幸せの在処(ありか)3
かいと
「快斗いらっしゃい。丁度よかったわ。今完成したの」
ベッドに起きあがっていた母がプチリと糸をハサミで切り、針を針山にしまった。
首をかしげる快斗にニッコリ微笑み、たった今刺繍をし終えたハンカチを丁寧に4つ折りにしてからさしだした。
青い地に綺麗なクローバーの刺繍がしてある。
「これ母さんが?」
「そうよ。これくらい出来るんだからっ。」
「へー上手いもんだなー。でもなんで突然?」
昨日来たときはそんなそぶり見せなかったのに。
「あら?やっぱり忘れてるのねぇ。今日は6月21日でしょっ」
「あっ」
「誕生日おめでとう快斗。私がこんな体なばかりに苦労させているわよね。ごめんなさい。盗一さんもあなたの成長をきっと見て下さっているわ」
「・・・かあさん。そうか・・・今日は俺の・・・」
月日の流れなんてすっかり忘れていた。母が生まれた日は母が忘れていても快斗がきちんと覚えていた。
快斗が生まれた日は母が覚えていた。
そして二人が共通して覚えているのは父の命日だけ。
「そっか・・もう17なんだ俺」
「そうよー。どう?学校でお友達できた?」
「やだなー今更。俺ちょー人気ものじゃん?もう遊ぶのに忙しくて忙しくて♪」
ニカッと笑うと母が儚げに微笑んだ。
「そうよかったわ」
気付いているのかもしれない。快斗の嘘に。
学校なんて通ってない。友達なんているわけがない。毎日が辛い日々の連続だということに。
その後とりとめのない世間話を母の体に触らない程度すると、そろそろとばかりに腰を上げた。
「じゃあまた明日くるから・・・えっとこれありがと」
「ええ。でも無理してまで来ないのよ。私だって話し相手の一人や二人いるんですからね」
そんなに疲労の色が濃くでていただうろかと思いつつ快斗は大人しく頷いた。
まだまだ修行が足りないな。
扉を閉め、監視役に連れられて病院の外へと出る。
目隠しを外され解放された快斗は青い空を仰いだ。
プレゼントのはんかちをグシャグシャにならないようにズボンのポケットにしまうとふう・・と小さくため息をつく。
太陽が真上に来ていた。
外は真夏並の暑さで汗がジワリとわき出る。
あっちーなー
(17歳・・・か。後一つ歳を歳を取れば大人の仲間いりだな)
この国では18から大人として認められる。何をするのも自由だし、何かしでかせば自分一人で責任を負う。
そんな自立と義務に縛られる年齢がもうすぐやってくる。
だが快斗の生活はきっと何一つ変わることがないだろう。
死ぬまで組織でこき使われて・・
あっでも歳食ったらあんな仕事回ってこねーよなさすがに。
そしたらどんな仕事すんだろーなー。死体掃除とか?それもやだなー。
楽しくも無いことを暢気に考えていると快斗の視界が一瞬ぶれた。
(ん?)
いぶかしむ間も無く快斗の視界は揺れ動いた・・いや快斗の体が揺れていたのだ。
グラリと前後に揺れたかと思うと一気に地面へと頭が落ちていった。
かろうじて壁に手をつき転倒はまぬがれたが、そのまま気分が悪くなり座り込んでしまった。
ガンガンと頭の中で何かが鳴っている。
吐き気を感じる。
「どうした?」
監視役の男が怪訝そうに快斗に声をかける。
それに快斗は口元を押さえ
「たぶん貧血」
・・と告げる。
「そうか」
それじゃあほっとけばいいと思ったのかその男はそのままその場で快斗を見下ろし続けた。
無表情のまま。
快斗が病院から遠ざかるまで見届けるのが男の仕事なのだろう。
「ごめん。もう行くから」
しばらくしてようやく直ったのか快斗は勢いよく立ち上がり驚くばかりの晴れやかな笑みでそれだけ言った。
貧血を起こしたとは思えないしっかりとした足取りで快斗は歩み出す。
その男に背をむけ、病院から遠ざかった後でも、快斗の口元の笑みは消える様子をみせなかった。
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