愛のカタチ
「俺……新一に黙ってた事があるんだ」
そう言った男は酷く真剣な顔をしていた。
だから、新一はその男。もとい恋人が何を言うのかちょっと、興味を覚えた。
「……………それ、聞いて欲しい事なのか?」
居住まいを正した新一は僅かに低い声を出し真剣に問う。
真面目な話ならちゃんと聞く用意もするし、意見を求められるならそれなりに答える覚悟もした。
だから新一は大好きな本を読む事を止め、快斗に聞き返したのだ。
「うん。聞いて欲しい……」
語尾を微かに震えさせ快斗は新一をじっと見つめた。
どんな反応するのか気になるらしくその目線はまるで"観察"するかの様に鋭かった。
身体は微かに震えてるのに……。
(よっぽど深刻な悩みなのかな………?)
なんだろう?
暫く二人の間には沈黙の空気が流れた。
1時間……………
2時間……………
おいおい………いくら何でもそんなに言い出し辛いものなのか?
…………………………………
…………………………………
(工藤新一推理中)
…………………………………
…………………………………
………………………………はっ!
まさか!
見つかったのか?パンドラが!
確かにこれは重大ニュースだ。
しかし期待の眼差しで快斗を見ると、どうやらそれはハズレらしい。
新一がそう思ったのは快斗の顔が青ざめていたからだった。
大体あいつがパンドラなんか見つけたら笑顔満開で来るはずだしな。
多分……ウキウキ気分で空中で踊ったりしそうだし。←偏見。
……………………う〜〜〜〜ん。
さっぱり、解らん。
すっかり時間を持て余した新一は、快斗は何を言いたいのか?そんな事を推理して時間を潰していた。
しかしどの推理もなんかしっくりこないらしく、新一は推理するのに匙を投げ出し、かなり暇を持て余しはじめていた。
暇だから続きの本でも読もうかな?
そんな薄情な事を考え始めたまさにその、瞬間。
大声がリビングに木霊した。
「俺、実はキッドなんだぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!」
快斗は新一に言うのにかなり勇気が必要だったのか、目を瞑って仁王立ちになっていた。
立ち上がってそのまま叫んで今も顔が赤い。真っ赤だ。
「……………………………」
し〜ん。
しかし新一から返される返事はなかった。
きっと、ショックを受けて声も出ないんだ。
ああ、やっぱり新一俺の事嫌いになったよな。………嘘付いてたし。
でも………ホントの事。
知って欲しかったんだ…………。
だから……………。
嫌われてもいいから新一の返事が欲しいんだよ………。
深刻な思いを抱えて快斗が目を開くと、新一はゆったりとソファーに座り直して本を読み始めていた。おまけにコーヒーを新しいのに入れ替えて飲みながらだ。
「……………………………」
ちょっと、まて!
まさか…………、まさか……………新一君…………。
俺の一世一代の告白……………聞いてなかったとか?
「新一っ!」
「………………………」(←かなり没頭中)
「新一ってばっ!」
「………………………」(←全く気付きません)
「新一っ!!」
半ば怒りながら快斗が新一の手から本を取り上げると、そのまま奪った本を消してしまう。
新一が気が付いて快斗の方に視線を向けた時には、すでにその手には本は握られていなかった。
口でダメなら行動あるのみ!
まさにこれは新一にとって効果的なようだ。
……………が、些か効きすぎて後が恐いのはその後の話。今はそんな事で怯んでしまう快斗ではなかったのだ。
一世一代の非常に重大な告白をしたのに。
愛しているから聞いて欲しかったのに………。
そんな恨みごとを言えば、新一から返ってきた言葉はあっさりしたモノだった。
「ああ、解ってるから本返せ」
「…………………………」
「ちゃんと、聞いた。お前がキッドなんだろう?」
「……………………うん」
「じゃ、問題ナシ。ほら、本出せ」
ずいっと手を出して催促する姿はまぎれもない何時もの新一であった。
問題ナシ?
なんで?嘘でしょ?
俺……キッドなんだよ?
ちゃんと解ってる?
そう言い募っても新一の態度はなんら変わる事はなかった。
「だって知ってたし………って言うのは正しくないか。キッドはお前だなって予想はしてたから」
だから驚かなかった。
ニヤリと人の悪い笑みを浮かべて新一は答えた。
「何お前。そんなに驚いて欲しかったとか?」
クスクス笑う新一に快斗はムッとした。
想像していたリアクションも違っていたが何よりその告白を軽んじている新一の態度に腹を立たのだ。
俺って新一にとってはそんなモノだったのかと……。
「ふ〜ん。悲嘆にくれてこう言って欲しかった?」
「…………………………なんて?」
よせばいいのに聞き返してしまった事を快斗は後に後悔する事になる。
「うそつき」
ツキン。
新一の表情が言葉と共に一瞬にして無表情になったのを驚いたように快斗は見つめ返した。
胸が痛い。
快斗は今の言葉に確実に傷付いた自分を自覚した。
「お前なんか嫌いだ。もう、顔も見たくない」
「………………………」
「出て行け。」
「………………………」
「そして……………2度と俺の前に現れるな」
「…………………!!」
「…………とまあ、こう言って欲しかったのかと…………」
「新一っ!!」
ガタタンッ!!
「うわっ!!」
派手な音を出して快斗がテーブルを蹴散らしたのと新一がその快斗に押し倒されたのは同時であった。
ゴンッ。と床に頭を打って呻く新一が見たのは、自分に馬乗りになって真剣に「何で捨てるの?」と喚く恋人の姿であった。
「酷いよ………俺の事愛してないの?キッドだから捨てるの?」
「いや………おい…………快斗?」
「俺………新一以外もう愛せないんだよ?解ってる?それなのに………」
「ちょっと待て………あのなさっきのは…………」
「2度と会いたくないって?それって……俺に死ねって事だよ……?」
「いや………死ねとは…………」
「………………切り捨てなんかさせないから………それなら………」
「あのなぁ………………」
ゆらりとかなりヤバめのオーラを纏い始めた快斗に新一は本気で呆れていた。
これだから紙一重のヤツは………………手に追えないんだと。
「快斗」
静かな声でたった一言。
新一が名前を呼ぶと上にいる人物は身体を大きく震わせた。
「それ以上突っ走ったら……俺、本気で別れるぞ」
「………………………え……………今の本気じゃなかったの?」
ぱっちりと大きく何度も瞬きした快斗はまるで夢から醒めた様で。
この大ボケ野郎が!
新一にケリをお見舞いされても避けようとはせず、しっかり3発ほど食らって快斗は力なく安堵の溜息をもらしたのだった。
「……………よかったぁ………」
「よかったじゃねぇ!早とちりしやがって。始めに問題ナシって言っただろうがっ!」
「う……………ごめん………ね」
恐る恐る新一の方に手をのばして快斗は新一を抱き締めた。
怒っている新一の方が泣きそうな顔をしていたからだ。
「だって………心配だったんだ………うん。ホントの事言ったら嫌われるんじゃないかって。新一を傷つけてしまうんじゃないかって……」
「…………なら、何故言った?」
「……………でも……やっぱり、知ってもらいたかったんだ。全部知って愛してもらいたかったんだ」
「………………なるほどな」
「……………ねえ………ホントに問題ないの?」
ぎゅっと新一を抱き締める手に力を入れて快斗は聞き返す。
今も恐くて堪らないのだと。
「俺は…………愛する事と理解する事は違うと思ってるんだ」
「え?」
なにそれ?
新一の言いたい事が解らない快斗はゆっくりと手を緩めると、新一を抱き締めたまま目をあわせた。
綺麗な新一の蒼い瞳が優し気に細められて快斗を見つめ返してくれた。
「散々吟味して相手の事知り尽くしてさ、その上で愛するなら誰も騙されたりしないだろ?だから俺は愛する事と理解する事は根本的に違うんだと思ってる。」
「だって、俺はキッドである事を黙っていて新一を騙していたんだよ?」
「だ・か・ら!理解したじゃねーか。…………解るか?俺はお前がキッドだと理解した。俺にとってはそれは黒羽快斗っていう人間をまた一つ理解した事にすぎねーんだよ。だからお前がキッドである事で俺のお前に対する………その、想いはなんら変わらないって事だ」
「………………」
「それに誰かを愛する事は騙される危険を冒すことだと思ってるから、俺はお前に騙されたってかまわねーんだ。騙されても悔やんだりしないぜ?」
お前に騙されても愛してるんだよ。
愛しているから騙されてもいいと思ってるんだ。
だって、騙されたと思う事は自分が思っていたお前とは、違っていたという事だろう?
だったらそれはお前の真実を一つ知った事になるじゃねえか。
そして俺は理解していくんだ。
お前という存在を。
だけどそれはお前を愛する気持ちになんら影響しないんだ。
だって、愛する事と理解する事は違うからな。
これは絶対変わらない。
だから……………
もし、お前が………………
本当に俺を愛していなかったとしてもかまわないんだよ。
俺が…………愛してるだけなんだから。
「という事だ。解ったか?」
「……………………」
にっこりと極上の笑みで微笑む新一は機嫌がいい。
本音の部分は恥ずかしくて言えないが、おおまかな自分の愛の形を言えたのだ。
これで、この目の前の恋人も理解してくれるだろうと思ったから。
新一は凄く機嫌が良かったのだ。
真っ赤に顔を染め上げた快斗が新一の言った事をきちんと理解したのが見て取れる。
しかしどうやらこの頭の良すぎる男。新一の隠した部分まで理解してしまったようだった。
「新一………俺、新一のことすっごく、惚れちゃった」
「……………つまり今までは惚れていなかったと?」
「違うの!ますます愛しちゃったって言ったの。この意味わかるよね?」
「……………………」
「だからさ……………」
「だからじゃねー!おいっ!こらっ………押し倒すな!!!!!!!!!!!!!」
ひくり。新一の笑顔が見事に引きつったのは言うまでもないだろう。
なんでそっちに行くんだ?
お前も俺を理解しろ!
そう顔に書いてあったのを見事に見ない振りした快斗は、本当に幸せそうに微笑んだのだった。
「うんうん。俺をもっと理解してね。こんな事しても新一の愛は変わらないんでしょ?だったら…………いいよね?」
言うんじゃなかった…………。
新一が後々悔やんだのは更に手のつけられなくなった恋人を理解したからだった。
こいつはこういうヤツだったのを忘れてたよっ!
怒りも露に。
それでもそんな快斗を愛する気持ちが変わらない自分自身に。
「こんちくしょ〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!!!」
新一の叫び声は虚しくリビングに響き渡ったのだった。
合掌。
愛のカタチ
END
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