もしもこの感情を例えるならば
「鉄の鎖で心臓圧迫されている・・ようなー?」
それが一番適切だと、そう思う。
頑丈なそれにがんじがらめされているのは俺。

大切な幼なじみに真実を告げられぬ程度なら可愛いもの。
嘘をつき重ねていって。

そのうち自分が用意したこの鎖で身動きとれなくなるのではなかろうか。

「怖いよな」
やっぱり。
だから。俺にはあいつの気持ちだって理解できる。そう思っている。
重い重い鎖を纏い戦い続けるあいつの辛さが。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇  
19巻 鉄のクサリ
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

ある日、唐突に予想外の人物から電話がかかってきた。
『今すぐ来てちょうだい』
「はい?」

どこに?とか
なんで?とか
最もな疑問は沸き起こるがまず聞きたい

「俺のケータイ番号どこでお知りになりましたか?」
解っちゃいるが聞きたい。あいつに決まってるがあえて聞いておきたい。

『彼に決まってるでしょ』

ああ当然のようにのたまうあなたに怒りをぶつけようと思わないのは・・・怖いから?
恐いから?コワ過ぎるから?
って同じ選択肢しかないのかよ俺っ。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
  19巻 鉄のクサリ 2
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

声の持ち主はあの名探偵のお知り合い、小さな小さなマッドサイエンティストの灰原嬢。

先日出会ってから『怒らせたくない人ランキング』の上位に軽々躍り出たとんでもない
小学生である。
ちなみに上位にランクインしているのは母、青子、紅子・・・と女性陣が軒並み顔を
そろえていたりするのは別の話。

「そうかあのお子様ね。おっけ」
復讐は奴に(出来たらいいな・・・)←消極的(笑)

「で?」
『小学校に今すぐ来て』
「なんでよ?」
『彼が倒れたからよ』


は?

コナンが?
だからと言って自分が呼び出される理由は全くないがそんな事に気付く余裕はなく

「すぐ行くっ」
空っぽの学生かばん引っつかんで教室から走りだした。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
  19巻 鉄のクサリ 3
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


慌てて向った小学校。通った覚えも無い学校に入るというのはとっても不思議な感覚だが
そんな余裕はない。とりあえず校門で警備員さんに止められ、コナンの親戚です。とサラ
リとうそぶき
(いつぞやあいつがそんな事のたまったのを思い出したのだ。)顔が似ていたからだろう、
あっさり通された。

あれ?いいの?

チラリと疑問を感じなくもなかったが、ありがたくそのまま保健室まで直行。
すごいよ、なんかちょっと探しただけで保健室見つかったしー。ラッキー。

しかしそのラッキーは保健室に入った瞬間掻き消えたも同然だった。

デンと入り口に立ってた少女。あのお子様たちも、保健の先生もいない。
いやーーな状況である。

「遅かったわね」
開口一番にそれっすか?俺全速力よ?これ以上どうしろと?
もしやお空飛んでくるとでも思っておりましたか?
こんな真昼間にありえませんから!

ふふ、んなこたぁ口に出せませんけどねぇ。

「はあ、すみません。」
なんてもごもごと謝罪までしてしまう自分の小心さが悲しい。

「簡単に説明するわね。迷探偵さんはお仕事へ。その娘さんは部活に。阿笠博士は学会で
昨日から出かけているわ。このおバカさんは、蘭さんの部活に支障をきたしたくないとの
たまって、めでたくあなたが呼ばれたわけよ。」

そうですか。やーめでたいめでたい。なんて思えるはずも無い。

「こいつなんで倒れたの?」
「本人曰く、本を読んで寝不足らしいわよ。」
厭きれた風に肩をすくめた灰原哀の言葉に快斗はチラリとベッドに横たわってるコナンを
見た。
ねぶそく・・ねぇ。

六歳児にしても軽すぎる子供を片手で持ち上げ、片方にランドセルをもつ。
俺の中身空っぽのカバンは哀ちゃんがもってくれた。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
  19巻 鉄のクサリ 4
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




どうやら小学校はもう授業が終わっていたらしい。
とは言っても子供の力でコナンを抱えて連れて帰るのは不可能。

「最初はあの子たちもいたのだけれど」
1人いればいいから、との保健室の先生のお言葉で哀が残った。
もし何か彼の体に異変があったら対処できるのは自分だけだから。

「先生は用事があって今職員室に行っているわ。あなたは先に下駄箱に向かっていて
頂戴。迎えが来たことだけ伝えてくるから。」
「あいあいさー」
腕の中の子供はこれだけ近くで話しているにも関わらずまだ熟睡している。
クマはできていないが、少し疲れた様子がみてとれた。

「寝不足・・・」
本を読んで睡眠を削った。なんて決して彼は口にしたくなかっただろう。
でも哀にはそう説明した。

あっさりそう言ったと言うことはもっと言いたくない事実がある・・と考えたくなるのは
なんか探偵っぽい?

「俺もよく使う手だからなぁ」
辛くて苦しくて眠れなかった日。
次の日母や青子に寝不足の原因を聞かれたら
『徹夜でゲームしてた。』

怒られると解っていてもそういうだろう。
一番、真実っぽくて、一番無難だから。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
  19巻 鉄のクサリ 5
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
コナンを片手で抱いたまま、布団を敷いてみる。
俺、他人様の家で何やってんだろー?
ってかこんな所蘭ちゃんに見られたらまた何か言われるのかなぁ。
そう考えると苦笑がでてしまう。

「よっと」
「呆れるほど器用ね」
「それ褒めてない?」
「褒めてるわよ」
硬い床に一度降ろすというのが気が引けたのだ。
かと言って小さな哀に布団を引いてもらうのもかわいそうだ。
その結果がこれだ。


そっと布団に横たえ、上布団をふわりとかぶせコナンの顔を覗き込む。

「寝なかった、じゃなくて。寝れなかったんだよねー」
「なんの話だ?」

寝ているかと思っていたのだがいつの間にやら起きてしまったらしい。
あんなに気をつけたのになぁ。
それとも今の小さな声で起きちゃった?

快斗の台詞に眉をよせ唇をゆがませる。
そんな仕草が子供っぽくて笑みを誘われてしまいそうだが、快斗は笑えなかった。
そっとコナンの頭に手をのせ、ポンポンと軽く叩く。





◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
  19巻 鉄のクサリ 6
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「お前なぁ溜め込まないで俺に愚痴れ。聞くくらいなら出来るぜ」
「はぁ?」
「考えすぎるからそんな風に倒れるんだよ。」
「いや、だからただの寝不足・・・」
「んな強がり俺には言わなくていいの」

ぜぇんぶ解ってるんだから。
みたいな顔をされ呆れるしかないコナン。

「そりゃさ、言ってどうなるって訳じゃないけどね」
でもこんな風に倒れるくらいなら王様の耳の穴がわりくらいなれるつもりだ、と快斗
は思うわけだ。
もちろん防音完備!そこら辺はお任せあれ。

「だから・・・」
「解った。」
「ん?」
「次からはちゃんと言うから」

まだグダグダ続きそーなこっ恥ずかしいセリフを押し止めるべく紡いだ言葉。
それに快斗は胡散臭そーな顔をした。

「ほんとー?」
「本当だ」
「ぜったい?」
「絶対に」

まだ信じられないと言った目を見せつつ不承不承の顔で納得することにしてくれたらし
い。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇  
19巻 鉄のクサリ 7
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「じゃ俺はもう帰るけどちゃんと寝てるんだよ」
「ああ」

名残惜し気に去り行く快斗を眺めていた二人の子供たちは

「なんて・・・」
「バカだろ」
「お人よし過ぎると言うか」
「アホなんだろ」
「・・・」
「なんだよ?」

さんざんこけおろすコナンをなんとなく眺めていた哀は

「良いコンビね」
「はぁ?」

クスっと笑うと
「私もそろそろ帰るわ。蘭さんが帰るまできちんと寝てなさい。・・・解ったわね?」
「わ、ワカリマシタ」

よろしいと頷き去り行く哀は背後から聞こえてきた

「良いコンビ・・・かよ」

ちょっぴり不服そうな、でも何か苦笑するようなつぶやきに肩をすくめた。



寝不足と彼は言った。顔色から見て嘘では無いだろう。
本を読んでたとばつが悪そうに言った。
彼なら有り得ると思った。
でも

「本当は」
眠れなかった、のかもしれない。

黒羽君の悪口を言う彼の瞳は穏やかだった。
もしかすると安堵していたのかもしれない。

重いものを持つもの同士。闘う者どうし。
簡単に弱音をはけない困った男の子同士。

互いがよりどころになるのかもしれない。

「良いコンビ・・・ね。本当に」



おしまい