あなたは少しの間一部の情報を消しとく必要があるみたいね。
そんな少女の言葉を最後に快斗の意識はスゥ・・と白い世界へと羽ばたいた。
大切なものが無い世界
「はーよく寝た。なんか久しぶりにすっきりって感じ〜」
ぐーっと伸びをしてベッドから体を起こした快斗は勢いよくカーテンを開いた。
目が焼けるくらいの朝日。
すがすがしい青空。
いやぁいい天気だ。
と朝っぱらから元気すぎるほど元気に体操なんかしてしまう。
ふんふん〜
と鼻歌交じりに階下の居間へと足を運んだ快斗はいつもの通り朝ごはんを用意してくれている
母に挨拶を交わしそのまま玄関へと新聞をとりに行く。
「ふぅーむ。最近ほんとぶっそうだねぇ」
呟くと一面をババーーンと飾る殺人事件に眼を通しながらもう一度居間へとリターンバック。
「快斗。ご飯ついじゃうわよー」
「んー。」
いつもの時間に学校へ向かって。
いつもの通りに青子たちとじゃれあう。
いつもの通りに白馬の言葉をサラリと交わし、いつもの通り紅子にからかわれる。
そんな普通の日々。
平和で平穏で、変わることなく、変わらないで欲しいと思うそんな日々。
だと言うのになぜだろうか?
周りはそう思わなかったらしい。
「ねー快斗。なんか変じゃない?」
「はーー?どこが?何が?アホアホアホ子に比べたらまともですけどぉー」
おーほっほっほーと笑ってみせながらつーーんと額をつついてみせる。
そうすればそんなバカな考えも吹き飛ぶだろうと思って。
なのに余計に首を傾げられた。
「やっぱり変だよ快斗っ。どうしたの?何かあったの?」
真剣な顔で尋ねられてしまった。
・・・・・や、本気で何にも無いし。
むしろ俺の方が聞きたい。
どーしちゃったの青子?
2人で首を傾げあい、それから「まぁなんか思いついたら言うわ」
と適当な言葉で濁して青子の元から去ることにした。
なぁんか居心地悪かったぞ。
「黒羽君。」
「あー?紅子か。なんだお前まで変変いいに来たのか?」
青子をかわぎりに、次々他の友人達からまで言われてしまった今の俺は正直途方にくれていた。
ポーカーフェイスをもっとも得意とする俺がなぜこうも誰も彼もから「変」とか「いつもと違う」
とか言われねばならんのだ?
初めての事態にどう対処すればいいのかサッパリ分からない。
「変・・ね。私にしてみれば今のあなたのほうがまともだと思えるけれど。」
「あーもーっ紅子までっっ。何今のって。前の俺は違うっての?変わらないってっっっ」
何がどー違うっての?
と聞いても誰もが首をひねるだけ。
なーんか違う。
どっか違う。
うん。やっぱ変だよ黒羽。
そんなん次々に聞かされてミロ。
どんどんムカついてくるってなもんだっっっっ。
「ただ1つの光を失っただけで・・いいえ、違うわね。それを手に入れただけであなたはあそこま
で変わってしまった。そういうことね。」
「は?」
「私は光と出会う前のあなたを知らない。でもきっと今のあなたがそうなんでしょうね」
「・・・・・・おい紅子っっ」
「待ちなさい。明日には分かるわよ」
「ねぇ白馬くん。青子わかっちゃった。あの快斗ってちょっと前の快斗」
「えっ?そうなんですか?」
「うん。なぁーんにも辛いことなんてありませーんって顔でずーっと笑ってた前の快斗」
「ということは僕が転校してくる前の」
「そー。青子ね。ホントは知ってたんだ。快斗が変わった事。でも認めたくなかった。
・・だってね。快斗イライラしたり不安そうだったりニマニマしたりすっごく変なのに。
なのにね、物凄く・・・・・幸せそうなんだもん」
今の快斗はむかぁしの快斗。
そんな幸せなことを知らなかったときの・・・。
快斗どーしたんだろう?
そんな白馬と青子の会話を知るよしもなく、快斗は紅子の言葉に理不尽を感じながらも大人しく
帰宅することにした。
幸い母からはとくに何も言われていない。
だがしかし
「あーもう。快斗ったらホント。変わっちゃうのねぇ」
「は?」
夜ご飯を食べた瞬間すぐに自室に篭もろうとした自分に投げかけられたその一言。
学校の件からどうにも敏感になっている快斗にはその言葉はとても引っかかるもの。
「俺が変わったって?母さん一体・・・・」
いい加減聞き飽きたからさ。そろそろ回答くれませんかねぇ?
「そうねぇ・・・答えはあと1時間後かしら」
ニッコリと妙に含みのある笑いをみせた母に眉をしかめ快斗はため息をついた。
「とりあえず1時間待てば答えはでるんだよな?」
「ええ。ここで座ってまってらっしゃい。」
よくよく考えてみれば母とじっくり話すなんてあんまり無い気がする。
話すことは夕飯の時に話てしまうし、あとは自室で夜の仕事に必要な情報集めやら機材の
準備などに費やされてしまうのが常だ。
たまにはいいか。
そう思いストンともう一度いすに腰を下ろした。
ピーンポーーン。
「あら来たわね」
イソイソと玄関へ向かう母。
思わず時計を見てしまったのは仕方ないと思う。
何せ9時。
ちょっと人様のお宅を訪問するのはためらわれる時刻だ。
だがしかし母は予想していたようで、ためらうことなく迎えに行く。
誰だ?
「きゃーーいらっしやーい。3日ぶりーーっっ」
ハイテンションな母の声。
あいにく訪問者の声は聞き取れなかったが3日ごときでここまで歓迎ってどーよ?
「ほーら快斗。さっきから求めていた答えよー」
うふふっと怪しく笑みながら扉の影にかくれていた訪問者を差し出した。
小さな子供である。
整った顔立ちに大きな目がね。
射抜かれるような青い瞳がまっすぐに自分を見てた。
『あなたは少しの間一部の情報を消しとく必要があるみたいね。』
ふいにそんな言葉が思い出され、頭の中が真っ白になった。
「あ・・・・」
「よう。久しぶり」
「・・・・なんで・・・」
「うん。悪かったな」
苦笑をもらしながら謝る子供。
「コナンちゃんだぁぁぁぁぁぁぁ」
「快斗?」
「ふぇぇぇぇぇぇん。すっごく怖かったよーーーーーー」
ギューーーッと抱きついたコナンに抱きつき情けない話だが、本気で涙が出てきた。
3日というのは『コナン依存症』に完璧に陥ってしまった快斗にとってかーなーり、長い
日程である。
コナンの仕事の邪魔をしないようにとあの小さな科学者が手を打ってきたくらいには。
自ら進んでそのクスリを受け入れるくらいには。
「忘れてる事すら忘れててね。皆が変変っていうの。すごく怖かったよぅぅぅ」
「はいはい。」
「コナンちゃんいないと俺駄目なの」
「分かってるよ」
「次はこんな手使うのやめるー」
「ああ、そうだな」
情けなさ爆裂でしがみついてくる青年の頭を撫でつつコナンは小さな微笑をみせた。
「クスリに依存しなくても大丈夫にしねぇとお前この先困るからな」
「うん。頑張る。でもね、久しぶりに昔の自分の感覚思い出してすっごく今が大切だって
思い知っちゃった。」
「そっか」
「大切なものが無い世界なんて・・・・・・・もう二度と体験したくないや」
あーバカなことしちゃったな。
半泣きの顔でそう嘆いた快斗を見て、母とコナンは顔を見合わせプッと吹き出した。
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