工藤新一という男2



工藤新一という男はたぐいまれなる鈍感体質である。
それは前回の件で三人ともじゅうっっぶん身にしみて解っている(特にH氏)。
そして今回は以前鈍感よりささやかと称した「事件体質」についての話をしてみようと思う。





彼は自他共に認める立派な「事件引き寄せ体質」である。
どこかへ出掛ければ事件に出くわす、犬が棒に当たるより数十倍高いその確率に
「もしや君が事件をひき起こしているのでは?」
と周囲の人が思わず疑ってしまうほどの強力な体質であった。



もちろん「体質」というからには本人に治しようもないことなので、人々に文句を言われようともお出かけをやめたりはしない。
元々あまり出歩かない新一だが、最近はK氏やらH氏やらの影響かたまにフラリと遠くに出掛けたくなるらしい。
それが良いことか悪いことか(健康にはいいが世の中には悪い)





もちろんその先々で事件が起こるのは当然のこと。いっそ新一に刑事さんくっついて置きなさいと忠告したいほどなのだからこのたびももちろん事件はおきた。


「あーあ。俺本買いに来ただけなのにな」

不服気に声をあげる新一をよそに馴染みの刑事さん達は心の中でそっと「頼むから外へ出掛けないで下さい」とか思っていたりした。

今回はちょっとした出来心(?)で遠くの本屋まで足をのばした新一氏。
電車に5駅ほどのってその後約10分ぐらい歩くとある古い一軒の本屋。
どこからどう見てもボロい店だが、品揃えは確かな上、気むずかしい本屋の店主と意気投合して以来新一は気が向いた時に来るようになっていた。

今日も今日とて穏やかに挨拶を交わし新刊情報など尋ねていたのだ。

事件が起こるべくしておきたのか、新一がその場にいたから事件というものが発生したのか、それは世の謎である。簡単に言えば強盗が押し入った。
こんな古いある意味お金なんてなさそうな本屋へだ。
やはりこれは新一が事件を引き寄せたのではと疑ってしまう事態である。

いなければ事件が起こらなかったかもしれない・・・そう思うと協力して貰っておきながらも警察としては「また君が現場にいるのか」と渋い顔を見せてしまう。
だが、ここに新一がいたから事件が解決したというのもこれまた皮肉な事に事実であった。



新一自身も毎度毎度周囲の人たちに疲れたような顔をされるのは嫌である。
だが、事件はかってに向こうからやってくるのだから仕方がない。




こうやって事件を引き寄せては自分で解決する。意味のあるような無いような行為はただ自分だけでなく周囲までも不幸にしてしまう困った「体質」なのであった。


特にその被害にあっているのは彼の身近にいる存在であり、なおかつ簡単に手を貸してしまえる位置にいる一人の男であった。
目を離すとなにに巻きこれるか解らない新一を逐一影からガード(ようするにストーキング)している同盟の皆様。
家にいるときはA氏が一歩外に出るとK氏がその役目を引き受け、唯一大阪にいるためその任につけないH氏は出来うる限りの情報を電話で新一から引き出し二人に教えていた。

『明日あの本屋いくつもりやで。』
「なにっっまた遠出するつもりなのかっ」
「仕方ないわね。頼んだわよ。」
「らじゃっ」

常日頃こんな会話が三人の間で繰り広げられていた。
彼らの会話は新一なしでは成り立たないのかもしれない。




そして困った彼は相変わらず有り余るほどの「鈍感」を発揮して、事件が起きたその原因を特に考えもしないのだ。
「事件体質」は自分も知っているはずなのだが、それに対して特に本人気にしていない。
「俺がいるときでよかったな。」
はたまた
「また事件かよ。東京は事件多すぎだぜ。」とかつぶやくのだ。

あげくに
「早く帰りてー。予定つぶれた」と警察に文句をいう。
愚痴りたいのはこっちの方だと警察関係者は口をそろえて証言している。

だが新一に面と向かっていえないのは、彼が犯人を捕らえた協力者であることと、彼の体質は彼のせいではないこと、そして彼の美しい瞳を見つめてしまってはもう何も言葉がでないから・・であろう。
便利な顔である。



「手におえねー。」
本人自覚ないままにあの顔で人生をお得に渡ってきたのであろう新一にK氏は頭をうなだれた。
なにせ自分から犯人に向かっていったり挑発したりそんな無謀な事をヘロリとやってのけるのだこの人物は。お前じっとしてろよっ。
後でハラハラと見守っているK氏はそうつっこみたい。
言えばきっと

「今までなんとかなった」


とかあっさりと答えてくださるのだろう。
だが「なんとかなった」のは誰のおかげだと思っているのだろうか。
ただの悪運だと考えているのか、それとも自力でなんとかしてきたと思っているのか。
そりゃ確かに一般人より自力でできる量は多い。
だが自分からあえて危険につっこんでいくのではいくら明晰な頭脳と素晴らしい運動神経を持っていても回避できない危機というものに出逢うのは当然必至。

絶対絶命のピンチに彼らが幾度影から援護したやら。

きっと本人は気付いていないのだろう。影で同盟の三人が手を回していることを。
気付いて欲しいが、もし気付かれたら間違いなく激怒するに違いない新一にK氏は深いため息をつく。
いいんだけどね、どうせ無料奉仕さ・・・。
感謝なんて期待していないさ。
たんなる俺達の趣味だからね新一の手助けは。


ようするに新一の無謀な行為はこの三人の過保護による危機管理の低下が原因ということであろう。
しかしこの頭脳明晰な三人もそれに気付いていながらも、どうしても可愛い子を旅に出すことは出来ない。危険が迫っていたらいけないと思っても手をだしてしまう。
なんとも悪循環である。


でも時々やっぱり悲しくなる時があるのだ。
わざわざ表へ出て「俺が助けたのよーん」と言いふらしたくなるようなそんな時が。
だがしかしこちらはただ「ありがとう」と笑顔でいって欲しいだけなのに(あわよくばお礼にデートの一つもして欲しいものだが)相手はそれを余計なお世話としか思ってくれない。




今回も新一はあやうく強盗犯に刺されるところだった。
新一の辛辣な言葉に逆上した犯人が襲いかかったのだ。
突然の事態に瞬間対応できなかった新一を救ったのは道ばたに転がっている小さな石ころだった。


どこからともなく飛んできた石に手をうたれ、男はナイフを取り落とした。
それを即座に遠くへ蹴り飛ばし、とばされたナイフに気をとられる犯人に回し蹴りを放ち右手をつかみひねりあげる。
そして本屋のへんくつ親父に持って来させたロープでぐるぐる巻きにして手をはたくとようやくホッとした表情を見せた。
それは実に鮮やかな動きで回りにいた人たちが思わず新一に拍手をする。
それに苦笑しつつナイフをとばした物体を彼は探し出した。



影からガード隊の名に恥じない素晴らしいガードっぷりを見せたK氏は本屋の中にあり得ないはずのビー玉ぐらい大きさの石を新一が拾い怪訝な瞳を自分が潜んでいる電柱に向けられどきどきした。
さすが新一。あんな状況でも石が飛んできた方向はしっかりチェックしていたらしい。


しかし新一はかるく鼻で笑うと石をポケットにしまい込み警察に電話をした。
そしてその事はすっかり忘れたかのように警察の事情聴取に唇をとがらせて「早くかえりてーー」と不服をとなえようやく解放されたのがすでに夕方の5時。
家を出てからやく7時間後のできごとだった。
お昼も食べていない。
「腹減ったぁぁぁ。」
ちくしょーー飯くらい食わせろーー。
そう思いつつもさすがにそこまで言い出せず初めて飢えという気持ちを感じた新一。
あの変態怪盗がお腹空いた空いたいうのはこういう時なのか。
そりゃイライラもするよな。
ようやく理解できた気持ちに納得する。

なんでもいいから食うか。
そう考え手近な喫茶店に入ろうとしたその瞬間。
突然背後を振り返ると


「出てこいよ。パフェぐらいなら奢るぜ」
完璧な尾行をしていた変態怪盗に話しかけてきた。
もしや石の存在なんかすっかり忘れられているのでは・・と思っていたK氏は感涙しながら隠れていた角から躍り出た。

それに新一が機嫌よさそうに手招きをして呼び寄せるとK氏は迷わず駆け寄る。


「本当っ新ちゃんっ」
「まあな。お礼な。」
にこやかにそう言うと新一は目の前の喫茶店に案内した。
「なんで俺だって解ったんだ?」
「ん?まあ感かな?」

実は背後に隠れている事は解っていた物のいままでそれが誰かは気付いていなかった新一。
多分H氏かK氏のどちらかだろうと見当はつけていたため新一はとりあえず名を呼ばずに声を掛けたのだ。
パフェの言葉に自分だとバレていると思ったため、それにK氏は気付いていなかった。
だからこそあっさりと新一の前に顔をみせたのだから。

K氏は初めて自分の行為が報われたこの事実に嬉しいような怖いような複雑な気分を味わいつつも、大切な新一と一緒になにかを食べれる(しかも奢ってもらって)その幸せを十分にかみしめることにした。

「お前ここの喫茶店入ったことないよな?」
「あ。うん。なんで?」
新一の確認するような言葉に引っかかりを覚えK氏は片方の眉を器用にあげた。
「いや。一応な。」
意味深な笑みを残し新一はメニューを開く。
それに背筋が冷えるものを感じつつもどんな事態が起こっても対処出来るようにK氏は身構えた。
「このパフェがおすすめらしいぜ。お前これでいいか?」
奢ってもらう立場のため「なんでもいい」とK氏が言うとバラの花のようなあでやかな笑みで新一はうなづいた。それは慣れているはずのK氏ですらみとれるほどの美しい笑みであった。
もし今「俺こっちがいいな」とか言ったらこの笑みは見れなかったであろう。




「すみません。」
軽く右手をあげ優雅なしぐさでウエイトレスを呼ぶ新一。
それに我先にと近づいてくるウエイトレス数名のうち勝利した一人が頬を赤く染め注文をとる。
「これと・・・これを。あとこのパフェを。以上で。」
メニューを指さし一つずつ言うたびウエイトレスと目を会わせる新一。
本人は単にちゃんと理解したか確認しているだけのつもりだが、相手にとっては悩殺の瞳もいいころ。
朦朧としつつもなんとか注文を復唱し終え、ふらふらしながら厨房へと戻っていく。
「凶悪・・・」
「なにがだ?」
もちろんそれに気付いているはずもない新一はキョトンとした顔で尋ねる。

「いいんだけどね。」
べつにさ・・口の中でもごもごとそれだけ言う。自分の魅力に気付いていないところもまた新一の魅力の一つだしね。



そして数分後。
K氏は新一のにこやかな笑みの訳をようやく悟った。
わざわざこの店に以前来たか尋ねた訳も。
このパフェを頼んだわけも。

「しん・・・いち・・・・これ・・」
「ん?どうした?」
解っていながら尋ねるいけずな彼にK氏は自分のミスにようやく気が付いた。

「怒っていたのね新ちゃん。」
しくしく。パフェを目の前にして顔に両手をあて泣き出す男が一人。


「なんのことだ?」
いつも以上に機嫌がよさげな新一を見た瞬間からK氏は罠に掛かっていたのだ。
そう。あの新一が助けられてお礼を言うような可愛いたまでないことはK氏達は知っていたのだから。
それを忘れていた、はたまた気付いてはいながらも綺麗な笑顔につい騙されてしまったK氏の判断ミスであろう。

何故なら彼は助けられて機嫌が悪くなる人である。
お前勝手なことすんなっ。と怒鳴るならまだしもよもやお礼に奢るなんてあるわけがないっっっのである。そんな事にも気付かなかった自分のおバカさん・・・。
遠くを見つめ頭の中でお花畑をかけめぐるK氏。



目の前にあるのは少々大きめのパフェ。
それはいい。食べきれる大きさだ。
問題はそこに刺さっているスプーン。ながーいスプーンの柄の先に何故か魚の飾りがついていた。
食べたいけどスプーンを触りたくない。
しくしく。


「俺の奢るパフェが食えないっていうのか?」
実に優しげな笑みであった。
もちろん目は笑っていなかったが。





いまここでK氏は究極の選択を迫られていた。
死ぬ気で弱点克服か、死ぬ気でこの場を逃げ出すか。


「さあどうする?」

天使のような柔らかな微笑みで悪魔のような男は楽しげに尋ねたのだった。





果たしてK氏がどちらを選択したか・・・・・




事後報告を聞いてA氏が辛辣に「ばかね」と述べ、H氏までも「あほやな」とのべたそんな選択をしたK氏。





ようするにK氏は選択に失敗したのだ。


「しくしく。新ちゃーーーーんごめんなさいぃぃぃ」
よくよく考えてみれば何も悪いことをしていない筈のK氏。
あの極悪な性格の新一に心を奪われた時点でもう選択に失敗していたのかもしれない。




助けられて怒り命の恩人を罠にはめ泣かす男工藤新一。
彼は「鈍感」で「事件体質」であり、さらに―――――「困った性格」であることがここに判明した。

前回はH氏の不幸。
今回はK氏の不幸です。
可哀想ですね彼ら(笑)
2002.4.1

By縁真