たとえばこんな時に。

「今回は彼に関わらないで。彼のあの瞳の意味を探らないでいたほうがいいわ。あなたが傷つくから。」

全てわかっているような言葉。

黒羽君は占いといっていた。

「それは占いですか?」

「いいえ私の感よ。」

女性の感はバカにできない。ここまで言い切るからには自信もあるのだろう。

「小泉さんはご存じなのですか?黒羽君が何を抱えているのか?」

「ある程度は。」

泣き出しそうな笑みでそんな返事を返されてしまった。

「聞いても僕では手助け出来ないような内容なのですか?」

「・・・・出来るかもしれないわ。でもしない方があなたのため。」

出来るのにするな・・。それは危険だから?

それとも犯罪に関わる事だから?

KID関連で手助けするのは不可能に近い。それは自分も犯罪に手を染める事を意味するから。




「あなたは手助けしているのですか?」

「したかったけど断られたわ。」

悲しそうな笑みは消えない。

「危険・・だから?」

「ええ・・きっと。それに犯罪にも関わってくるからかもしれないわ。」

どちらもか。それなら確かに僕にはどうすることも出来ない。

「でも彼なら簡単に成し遂げてしまうのではないですか?いつものように。」

暗に怪盗KIDの事を指し示してみる。きっと彼女は知っているそんな気がしたから。






「―――――だといいわね。」

望みがないような口調に僕は眉をよせた。

「これ以上は私も話せないわ。ごめんなさい。意味深な事だけ言っておいて。」


頭を下げられ僕は困ってしまう。

知りたい。でも知ったら引き返せないのかもしれない。

彼があんな瞳をする理由がまったく思いつかない自分がはがゆい。

いろいろ調べたから黒羽快斗という人物像はある程度つかんでいる。

でも・・・・彼の考え方はさっぱりつかめない。

何を考えてどう答えをだすのか。

IQ400と噂されるあの頭脳は伊達ではないといつも思わされる。

そんな彼が悩む程の事態なら僕には手も足もでないのかもしれない。

悔しいけどそれが事実だ。






「私が・・・男だったらよかったのに。」

そしたらもっと手助け出来ることはあった筈。

とうつむきながら小さくつぶやく小泉さんに僕は驚いた。

彼女がこんなに弱々しい声を出すなんて。

いつもきっぱりはっきり竹を割るような声で話す人だ。

時々遠回しになにか黒羽君をからかうように話す時もあるけれどそれでもこんな情けない声は出したことがない。




「それは違いますよ小泉さん。」

「え?」

「男なんて何にもできない者です。女性というのは女性であるだけで偉大なのですよ。ただそこに居るという存在自体ですら価値があるのですから。」

「あら?面白い事いうのね。」

「だから男はなにかを成さねばならない。女性に追いつくために。女性と対等に接するために。」

常々僕は思う。女性というのは素晴らしい生き物だと。

男は女性の足下にもおよばない存在だと。

いつも黒羽君に「女に甘い」とか「レディファーストって楽しいかー?」とか「お前は女ってもんに夢を見すぎてる。」とかぼろくそに言われるけれど、僕と彼との考え方が根本的に違うのだから仕方ない。

レディーファーストというのは僕の女性への尊敬が形になって現れただけのもの。

義務としてしているのではなく、自然にそうするべきだと思うものだ。







「だから彼は私に弱い所を見せてくれないのかしら?」

彼女の独り言に僕は反応する。

てっきり先ほどの言葉で小泉さんにもあのなんとも言えない瞳を見せたのだろうと思っていたのに。

「あなたにすら彼はあの仮面をはずさないのですか?」

「ええ。あなたと居るときだけよあんな瞳をするのも、あんな対応をするのも。・・・それに―――――」


その言葉に僕は嬉しくなる。

僕にだけ。

ポーカーフェイスをはずす。

素顔を見せてくれている。





「それに?」

「私は断られたのにあなたの事は巻き込もうか迷っていたわ。」

「・・・・え?」

「それだけあなたは信頼されていると言うことよね。私なんかよりずっと。」

「僕は敵・・・なのに?」

「ええ。」

「ライバルで・・いつも彼を追いつめて・・・困らせているのに?」

「そうよ。」

信頼されている。

さっきまで単純な優越感に浸っていたけれどこの言葉は何か泣きたいような気分を僕にくれた。

まさか彼が僕の事を信じてくれているなんて。

いつも彼に及ばなくて自分のふがいなさを実感している・・・・そんな僕を信じてくれている。

ライバルと思ってくれている。

視界に入れてくれている。






・・でも彼は僕を巻き込むのを止めたのかもしれない。

さっき言いかけたのはこのことか・・・。

危険なだけならきっと迷いなく手伝うと思う。

ライバルであり、友人である彼の為に。

でも・・・犯罪となると・・・僕だけでなく父にも関わってくるからそう簡単には巻き込まれるわけにはいかない。





「小泉さん。僕はいつも通りの対応をしておくべきなんですよね?」

「ええ。出来ればそうして欲しいわ。」

彼のためにもあなたのためにも。

そう言われてしまったら自分の行動が制限されてしまう。

場合によっては関わってもいいと思っていた。父に迷惑を掛けてでも。

でも彼に・・黒羽君にまで迷惑を掛けてしまうようならば行動にうつせない。





結局僕は何も出来なかった。

少し反応の違う黒羽君に「どうしたんですか?」

と聞いてやることも。

いつもの対応ですら出来なかったかもしれない。

ただ。眺めていただけだ。

僕には何が出来るのだろうか。

ライバルとして・・友人として何か・・・

ただの一クラスメートとしてしか対応できないのだろうか?

どうして僕は・・・。

自分が情けない。






その3日後彼は消えた。



その前日の事を思い出す。

いつもの通り学校に来て、いつもの通り少し変わった反応を返して、

それに僕も少しぎこちない対応をしていた。

HRが終わったと同時に鞄を抱え、教室を飛び出そうとした彼は、

ちょっと振り返り

「白馬じゃあな。」

といつもの笑顔で笑っていた。

だから僕も軽く笑い

「ええ。また明日。」

と返した。

その時の彼の表情を見落としたのは僕が一番後悔している事だ。

きっと泣きそうな笑みをしていたと思う。

「ああ、また・・な。」

その『また』にどれだけの思いがこめられていたのかその時の僕に知る由もなかった。




その次の日から彼は学校へ来なかった。

それどころか家にもいない。

安否も解らない状態だ。

ご家族の方も黒羽君がどこへ行ったのか知らないという。

いつ戻ってくるのかも。

ただ・・ただ。


『大切な人の為に闘ってきます。』


そんな置き手紙をおいて。



僕は絶対しないと決めていた後悔をした。




そしてもう一人。



風のたよりで聞いた噂。

江戸川コナンという小さな少年もこの街を去ったということを。

同じ日に消えた2人。

コナン君はご両親に連れられて行ったのだから関係はないのかもしれない。

でも・・・・。

あの2人は一緒にいる。

そんな気がした。









そしてそれから1月ほどたったある日彼はたった一人で戻ってきた。


僕の予想した通りの2人ではなく。ただ一人で。



その目はまるで死んだ魚の目のように濁り、明るさのかけらもない。

あの元気な中森さんですら声を掛けるのにためらうような。

元の彼を知っている人達は眉をひそめ彼を見守っていた。




でも僕は知っている。




小泉さんの占いで『彼は一年後には笑顔を取り戻している』ということを。

彼は彼の大切な物とともに感情を取り戻すということを。




その日を僕は待ちわびている。



また君の笑顔を見せて。



君の明るい声を聞かせて。



身体から溢れるような元気を取り戻して。





今度は僕も手伝うから。

どんな事だって手伝うから。





もう後悔はしたくない。
君の為に手だって汚そう。
君の笑顔を取り戻すために。


あとがき。

えーっとこれは番外編です。
先に出してすみません。
実はこれに基づく話を書いてる最中なのですが、思い立ってたかたか打ったらちらが先に完成してしまいました(笑)
そして意味深でいいかも・・と思い先にアップ。
「約束」という話がそのうちアップされるはずなのでそれと照らし合わせてああ・・なるほどと思って欲しいです。
そちらはまだ掛かりそうなのでお待ちください。

2001.10.16