流田和ラト様へ

一周年記念に進呈させて頂きました。




将棋の神様



「やったぁ勝ったー♪」
 腕をふりあげ無邪気に喜ぶ少年がひとり。
 そのかたわら、将棋盤の前で天下の名探偵(自称)毛利小五郎が苦虫をかみつぶしたような顔で盤上を睨み付けていた。
 明らかに自分のまけだ。ぐうの音もでないほど圧倒的に・・・

 いくら久しぶりに対戦したとはいえ小学生に負けるとは 
 ぐぐぅと握った手をさらに強く握り締めた
「約束だよ今日の夜は僕の好きなテレビみせてね」
 どうせアニメだろうとうなだれる。
 あんなもん見ながらメシ食ったら消化に悪そうだ、なんてどうでもいいなんくせをつけてみるが今更だ。
 チャンネル争いに将棋なんて持ちこまなきゃよかった、なんて後悔しても後の祭り。
 自分から提案した以上破れるはずもない。

 てっきり子供だから将棋なんてやったことがないと思っていた。
 教えてあげるとか言いくるめて誘ってみればこのざまだ。
 こっちが教えて貰わなければならないじゃないか。

「よおっっしもう一勝負っっ次はかぁぁぁぁつっ」
「えー。いいけどチャンネル権はもう賭けないよー」
「賭けはしないっ今回はただの将棋っさあっやるぞっ俺が勝つまでなっ」
「げ・・」
 その後手を抜けば怒られ、勝ち続けたコナンはなかなか解放してもらえず、テレビ権もなんのその、夜のひとときを小五郎との将棋に奪われてしまったという本末転倒な事態に巻き込まれた。


 そうして、一夜かけて将棋では絶対に勝てない事が判明し(気付くのが遅い)、今度は囲碁にしておこうかな・・・なんてこりないこごろーさんは考えるのでした。


だが残念ながら話はそこで終わらない。

「はい?将棋大会?」
「そうなんですよー今度町内で行われるんですけど、そこで是非っぜ・ひっっとも名探偵の毛利さんに出て頂きたいんですよーー」
 どうやら参加者が集まらないらしい。
 そこで小五郎の名をエサにしようといった魂胆のようだ。
 さすがに鈍い小五郎もそのくらいは解る

「いやいや。わたしなんか小学生にも敵わないくらいですから全然ダメですよー」
 はっはっはー
「いやいやご謙遜を。ささっこれにサインをっ」
 はっはっはーー
 どちらも引く気はないらしい
「ですからわたしは将棋は今ひとつ得意では・・・」
「いやいや。ここは一つ名探偵のすばらしさをご町内に広めようではありませんか」
「・・・」
 小学一年生に負けるのにか?
 小五郎は本気で嫌がっているというのにこの男全く本気にしない。
 ボロ負けしたら恥ではないか。
 それとも自分が名探偵としてちやほやされているのが気にくわないからいっそ恥をかかせてやれとでも思っているのか?
 なんて勘ぐりたくなって来た小五郎氏

「・・・・仕方ないですね。解りました参加させて頂きます。それでそれはいつですか?」
「来週の日曜日ですよ。いやーよかったよかった。これで参加者はバッチリですね。なんてったって毛利小五郎さんが来るんですからっっ」
 はっはっはーー


 そんなでっぷりした男の後姿を射殺しそうな程睨み付けると小五郎はそそくさと家路へと着いた


  そして

「コナーーーーンっっ将棋するぞっっっ俺を鍛えろーーーーー」


  こうなった






 ドーーンパパーーン
 なんて運動会のように爆竹がなるわけではないが、大会は始まった
 とあるホールを借りて。
 かなり大きいホールだ。
 最初場所を聞いたとき間違いではないかと思ったほどに大きなホール。
 人が少なかったら寂しいだけだ。
 だが予想に反して人はかなり居た。
 ご町内の人だけではなく遠くからも小五郎の勇姿を一目見ようと集まった見学人でごった返している。
 勝負は勝ち抜き戦。
 参加者は町内だけに限定しなかったおかげか、百余名にも及んだという。
 そしてサクサクとサクサクと勝ち進んだのは意外や意外小五郎氏

「か・・勝った」
 自分で驚いていては世話無い
 だが、と小五郎は首を傾げた
 どうも敵が弱い気がする。
 もしかすると弱い奴らに丁度当たったのかもしれない。
 それとも天下の毛利小五郎を負かすわけにはいかないと手を抜いたとか。
 う〜む
 そうなのか?
 なんて腕を組んで試合中に考えてしまう程の余裕
「きゃーー毛利さーーん素敵ーーー」
 そんな小五郎をみて、真剣に次の手を考えているように見えたのか女性陣が黄色い雄叫びをあげた
 今日はちょっと渋めに着物で来てみて正解だったかもしれない。
 うむうむ。小五郎は頷く
 蘭の勧めで断るでもなく着てきたが、着物姿は意外に少なく少々気後れしていたのだ。

「王手っ」
 バシィィィ
 ここまで見事に決まれば相手も降参せざるをえまい
「キャー素敵ーー小五郎さーーーん」
 小五郎はニヤリと笑みをつくると自分が一番格好良く見える角度に顔の位置を移動した




「はー頑張っているねーおじさん」
 順調に勝ち進んでいく小五郎をみてコナンは一言呟いた
 トーナメント表は横に長い
 何枚も継ぎ足してある
 左の名前は大きな字なのに右にいくにつれ小さくなっているのはこんなに人が集まると途中まで思わなかったからだろう。
 丁度毛利小五郎と書かれた辺りから字が小さくなっているから間違いない。

「坊主。お父さんとはぐれたのかい?」
 小さな体で紙を見上げていたコナンは背後からの声に振り返った
 愛らしい顔立ちは思わず人々に微笑みを思い出させる。

「違うよ。今試合しているからここで待ってるだけ」
「そうかそうか。暇だろ?」
「うん。暇ぁおじさんは参加者の人?」

 この中で貴重な着物姿の男は首を傾げるコナンにニコニコ笑顔を向けるとばさりと扇子を開いた

 「私はただの助言役だよ。何かルールで解らなくなった時の為のルールブック係だね。だから今は暇で暇で」
「へーそれじゃあ将棋の先生?」
「そんな所かな。坊主は将棋出来るかい?」
「坊主じゃないよコナンって名前があるんだからっ。出来るよ将棋。先週なんてねずっとおじさんに付き合わされたんだから」
 うんざりっと言った顔を見せるコナンに男はカッカッカと笑うと
「そうかそうか。坊主・・・じゃなかったなコナン君はそんなにちっこいのに将棋が出来るのかこりゃ結構結構」
「おじさんの名前は?僕は名乗ったよ」
「おお。そうだったな。私は緑川行平(みどりかわ、ゆきひら)という。」
 腰をかがめコナンに目線を会わせると優しげな瞳をみせた。
 まるで孫をみているかのようだ。
 年齢的にはまだ40代か50代前半かと思われる
「よかったら私と将棋でもして時間をつぶさないかい?」
 その言葉にコナンが返事をする前に近くにいた大人が騒ぎだした。

「緑川さんがっっ」
「そんなもったいない」
「あんな子供と?」
 みたいな言葉がざわざわとした騒ぎの中から聞こえてくる。
 コナンは緑川を見上げた。
 そんなに凄い人なのか?
 もしかするととっても有名な人なのかもしれない。
 生憎コナンには預かりしらぬこと。

「な〜にちょっと段を持っているだけで大したもんではない。ここら辺では確かに一番強い かもしれないけれど強い中にいくとやれやれ簡単に負けてしまうような気弱な男だよ。さあさあっ周りなんか気にせずにおじさんと遊ぼうじゃないか」
 手を引かれコナンは近くで空いていた将棋盤の前に座らされた。
「ほらほら。コナン君の気がちってしまうだろう。勝敗は後で教えてあげるからしばらく子供と遊ばせてくれないかい?」
 ニコニコと強くない口調で人々を遠ざける。
「さ。やろうか?」



「優勝は毛利小五郎さーーーーん!!!」
 へ?
 人数の多さからかなり時間がかかったが決勝戦。
 小五郎はあれよあれよという間にここまでたどり着いてしまい正直狼狽えていた。
 組織ぐるみの八百長かっっ?
 ここまで来て残念ながら手応えのある相手は一人としていなかった。
 どういうことだ?
 未だ自分はコナンにすら勝てないというのに。

 一週間のスキルアップ。
 それで小五郎はかなり腕をあげていた。
 元々結構打てたのにコナンに撃沈され、自分は下手だと思いこんでしまった小五郎。
 必至で一週間頑張ったおかげかかなり打てる段階へと進んでいた。
 町内なんか目ではない。
 そうして決勝戦もやはり危なげなく勝利を遂げ、小五郎は何故かトロフィーを抱いていた。
 そんな自分に疑問を感じながら。

  お・・おかしいぞ?


「いやはや、いやはや。やっぱり謙遜だったじゃありませんかー毛利さん〜」
 主催者がこのこのっと脇腹をつついてくる。
 あれは本心だったのだから今ここでそれを言ってもあまり効果はないだろう。
「いや・・この一週間でかなり勉強しましたからね。さすがに皆さんに恥ずかしい所はお見せしたくないですし。」
 はっはっはートロフィーと賞状を見せびらかしながら歩き出す。
 内心の疑問なんて一切表には出さない小五郎。きっと「ま、いっか」とか思っているに違いない。

「コナーーン帰るぞーー」
 キョロリと一見渡しするとその小さな存在はすぐに見つかった。
 どこかの親父と将棋をさしていた。
 その表情は楽しげで、
「あーまた負けちゃったーーー」
 そう嘆く姿も楽しそうだった。

 少し離れた位置で見つめる大人達もそんな可愛らしいしぐさに目を奪われているようだった。
 それに小五郎はふふんと自慢気に胸をそらす。
 愛らしいだろうっ可愛いだろうっもっと褒め称えろっっ
 あの子供が帰る家は俺の家なんだぞっ
 あの子の事を一番知っているのは俺だし、その仕草もなにもかもいつもみているんだぞっいいだろーっっ
 みたいな親ばか以外の何物でもない気持ちで胸はいっぱいだった。

「やっぱり強いなー緑川さん。」
「いやいや。コナン君もそれだけ打てれば充分だよ」
「そうかなー?」
 互いに誉めあいながら将棋の駒を片づける。
「それじゃ。ありがとう遊んでくれて」
「いやいや。こちらこそ楽しかったよ」
「じゃーねー」

 大きく手を振りコナンは小五郎へと走り出した。
 小五郎がトロフィーを見せ、それに手を叩いて凄い凄いと騒ぐ。
 そしてさっきまで自分も将棋をさしていて、思い切り負けた事を告げると小五郎は驚いた顔を見せた。
 そうして楽しげに会話を交わし二人が去っていく。

「緑川さん。何回勝負したんです?」
「ん。5回だな。」
「あー子供は止め時を知りませんからね。」
 結構時間があったのに5回しか勝負出来なかったというのは一回にとても時間を掛けたということ。
 未熟な者は、負けている勝負だと解らず延々やってしまうものだ。
 そう暗に告げる隣りの男に緑川は小さく苦笑をみせた。
 あれが未熟?
 とんでもない。此処にいるどんな大人より強いに決まっている。
 ハッキリ言って手を抜いたのは最初の一手だけだ。
 向こうの一手をみてすぐに力量がわかった。
 そして、本気でやらなければ負ける事も。

「あれで小学一年生・・・か。末恐ろしいな。」
 この世界に誘ってみたが簡単に断られてしまった。
 自分の夢は決まっていると。
 探偵になるんだと目を輝かせた少年。
 それは夢物語なんかじゃなく、本気の瞳だった。

 これだけの手が打てるのにもったいないとは思う。だがそれもまた人生。
 素直な手だった。
 次の次のまた次を読め、一手一手の気迫もあり、途中から終局も読めているような気配さえ見せる。
 どんな相手とさしてここまで育ったのだろうと興味を持った。

 そして驚いた。相手は高校生。友人だという。
 その少年にも是非今度会いたいものだと言ってみたら、その子も将来の夢が決まっているという。
 ままならないものだ。
 マジシャン・・・ね。
 なかなか夢がある。
 そして一筋縄ではいかない職業だ。
 二人してかなり変わった目標を持っていると思う。

「緑川七段?」
「いやいや。段は言わなくていいですよ。私はただのおじさんですから。」
 はっはっは。
 と笑うと緑川は扇子をたたみトントンと肩を叩いた。

「3勝2敗」
「え?」
「3勝2敗でしたよ。恥ずかしながら」
「ええええ?そ・・それは手加減してあげたからでしょう?」
 まさか。
 本気の本気でやってだ。
 7段と呼ばれるのが恥ずかしくなってくる。
 それに恥じないほど腕をもっと磨かなくては。
 今の地位に甘んじてはこれから来る若者に負けてしまう。

 そう決意し、緑川はそっと目を閉じ、コナンへと心の中で礼を述べた。

 君はわたしの慢心を見破る為に現れた将棋の神様のようだ。

「彼に会ったらこれを。私からのお礼だと渡してもらえませんか?」
 十数年来の、愛用の扇子をそっと近くの男に差し出した。


「みろっ蘭。優勝だぞっっ」
「えっ嘘っコナンくんにボロ負けのお父さんが?まさか八百長?」
「ら〜ん〜お前なぁ」
「だってー嘘ーー信じらんなーーーい」
 毛利宅ではそんな会話が親子でなされ、コナンも小五郎も何故かお腹を抱えて爆笑してしまったという。
 そして次の日将棋大会の主催者がやってきて手渡された扇子。
 それはしばらくコナンのご愛用となったらしい。



愛らしく。
でも強く揺るぎない瞳を持った少年が現れました。
それは将棋の神様。
私の夢を思い出させてくれた。
初心に帰らせてくれた。
だから私は今ここにいる。
将棋の神様に一番近いという頂点を極め、それでも精進の心を忘れずにいられる。
あの真摯な瞳を思い出せば
それだけで己の力不足を思い知らされるような気がするから。
だから私は力の限りこの地位を極めていこうと思う。
          『緑川行平』



遠くない未来、緑川行平の名は世界にとどろくことだろう




end

偉そうに書いてますが縁真は将棋は挟み将棋しかしりません(笑)
7段ってどんなもんでしょうね。
とりあえずもの凄いって事はわかるんですけれど、名人とか書くより身近かなーと←違ったらすみません
そして何故か快斗出てきてません。
うーんまた小五郎さん。
相変わらずのオヤジ好きですね私・・。
By縁真