べらぼうに幸せを手に入れるのが難しい人間というのはこの世にどれだけ存在するか?
彼はいつも思っていた。
彼はその「べらぼうに幸せを手に入れるのが難しい人間」の一人だったのだ。
事件体質の男
「おはようございます」
ただ一人思うこと。
朝の挨拶はきちんとしましょう。
たとえ返ってこなくても。
「おはよう川崎君」
「おはようこざいます。川崎さん」
「おはよー川崎ー」
だけど返ってくるととても気分がいいので、朝の挨拶は欠かさない。
そんな彼、川崎一朗はただいま28歳。
平凡を絵に描いたような風貌に、性格も温厚で人並み。
特記事項として一つ密かに性質という欄に書き加えるならば、
彼は非常に事件体質だった。
今日も朝から何故かコンビニ強盗と遭遇。
なにもこんな天気の良い朝にそんなコトしなくてもいいじゃないか?
そう思うのだが、彼は違うのだろう。
その時であった少年が何故か一人落ち着いていたのが印象に残っているがそれは自分も同じ。
だって慣れているのだ。
それに事件体質だけど悪運は驚くほど良い。
死にはしない。
「いやぁ今日も朝から大変でしたよ」
職場で語ってみれば皆様なれたように「はいはい」
と聞き流す。
ああ、たぶん信じられていないんだろうな。
ちょっぴり悲しかったり。
「今日はどちらまで?」
「んー。隣町の小学校にあたってみようかと思うんだ」
「ああ、さすが川崎さんでもここらへんは手を尽くし終えたんですね」
「まあねぇ。これ以上は無理だと思うから新たな所を開拓するほうがいいだろうし」
「じゃあ。学校のリストをあげておきます」
「うん。ありがと」
可愛い後輩に軽く片手をあげ礼を言えば後輩岩木は嬉しそうに頬を蒸気させる。
うーん。良い子だ。
25歳の一般男子を捕まえて良い子もなにもないだろうが、今朝強盗団のすさみ切ったヤローをみたばかりだからこんな素直な青年がすがすがしく映るのだろう。
「じゃお昼食べたら出発しよう」
「はいっ」
川崎一朗。28歳。
彼は平凡な割りに意外と世間受けが良い。
5月と言えどももう初夏の気候だ。
暑い。
汗を拭きながら地図を片手に歩く二人はそれでも意気揚々とした足取りだった。
「思ったより皆さん良心的ですね」
「そうだなー。でも予定よりは捌けてないんだよ」
「え!!?」
驚いたように振り返る後輩に首をかしげる。
「やっぱり教材なんてそうそう売れるもんじゃないよな。一番お勧めの教材なんだけど」
「いえ。十分売れてると思うんですけど・・・」
こんなに一日に売れたのは初めてだ、と後輩は言う。
だが川崎はまだまだ全然だめだという。
こ・・・この人はどれだけ売るつもりだったんだ?
「次行くぞ次っ」
「はいっ」
たどりついたのは一つの学校
「ふーむ。思ったより時間をくったからこの学校で今日は最後だな」
「そうですね。これが終わったら川崎さん軽く飲みにいきませんか?」
「んーそれもいいねぇ。最近暑いからビールが美味いんだよな」
ニコニコと会話を交わしながら校舎に入ると何故かシンとしている
授業中にしても静か過ぎた。
何事だ?
とりあえず職員室へ向かう二人はそこで驚くべきものと出会った
覆面の男軍団。
川崎が最初に思ったのは
『むさい』
この暑い中ではあまり見たくない暑苦しい格好だった。
そしてそのむさい男は格好どおりの野太い声で、格好に似合った言葉を放った。
「まだ職員がいたのか。捕まえとけっ」
あれよあれよと言う間に二人はむさい男集団に捕らえられた。
「・・・・・・・」
本日二度目の強盗だ。
川崎は思った。
「な・・・なんですかこれ・・・」
「んーなにやら事件みたいだな」
「そんな落ち着いてる場合じゃないでしょっ」
「いや、抗っても無駄に痛い目みるだけだからしばらく大人しくしてよう」
「は・・はぁ・・」
冷静な川崎に諭され岩木もようやく口をつぐむ。
二人は手近の教室へほうりこまれた。
中にいたのは当然のごとく小学生と担任が一名。
約30数名の彼らは一斉に新たな侵入者に目を向けた。
怯えた様子の彼らはに川崎と岩木も同情的な視線を向ける。
だがしかし不幸なのはたまたまここに居合わせてしまった自分たちのほうだろう。
「あっ」
突然声が上がった。
その場の人間がそちらに注目する。
当然川崎達も。
「どうしたのコナンくん?」
「どうしたんだコナン?」
周りの子供たちに尋ねられ声を上げた少年はちょっと困ったような顔をした。
「あれ?」
川崎もようやく気づいた。
「もしかして朝の・・・」
「うん。そう」
そこで出会ったのは今朝一緒に巻き込まれた少年。
大きなメガネをかけた
小さな小さな子供だった。
「おじさんまた巻き込まれたの?」
「君こそ」
二人で思わず苦笑しあう。
こんな状況で笑える彼らは余裕ありすぎである。
「まぁなんとかなるだろうし」
「なんとかするの間違いだよおじさんっ」
「いやおじさんは止めてくれないかな。僕は川崎一朗」
「僕は江戸川コナンだよ」
「変な名前だなお前」
「余計なお世話だよおじさん」
「・・・・・」
「・・・・・」
低レベルな争いをしていると横から岩木に突っつかれた。
「川崎さん。その子と知り合いですか?」
「いや、今朝初めて見かけただけだ。」
「うん。同じような状況で同じように視線を交わしただけだよね」
「会話するのは初めてだな」
「そーそー」
「で?どうする?」
「うーん。一応警察に連絡はいれたんだけどー」
これだけ人質が多いとどうしようも無いだろう。
「犯人の数は8人」
「思ったより少ないな」
「うん。だからこのとおり見張りもいないし気楽な身だよ」
しばって放りこむだけで見張るわけではない。
犯人たちは職員室で固まっていた。
「・・・・・素人だな」
「賛成。プロなら人質の数減らすね」
「じゃあ抜け道はいくらでもある。とりあえずこれを外して一気に裏口から逃げるんだな」
と手首の縄をあごでさす。
「うん。このクラスはもう全員外した」
このとおりと両手をヒラヒラさせる子供に
そうかと頷き自分も外す。
「か・・・川崎さんいつの間に・・・」
「ああ、お前のも外してやるよ。ほら手だせ」
「ありがとうございます・・・」
「なんだその不振な目はー。ちょっと間接外しただけじゃないか。」
「便利だよねー縄抜けは」
「ああ。これくらい覚えておいて損はない」
子供と先輩の会話に頭がクラリとする。
普通は覚えませんって。
「で?どうする?」
「今僕の友達二人が各クラス回って外しに行ってる」
「職員室から一番遠い出口は?」
「1階の家庭科室の窓かなぁ?ね、先生」
「そうね。でも向かい側の理科準備室のほうが見つかりにくいんじゃないかしら」
「でも鍵がかかってるんじゃない?」
「そっか。じゃ家庭科室にして一クラスずつ逃げていく?」
「それが一番かな。」
担任も混ぜて話し合いは解決。
「じゃさっそく」
そういうとコナンはポケットからなにやら取り出した。
探偵団バッチだ。
「灰原。光彦聞こえるか?」
『ええ。』
『聞こえますよ。なんですかコナン君』
「今どこだ?」
『三階。』
「じゃあ一組ずつ家庭科室から外へ誘導してくれないか」
『危険じゃないかしら』
「逃げちまえばこっちのもんだよ。犯人は銃を携帯してねーみたいだしなんとかなっだろ」
『また貴方のお気楽癖が始まったわね。言うは易し行うは?』
「難し。んなことぐれー知ってるよるでもこのままじゃ精神的にもたねーだろ」
上級学年はともかく1、2年生はこういう場において何時間も大人しくしているなんて不可能だ。そのうち不安が伝染して騒ぎ出す。
まだ現状をよくわかっていない今が逃げるのに一番なのだ
『わかったわ。貴方はそこで見張りでもするつもりかしら?』
「ああ。」
『じゃあまた後で』
なんて会話の後、さくさく退避はすすみ、人質は皆無事に逃げられ、警察一斉突入で犯人逮捕。
めでたしめでしたし。
「やー今朝に比べれば簡単だったなぁ」
「そうだね。あの強盗けっこうナイフの扱いに慣れてたし。」
「物騒な世の中だなぁ」
「その物騒な相手に手近の缶詰力いっぱい投げつけて気絶させた人は誰?」
「俺でーす」
肩をすくめ笑った子供に同じく笑いながら手を上げる。
「いやー経験値は物をいうよなぁ」
「そうだねー」
なんだか生まれて初めて同志を得た気分だった。道を歩けば殺人事件にぶつかる。
探偵でも無い俺には見なかったフリか、そそくさと逃げるか。
うまくそこに入り込んで教材を売りつけることもあるが←どんな状況だ?(笑)
きっと彼とはまた出会うだろう。
主に事件の渦中で。
そのときはヨロシクと手を振り合い、川崎はしっかり目をつけていた男性へと歩み寄った。
「すみません。少々宜しいでしょうか?」
生徒の誰も怪我をしていないのを確かめ胸をなでおろしていた校長先生。
「はい?」
改まった声で言われ校長は振り返る。
そこには運悪く巻き込まれてしまった男性が。
彼が教材のセールスマンである事は江戸川コナンから聞いた。
主に今回の人質逃走大作戦はコナンの案だ。
彼には心からの感謝を。
そして、この目の前の男にも。
泣き出しそうな子供たちや、不安に駆られた担任に色んな面白話を聞かせたり、こういう事件の生還率の高さ(※主に自分自身の)をとくとく語ったり。
精神面で助けてくれたらしい。
コナンから聞いた話では、犯人に見つかったら大変だと言うのに他のクラスにまで出向いて語っていたとか・・・。とんでもない豪胆な人である。
目の前の男からそんな様子は見受けられないが。
「子供たちを助けていただきましてありがとうございました。」
「いえいえー大したことしてませんし。ほとんどコナン君のおかげですよ。」
いきなりこんな事に巻き込まれ、他人を気遣う余裕を持てる人間はなかなかいない。
しかも赤の他人を。
「慣れてますしね。ところで校長」
苦笑をもらし、それから川崎はスチャッと鞄から一冊の本を取り出した。
「こんな時になんですが、こんな教材はいかがでしょう」
そこにはニコヤカなセールスマンが。
校長は思わず破顔して、それから
「ま、それはそれ。これはこれ。後でじっくり内容をお聞かせ願いましょうか」
食えない顔で答えた。
「もちろん損はさせませんよ」
縄抜けの仕方は載ってませんけどね。
すました顔で川崎は付け加えた。
P.S. 教材はばっちり売れました♪
ちなみに後輩の俺を見る目が最近ちょっと輝かしくて怖いのが最近の悩みでっす。。
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