愛と感動のひと騒動 其の10
外へ出て隆の家からかなり離れたころようやく一息ついた二人は速度をゆるめた。
「坊主お互い災難だったな」
「まったくな。とりあえず。鉛筆と羽ペンにこの先縁がない事を祈っといてやるぜ。」
その言葉に目を丸くすると次いで爆笑しだす快斗。
お腹を抱え地面にしゃがみ込む相手にコナンは肩をすくめ一緒に笑い出した。
「お前名前なんてーの?」
「くど・・・・・」
そこまで言いかけて口をつぐむ。
違った。つい最近からこの名前は使えなくなったのだ。
新しい名前。まだこの名は博士と蘭と小五郎にしか告げていない。この世にうまれたばかりの名。
俺の名じゃないけどこれから呼ばれ慣れなければいけないもう一つの自分の名前。
「いや。―――――江戸川・・江戸川コナン・・だ」
言いにくそうに告げたコナンになにかあるのかなと思いつつも快斗はあえて別の意見を述べた。
「めっずらしー名前だな。コナン・・な。よし覚えた。俺もお前が女の髪の夢見ねーように祈っといてやるぜ。」
「それはありがとよ。お前こそ名乗れよ。っとその前にっ帽子とれよ全然顔みせねーで失礼じゃねーか」
「帽子?ああ。これとるとなんかある奴に間違えられるから嫌なんだよな」
「ある奴って?」
「うーんお前しってっかなーこないだ新聞に載ってたんだけど高校生探偵の工藤新一」
サラリと告げられたその名にコナンはキョトンとする。あまりに思いがけない名を口にだされたせいだろう。
つい先日までその名を語っていた自分。
それが懐かしいやら今の状況が哀しいやら。
「なんだよやっぱしらねー?そうだよなー俺も最近まで知らなかったしぃ」
「って言うより信じられないなーってとこ」
誰もが騒ぐ容姿を持つと自負する自分とそっくりだとぉどの口が抜かすかっっ。気分のコナン。こうなると相手の顔をじっくり拝んでけなし倒してやろうと思ってしまう。
「なんだよー別にいーけど。見てーの?いいぜほら」
帽子をばさっととるとぼさぼさになった髪を右手でわしゃわしゃとかき混ぜる。
「うーん爽快爽快」
暢気に頭を振る快斗にコナンはとにかく驚愕を隠せないでいた。
「俺がここにいるぅぅぅぅぅ」
「は?」
俺がここにいる?
そりゃここにいるわな。
っていうか意味全然わからないんですけど。
何故か突然機嫌が悪くなったコナンに快斗は首を傾げた。
「俺の姿を持った奴がここにいて。そんで俺がこんな姿になって。こいつのせいだきっとこいつが俺の姿奪ったんだ。だから俺がこんな姿になったんだよ。ちくしょーそうだこいつが全部悪いんだぁ」
ぶつぶつと地面を睨み付けて呟くコナン。
何故そうなるのか分からないがとにかく自分そっくりの人間が現れて心底驚いたらしい。
しかもあまりに似すぎてここに工藤新一がいるかのような錯覚を覚えた。
「てめー覚えてやがれぇぇ」
怒りに頬を紅潮させ指を突きつける。
「?」
何に怒られているのか分からない快斗は爆発的な怒りに目をしばたかせながらコナンの可愛らしい顔に目が吸い付けられた。
「お前なんか俺がぎったんぎったんに伸してやるっそんで俺は元に戻ってやるんだ」
錯乱の極みらしい。
「はあ?」
元に?ぎったんぎったんになんでされるんだ?
疑問は多々あったがそんな事を口にする前にコナンは
「あばよっ」
叫ぶだけ叫ぶと何故かかっちょよく捨てぜりふを吐き背を向けた。
そんな動作が面白くて可愛くて快斗は思わずプッと吹き出した。
「コナンっ。俺な黒羽快斗ってんだ。また会おうなーーーーーー」
「今度会った時はテメーと俺は宿命のライバルだっ。相容れぬ存在だっ。それだけ覚えてやがれっ」
「ほーい」
さっきまで二人で同病相哀れむ状態だったのになんだろうねぇ。だがこんな時の相手に逆らうのは無駄と知っているためとりあえず陽気に返事を返しておいた快斗。
二人の出会いはここから始まったのかもしれない。
この後とある屋上で出逢うまでしばしのお別れ。
あそこで見かけた快斗がどれほど嬉しかった事か。どれほど縁を感じた事か。
だがそれは快斗だけの秘密。
そしていつかこの場でコナンが怒った理由を知るときが来るだろう。
それまでは謎は謎のままがいい。
明日が楽しくなるから。
後日談
「見つけたぞKIDっっ」
「げげっ」
なんで作動してんだよセンサーーーーーーーー。
すっかり忘れていた方もいるだろうが一番最初にコナンが注意したため快斗の前準備は全てパーになっている。
それを知らない快斗はあっさりセンサーにひっかかりこうした事態を迎えた。
「はっはっはー何故かしらんが娘は幸せだしこうしてKIDは罠に引っかかるし幸せ続きだぞーーーへいへいーKID観念しやがれー」
「・・・」
嫌だ絶対に。
娘からケーキ奪うような親父に捕まっては怪盗KID一生の恥。先代に顔向けできない。
今回は宝石は諦めて逃げるかと思った瞬間二階から石が降ってきた。
とは言ってもタダの石ではない。
ビッグジュエルと呼ばれる大きな大きな宝石だ。
ちなみに当たったらひっじょーーーに痛い。
怪盗KIDの面目躍如とばかりに優雅にキャッチすると手の中の物を見て目を丸くした。
次いで宝石の出所を慌てて見上げる。
そこには窓枠に寄りかかった女性が一人たたずんでいた。
「KID様。どうぞ差し上げますわ。わたくし今最高に幸せですの。宝石の一つや二つあなたに差し上げてもかまわないと思うくらいに」
「それはそれはありがたき幸せ。ですがよろしいのですか?この宝石はとても価値のあるもの。そして将来。いえ近い未来に貴方の薬指を輝かせるために用意されていたのでは?」
「いいんですの。一番欲しいものは手にいれましたから」
爽やかな笑顔を見せられ、ラプンツェルのごとき長き髪をサラリと風にさらわせた綾子は確かに隆の言うとおりに妖精に見えた。
近づかなきゃ確かに儚げに見えるな。彼女の髪で脅されたコナンの話のせいでかなり怖いイメージがついていたようだ。
「そうですか。素敵な未来をつかみ取って下さい。私もそして貴方を助けて下さった方々もきっとそれを望んでます」
「ありがとう。ええ。小さなお友達にもお礼を言いたかったのですけどいつの間にかいなくなってしまったし。でも私が幸せになる事で恩返しになるならば絶対に幸せになってみせます」
幸せそうな微笑みを見せられKIDは頬を緩ませた。
別に自分が何をしたというわけじゃない。
だけど。
人を幸せにした。
そう感じた。
はちゃめちゃな一日だった。でもなんか後味はサイコーだ。
今度あいつと会うことがあったら伝えてやろう。
「夜空に輝く星達がきっと伝えてくれるでしょう。あなたの幸せの生け贄頂いて参ります。」
「ふふ。生け贄ですのね。」
「二番目に大切な物を手放したからには一番目は絶対に離したらいけませんよ。お嬢さん」
「ええ。もちろん。そろそろ行ったほうがいいわ。KID様。」
「それでは今宵はこれで失礼。伊集院夫人」
フワリと白いマントを翻し夜空を駆ける。
「素敵ね」
「そうだね」
ほうっと柔らかなため息をつきながらその白い影を見送っていた綾子は思いがけない返答に驚きの声をあげた。
「まあっ隆様」
夜中だというのに突然出現した隆はさっきまでKIDが立っていたあたりまで歩いてくると真上を見上げ二階の綾子に右手に持っていた箱を軽く振ってみせた。
「隆で良いって。綾子。ようやく指輪が出来たんだ。なんか順番がめちゃくちゃだけど」
婚姻届けを出してから指輪をようやく注文した。
そしてついさっき出来上がりすぐに渡したくて届けに来たらこの騒動。
「あれが噂の怪盗KID。なかなか紳士な人だね」
「ええ。紳士でしたわ。隆様。玄関から入られます?」
「そうだな気分はラプンツェルなんだ。縄梯子降ろしてもらえるかい?」
「ええ。喜んで」
何故部屋に梯子があるか・・・なんて綾子さんの部屋だからで納得して欲しい。
そして二人の感性がとても似通っていることもさすがと言えるだろう。
「はい。遅くなったけれど。婚約指輪。結婚指輪は結婚式の時にね」
「まあ。二度ももらえますの?嬉しい」
「ふふ。そう言ってもらえると僕も嬉しいよ。後僕の宝物の羽ペンもつけてあげよう」
「羽ペンと言うとインクを付けて書くペンの事ですわよね?」
「ああ。特注だよ。書きやすいし武器にもなる」
「素敵」
両手を会わせ喜ぶ綾子に隆も幸せそうに微笑んだ。
『一番欲しいものは手に入れた。一番大切だから永遠に手放さない。それが幸せの第一の条件だから』
|