恋の罠しかけましょ  


のんびり夕飯をとったあと、工藤の家に帰ってちょっとリビングでゆったりなんかしていたコナンと快斗。
今日買った本を読みながらコーヒーをすする名探偵を眺めていた快斗はカフェオレをぐっと飲み干してから気になってきたことを口した。

「ねぇ。すっごく疑問だったんだけどさ」
「なんだ?」
「俺さ、コナンちゃんに名字教えたっけ?」
「ああ。最初にちゃんと名乗ってたぞ」
サラリと返された言葉に反射的に快斗は返した。
「嘘だっ」
だって自分は意図的に名字を口にしなかった。理由は単純な話だが、コナンに『快斗』と呼んでほしかったから。
情けない話だが、もし氏名で名乗ったならコナンは間違いなく『黒羽』と呼ぶと思った。←ピンポーン
だからこそ、あえて突っ込まれる前にと話しをサクサク進めていったのだ。

だから
絶対に言ってない。言ってないはずなのだ。それなのさっきの呼び出しはフルネームだった。
それってさ・・まさか

「もしかして・・知ってた?」
最初から。ということは素顔かと驚いていたのもアレも演技?全然見抜けなかったけど。
恐る恐る尋ねたらコナンはふてぶてしい顔を見せ、更には鼻で笑ってみせた。

「ふん。俺を誰だと思ってやがる。江古田のお祭り男、黒羽快斗。ちなみに全国模試はトップ独走中。将来は世界一のマジシャンになると豪語しているファザコンやろー。IQが生まれつき馬鹿げたほどあって、でもそれを周囲に悟られないように器用に・・・頑張って生きてるヤツ。それがお前だろ?」
「・・・わぁ」
なんと言っていいものか。とりあえず最初に言いたいのは
「や、俺ファザコンじゃねーし」
「ばぁろー。今更取り繕っても無駄だっての」
「・・・」
即座に否定されてしまった。俺そんなに父さん第一に見えた?ってか完璧に俺のこと知り尽くしてるよなこいつ。
じゃあ最初から素顔だってのもバレバレだったのか。
なんて情けなく思いつつもそれでも最後の言葉が嬉しくてたまらない。

『頑張って生きてるヤツ』
なんて生まれて初めて言われた。
だって俺って器用だし頭いいし、運動できるし、顔もいいし、リーダーシップとれちゃう方だし。だれもが羨ましいヤツとか、お気楽極楽なヤツとかそうーとか更には人生勝ち組だなとか・・・言ってきたりする。←負け犬の遠吠えだと歯牙にもかけてないが
こんなにも生きるのに頑張ってるのに。

「お前ほどじゃないよ」
「バーろ。どっちかってーと俺のほうがお気楽に生きてんだよ」
はっと鼻で笑ってみせるコナンに苦笑が漏れる。
「騙されるわけないでしょ」
コナンが。工藤新一がどれだけの苦痛を抱え込んで生きているかなんて。
事件を解決して世間に騒がれて持て囃されて。
でもこの人が真実を求めるたびに沢山の憎悪をぶつけられているのを俺は知っている。
全てを無視したり受け流したり出来るような人じゃないことも知ってる。

そして
「名探偵はさ。全部知った上で・・・俺を見逃してくれるの?」
多分こいつは先代のKIDのことも知っていると思う。そうなると2代に渡って何をしているか、なんて
「ただのコソドロならとっくにお縄にしてらぁ。全てが終わったらお前はまっとうに生きるだろ?」
やっぱりご存知でしたね。
さすが名探偵。なんてひと言で表せないくらいにドキドキしてきた。

なんでこの人はこんなに凄いんだろう。
全ての人間に隠してきた謎を簡単に解いて見せて。
なのに一切それを鼻にかけるでもなく、きっと誰にも言わないで心に秘めてくれる気なのだろう。
全てを解ってくれる。
謎を解いて、なのに俺の気持ちを考えてくれて。
見逃してくれる・・・。

「でも俺・・」
「ああ、お前は犯罪者だ。罪は罪。それを許すつもりは俺だってねーよ」

そしてきちんと断罪してくれる。もし全てを解ってくれるこの人に罪すらも許されてしまったら、俺は・・KIDは無かったものとされてしまうみたいで。
黒羽快斗だけでなく怪盗KIDまでも救ってくれるこの人が。

「うん。俺は犯罪者だよ。世界的に迷惑をかけている重罪人なんだ」
「だが、俺の知る限りでは、お前は盗んだものを全て返してきた。盗む時も人を傷つけたりしていない。」
「や、何回かは傷つけたよ」
「・・・それは持ち主が悪人だった時、だろ」
「それでも。俺は人を傷つけて泥棒した。」

変えられない事実。いくらフォローしてくれようとしたってね。

「お前・・・結局は優しすぎるんだろうな。だから俺はお前を捕まえたりできねぇ」
「へ?」
「いいか?俺だってお前並みに人様に言えない事散々してきてるんだぜ。」
不法侵入なんてもう慣れたものだし。盗聴も十八番だ。犯人逮捕の際にご自慢のキックで散々攻撃したこともある。ってか結構ある。
「でもお前は探偵だから」
「はっ。探偵だから?許される?んな訳あるか。俺だって充分前科もんなんだぜ?だけど俺は毎度そういう罪を犯すたびに思ってるんだ。」


仕方ない仕方ない。これも世の為人のため。長い目で見れば他の人にとっても善い事なんだ。

ってな。

「や、それ言い訳としか言わないけどさ」
「そうだ。だけど俺はそれで良いと思ってる。だからお前も思っとけ。」

仕方ない仕方ない。これは世のため人の為。長い目で見れば他の人にとっても善い事なんだ。

ってな。

「善い事って?」
「でかい闇の組織が1つ潰れる。善いことだろ?」
「簡単に言ってくれますねぇ」
「簡単じゃねぇのは多分俺が一番解ってるよ。俺だって手ぇ焼いてんだからな。でも、いつか俺はあの組織をぶっつぶす。これは決定事項だ!」
「・・・ま、俺もそれは将来の予定に入ってるけどね」
目標じゃない。予定だ。ここまで来たらあの組織潰しておかないと明らかに危険だ。
黒羽快斗として平和な未来がおくれなくなる危険性が高い。その際周りにいる人間にも危害がおよぶ。

「だろ?だから小さな罪でこそこそ悩むな。落ち込むな。将来でっかい組織ぶっ潰す為だからって免罪符掲げとけ。」
どーせお前の罪は
『警察を動かして国民の血税を無駄に使わせた』
それだけだし。
将来悪の組織破壊するならそれに国民の税金をつぎ込んだと思えば皆様だって怒りやしない。いやーむしろ怪盗KIDなんてエンターテイメント性抜群の面白い話題を提供してくれただけでも税金払った価値があると思ってくれているかもしれない。

「それだけ?俺の罪ってそれだけなの?」
「あ?だってお前盗んだもん返してるし。マジそれだけしか結果的に罪は残ってねーと思うぜ俺は」

きっぱり言い切ったコナンの顔はキョトンとしていて。本心からそう言ってるとしか思えなかった。

ああ・・もう。
この人は。
どこまで俺を救ってくれたら気が済むのか。
何度惚れさせれば気が済むのだろうか。
高鳴る鼓動が体中で・・叫んでる。


「大好き。本当に、心から。あなたが好きです。」

私の名探偵。


「ばっ・・いきなし何言ってやがんだお前はっっ」
「だって衝動が押さえ切れなかったんだもん。」
「頑張って押さえろっっっ。」
「えへへ」
「だーーきーーーつーーくーーなぁぁぁ」

軽く間に挟んでいたテーブルを飛び越え腕の中に抱え込む怪盗に必死に抵抗するも
「やだーー」

「くっってめえぇぇぇぇぇ」
甘え全開モード。
これはいけない。しつけは最初が肝心なのだ!!

「快斗。俺すっげぇ行きたい所があるんだけど来週つき合わせていいか?」
ぐぐっと怒りを押さえ込みニッコリ尋ねてみせたなら快斗はパッと笑顔で頷いてみせた。
「いいに決まってるじゃん!」
「さんきゅー」
「で、どこ?」
「隣町に最近出来たってゆー」

そこまでのくだりで快斗は嫌な予感がした。
な、なんか最近聞いた事のあるフレーズ・・・。

「子供水族館だっ。イルカに触れるらしいぜっっ」
「いやぁぁぁぁ」
「もちろん男に二言はないよな♪」
「くぅぅぅ」

泣き叫ぶ快斗もなんのその。
コナンは嬉々として快斗を引きつれ水族館へ行ったという。

「うう・・ヤツと戯れるコナンちゃんは・・。うん。すっっっっごく可愛かった。でも俺倒れる寸前なんですけど・・・」
「俺の嫌がることしたバツだ」
「・・ちょっと抱きついたぐらいでぇ」
「お前どうやら寿司も食いたいらしいな」
「・・・・・ごめんなさい。コナンちゃんに甘えてしまった俺が悪いのですっっ」
「宜しい」

こんなんでは恋人になる日はまだまだ先になりそうだ。
一切返事をもらっていない快斗ははぁぁと溜息をつきつつも、満足気に笑っている隣の存在を目に留め

(あーあ。結局惚れたモン負けってね)

悔しいが隣にいるだけで満足している自分を自覚するのだった。




おしまい




おまけ?


絶対にあいつに言う気はないけれど多分俺は最初からあいつを気にしていたのだろう。
ぶっちゃけ犯罪者・・・しかも男に片思いなんて恥ずかしい現実を認めたくなくて見ないフリをしていただけで。
こうやって親しく話す前からきっと。
蘭に『恋人』を作ってみたら?と提案された時、誰よりも最初にヤツの顔が浮かんだ。
他でもない。夜のあいつじゃなくて昼間たまに街中で見掛けたことのある『黒羽快斗』そのただの高校生を。

きっとあいつは知らない。わざわざ学校帰りにあいつの通学路へ周り道していたこと。
たまにタイミング良く見掛けた時、今日も元気そうだと解ってホッと胸を撫で下ろしていたこと。

だから無意識に俺から罠を仕掛けていたのかもしれない。
あいつは自分からだと言うがそれでも最初の一投を投げるのはいつも俺。
あいつに会いに行ったのもあいつをこんな面倒に突き合わせたのも。

『恋人役に心辺りがある』と言った時、当然蘭は細かく尋ねた。
どんな知り合いでどういう人なのか。


「仲良しってわけじゃ無いんだ。でもいざって時に僕が1番信頼してる人・・かな」
詳しい事情が言える訳がない。ましてや黒羽快斗とは面識すらないのだ。
だがコナンの真剣な表情と口調に蘭はフイに思った。

「コナン君。その人の事がとっても好きなんだね」
「・・・・・・へ?」
何言い出したんだこいつ?
「だってコナン君って人あたりいいけど結構人見知りじゃない?新一そっくり」
ピンポーン。さすが幼なじみ。ご存じでしたか。

「だからコナン君が信頼出来るって事はその人はきっと凄く大切な人だろうな、って」
「大切って・・・。だってあいつ男だし。」
「いいじゃない」
「は?」
「男女で区別してたら大切なもの見失っちゃうよ」
フツーしませんか?世間一般からすれば男同士の好きはかなり怪しいものですが。

「恋愛感情で好きなんでしょ?だったらなおさら逃げてちゃだめよ」
「別に恋愛感情とかそういうのじゃないけど・・・・・っていうかフツー止めない?」
「そうね止めたい気持ちは山ほどあるわ。でもコナン君の顔見てればわかるもの」
「?」
「その人の話しをしてる時、嬉しそうだし幸せそうなの。」
ど、どんな顔だー

「大丈夫。アタックあるのみよコナン君。恋は仕掛けた者勝ちよ」
「当たって砕けることもあるけどね。」
むしろ男同士の場合そちらの可能性のほうが高い。っていうかまだ認めたわけじゃねぇぞっっ。
なんだか思い込んでいるらしい蘭に一応合わせてやってるだけだっっ。

「まぁコナン君なら間違いなく誰だって落ちると思うけど。そうね、じゃあ保険としてコナン君『恋の罠』しかけましょ」

ニッコリ笑って提案された。
恋人役をお願いしてその際さりげなくコナンの愛らしさをバラまく。
「愛らしさって言われても・・・」
どうすればいいやら
困った顔をすれば蘭は柔らかな笑みを浮かべて

「いつも通りでいいのよ」

あ、アドバイスにならねぇっっ

「後はそうねぇ。素直になること。」

無理っっっ。

「たまに上目遣いで瞬きするのも効果的よ!」
私は一撃で負けたわとコナンの可愛さを懇々伝えてくれるがコナンにとってその威力など理解できず。
そんな訳の解らない罠などどう仕掛けろというのだろうか。

「・・・まぁ適当にがんばってみるよ」

そう言うしかなかったのだった。
そんなこんなでコナンはKIDに会いに行ったわけだ。
内心の激しい緊張を押し隠し、いつもの傍若無人な対応に我ながら落ち込みつつ。


「蘭ねぇちゃん。あいつ引き受けてくれた」
ホッとした表情のコナンがとても可愛い。
「良かったわね。後は当日頑張って先の約束をとりつけるだけ」
「そうだね。うん、頑張ってみるよ」
そんな怪しげな感情は無いけれど、多分気が合うやつだから。この先一緒にいれたら良いと思う。仲良くなれたら組織潰しの共同戦線はってもいいなーって思うくらい信頼してるし。
そんな思いを込め、グっと拳を握りしめ一生懸命頷いたコナンを蘭は堪らなくなって抱きしめた。


(絶対その相手紹介してもらってきっちり釘さしておかないとね)
コナン君を泣かせるなとか。まだ小学生なのだから手ぇ出すなとか。
娘を持った父親の心境がまざまざと解ってしまった17歳のうら若き乙女であった。


『恋の罠しかけましょ』
お前と知り合う為に
お前と笑い合える日の為に
お前とずっと一緒に生きていく為に


なあ。
黒羽快斗。俺自身の気持ちが恋愛感情かどうかなんてまだわからないけどな。
お前の隣は楽しいんだ。
だからきっちり罠にはまってくれよ。

これからもずっと一緒にいられるように。




後日、
『独占欲の塊、黒羽快斗』vs『やっぱりコナン君をあげるなんて嫌だわっの毛利蘭』
この2人の決戦の火蓋が切って落とされることになるなんて・・・今はまだ、だれも知らない。


わざわざ罠に嵌めずとも、すでに嵌まっている怪盗さん。
コナンさん無駄骨でしたね←何もしてない:けど(笑)
という事でお付き合いありがとうございました〜
By縁真