浜田
ある冬休みの昼下がりの事だった。
最近事件もなくぼへー・・・とした空気の漂う毛利探偵事務所に小さな少年がやってきた。
茶色いコートと白いマフラーと黒い皮の手袋。完全防備のその姿はさらに毛糸の帽子までかぶっていた。
そうとう寒がりらしい。
少々平和ボケしすぎていた毛利小五郎と側でゴロゴロしていた江戸川コナンは
んー?と開いた扉をゆっくり見やった。どうやらちょっぴり寒かったらしい。
「客かー?」
「かなぁ?」
あまりのトロイ会話にその少年はムッとする。
「すみませんがここに毛利小五郎さんがいると聞いて来たんですが。」
「あー。んー俺だ。」
ビールを飲んでいたせいか少し赤くなった頬とうつろな瞳でゆっくりと自分を指す。
いつもならもっと自慢げに言うのだろうがいかんせん今日はだらだら過ぎてハイテンションまで時間がかかるらしい。
「・・・・」
「んーなんだぁ?文句あんのかー?」
なにか言いたげな少年の瞳にいちゃもんをつける毛利小五郎。
どこからどう見てもただの飲んだくれの親父だった。
そしていつもの10分の1も回らないコナンの頭はなにかつっこむ気も起こらないほど動いていなかった。
「なんか・・・駄目だー。こんなダラダラの冬休みって人間を堕落させるだけだー。かといってあの寒さの中外でサッカーする気にもなんねーしよー。」
ちくしょう全て冬休みがいけないんだ。
訳の分からない一人ごとをぶつぶつつぶやいていた。
宿題はものの二日でおわり、少年探偵団はなにやら家族で旅行らしい。
そしてコナンが側でゴロゴロしているうえに依頼人もこず、自然と小五郎も力が湧かなかった。
どうやら二人して暖房の中でぬくぬくと浸っている冬休みを過ごしているせいかだらだらモードが染みついてしまったらしい。
相変わらずやる気のなさげな毛利小五郎と側のソファーでぶつぶつつぶやく江戸川コナンを交互に見やり、その少年は回れ右をした。
「しっつれいしました。どうやら俺の見込み違いってことだな。」
「んーしっつれいな奴だなー。」
「そうだねー。」
出ていこうとする少年を引き留めるでもなく二人は適当に会話を交わす。
「失礼なのはどっちだっっっっ。まったくなんなんだここは。本当に仕事する気あるのかこの探偵。名探偵なんだろ一応。」
「おうよー俺は天下のもうりこごろー様でぇぇぃ。」
「ぱちぱちぱちーー。」
手を叩く気もないのか口で擬音を使うコナン。
「・・・・・毛利小五郎ってーのはさー。もっとほらビシィィっとしててーそんでもって大人で渋みがあってさらに謎の多い人物じゃないのか?」
「謎多いじゃねーかー。ほれー今の俺なんか謎だらけーーかっかっかーー。」
「あはははは。本当だねーおじさん謎すぎて僕わかんなーーい。」
二人で楽しげに笑い出す。
こうなると少年はどうもからかわれているような気になってきた。
「実はこんなアホな事をやっているのは実力を隠すためのカモフラージュ?」
「あははははー。すごーいカモフラージュー。カモってなーにぃぃ。」
「かもってーのはなー鳥だぞー食ったらうまいカモーーなんちってーあーはっはっはーー。」
「座布団5まーーい山田くーーん持ってきてーーー。」
「はーーい。・・・って何させるっ。」
「何ーお前山田ってーのか?」
「浜田っす。」
「へー。そー。あれ?何の話してたんだっけかー?」
「えーっとあー座布団の話ー。」
「違うだろっ。」
コナンのボケに少年がつっこむ。そしてぼけぼけ二人組は同時に首を傾げるのだった。
「「えー?」」
他になにか話してたっけー?
そしてようやく頭が回りだしたのか側にいる少年をやっとまともに見た。
「あー・・・お前だれ?」
「本当だよね。勝手に入ってきたらだめだよ。」
突然正気に返った二人に避難気味た事を言われ浜田と言った少年は血管ぶち切れそうな怒りに支配された。
「―――――――――――――――くぁぁぁぁぁぁぁ。」
ためにためてさらに溜め、そして怒りを押さえ込む。
「やったぜ俺っ怒りをここまでコントロール出来るなんてすげーよ俺っっ。」
自画自賛しておく。
正直ここまで怒ったのは初めてってくらいだったから我ながら感動的だったらしい。
「お前ガキがこんなとこ出入りしてんじゃねーぞ。」
「ガキじゃないっ。もうすぐ中学生だっ。」
「はっ20歳以下はみーーーんなガキなんですぅぅ。」
「何いってやがる20歳以上はみーーんなおじさんおばさんなんだよっ。中学生くらいが一番旬の時だってーの。」
「旬ってなんだろうな。」
「うっせーガキは黙ってろ。」
「はーい。」
所詮6歳。ガキと言われてもしかたのないコナンは大人しく返事をしておく。
「俺は依頼に来たんだ。」
「らーーーんお客様にお茶だせー。」
突然態度の変わる毛利小五郎。
依頼者は神様らしい。特にここまで暇な時だとこんなガキでも相手をしてやろうと思う。
「蘭ねーちゃんは部活だよ。」
「んじゃコナンちゃーもってこい。」
「えーーー。動きたくなーーーい。」
「俺だってやだ。」
「んじゃじゃんけん。」
だっさなっきゃ負けよ。最初はグーじゃんけん
「ちょき。」
「ちょき。」
「パー。」
ん?一人多いような。
「勝ったーー負けた奴ー茶ー持ってこーい。」
「僕も勝ったーラッキィィ。」
「・・・・・俺かいな?」
どうやらじゃんけんのリズムに乗って勝手に手が出てしまったらしい浜田は訳の分からない事態ながらも初めて来た人様の家の台所に行き、勝手に棚をあさり、勝手にお茶をもっていく。
そして適当にお茶請けを用意して戻ってきた。
「おっセンベー。気がきくじゃねーか。」
「っていうか普通客が用意するか?」
「勝手にじゃんけんに乱入したお兄さんが悪いねー。」
それを言われると文句のつけようのない浜田。
お茶をずずーーっとすする二人。
「くはぁぁ。うまいっ。」
「本当。暖房の中で飲むあつぅぅい緑茶って最高。」
どれだけ二人が堕落しているのか今の状態を見れば大体想像はつく。
「・・・・でっっっ?」
「ん?なんだ?」
せんべいを取ろうとした手をべしっとはたかれ小五郎は不機嫌そうに聞いた。
「なんだじゃないっっっ。俺は依頼に来たんだっっ。」
「ああその『・・・で?』だったんだ。おじさんせんべい食べながらでもいいから聞いてあげないと可哀想だよ。」
コナンの親切な言葉に少年は心から感謝する・・・わけもなく、ギッッと睨み付けてきた。
「おっさんがおっさんなら子供も子供だなっっ。」
「やだなーおじさんの子供だったら僕泣いちゃう。」
「あー?どういう意味だコナン?」
「えーーーだってぇぇ。」
せんべいを武器に小五郎が迫ってくるのにコナンは楽しげに少年の後に隠れた。
「おじさんすぐ殴るんだもーん。」
「よ・・幼児虐待?」
「ちがーーーう。てめっこら少年。俺様がそんな事するような奴に見えるのか?天下の毛利小五郎様だぞ?」
「・・・・見え・・なくも・・ない・・かな?」
控えめに少年は言ったが、見えると言ったも同然だった。
「あはははーおじさんきょーぼーー。」
「こぉぉなぁぁんんんん。」
コナンの口をせんべいで封じると話題転換とばかりにさっきからのばし延ばしにしていた依頼内容を聞く。
「で?お前えーーっと山田だったか?」
「座布団と幸せを運ぶあの山田さん?」
もごもごせんべいを食べつつコナンも便乗してつっこむ。
「浜田だ。お前子供のくせに渋いもん見てるな。」
「えへへ。」
感心されコナンはから笑いをした。
「浜田誠二。12歳。来年中学一年生。・・・でだ、やっと本題に入れるんだな・・。」
グッとこぶしを握りしめ長かったこの数分間をかみしめた。
「ああちゃっちゃと言えっ。ほらすぐに。」
「うっせーおっさん。えっとー。美花を・・・探してください。」
「美花ぁぁぁ?」
「お兄ちゃんの彼女さん?」
失踪事件かっっと向かい側に座る浜田へと乗り出すコナン。だがすぐに隣に座る小五郎に襟首をつかまれソファーに戻された。
「彼女?そぉぉぉんな下世話な事考えないでくれたまえ。」
「たまえって・・・。」
スックと立ち上がるとまるで夢の世界に吹っ飛んだように少年はとつとつと語りだした。
「彼女は僕のオアシス・・僕が悲しい時も辛いときも嬉しい時も楽しい時もずっと側にいてくれた僕のエンジェル。彼女が消えてから僕はまるで暗闇に置き去りにされた哀れな子うさぎさ・・・・。
ああ・・美花。僕の美花―――――。」
うっっとしゃがみこみ、地面に膝をつくと大げさな仕草で男泣きする。
「・・・・おじさん。」
「なんだコナン」
「・・・・僕遊びに行ってくるね。」
「逃がさないぞ。」
ひきつった笑みでそっとソファーから降りようとするコナンを同じく引きつった笑みで小五郎はひっつかむ。
「だっておじさんこの人やばいって。変な病気でも移ったらどうすんの。」
「体よく追い払うから協力しやがれっ。」
聞こえないようにコソコソしゃべるが所詮向かい合って座っている身。丸気声だ。
「毛利小五郎様っっっ。どうかどうか俺の美花を・・・。」
少年はコナン達との間にあるテーブルにだんと手とひざを付き、ずずいっと顔を近づけてくる。
浮かぶ涙はピンク色・・・・。
「目薬」
ずばっと正体を明かすコナン。
「お前いつの間に目薬なんて。」
「多分地面についたときじゃない?早業だよね。」
「しまったぁぁぁ。」
目に手をやり少年は偽物の涙をぬぐい取った。
こうなったら小細工は効かない。(最初から効いてない)
「お願いだ。美花を見つけて下さい。一昨日の夜からいなくなったんです。」
「旅にでもでてるんじゃないのか?」
お前から逃げるために・・・心の中でそっと付け足す毛利小五郎。
「そんな・・美花が俺に断りもなくそんな事するはずがないっ。」
「ないって言われたってねぇ。」
「なあ?事実居なくなったわけだしな。」
コナンと小五郎は呆れた笑みをつくる。
「まあ一応聞いてやるが、その美花ちゃんとやらの特徴は?」
「えっと目が大きく可愛い。」
「そんで?」
「後は身体が小さくて可愛い。」
「・・・そんで?」
「えっとぉ。うーん。声も可愛いんですよー。」
「・・・・・・・・。」
なるほど特徴。確かに特徴。
だがこれでどうやって探せと?
「あっ美花さんっていくつなの?」
「えっとー今年で9歳だったかな。」
コナンが切れかかる小五郎をなんとか抑えようと質問をした。
「へーそんじゃあ小学3年生くらいか。」
「最後に見たのはどこらへんか覚えてる?」
「うーん。最後に見たのは・・・確か俺の家の庭で遊んで居たところまでは。」
部屋に入ってちょっとして庭に出たらもういなかったらしい。
「誘拐?」
「そうかもっっ美花は可愛いからっっ。」
「はいはい。」
対応しているコナンも疲れてくる。
小五郎にバトンタッチをしてソファにぐったり背を預けた。
工藤新一の時ですらこんな疲れる相手と対面したことはない。
思いこみが激しい奴ってやだやだ。
「あっそうだっ写真持ってきたんですよ。見ます?」
その後数10分に渡って質問を繰り返した後そんな事をこの少年は言いやがった。
「「持ってんなら最初っっから見せろっ」」
二人の言葉がユニゾンする。
そりゃそうだ数10分の間何度も二人で交代して質問をするがそれでも神経的に疲れてしまったのだから。
最初から写真を見ればあんな無駄な問答を繰り返す事もなかった。
「え?だって言わなかったから。」
「うっせー。早く貸せ。」
思いやりのかけらも残っていない小五郎は少年が丁寧に出した写真をひっつかむ。
「・・・・・・・・・・。」
折らないで下さいようぅぅ。という少年の言葉を無視してまじまじとその写真を見つめた。
そして少年の顔を見る。
その目は据わっていた。恐ろしいまでに据わっていた。
「どうしたのおじさん?」
「これ見ろ。」
上で見ていたため見れなかったコナンに写真を手渡す。
「・・・・・・。」
ほぼ同じ対応をする二人。
「なにこれ。」
「これって失礼だな。俺の美花にむかって。可愛いだろう?」
「可愛い・・ね。まあ確かに可愛いの部類に入るのかもな。」
絞り出すかのようなひっくぅぅぅい声で小五郎はつぶやいた。
「悪いが俺にはこれはネコにしか見えねーなぁ」
「そりゃそうですよ。美花はネコなんですから。やだなぁ毛利さんったら何言ってるんですか。」
楽しげに笑う浜田少年に小五郎は一緒に笑い出した。
「はっはっはぁぁぁ。コナン。追い出せ。」
「はぁぁい。」
びしっとドアを指さされ気持ちが痛いほど伝わってきたコナンは大人しくしたがった。
「お兄さん。名探偵毛利小五郎はね、ネコを探すほど暇じゃないんだ。」
「えっネコって言ってもただのネコじゃないよ。」
「ほー一匹ん百万するってーのか?」
戸口へとコナンに背中を押され少年は慌てたように叫ぶ。
そちらに背を向けソファに座っていた小五郎は振り向くと皮肉気に聞いた。
「違います。お金なんかの価値じゃありません。俺の言葉が解る世界でたった一匹だけのネコなんです。」
自信満々に言う浜田。
最後の最後まで疲れさせられ小五郎はタバコを取りだし火をつける。
ぷはぁぁ。
どうやら反論の言葉すら言いたくないらしい。
「お兄ちゃん。おじさんは次の仕事があるからごめんねー。」
愛想笑いで一生懸命おいだすコナン。
「嘘だな。さっきあーーんなに暇暇してたじゃねーか。」
「あれはーーほらっお兄ちゃんか言ってたじゃないカムフラージュって。あっ違うお兄さんはカモフラージュって言ってたね。」
「・・・本当はどっちが正しいんだ?」
「カムフラージュ。」
「そうか。」
どうやら小学一年生の子供に正しい答えを教えられたのが情けなかったのか少年は大人しく去ってくれた。
「あーよかった。」
浜田追い出しに成功し満足顔のコナンを横目に小五郎は事務机の下でごそごそと辞書をひもといていた。
小さな大人のプライドを守るために。
「ん?」
何度見てもそれは同じ文だった。カモフラージュ=カムフラージュ。
「・・・」
使えるやーーん。
「あーコナン。カモフラージュ使用可だぞ?」
たった今調べていた事実を悟らせないよう出来るだけさりげなくイスに座り素っ気ない口調で言う。
それに振り返ったコナンは
「そーなの?おじさん頭いーー」
ぼく全然知らなかったー。あははははと乾いた声で笑った。
「・・・・」
あからさまに怪しい態度である。
「さーてと僕仮面やいバー見なきゃっ」
子供らしさを存分に演出しリモコン片手に話題をそらす。
「・・・お前知ってたろ?」
「なんのことぉ?」
「・・・・。」
これ以上つっこむのもバカらしくなり小五郎は追究をうち切った。
このくそガキはやはりあなどれんという認識を新たにすると共に。
「ま、あれを追い払ってくれたんだからカモだろーがカムだろーがどーでもいいけどな。」
そう心の中で決着をつけた。
「しっかし一体このネコ探しにいくら払う気だったんだろうなあのガキ。」
「さぁ?やっぱりマイエンジェルなんだしいっぱい払ってくれたかもよ?」
「はっあんなガキがそんな大金持ってるか。持ってたらあんなんだってちゃーーんと仕事してやるさ。」
あの少年が実はある財閥の息子だと言うことを知らない彼らは幸せだったのか。
たかだかネコ探しにかーなーりーの大金をつぎこんても有り余るほどのお小遣いをもらっている少年だということを。
可愛いエンジェルの為なら小五郎の目玉が飛び出すような金額すらも払っちゃおうと思っていた大財閥の一人息子だということを。
そしてあのネコが小五郎の言った冗談の通り一匹数百万は軽く越えるようなネコだということを。
知らなくて良かったと言うべきか悩むところである。
「また来たらどうする?」
「門前払い。」
「ドアの前で俺の美花ーーとか言って叫ばれたりしてね。」
「やめてくれぇぇ。」
その時は冗談で言っていたコナン。
その二日後から始まる悪夢の様な日々を彼らはまだ知らない。
「俺の美花ーーー。」
彼の可愛いスイィィツハニーが見つかるまでそれが続くということを・・・。
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