工藤新一という男
工藤新一という男は実に困った体質である。
「事件体質」であることは皆さんご存じのとおりのこと。
だがそんなささやかな困った体質の話ではない。
各地的集中豪雨の困った彼の体質は、実に言うところの「鈍感」であった。
ただの通りすがりなら特別困りはしない。
なにより困っているのは彼の周囲・・・特に近場にいる人物達である。
人の好意に気付かないどころか、告白しても伝わらない。
悪意なら言う前に敏感に察知して一人苦渋の思いを抱えると言うのになぜここまでして人の好意に気付かないのか。
それはやはり体質なのだろう。
彼の周囲の人たちはそう結論づけた。
そうでもなければやっていられなかったのかもしれない。
初めは遠回りに態度で示していた好意を持つ皆さん。
だが何せ敵は鈍感という体質の人物である。
やはり・・というか当然のごとく全く気付く気配をみせなかった。
クッキーの差し入れという小さな物から絶体絶命のピンチを無報酬で手助けする・・というとても大きな物まで。
彼の思考にはそれはどう反映しているのか。
それこそ気付いていないのかもしれない。
クッキーをもらって、「沢山焼きすぎたから」「貰ったんだけど食べきれなくて」それを真に受ける奴である。
敵にやられそうなところを手助けしてもらって「ちっ借りができちまったな」そう言う奴である。
ましてや気付かないところで手助けなどしようものなら全く気付かれぬまま一生終わってしまうであろう。
そんな奴である。
一度あまりの鈍感さに堪忍袋の緒が切れて(笑)告白してしまったH氏は泣きながら同じ不幸な同士の元へと帰ってきた。
「あかん・・・どう言っても通じん・・」
遠回しに「お前と一生一緒に居たいんや」と言ってみたら
「なんだよ照れるじゃねーか」
ちょっぴり脈有り?と照れる彼にH氏はドキドキする。
「まあ・俺だってお前と一緒にいれたらいいと思うぜ」
天にも昇るようなお言葉を頂けたH氏は今にも鼻血がでそうなほどの興奮をなんとか押さえると
「そ・・・そそそそそれって・・く・・・くどぉぉ」
期待大でどーゆー意味?と尋ねてみる。
それに彼はあっさりと答えてくれた。
「ん?だって親友だろ?」
があああああん。
バックに暗雲と雷を呼んで欲しい気分のH氏。
頭を押さえ地面にガンガンと打ち付ける。錯乱しているのかもしれない。
親友と言う言葉に恥ずかしそうに頬を染める彼は可愛かった。だが残念ながら今のH氏の目には入らなかった。
なんてなんて・・・・・罪づくりなお方。
街娘のように着物の袖をキィィィとかみしめたいH氏。
彼がそれをやったら十人が十人逃げ出すだろうことは確かだが。
しかしH氏は諦めなかった。
単に伝え方が悪かったのだろうと思い直し今度はスパッッとこんな相手にも伝わるように言ってみた。
すなわちストレートに
「好きや」。
「なんだよ藪から棒に。」
テレビを見ている新一に真剣な瞳でH氏はつめよった。
「だから好きやっちゅうとるんやっ」
「・・・・なんでだよ。」
眉をよせる新一にH氏は胸を痛める。
なんでって・・・。
「だって・・な・・。言葉で言い表せないくらい中身格好いい奴やし、綺麗な顔しとるし、それに・・・頭もええし」
しどろもどろに恥ずかしい事を答える。
その一つ一つに新一がどんどん引きつった顔をしていくのに彼は気付いているのだろうか。
「なにより俺と気ぃあうし。」
なっと笑いかけると新一はとうとう盛大なため息をついた。
「お前・・・悪趣味だな。」
彼の対応にH氏は首をかしげる。照れてる・・ようには見えないし、怒っている?いやなんか呆れているような顔だ。
なんで告白して呆れられるんや?
はっっまさか男に告白なんて冗談だろーっちゅーことか?
頭の中を駆けめぐる思考に気をとられていたH氏は次の瞬間盛大に笑い出した新一に目をぱちくりさせた。
「お前がまさか錦蛇好きだったなんて知らなかったぜ。」
「・・・・・・はぁぁぁぁ?」
何故にニシキヘビ・・・。
可愛くデフォルメされたヘビたちがH氏の頭の中で楽しくダンスを踊っていた。
だがテレビに目をやる新一にはっと我に返るとようやく納得した。
ペットの特集である。
珍しいペット大集合と銘打って怪しげなコウモリやらイタチやらワニやら・・・ちょうどH氏が告白した時はニシキヘビが出ていたのだろう。
「まあ確かに頭よさそうだよな。」
画面にうつるヘビに目をやり無情にもうんうんと頷く鈍感な彼。
だが綺麗な顔やら気があいそうなどの言葉にはさすがに新一も頷けない。
「へびなんて飼った事ないしこれからも飼う気はないからなー。」
真剣にコメントしてくれる彼にH氏はおざなりに愛想笑いを浮かべると「ええねん・・・ええんねん」
微かに涙の浮かんだ瞳をごしごしこしこすりながら工藤家を去っていったのだった。
「あーーあ。泣かせちゃったか?でもへびなんて誉められても俺困るし」
困ったのはお前のほうだ。
残念ながらそうつっこんでくれる人はこの場にいなかった。
なんて素敵な体質だろう。
「そう・・」
報告を聞いた同盟の一人A氏は小さくうなづくと部屋の隅で小さくひざをかかえて地面に「の」の字を書いてる相手を同情の瞳で見つめた。
「・・・・・人ごとじゃないから笑えねー。」
もう一人の同盟仲間K氏も引きつった笑みで哀れなH氏を見やった。
「それじゃあ何か?俺達はどうやってもこの思いを遂げられないってことか?」
A氏に疲れた笑みで尋ねるK氏。
「本当に困ったわね。こうなるとあの体質を変えるクスリでも作ったほうが早いかもしれないわ。」
それほどやっかいな相手なのだ。
この三人の強豪トリオが手も足もでないほどの敵である。
その三日後この困った彼が大きな籠を片手にH氏を訪ねてくることをここの誰が想像できただろうか。
「ごめんなーこないだ泣いてたろ?これっお前好きだって言ってたからやるっ」
大きなニシキヘビを渡されたH氏がどれだけ涙を流したか。
「そんなに喜んでくれるなんて思わなかったなー。」
うれし涙だと楽しい勘違いをした新一はワキワキさせるH氏の手に籠を押しつけ。
「遠慮するなよ。」
にこやかにプレゼントしてくださった。
新一からのプレゼントは嬉しい。でも素直に喜べないなにかにH氏は衝動的に叫んだ。
「好きやーーーーーーー工藤ーーー」
バッチリ決まった告白。
もう誰にもジャマをされることはないだろう告白。
ここにはテレビもない。
他人もいない。
ちゃんと名前も言った。
だが。
「そうかそんなにニシキヘビが嬉しかったのか。」
まったく通じない相手には場所も環境もタイミングも意味はなにもないのかもしれない。
また手に入ったら持ってくるからな。
にこやかに新一は去っていく。
残されたのは塵と化したH氏のみ。
電柱柱の影で一部始終を見ていたK氏とA氏はクラクラする頭をおさえ。
「ごめんなさい。あまりに可哀想すぎて言葉もでないわ。」
「同じく。俺だったら立ち直れないかも」
そんなコメントを残しH氏に姿をみせることなくその場を立ち去った。
やはり残されたのは地面と戯れるH氏と籠の中で元気に蠢くニシキヘビのみだった。
神様あの鈍感な男をどうにかして下さい―――――
哀れなこの男の願いを果たして神が聞き届けてくれるのだろうか。
それはやはり神のみぞ知る・・・でしょう。
end
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