連休明けの月曜日。
すでに4時間目の授業まで終わり、今から昼休みだというのに、いまだに怠惰な空気が学校中を包んでいる。
そんな中で、1年3組代表の関口和仁と1年4組代表の太田祐二は弁当を片手に今日も仲良く廊下を歩いていた。
いつも一緒にいるような錯覚に囚われるこの2人だが、クラスも違うし、実は特に仲良しというわけでもない。中学のときに同じクラスだったから普通に友人ではあるけれど、吉田歩美と塚原真紀のように示し合わせて委員になったわけではないのだ。
今日はこれから、昼休みに生徒会1年執行委員で先日の球技大会の反省会をすることになっている。めんどくさいよな〜と愚痴を零しあいつつもサボろうとはしないあたり、本人たちの評価はどうだか知らないが、この2人は結構この手の委員には適任なんじゃないかともいえるだろう。
まあ、それはさておき。
「おーっす」
普通に仲の良い関口と太田が挨拶をしながらいつもの会議室(すっかり溜まり場と化している)に入ると、会議室には工藤コナンが机に突っ伏して寝ているだけで、他の女子たちはまだ来ていなかった。
「…工藤?」
「おー」
コナンは2人が入って来たことに気付くと一瞬顔を上げて応えたが、それは本当に一瞬のことで、すぐにまた彼の顔は机と仲良しになってしまう。
関口と太田は何となく、ドア付近に立ち尽くしたままでコナンの一連の動きを見守っていた。
…というより、コナンに近づけなかった。
本当に感覚的なものだが、異様な空気がたちこめているような感じがするのだ。
コナンを包むのは気だるい雰囲気。
単に眠そうだとか、そういうものではなくて…。
「なぁ太田、中に入らねーの?」
「…関口、先に入れよ…」
太田は関口を無理やり押し込んで、自分も中に入ってドアをしっかりと閉める。
関口はそんな友人の態度に少しむっとした表情を浮かべながらも、コナンの向かい側の席を選んで座った。そして隣に腰を下ろす友人を見上げる。
「なんか、あったのかな工藤…?」
まだ知り合って1ヶ月だし、コナンのことをよく知りもしないが、今日の彼は明らかにいつもとは違うと思う。
「一瞬しか見えなかったけど、何だか…綺麗っていうか…」
「うわぁぁ!そういうこと言うなー!!!」
関口がぼそっと漏らした一言に、太田は過剰なほど反応を示した。
動揺もあらわに、おもしろいほど真っ赤になる友人の顔。
その反応にむしろ驚いて、関口はぽかんと太田を見つめた。
「…お前、なに赤くなってんの?」
工藤コナンは美形である。そんなことは口にしなくとも学校中の共通の認識で、彼のことを「綺麗」と評したところで今更、動揺するほどのことでもないはずだ。
「………お前こそ、アレを見て何とも思わないのかよ?」
すると太田は恨めしそうな目で見つめてきて、コナンを指した。
「アレ?」
この状況でアレ、とはコナンのことだ。
「工藤がどうかしたのか?」
太田が何を言いたいのか分からなくて尋ねた関口は。
「アレを『綺麗』の一言で片付けられるのか、関口!?」
半泣き状態の太田に縋り付かれた。
「…『綺麗』じゃなかったらどうなるんだ?」
関口は何なんだ一体、と思いつつ首を傾げる。
まぁ男に対して「綺麗」という表現を用いるのが適切かどうか、という話なら理解できなくもない。が、どう見ても太田の反応はそういう類のものではないのだ。
「会議室中に蔓延するこの色気に気付かないのか、お前はーーー!?」
本気で涙を浮かべて、太田はキレて叫んだ。…叫んだといっても、コナンには聞こえないように、声は潜めてある。
「色気って…」
何だよと言いかけて、関口はゴクリと唾を飲み込んだ。
指摘されて初めて気付く、コナンのまとう雰囲気が艶やかなのだということに。
…違和感の正体はこれだったのか!
なんて納得している場合ではなくて。
「な…何で男が色っぽいんだよ!?」
「気付くのが遅いんだよ、お前は!」
太田は憂さを晴らすかのように、頭を抱えた関口をポカっと殴る。
会議室に漂う異様な空気の正体は、コナンが無自覚のうちにまとう妖艶な気配だった。太田は先に気付いたから「綺麗」とか言っている場合じゃないと思ったのだ。
「…で、色気の原因は?」
「俺が知るわけないじゃないか!」
身の置き所もなくなるような色気に当てられつつ、太田と関口はそんなことを囁きあう。
目の前にある弁当なんて、存在の欠片もおぼえていない。
「そういえば眼鏡、かけてなかったよな?」
関口が一瞬しか見えなかった今日のコナンの顔を思い浮かべると。
「…工藤って、眼鏡がないとマジ美少女系なんだぜ?」
と、すかさず太田が反応する。
「実はこの前の球技大会のとき、偶然だけど工藤の眼鏡なしのどアップを見ちゃって、俺、マジにヤバイと思ったもんな…」
「けど、コレは充分にヤバイだろ…」
球技大会でコナンに助けられたときに素顔の彼を至近距離で見てしまった太田がため息を吐くと、関口は視線を眠りこけるコナンに移して同じようにため息を吐く。
今日のコナンはあまりにもヤバイ。思春期まっただ中の高校生の中に置いておくのは、いろいろな意味で危険すぎる。
「…俺、1人じゃなくてよかった…」
「俺も…」
今日のコナンと2人っきりにされては神経がもたないので、お互いがいてくれて良かったとしみじみ実感する太田と関口。
その友情がそれでいいのかはともかくとして。
ガラガラ
「コナンちゃ〜んvvv」
ドアが開くのと同時に能天気な声がして、2人はびくっと体を震わせた。
「あ、先生…」
それが顧問の黒羽先生であることを確認して、ほっと息をついた2人だったが。
「…黒羽てめぇ、何しに来た!?」
ガバっと飛び起きたコナンがいきなり殺気立っているので、ピキっと凍りついた。
…怖い。
凄絶なまでに美しいが、とにかく怖い…。
「何って、委員会の反省会でしょ♪」
「お前の顔は金輪際見たくないんだよ!」
仮にも顧問に対して、今すぐ出て行け、と言わんばかりのコナンである。
…顧問どころか、教師扱いもしたことがないが。
「おや〜コナン君はご機嫌ななめですねぇ。やっぱ寝不足?」
よほど心臓が丈夫にできているのか、黒羽快斗は平然とそんなことを言っている。
「誰のせいだと思っているんだ!!」
コナンは机をバン、と叩いて顧問を睨みつける。
「しかも危うく遅刻しそうになるし!!」
「その代わり、学校まで送ってあげたんじゃん♪間に合ったよね〜?」
しかし快斗はコナンの怒りをものともしないで、鼻歌でも歌い出しそうな上機嫌さで、はい、とコナンの前にバスケットを置いた。
「でも朝抜きだったからね、午前中に調理室を借りてランチ作ってきたんだよvvv」
「てか俺の傍に近づくなって言っただろ、今朝!?」
「愛情込めて作ったからね〜vvv一緒に食べよう?」
「少しは俺の話を聞け〜!!!」
イソイソとバスケットの中からお弁当セットを取り出して、味気ない会議室のテーブルにナプキンを広げている快斗と、その頭をベシベシと叩くコナン。
そんな教師と生徒のやり取りを、会議室の反対側で固まったように息を詰めて見守っていた太田と関口は。
「何か…ハートマーク、飛んでねぇ?」
「ハートというか、暗雲というか微妙なとこだけどな…」
疲れ切った表情で顔を見合わせた。
…分かりたくはないが、分かってしまうこともある。
今のこの2人の心境はまさにそんな感じであった(笑)。
「…何でもいいけど、俺たちってアウトオブ眼中?」
「マジに悩んでいたのがアホらしくなるよな〜」
本当は全然どうでもなんて良くないのだが、ここまでくるとコナンの恋人が顧問の数学教師だろうとなんだろうと構わないような気になってしまうのが恐ろしい。
同性だなんてことは初めから問題視しようとも思っていないし…。
この2人も快斗と同じ穴のムジナだから?というのは不明だが。
「…俺たちも弁当でも食おうか?」
「そーだな…時間もなくなるし…」
そういえば球技大会の反省会はどうしたんだ、などとは口が裂けてもこの2人には言えないのだ。
そんなギャラリーを全く無視して、快斗はサンドイッチにおにぎり、それにいなりずしという実に多彩なメニューをきれいに配置して、コナンの顔を見た。
「はーい、コナン君、何から食べる?」
それを見て、よく用意できたな、と太田なんかは感心してしまったが。
「…いい加減にしろ〜!!!」
コナンはますます怒って拳を握り締める。
「お前が出て行かないなら俺が出て行く!」
と、叫んで立ち上がったそのとき。
ガラガラガラ
「あらコナン君、どうしたの?」
ドアが開いて1年6組の塚原真紀が登場した。
彼女の顔を見て、何故か、うっと呻いて凍りつくコナン。
真紀はコナンと快斗の顔を見比べて、にやりと意味ありげに笑う。
太田と関口には分からないが、その笑いにはきっぱり深い意味があるのだ(笑)。そう、忘れもしない球技大会の日、保健室で…というのはコナンとしては真っ先に抹消したい過去である。
「お弁当、先生のお手製ですか?」
そして机の上の弁当セットを指差して真紀はにっこりとして言った。
「愛ですねvvv」
…愛。
「ゲホっ」
「だ、大丈夫か関口!?」
真紀の台詞に、全く無関係な関口がむせたが、もちろん真紀はそんなものは歯牙にもかけない。
「そうなんだよ〜よく分かるね!」
屈辱のあまりにプルプルと震えているコナンを尻目に、快斗はニコニコと真紀を手招きした。
「たくさんあるから、真紀ちゃんも一緒にどう?」
社交辞令かとも思えるだろうが、けっして誇張ではなく、2人分以上の量がある。
「お誘いは嬉しいんですけど、お2人の邪魔をしては悪いですから、遠慮します!」
「大丈夫だよ、真紀ちゃんは邪魔になんてならないから!!」
「あ、そうですね。私なんかじゃ割り込めないんですよね。」
…友好的なのか、果てしなく冷戦状態なのかは判断しかねる会話だが。
では遠慮なく…と、真紀は快斗とは反対側、コナンの隣に座った。
「どうなるんだよ、この委員会…」
「さぁ…」
平和なランチ風景を反対側から眺めながら、太田と関口はひとしきり執行委員会の将来を憂えたのだった(笑)。
The End.
(コメント)
2000HIT達成記念の小説です♪
「ウワサの真相」の続編ということで、今度はギャラリー太田&関口の登場です。日の目を見ない彼らも結構気に入って書いているんですけど、どうでしょうか?太田君と関口君もようやくコナン君の魅力に気付きました、ということで(笑)。
ところで前回の「はじめての…」でいろいろあったコナン君と快斗のその後。こんなことになっておりますが、皆様どう思われますか?ふふふ。アダルトですよ、お客さん!!(←意味不明)
ウチのサイトに裏があったら、真っ先に裏行きになりそうなシリーズですね、コレ…(笑)。
このシリーズ、まだ続きますが、ひとまずここで一段落です。
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