チョコ処理班
それはそう、バレンタインをとっくに越えたある日の出来事だった。
「はあああ?チョコ処理班?なんだそれ」

受話器を握りしめ訝しげな顔で電話の相手に問いかけた。
携帯ではなく家の電話に掛けてきた最愛のラバーコナンちゃんは、どうやら快斗が無理矢理もたせた携帯から掛けているらしく、背後から街の喧騒が聞こえてきた。
今日は第4土曜。学校は休みで、本当は二人で遊びに行きたかったのだが、残念ながら快斗の方にちょっとした用事があり、お流れになった。
それに対してコナンは冷めた物で、特に残念がった雰囲気はみせなかった。
そして夕方かかって来たこの電話。
要点のみをズバリと言ったコナンに考えるまでもなく口をついてでた。
「それって何、もしかしてバレンタインのチョコ?」
用件がなければ電話なんぞ絶対しないコナン。
快斗はそんなつれない少年に再度確認の意味もこめて尋ねてみた。
先々週バレンタインが終わった。
特に何をするでもなく。
イベント大好き快斗君もさすがにコナンにチョコをねだる勇気はなかったらしい。
当然冷たい反応が返って来るのは想像するまでもなかったから。


『そう世にも恐ろしいあの日に送られてきたアレだ。家に大量にありあまってるそれをどうにか処理しなきゃなんねーんだ。』
有り余ってるって一体・・。
どこかの広告のように過剰報告はしないコナンのこと、もちろん事実を述べているだけなのだろうが、彼の大量ってどのくらいだろうかと快斗は気が気でない。
「そんなに貰ったの?」
『あ?あー俺が貰ったのは数個だよ。ただ父さんと母さんと俺・・工藤新一宛に恐ろしいほど届いていた。』
江戸川コナンとして貰ったチョコは確かに数個だ。蘭、歩美、快斗の母、そして海外から送られてきた新一の母、さらに学校で他の子に2個ばかし貰ったので合計六個だ。灰原哀はどうやら甘い物嫌いを見抜いていたらしく、以前からコナンが欲しがっていた小説を一冊ポンと渡してくれた(実はこれはかなり嬉しかった)。
この数は快斗が貰ったチョコと微妙に競っていた。
工藤新一には負けるだろうと思っていたが、よもや子供のコナンと同格なんてと快斗の心はささやかに傷ついていたらしいがそれは此処だけの話。
だがしかし負けるだろうと思っていたが工藤新一の人気は半端ではなかったらしい。
「一体いくつくらいあるんだ?」
『さー?数えたことねーし。とりあえず来いっ。俺ももーすぐ家に着くから』
「へーへーまあチョコの10個や20個くらい引き受けてあげますよ。どーせ用事もすんで暇な事だし」
やれやれと苦笑しつつ頷いた快斗は己の読みの甘さにこの後つくづく落ち込むことになる。



「・・・・これは一体」
今日だけで何度驚いただろう。そう思いつつも予想以上の出来事に快斗の笑みは強ばった。
勝手しったる他人の家。快斗が来るときは鍵を開けて置いてくれるドアを勝手に開け、
するりと滑り込むときちんと鍵を閉めておくそれがいつもの日課だった。
だがしかし今日はちょっぴり違った。
鍵を掛ける前にあまりのにおいに快斗は慌ててもう一度ドアを開け家の外へと飛び出したからだ。
何だなんなんだあの臭いはっっ。

臭いわけではない。良い香と言えば良い香かもしれない。
だがしかしあの臭いは―――――
まぎれもなくチョコ。大量にあるとは聞いていたがこれは自分の想像を絶する・・というか世の中のチョコがここに集結しているような錯覚を覚えるほどあるのではないだろうか。
さすがコナン。真実を述べる男・・・。
意味不明に感嘆しつつ、もう一度勇気を振り絞って玄関をくぐってみた。
甘い物好きを自認する快斗もさすがにこれには参ったらしい。
この中にコナンちゃんがいるわけ?
うっそぉぉん。

果たしてコナンは居た。
居たと言っても無事ではない。
ソファにぐったり埋もれていた。
なにせ甘い物は見るだけでくどくなってくる。
食べてもいいけど少量が限界。
そんな彼がこの中にほんの数十分とはいえ居たのだ。
快斗は彼のそんな勇気を褒め称えたい気分に陥った。
「コナン・・ちゃん?生きてる?」
「う〜〜〜あ゛〜〜〜がい゛どぉぉぉぉぉあ゛れ゛・・・やる・・」
指さした先にあるのはチョコの山。
なんて言うか・・その・・。
「数える気も起きないっちゅーの」
呆れる通り越して意識を宇宙の彼方にすっ飛ばしたい快斗。
なにせこれを食えと言われているのだからどうしようもない。
「これって毎年こうなの?」
「あー今年はまだマシ俺の分が半分以下になってるから」
工藤新一の活躍が最近ないためかチョコも激減らしい。
「へーそれでもかなりあるんじゃない?」
「ああ。あのチョコの山が俺の分」
「・・・・・へ?」
なにか全く聞き慣れない宇宙人の言葉を聞いたような気がして快斗はゆっくりソファから顔をあげるコナンを振り返った。
「コナンちゃんの・・分?えっと・・・・・・あれ三人分じゃないの?」
「父さんの分は一応父さんの部屋に入れて置いた母さんのも同様」
しーんじらーんなぁぁぁぃ。
アーンビリーーバブゥゥゥ。
なんかもう常識はずれというか世の中間違っているというか。チョコ集結どころか店開けちゃうじゃんねぇ。
「いつもはどうしてたの?」
「近くの幼稚園とかに寄付してたんだけど今年はな・・この姿だし」
「ああ、そっか。その姿で寄付には行けないよな。」
そゆこと。と鷹揚に頷くとコナンは自分のチョコの山へと近づいた。
一個一個がかなり手が込んでおり本命っぽい。
「うーん女の執念が感じられる」
「だから余計食いたくねーんじゃねーか」
下手すれば自分の血とか入れてる恐ろしいお嬢さんも居たりするかもしれない。
だがそれを子供達に寄付しているんだろう君はいいのかそれでっっっ。


「ちゃんと確かめてから食べて下さいとは言ってある。とりあえずまだ腹壊した人はいないからやばいのは取り除いて食ってんだろ。」
コナンはいともあっさり答えた。
なにやらアバウトである。
きっといちいちそこまで考えてられないのだろう。
「しっかしさすが藤峰有希子。女性からの人気もかなりのものだねぇ。ってか未だ衰えてないのが凄いわ。」
ちょっくら母の部屋を覗かせてもらった快斗は新一のチョコの約1.5倍くらいある山積みチョコに苦笑を通り越して拍手をした。
「まああの二人の場合全国どころか世界中だからな。ある意味下手な店より品揃えは豊富だぞ」
母は過去の栄光とも言えるがもう数年前に引退したと言うのに時々昔のドラマが流れたりするのだろう若い女性から絶大な人気を未だに保っている。
そして父、作家の工藤優作の妻という地位でもちょっと人気が出ているらしい。
優作はというとやはり売れっ子小説家だけあって尋常じゃない量のチョコである。
よく見ると男性からのチョコが三分の一を占めているようだった。
とは言っても優作本人にというより小説に出てくる人物へのチョコのため、そこまで怨念は深くなさそうだ。

「俺もらうならパパさんのチョコがいいな・・」
三人の中で一番まともなチョコがありそうだから。
「別にどれでもいーけどとりあえずあのチョコ寄付に行くのに付き合ってくれよ。そのために呼んだんだから」
「ああ、そゆこと。そうだよねこれ全部あげるって言われてもさすがの俺でも泣くね」
だが寄付とは言ってもこれを持ち運ぶのは一苦労である。コナンが世にも恐ろしいあの日と言った気持がようやく理解できた快斗は深く今まで一人で処理していたコナンに同情を感じた。
「父さん達に送りつけてもいいけど嫌がらせにしかならねーしな。」
数個ならいいが、すべて送りつけたらどう考えても恐怖のお届け物である。
「段ボールにして何箱分くらいかなぁ」
「10箱はいくだろ?去年は三人分でたしか一番大きい箱にいれて15箱いった」
一番大きい箱ってどのくらいだろう。
自分の考えている箱の倍くらいありそうだなと快斗ははかなく笑う。
「まあそう言うわけだから好きなだけチョコ持ってけよ。」
「わかったー。」
好きなだけと言うならば甘い物好きが大量に甘い物を食べれるチャンスである。
何個くらい貰ってこーかなー。チョコって結構日持ちするしー。
あー問題は何個くらいまともなチョコがあるかってところか。安全そうなのさーがそっと。

俺はちょっと外の空気を吸ってくるとフラフラしながら散歩に出掛けたコナンをよそに快斗は張り切って発掘を始めたのだった。
時間にして約1時間。
安全そうなチョコ発掘完了。
「えーっと35個。うーあーこれだけあってたった35個かよ。」
とりあえず手作りっぽいのを排除し、更にラッピングを凝っているものも排除、更に更にさすがに男からのチョコも怖いから排除そうして生き残ったのはこの数だけだった。
居間のテーブルにおき一個づつ確かめてみる。
最終チェックだ。
袋を破り中を確かめ怪しい物がないか真剣な表情で見ていく。
そうしていくうちに一個だけ怪しいというか怪しくないというか怪しくないから怪しいものを発見した。
というのもあの時期だけコンビニで販売するバレンタインチョコだったのだ。
限りなく安全。
しかしこの豪華メンバーに送ってくるにしては地味というか手抜きすぎて怪しい。
「うーーーーん」
確かこれは工藤新一宛に入っていたチョコだ。
あれだけ膨大なチョコを見ておきながら全部を把握しているのか快斗は間違いないと頷いた。
やはり怪しい。
「コンビニ・・・確かコンビニによっても置いてあるチョコって違うんだよな。これって確かあそこのコンビニにあったのと同じ―――――――――――――――」
あ・・・・・・あれ?
なにやら思い当たり快斗は一人目をぱちくりさせた。
「もしかして」
口元に手をやりつぶやく。
その顔は歓喜に満ちていた。


「ただいまー」
散歩のおかげかかなり元気を取り戻したコナンは仕訳をし終えのんびりテレビを見ていた快斗に眉をよせた。
「お前よくこのにおいの中くつろげるな」
「おかえりー慣れちゃったもん」
ニコニコ。
「俺は一生慣れない。っとなんかあったのか?」
えらく機嫌のよさげな快斗を見てコナンは訝しげに尋ねる。
「うん。貰うチョコ決まったから。」
「ああこのテーブルの全部か?」
「ううん。これだけ。この一個だけ貰う」
コンビニのチョコを見せる。コナンは一瞬口ごもったあと小さくつぶやく。
「・・・・・・・・あ・・・・・そう」

「うん。ありがとね♪」
「別に礼を言われる事じゃねーし」
「うん。でもわざわざコンビニまで買いに行ってくれたんだよね♪」
そっぽを向いていたコナンが慌てて快斗を振り返った。
「・・・・・・え?」
チョコを大事そうに抱えたまま快斗は満面の笑みを見せた。
「ありがとねコナンちゃんからのチョコ頂きますっ」
「ち・・ちがっそれは俺が貰ったチョコでっっ」
「どこの世界にあの工藤新一にコンビニのチョコ渡すお嬢さんがいると思ってんのーー」
ヘラヘラ笑いながら指摘されコナンは小さく舌打ちする。
まともなチョコなんか自分が買いにいける筈がない。これは作戦ミスだ。
「もう照れ屋さんなんだからっ」
えーいこのっと額をつつかれコナンは不機嫌そうにその手を払いのけた。
「うるせー。膨大な山のアレは明日でいいからもう帰れっ」
「えーーいいじゃーん今日は家においでよーチョコのお礼に夜ご飯なにか作るよ」
「いい。結構だ。さっさと帰れっ」
どうしても追い返したいらしくコナンは真っ赤になったまま快斗の背中を押し出した。玄関へと。
「やれやれ。」
そんなコナンに快斗はどうしようもなく嬉しくなり、ヒョイっと抱き上げた。
「はーい連行っ。」
「違うっこれは拉致だっ誘拐だっっ人さらいっっっ」
「えーひどいなぁ。これは立派な愛の逃避行だろ?」
「どこがだぁぁ」
「すべて♪」
さあさあ帰りましょうねぇ。
工藤家のドアの鍵をチョイチョイと針金で閉めてしまうと快斗はコナンを肩に担いだまま帰路をたどった。
「待てっ俺は明日どうやって家に入ればいいんだっっ」
「俺がきちんと着いてくるから安心しなさいって
なんなら明日もこうやって担いであげるよん。あっ靴も履いてないしそれしか帰る手はないねー。」
明日は御姫さま抱っこと俵抱えと肩車どれがいーいー?
「どれもいらんわーー」


次の日。
バレンタインのお返しに靴を請求された快斗は朝から靴屋へと出掛けた。
一人で。
「靴買ってくるまで飯抜きっっっ」
快斗の母を背後に控えそんな事を言ったコナンに快斗君はまだ開いていない靴屋の前で水も凍る寒さの中鼻水をすすりながら開店を待つのだった。
「さ・・・寒い・・」
照れ隠しにしてはかなり酷い所業じゃないのか?そう思いつつも大人しく言うことを聞いているのはコナンからのチョコが思った以上に嬉しかったからかもしれない。
「えへ・・コナンちゃんからのちょぉぉこぉぉ。持ってきちゃった。一個だけたーべよっ」
結局なんだかんだ言いつつ案外幸せ者なのかもしれないこの男。

アホな話やね。
我ながら。
っていうかいつものこと?(笑)

2002.3.7
By縁真