太陽の向こう側          
                    



 「なあ、何でお前っていっつも帽子被ってんの?」
 「はあ?」
 唐突な質問に高石タケルは子供にしてはすっきりと整った端正な顔を驚きの
表情に作り替えた。
本宮大輔がこんな風にいきなり何の脈略もなく尋ねてくるのは珍しくないが今回はその内
容に驚かされたのだ。
何故なら自分が帽子を被っているのは何時もの事。
 「…んだよその顔は、そんなに変な事俺聞いたか?」
 心持ち頬を赤くして焦ったように言う大輔はタケルと違い本当に小学生のようで可愛ら
しい。
そうは思いながらもそんな事を口にすればしなくても良い喧嘩をまたするはめになるので
タケルは殊更真面目に答える事にした。
 「別に変じゃないけど、ただ今更だなあと思って」
 「今更で悪かったな!で、何で被ってんだよ!!」
 答えただけですでに大輔の方が喧嘩腰になっているところがおかしい。
恥ずかしがってムキになっているというか、酷く分かりやすいその相手にタケルは苦笑す
るしかなかった。
元々反りが合わないとでも言うのか、こちらが普通にしていても何故か大輔の気に障るよ
うな事をしているように映るらしい。
それが何故なのか分からず戸惑いを覚えているのは実はタケルの方だ。
彼のような所謂普通の男の子といったタイプの友達(?)は初めてでもしデジタルワール
ドという共通の世界を持たなかったならば一生縁のない相手だったろう。
新しい環境に変わってここ半月あまり、新たな仲間との出会いと懐かしい仲間との再会、
そして何より大切な家族が今はとても近く以前よりも充実した日々を送っていると思って
いるが、ただ一つの難点と言えばこの大輔の存在だった。
タケルにすれば光は以前からの仲間であり友人であるのに光にぞっこんの大輔はそれが気
に入らないらしい。
初めはそれでもからかってやる余裕すらあったのだか最近は何かと面倒だと感じるように
なってきている。
素直にそこまでの感情を出せる彼に嫉妬しているのだ、そう考えるのは至極簡単な事なの
だがそこまで認めてやるのは悔しいと思える程には彼もまた子供であったのだろう。
 「好きで被ってるんだからいいじゃないか、それとも僕が帽子を被ってたら大輔君が困
る事でもあるの?」
 「困るって…べ、別に困ってなんかねえよ!ただ夏でもないのにずっと被ってて変じゃ
ねえか!…ほんとに、光ちゃんとは何の関係もねえんだからな!!」
 そこまで聞いてやっとタケルは大輔の言わんとしている事が分かった。
そう言えばよく外出する時にタケルに合わせるように光もまたお揃いの帽子を被ってきた
りとしているのだ。
それを大輔が酷く気にしていたのを思い出す。
 「大輔君って正直者だね、僕にはとても真似出来ないよ」
 「何言ってんだよ!だから光ちゃんは関係ないって!!」
 自分が口を滑らせた事に気付いた大輔は益々頬を赤らめた。
ただ思った事を素直に口にしてみただけだったというのにどうやらまた自分は彼の気に障
る事を言ったらしい。
タケルはそこでようやく眉を顰めてそんな<仲間>の様子を見遣った。
今日の放課後は皆都合が悪いらしくデジタルワールドでも主だった異変もないので一度は
集まりを止めて帰宅しようという事になったのだが大先輩でもある光の兄八神太一が久々
に顔を出すというので大輔と二人コンピューター室で待っているのだが、ハッキリ言って
タケルも恐らく大輔もよりによって何でこいつとと内心では思っている。
それでも何とか場を繋ごうと嫌々ながらも画策してくるのは大輔らしいが、どれも不発で
中途半端に終わっているのもまた彼らしいと言ってしまっていいのか。
話の一つ一つを取ればどう考えても喧嘩を吹っかけてきてきるようにしか聞こえないのは
タケルの耳のせいではないだろう。
だがいい加減こんなやり取りが30分以上も続けばうんざりしてくる。
途中流石に居畳まれなくなったパートナー達は揃って一足先にデジタルワールドに遊びに
出てしまっていた。
 「ねえ大輔君、大輔君は恐いものってある?」
 「はあ?何だよ急に」
 今度は突然のタケルの質問に大輔は眉根を寄せた。
タケルは相変わらず涼しい顔をしているがそれが何処か変化したように感じたのはその瞳
を見た後だった。
いつもは太々しいまでに大人な笑いをその上から被っているが今は何故か何の感情も見る
事が出来な い。
しかしそれを大輔は侮蔑の眼差しととった。
 「お前俺が恐いもの知らずの大馬鹿野郎だって言いたいのか?!」
 「誰もそんな事言ってないよ!純粋にそう思ったから聞いただけだろ?!さっき自分
だって急に変な事聞いてきたくせに!」
 気が付けば二人は臨戦体勢に入っていた。
大輔はともかくタケルまでがこんなに人前で熱くなるのは珍しかった。
何時までも喧嘩腰の大輔の態度にそろそろ堪忍袋も大破してしまったらしい。
 「前から言ってやりたいと思ってたけどよ、お前随分と生意気だぞ!
一寸デジタルワールドじゃあ先輩で太一先輩とも光ちゃんとも仲良いからって人の事見下
しやがって!!何様のつもりだよ?!」
 「見下してるのは大輔君の方じゃないか!僕は何時だって普通に出来るよう努力してる
ってのにそんな風にすぐ見せつけるような真似をして…君こそどういうつもりだよ?!
苛々するんだよ君を見てると!!」
 「なんだと〜〜!!もういっぺん言ってみろ!俺だってお前なんか大嫌いだね!!
何時も知ったふうな顔して大人ぶって!俺が何を見せつけてるって?!帽子被ってりゃあ
偉いのか?!俺達の前で素顔を晒すのがそんなに嫌かよ!!」
 言いながら大輔は勢いでタケルの帽子をむしり取って床に投げ付けた。
感情に任せて行動出来るのは子供の特権だがそれをした途端頬が鳴る音を大輔は聞いて目
を丸くした。
そして追って襲われた痛みに何が起きたかを悟り大輔は更に怒りを燃やした。
簡単に殴られてしまった屈辱と取り澄ました感の強いタケルがまさか手を出してくるとは
思っていなかった事への驚きも含まれている。
 「って〜〜な!いきなり殴る事ないだろこの野蛮人!!」
 「僕だって怒る時は怒るんだよ!!」
 大輔はお返しとばかりに拳を振り上げたところで…固まった。
タケルが本気の憎悪を込めてこちらを睨んでいる。
だが思わずその手を止めたのはそのせいではない。
その瞳が本当に蒼いんだという事を大輔は今更になって知った。
これまで憎らしい相手としてこんな風にマジマジと見た事はなかったからだ。
柔らかく差し込む夕陽の中でその瞳が光を受け透けるように輝いて、そして帽子の下か
ら現れた見事な金色の髪はそれ自体が光の化身のように美しい。
こんなにも綺麗なものを初めて見た…大輔は呆然と立ち尽くした。
そう、彼は純粋な日本人ではないのだ。
 「…あ、お前ってさ……」
 思わず呟くがタケルは怒りに肩を震わすとそのまま帽子を拾って教室を出て行ってし
まった。
鞄を忘れずに持っていくあたりもうここに戻るつもりはないのだろう。
暫くしてやっと我に帰った大輔は腫れた頬をさすりながら再び怒りに燃えていた。
 「逃げやがったな〜〜!!俺って殴られぞんじゃねえかよ!!」
 絶叫しているといきなりドアが開いたので反射的に大輔は口を噤んだ。
もしかしたら何処かのクラスの先生が煩いと怒鳴り込みに来たのかも知れないと思ったの
だ。
しかし予想外に(?)顔を出したのは太一だった。
独特の髪型とイキイキとした整った顔立ち。
中学生になって益々カッコよくなったと思っている憧れの先輩の登場に大輔はしかし苦い
顔をした。
聞こえてしまったかも知れない…。
 「よう大輔、こんな日にわざわざ待たせちまって悪かったな!ところさっきタケルに
会ったんだけど喧嘩でもしたのか?」
 「……太一先輩、わざと言ってるでしょう」
 大輔が俯きがちに言うと太一は舌を出して笑いだした。
 「やっぱばればれか?だってお前あんなにでかい声で叫んでたら嫌でも聞こえちまうっ
て!でも聞いてたのが俺だけで良かったじゃねえか、でないと暫く先生から出入り禁止喰
らうぞ?」
 「…あいつ何か言ってました?」
 どう見ても拗ねている大輔の頭をグリグリと乱暴に撫でておいて太一は近くの椅子を引
き寄せて座った。
 「別に何時も通りだった。用事が出来たからって笑顔で挨拶して帰ってった。あいつ
らしいよ」
 「笑顔でって…あいつさっきまで散々怒鳴って俺の事殴ったんですよ?!
信じらんねえ変わり身の早さ」
 太一の前だからだろう、静かに怒りを募らせる大輔の姿に彼はため息をついた。
そして微苦笑を漏らす。
 「何がおかしいんですか…?」
  流石にムッとして同じく隣の椅子に座り込むと大輔は太一を見上げた。
 「いやさ、よく俺とヤマトも喧嘩したなあって思い出して。
初めて会った時から全然合わなくて、何度も殴り合いの喧嘩したよ」
 「太一先輩が殴り合い?」
 意外だったのか目を丸くした大輔に太一は頷いた。
 「今じゃあびっくりするくらいお互いの事分かるようになったけどな」
 「…一体どうやってそんなに仲良くなれたんです?」
 「それは秘密!…でも、遠回りすればする程に絆は深くなっていくものなんだって事は
教えといてやるよ。どんなに道が本当は近くに在ったとしても、な」
 「はあ?一体何を言ってるんだかまるで分からないんですけど…」
 怒りは一応治まったのだが今度は落ち込んで項垂れてしまった後輩に太一はそれでも
笑ってその背中を叩いた。
 「要するに喧嘩する程仲が良いって事だよ!」
 ウィンクを決めた太一を見遣って大輔は狐につままれたように痛む背中を摩った。
 「先輩?」
 「行ってこいよ!今ならまだ追い掛ければ間に合うぜ」
 「…何で…別に俺は……」
 「別に謝れとかそんな事言ってるんじゃないんだ、ただ中途半端なままじゃ気分悪いだ
ろ?…だから行けよ。チビモン達はデジタルワールドの中みたいだけど俺が帰って来たら
責任持って連れて帰ってやるから早く」
 大輔は躊躇った後深く礼をしてから走りだした。
何故そんな事をしているのか自分でも分からなかったが、中途半端なままと言うのが嫌
なのも事実で…気が付いたらそうしていたという感じだ。
敢えて理由を付けるのならば今はただもう一度あの生意気な顔が見たい…そんなものかも
知れなかったが。

 タケルを見つけるのは簡単だった。
夕陽にキラキラと金の髪が輝いて…すれ違う人々が皆振り返って行くからである。
帽子は被っていない。
もしかすると床に放った時に汚れてしまったのかも知れない。
あまりに目立つそれに大輔はすぐに走りよって、そして顔を覗き込んだ時に何かが分かっ
た気がした。
大輔は皆に注目を浴びてさぞかし得意げにしているだろうと思っていたがタケルは酷く憂
鬱そうに眉を顰めていたのだ。
そして大輔の存在に気付くと即座に目を丸くして立ち止まった。
大輔もまた。
 「…どうしたの大輔君、太一さん来なかった?」
 タケルは何時もの口調で話かけてきた。
怒りなどそう簡単に治まるものでもないだろうに…。
普段ならそれをすかした態度に見る大輔だが今だけは違った。
 「……帽子…」
 大輔がぼんやりと呟くとタケルは肩を竦めて少しだけ笑った。
 「ああ、あれね、一寸被るには汚れちゃってさ」
 「………そ、そっか………ごめん」
 自然に口をついて出た言葉に目を剥いたのはタケルだけでなく大輔もだった。
今自分は何を言った…??
何時までもポカンとしている大輔にタケルは苦笑して柔らかい稜線を描く頬に触れた。
赤くなっているそこは少し熱を持っていた。
 「…僕の方こそ叩いたりしてごめん、痛かったね」
 「………いや、…もう痛くないし…」
 「そう?良かった」
 何かがおかしかった。
少し前まで喧嘩をしていた仲ではなかったか?
そして会話だって何時もならとっくに喧嘩モードに入っている頃だ。
なのに何故…今はこんなにも静かなんだろう。
しかもそれが全然嫌じゃない、むしろ心地よく感じている。
冷たさを持った風が春の香りを運んで通り過ぎた。
暫しの沈黙の後再び大輔は目を丸くしたまま顔を上げた。
 「……変だ、何時もみたいに言いたい事言ってるだけなのに…何か…気持ちいいかも」
 「……そう言えばそうだね、一体何が違うんだろう」
 違うと言えばタケルが帽子を被っていない事くらいで…大輔はそう思い当たってもう一
度金色に輝く髪に注目した。
 (太陽みたいだ)
大輔は息を呑んだ。
室内で見たときよりも更に輝いて見える。
皆がわざわざ振り返る気持ちがよく分かる。
しかし…目立ち過ぎた。
「まあ?何処の外国の子かしら」という通りすがりの女性の声が聞こえてきた。
そしてその瞬間曇るタケルの顔。
外国?外の国って事?…おかしいじゃないか、だって彼はずっとここに居て……。
 「外国の子なんかじゃねえよ!こいつは…タケルは俺のダチなんだからな!!」
 振り返ってムキになって叫んだ子供にその女性は驚いたように口に手をあてた。
そして少しバツが悪そうに早足に去って行った。
また我に返って、大輔はパニックを起こしていた。
 「あれ?あれれれれ〜〜??俺どうしたんだ?!何言ってんだ??!!」
 手をバタバタとさせて焦りまくる大輔は傍目に見ていてかなりおかしかった。
しかしタケルもまた内心では大輔と同じくらいパニックを起こしていたので笑う程の余裕
などない。
 「……だ、大輔君さあ、もしかして太一さんに何か言われた?」
 「…いや別に……ただ道は遠くて近いとか……喧嘩するのは仲が良いとか、あ〜〜やっ
ぱよく分かんねえ」
 「…………そっか」
 タケルは何かに気付いたのかため息をつくようにそっと呟いた。
相手の態度を一々不快に思ったりするのはそれだけ相手を見ているという事で、それは裏
を返せば関心を持っているという事なのだろう。
傷付くだけの言葉も態度も嬉しいものに形を変えて、ほんの少しだけ見方を変えればこん
なにも気分がいい。
道は遠くて近いというのはやはりよく分からないが、少なくとも互いにさっきまでと何か
が変わった事 は確かだった。
ほんの少し、知らない顔を知っただけというのに。
ならば積極的に知ろうとすればもっともっと気持ちよくなれるのだろうか?
 「…大輔君、今から学校戻らない?まだきっと太一さんもチビモン達も居ると思うし」
 「あ、ああ!そうだな!!そうしよう!!」
 大輔はタケルの申し出に何度も頷いた。
これ以上悩み続ける事に疲れたのだろう。
 「よし!じゃあ走って行こうぜ!どっちが先に着くか競争だ」
 大輔はタケルの手を取った。
そんな何気ない動作も今はワクワクした。
どんな奴なのか、何でも知りたいから。
 「負けないよ、大輔君」
 「サッカー部期待の星をなめんなよ!」
 「……どうかした?」
 構えたところで急に押し黙った大輔にタケルは首を傾げた。
暫くそのままジッとそんなタケルを凝視していた大輔は不意に溢れんばかりの笑顔を作っ
た。
 「やっぱさ、お前帽子被らねえ方がいいかも」
 その笑顔に魅せられながらもタケルはまた喧嘩の続きかと一瞬顔を強ばらせたが…。
 「だってそんなに綺麗なのに隠れちゃったら勿体ねえじゃん!!」
 タケルはその台詞が終わると同時に絶句して…そして爆笑した。
いるのだ、本当にこんな人間が。
羨ましいとか、妬ましいとか、そんなレベルじゃなく持って生まれたもの。
個性。

ずっと恐かったものがある。
人々の奇異なものを見るような…はぐれ者を見るような特別な視線。
幼少の頃は実際に何度も酷く虐めや迫害をを受けた、すべてはこの外見のせいで。
だからタケルにとっての帽子は己を守る鎧。
デジタルワールドでの冒険を経験してからは虐めを受けても平気になったがやはり何時ま
で経っても人々の好奇の視線には耐えられない。
何故日本人に生んでくれなかったのか、母を責めた事すらあるというのに…今初めて自分
の髪の色を誇らしく思えた。
たった一言、<友達>の言葉が変えた。

 「んだよ!何がおかしいんだよ!」
 これまでの鬱屈を晴らすように笑い続ける彼に再び膨れてしまった大輔の手を今度はタ
ケルが取って走り出した。
 「行くよ大輔君!早くしないと行き違いになるかも!」
 「あ、待てよ!!」
 引かれる手をそのままに子供達は並んで走る。
掌から感じる温もりの分だけ互いを近くに感じながら。
二人揃って見上げる空も昨日と同じで違うみたいだ。
 「綺麗だな」
 「そうだね」
 もう一度笑い合って、二人はそのまま真顔に戻ると手を離した。
勿論今から真剣勝負する為に。
ゴールに辿り着いた時奴はどんな顔をするだろう、自分が勝つと信じてやまないタケルも
大輔もその先に在るものを思いただひたすらに大地を蹴った。


 <選ばれし子供達>=<特別>とは違う。
個性的な子供達は皆それぞれが日常という世界の中で毎日必死に戦っているのだから。

 

                                   <END>


2002/1/12  by 流多和ラト

なんじゃこりゃ〜〜〜?!これは本当にタケル様か?!!
違う!違うわ!!だって彼は人の皮を被った鬼畜!悪魔なんですよ〜〜??!
自分で書いておいておかしい(汗)どうやら初めてのデジモンという事で必要以上に緊張してし
まったらしいです……(泣)
ハッ!すみません思わず取り乱してしまいました。
初めに書かねばならなかったのですが(汗)、縁真さん10000HITおめでとうございます!!
こんな嘘八百な代物ですがよろしけば貰って下さい…(汗)

 

 


ありがとうございますラトさまっ。
二人がめちゃめちゃ可愛いです。
愛らしすぎっ。私のショタ心がうずいてたまりませんでしたね。
いえいえこんなタケルも有りですよ。
というかそうですよねあの髪について考えた事はなかったですけど
ありえますよね迫害。
うあー奥が深いさすがですラトさん。
そしてそんな事に気づきもしないのに無意識にタケルの心を溶かしてくれる大輔君。
これにはタケル様も参っちゃいますよ。うん。