「やっと来たな」
深い闇の中。
一際輝く白い光り。
悔しいがコナンですら思わずみとれてしまいそうになったソレが一直線に小さな公園に下降した。
「これはこれは名探偵。こんな寒空の下わたくしゴトキの為に」
「そうだっってめーごときの為にこの寒い中3分も歩いてやったんだぞ俺は!」
続く言葉を遮り喚く探偵に鋼鉄の心臓の持ち主である怪盗は一瞬目を丸くしてそれから
「3分?」
首を傾げた。
何せ毛利家からコナンの足で10分の距離があり、工藤家ならそれはもう絶対探偵は来ないだろう自信がある(情けない)こんな遠くの公園に。
3分?
「公園の外で博士がクルマで待機中だ」
「ああ」
またあのご老体を酷使したのですか。
「なんだその失礼な事考えてそーな視線は」
「いえいえ」
何がいえいえなのか解らないがとりあえず睨みつけて来る探偵に微笑み。
「えー・・・ご用件は?」
「ああ。そうそう」
いつもなら皮肉気に『お前をお縄にするために決まってんだろ』と返されると言うのに今日は素直な反応。
あれ?
何故だろう、怪盗の危険信号がチリリとうずくのは。
「どーぞ。」
ポケットから取り出した小さな箱を両手で差し出す名探偵。
「は?」
あまりの愁傷な態度に思わず激しく呆気にとられた。
「何だよお前が欲しがったんだろ?」
「・・・ええっっ!?」
まさか・・・や、もしかしてとは思ったけど。
「バレンタインだからな」
ち・・・ちょこれいとだぁぁぁぁ。
恥ずかしながら涙が零れそうだった。嬉しすぎて。
しかも、更に驚きの事態がっっっ
「こっ・・・これは」
小さな手の平に乗せられたブツ。
それはKIDにとって・・・いやむしろ一般的高校生の黒羽快斗にとって驚愕の代物に見えたのだ。
「まっまさか・・・ゴ・・・」
「ああ、知ってたか。高いらしいから味わえよ」
ごでぃ○ぁぁぁぁぁ!?
うっそ。マジで?
ガラスケースの外からしか見たことがないあの本命へ贈るならこれっていう高級なあれですかっっ?
や、最近ちょっと廃れ気味な気がしないでもないですが、それでも高校生からしたら夢のような高級食品!←(笑)
しかも・・・本命の相手からもらえるなんて・・・。
「わーウレシイ・・・ような気がする」
何故だろうか?
嬉しさが募らないのは・・・・。
怪盗KIDの胸のうちは今1つの事で占められていた。
(罠?これ罠?なんの罠?いったいどんな罠が待ってるの!?)
素直に喜べないのは彼が悪いわけではない。日ごろ培ってきたコナンの印象ゆえである。
実に悲しい話だ(笑)
「なんだ反応悪いなー。そりゃ俺が選んだんじゃねぇけどよ。灰原達がうるせーから連れてって適当に選ばせたんだよ」
ああ、小学生がこちらの高級品をお選びになられましたカ・・・。
自分ですら気後れしちゃうこの品を選ぶ彼らがちょっと凄いと思ってしまう。
「おめーがチョコチョコうるせぇからあいつらすっげー同情的なんだよなー」
『コナン君。KID様が可哀想だよっ。手作りなら歩美が手伝ってあげるよ?』
『そうですよ。そりゃ男のコナン君が男に渡すというのは確かに勇気がいることかもしれませんがこれほど望んでくれてるんですからやはり何かしらの物は用意してあげたほうがいいんじゃないですか?』
『買うときは俺が選んでやっからな。試食いっぱい食うぜー』
『・・・あの人ならチロルチョコでも号泣してくれるわよ。』
なんであいつらはこんなにもKIDの味方なんだ?
と疑問を覚えつつ仕方なく元太と歩美に引きずられデパ地下へ。社会見学とばかりに光彦が。珍しくニヤニヤ笑った哀までもがついてきた。
女の・・・戦場へ紛れ込んでしまったのを後悔したのは群れを見た瞬間。
悲鳴すら聞こえるようなその人混みの中に、何故俺は入らなければいけないんだ?
激しい疑問を感じながら連れてこられたのは少し閑散としていた高級店。
「あ、これならKID様に似合いそー」
「トリュフですね。確かに大人向けでいいかもしれませんね」
「わーすっげーー。コレ1箱でうな重が食えるぞ・・・コナン、俺チョコよりうな重がいい」
「誰がおめーにおごるって言ったよ」
値段に圧倒されていたのは驚いたことに深く考えなそうな元太だった。
後の2人はひたすらKIDに似合うチョコを探すだけ。気楽なものである。
いや、もう1人、人事だからとお気楽な人物が。
「これなんかどうかしら?」
灰原・・・。
こんな人だらけの所まで嬉々としてついてきて、ワクワクチョコを選ぶ彼女にコナンはちょっと遠い目をした。
3個入りの箱を指差した灰原に3人が同意し、そして即コナンの財布でご購入・・・・・。
俺の意思は?
回想を終了したコナンは溜息をつき
「って訳でとりあえず受け取れ」
「どんな訳か解りませんが、えー・・ありがとうございます」
「なんだよ。ここで喰わねーのかよ」
いそいそと仕舞い込もうとするKIDを睨みつけ唇をとがらせるコナンにKIDの脳内の警鐘が更に鳴り響く。
「え・・・・」
もしやこの中身はチョコではないとか?
開けたら何かが飛び出てくる?←ビックリ箱か
それともまさかピーーーー型のチョコとか←伏せてるほうが怪しい
まさかまさか・・あやしーーーーーい薬注入済みのチョコとかーーーーーー!?
KIDの鋼鉄のはずの心臓がドッキドッキ鳴り響く。
もちろん、ときめきの音ではない。
恐怖のドキドキだ。
「今日は特別な日だからな。ほらよ俺様手ずから食べさせてやるぜ」
うがぁぁぁぁぁ怪しさ百倍っっっ。
その満面の笑みが怖いよぅぅぅぅ。
KIDの手から箱を奪い取りさくさく開封すると小さな指先で一個つまみ
「あーーーーん」
ゆ・・夢にまで見た「あーーーん」である。
一生こんな日はこないと思っていたのに。
こんな怪しい時じゃなかったら幸せいっぱいだったのに(涙)
「俺のチョコが食えねぇ・・・なぁぁぁんていわねぇよなあ?」
脅しですか?脅しですよね。そうですよね。
そのチョコかぴーーー型じゃなかっただけマシってことですよね?
でもむしろそっちのほうが恐怖は薄かったかもしれません。
なにが潜んでるかわからないチョコなんて怖くて怖くて・・持ち帰ってしっかり調べてから安全が解ったら味わって食べるつもりだったのに・・・。
「あ・・あー」
こわごわ開けたKIDの口にコナンはニヤリと怪しい笑みを浮かべ1つめのチョコを投入した。
一気に噛まず舌で転がす。とりあえず外は安全。
そっと噛み、中も怪しい味がしないか集中する。
ちょっとでも危険を感じ取ったら名探偵には悪いが持ってるチョコを奪い取ってそのまま退散予定だ←危険を感じ取ってもコナンからのチョコは諦めないらしい(笑)
(だ・・・・大丈夫。だと思う。無味無臭の毒を造っちゃえるドクターがいるからなぁ・・・自信はないけどさ・・・)
「喰ったな?じゃ次」
「ええっっ」
「あ?文句あるのか?」
「いえ・・・めっそうもございません」
そうして怪盗KIDは怪しい笑顔の名探偵から雛鳥のごとくチョコを食べさせて貰うという、実に貴重な体験をあと2回ほど繰り返し。
それから。
「た・・大変おいしかったです」
終了した瞬間、疲労困憊状態だった。
おいしく味わうゆとりなんぞ無かったが、礼儀とばかりに口にしその言葉にコナンは満足そうに頷いた。
「それはよかった。じゃ俺はこれで。」
「え?」
「チョコ渡しにきただけだしな。お前も風邪引く前に帰れよ」
「はい。おやすみなさい名探偵」
「ああ」
ニッと笑って去ってゆく名探偵の背を見送り。
それからフラフラ帰宅し
「明日頭からチューリップが生えてたりしませんよーに・・」
夢はあるが現実になったらとてもやっかいな事を思いながら眠りにつくのだった。
翌日
幸いなことにチョコにはなんの仕掛けもなかったらしく頭にチューリップが生えることも無く無事学校へ行った黒羽快斗は
「よー黒羽ぁお前バレンタイン本命から貰うーーって叫んでたろ。どーなったよー」
「え?ああ、貰った貰った。しかもゴディ○!!しかも『あーーん』て食べさせてくれちゃってさーー」
「なんだそりゃうらやましいっっっっっ」
友人にそう言われ、それからようやく気がついた。
「あああああああっっ本当だよっっ。俺のバカっっなんであんな夢のような現実を素直に喜ばなかったんだろぉぉぉ。絶対罠だと思っちゃったんだようっっっ。ってかむしろそれが罠?やーーーーコナンちゃぁぁぁぁんもう一回やってーーーーーーーーーーーーーーーー!」
その後あんな素敵な体験は2度としてくれませんでしたとさ。
ちなみに
「って訳で満足かおめーら」
「うんっ。コナン君えらいっ彼女の鏡だよっ」
「これでKIDも少しは報われましたね」
「ねだってよかったよなーKIDも」
「・・・・・・・もしかして報復?」
子供たちの反感から自分の身を救いつつ、きちんとKIDにも精神的攻撃を。
肉を切らせて骨を絶つ。見事な名探偵のやり口に哀はやれやれと肩をすくめ、今頃喚いているだろうKIDを思い内心大笑いだった。
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