関口:なぁ太田、俺、今ものすごく悩んでいるんだけど…

太田:何?

関口:もうすぐ中間テストなのに、相変わらず工藤が色気爆発で勉強が手につかねーんだ  …

太田:男なら耐えろ関口!俺は耐えているんだぜ!!

関口:そりゃ俺だってできることなら…!!(涙)

太田:これも人生修行だ!

関口:………(涙)

太田:ところで関口、『怪盗キッド』って知ってるか?

関口:う〜ん、聞いたことはあるような気がするけど?

太田:俺たちが小学生の頃に巷を騒がせたドロボウなんだけどさ、ある日忽然と姿を消して、今でも伝説として語り継がれているんだってさ

関口:…で、それが俺の中間テストと何の関係がある?

太田:いや、全く関係はねーけど

関口:………………(怒)

 

 

In a high school 6(名探偵コナンの帰還)

 

 

 朝のラッシュアワーに、生温かい雨が降り注ぐ中を学校に向かう。

色とりどりの傘をさす人々が忙しなく行き交う大通りを歩きながら、コナンは少し傘の角度をずらしてどんよりとした空を見上げた。

「雨、本降りになってきたな…」

 ピチャピチャと足元で水滴が跳ねる。

「だから車で行こうって言ったのに〜!」

 不満そうな声が苦情を訴えるのに、コナンは隣に立つスーツ姿の男をじろっと睨みつけて制した。

「ったく、生徒が教師の車で登校してたら目立つに決まってんだろ!」

 唇を尖らせているその姿が妙に艶やかだが、おそらく本人は気づいていないだろう(笑)。

 そんな彼の斜め後ろをピッタリとついて歩くセーラー服の少女がこっそりとため息を吐いた。

「…今更じゃないの…」

 1年1組工藤コナン、人目を引くその美貌だけでも何もしなくとも充分に目立ちまくっている存在である。その上さらに、入試で全教科満点を取ったり、生徒会執行委員をやったりと、入学して1ヶ月あまりで学校中知らない者はいないというほどの有名人となっているのだ。

「だよねぇ…」

「自分の行動を棚に上げないで欲しいんだけど?」

 そのコナンを更に有名にした張本人、数学教師の黒羽快斗が同意を示すのに、阿笠哀は冷たい視線を向ける。

 何故コナンが有名なのか?…それを一言で説明するのは困難ではあるが。

 高等部女子の間に瞬く間に広まったあるウワサのせいだといえば、皆さんはお分かりになることだろう。そう、アレである。

 いわく―工藤コナンは数学の黒羽先生の恋人である。

 その真偽のほどは…まぁ、何だかんだ言いつつも月曜日の朝は必ず一緒に登校している(快斗にとっては出勤だが)ところを見れば、敢えて記す必要もないことだろう(笑)。

 というわけで。

 雨の月曜日、しかも来週から中間試験という5月の半ば、コナンは恋人の黒羽快斗と保護者の阿笠哀と仲良く学校に向かっていたわけだが。

 ピーポーピーポー

 通学路が繁華街から住宅地へ入り込んだ辺りで、救急車のサイレンの音が閑静な付近一帯を騒がせた。

 続いて、パトカーのサイレンの音も聞こえてくる。

「何かあったのかな?」

 首を傾げる快斗の左で、コナンが眉を顰めて険しい表情を浮かべた。

 彼を取り巻く空気が心持ち温度を変える。

 そんなコナンの反応に快斗は驚愕を隠せずに、愛しい恋人の顔をまじまじと見詰めた。

「…どうしたの?」

 何か気に障ることでもあったのかと不安になるが、自分は何もしていないし、同行している哀ももちろん何もしていない。

 困惑して傘の中を覗き込むように窺うと、コナンは前方をじっと見ている。

「………………」

 コナンの視線を追った快斗が見たものは、普通の一軒家の前に1台のパトカーと救急車が停まっている光景だった。

 別に珍しいものではない。

 そう、昔はよく自分も彼もパトカーやら救急車やらには世話になったものだ、と思い出に浸りかけて、快斗はハッとした。

「もしかしてアレ、コナン君の知り合いの…」

「…先、行くから!!」

 快斗の台詞をさえぎって、コナンは傘を深く差したまま走り出す。

 あたかも顔を隠すかのように傘を傾けてその事件現場の前を通り過ぎるコナンの背中を呆然と見送るしかなかった快斗は、恋人の姿が視界から消えてからもう1人の同行者を振り返った。

「アレ、たしか高木刑事とかいう人だよね?」

「…そうね、もう昇進しているとは思うけど。」

 哀は仕方がなさそうに答える。

 パトカーの側に立つその刑事は、たしかに、8年前にしばしば事件で関わった捜査一課の高木刑事だった。あの頃は若手だった彼も、8年も経てばそろそろベテランの域に入ってくるだろう。

「で、それで何で逃げるわけ?」

 あれほど事件が好きだったコナンが、まるで目の前の事件から逃げるかのように立ち去った理由。

 好奇心が嵩じて小さくなったという過去にもかかわらず、コナンの姿でも相変わらず事件となると目の色を変えて真実を追い求めていた、その彼が。

 昔なじみの刑事がいる現場を前に、何故?

「何故、というのは本人に訊いてくれない?」

 尋ねられた哀は表情を動かさないで、ただ、肩を竦めた。

 そこに感情は見出されないが、その仕種がどことなく哀しげに見える。

「…その言い方だと哀ちゃん、何かは知っているわけだ?」

 言い逃れを許さないというように、快斗はスッと目を細めて問いかけた。

 哀の台詞の意味は、『何故』というのは言えなくとも、それ以外のことなら答えられる、ということだから。

「……伊達に8年を傍で過ごしていたわけではないもの。」

 彼女は露骨に視線を逸らせつつ、呟くように言った。

「あの後、あなたが怪盗をやめたように…」

 ゆっくりと、何らかの感情が零れようとするのを耐えるかのように、哀は続ける。

「彼も、探偵をやめたのよ。」

 …あの小さな体でも自信に溢れた口調で『探偵』を名乗った、その彼が。

「え…?」

 嘘だろ、と快斗は口を覆う。

 あまりのショックに傘を取り落としそうになって、慌てて握り直すが、傘を持つ左手の震えがとまらない。

「探偵をやめたって…それ、どういう意味…?」

「どんなに面白い事件が目の前に転がっていても、けっして関わろうとはしなくなったわ。あちこちを転々としたせいもあるかもしれないけれど、以前の彼だったら、現場がどこかなんて気にも留めなかったでしょうし。」

 哀の口調には心なしか苦いものが混じっているように聞こえた。

 それは後悔なのか。それとも哀惜なのか。

 いずれにしても、空白の過去にあった出来事を思い浮かべているのだろうとは察しがつくが。

「だけど…俺はともかく、コナン君が探偵をやめる理由なんかないじゃないか。」

 目的はともかく、犯罪者である怪盗をやめた快斗とはわけが違う。

 幼なじみの目を誤魔化して探偵であり続けたコナンが、探偵をやめなければならない状況など有り得ないのではないか。

「…だから、理由は私に訊かないで。」

 哀は軽く息を吐いて、快斗を見た。

 薄い色の双眸が本来なら同世代のはずの男を映す。

 それは哀とコナンが永遠に失ったものを具現化したものでもあって。

「彼の選択がどんなものであるとしても、私が彼の選択を拒めるわけがないじゃない。」

 言外に、自分も納得しているのではないと示しつつ。

 哀は何食わぬ顔で高木刑事の目の前を通り過ぎた。

 

 

 ―なるべくして『探偵』になったのだと思っていた。

 彼が生まれながらにして『探偵』であることを疑ったことなど、1度たりともなかったのに。

 

 

 

「やっぱ…アレなのかなぁ…」

 授業で出払ってしまい、誰もいない数学科教員室に1人でぼんやりと考えながら、快斗は独白した。

 前に彼が漏らした言葉を思い出す。

「『工藤新一』なんて、もういないって…」

 『新一』と呼び掛けたら頑なに拒絶された。

 『工藤新一なんてどこにもいない』と言われて、あまりに哀しくて手を上げてしまったけれど、後からまた、あれは本気だったのだと言われた。

 コナンが『工藤新一』の姿に戻ることを諦めた日から、コナンは『工藤新一』ではなくて、ただのコナンになったのか。

 『平成のホームズ』と呼ばれ、『日本警察の救世主』と呼ばれた彼が、その本質は何も変わらないというのに。

 ―8年前のあの春の日。

 怪盗キッドだった快斗自身を追い詰めたあの瞳を思い出す。

「人を散々追い詰めておいて、それはないんじゃねーの?」

 彼は紛れもなく『名探偵』と呼ばれるに相応しい人間だった。そう、他でもない快斗自身が認めた好敵手だった。

 彼のせいで危ういところまで追い詰められたことも何度かあったけれど、それは嫌な記憶ではない。

 …『探偵』だから好きになった、というわけでもないのだが。

 『探偵』であるというのは彼の属性の一部分に過ぎず、彼がそれを捨てたからといって嫌いになるわけがない。

 だけど。

「それでいいのかよ…?」

 返答など返ってこないことを承知の上で、快斗は脳裏に浮かぶ恋人に言葉をぶつける。

 相手のない、言葉。

 そして、彼が『探偵』であることをやめた原因が自分にあるのなら。

 …あの日、約束を守らなかったせいだというのなら。

「俺が…」

 快斗は爪が手の平に食い込むほど強く手を握り締めて誓う。

「…俺が思い出させてやるよ!」

 力ずくでも。

 ―コナンが『探偵』であるということを。

 

 

 そして、その夜、快斗は8年ぶりに隠し部屋の扉をくぐったのだった…。

 

 

 

 

 

 

 ―『怪盗1412号』。

 またの名を『平成のルパン』とか『世紀末の魔術師』と呼ばれることもあるが、最も有名な愛称は『怪盗キッド』という。

 夜闇に紛れて宝石を盗み出す泥棒のくせに白いタキシードにシルクハットというやたらと派手な装いで警察を翻弄し、かつて一世を風靡した確保不可能な怪盗だった。

 

 しかし、それは過去の話。

 怪盗キッドは16年前に1度忽然と姿を消し、8年前に復活するも、間もなく再び消えたはずなのに。

8年経った今になって、その伝説の怪盗から警視庁に予告状が届いて、あっというまに世間は大騒ぎになった。

本物なのか?それとも模倣犯なのか?

 警視庁捜査二課はまさに大混乱の極みであった。

 

 

 

 高校に入学して初めての中間試験まで後8日。

 煩わしい委員会活動も試験前ということで休みである。コナンは一人でさっさと自宅に帰って来て、最初にテレビをつけた。

 テレビ画面に表示される時刻は5時半を少し回ったところだった。

 それを無意識に確認してから制服の上着を脱いでソファに放り投げ、コーヒーでもいれようかとキッチンに移動しかけたコナンの耳に。

『これが怪盗キッドの予告です!!』

 本気の興奮を隠せない女性キャスターの声が届いて、思わず動きを止めた。

「は?」

 二度と聞くことはないだろうと思っていた固有名詞に自分の耳を疑ったコナンだったが、振り返った瞳に映るのは、テレビ画面一杯に映し出される見覚えのあるカード。

「な………?」

 信じられない、とコナンは驚愕に目を見開く。だが、どんなに目を凝らしても、そのカードは昔コナン自身が直に目にしたのと寸分違わない代物で、偽物だとはとても思えない。

『この暗号の示す内容は、警視庁の中森警視のコメントによりますと…』

 …本当に?

 呆然とするコナンの脳にはキャスターの語る内容など欠片さえも入ってこない。

 ただ、その双眸で画面の中の予告状を見詰め、コナンは立ち尽くした…。

 

 

 白い怪盗の姿が脳裏に浮かぶ。

 

 

「あのバカ………!」

 握り締めた手は思わず顔を顰めるほどに痛かったが。

 それよりも。

 心の方が痛切な悲鳴を上げていた。

 

 

 

 

 いつもなら恋人と2人で過ごすはずの週末であるにもかかわらず、その5月第3土曜日に限って、快斗は仕事を終えると1人でグラウンド脇の駐車場に向かった。

 可愛らしい恋人の姿が傍らにないのは、別に、試験直前だからというわけではない。

 …真剣勝負、だしねぇ…。

 車のキーを右手で弄びながら歩く彼の姿は、一見すると何やら楽しそうにも見えたが、ごく普通を装う数学教師は少し聡い人間であれば戦慄をおぼえるに違いない鋭い気を放っていた。

「本気で行くの?」

 そんな快斗に背後から恐れ気もなく声をかけてきたのは、やはりというか、事情を知り尽くした阿笠哀だ。

 走って追いかけてきたらしく、肩で息をしている。

 珍しく余裕のなさそうな彼女の様子に軽く驚きつつ、快斗は唇の端に笑みをのせた。

「俺はいつでも本気ですよ?」

 彼が関わるときにはね、と少々ふざけた口調で言っても、彼の目はけっして笑ってはいないと哀は気付く。

 ―彼の正体は8年前から知っていた。

 互いに承知の上で関わりを持った2人だが、これまで築いてきた関係は唯一の名探偵を介したものだ。

「…でも工藤君、怒っていたわよ?」

 その彼に代わって言わなければならないことがある、と哀は思った。

「彼は、あなたを犯罪者にしたいわけではないのだから…」

「分かっているよ、これが自己満足に過ぎないってことはさ。」

 哀の台詞にたたみかけるように快斗は言った。

 …『名探偵』が怒っているのは知っている。

 あからさまに怒りながらも何も言わない恋人の顔を思い描きながら、彼が浮かべるのは自嘲的な笑みである。

 もとよりコナンに知られなければ意味がない快斗の行動だったが、新聞でもテレビでも大々的に報じられたそのニュースに、コナンが気付かないはずがない。

 それなのに、予告状を警視庁に送りつけてからの数日の間、彼の口からその話題が出ることはなく、淡々と毎日を送っている、そんな空気があった。

 …キッドの予告状の本当の意図に気付かないわけでもないはずなのに。

 あくまでも無視を決め込むコナンの依怙地な態度は、逆に快斗を本気にさせたのではないかとも言える。

「だけど今のアイツは、本当の自分から目を背けているからな…」

 …そんなことは許さない。

 そう、快斗は強く思う。

 手荒い手段を選んでいるという自覚はあるけれど。

かつて『探偵』として在ったときの彼の瞳の輝きを、失うつもりは毛頭ない。

「アイツが自分で認められないっていうんだったら、無理にでも認めさせてやるだけさ。」

 彼に嫌われたくない一心で封じていた扉を、彼に嫌われるかもしれない形で開けてしまったけれど、後悔はしないだろうと快斗は思う。

 それで『名探偵』を取り戻せるのなら、何を代償にしても。

「…バカなのはどっちもどっちではあるけれど…」

 決意を翻そうとはしない数学教師に、哀は呆れたようにため息を吐く。

「あなたたちって結局、似た者同士なのよね。」

 そう言って快斗を見上げる彼女の双眸には責めるような色はない。

「俺に言わせれば、アイツと哀ちゃんの方が似た者同士だと思うけど?」

「あの人と一緒にされるのだけは心外だわ。」

 ふっと張り詰めていた気配を解すように快斗が柔らかく笑うと、憮然とした表情が返ってきた。

「私はあんなに頑固じゃないわよ?」

「…そういうことに、しとこうか…」

 反応まで似ているのにね、とは口に出さずに思うだけにする。

 せっかく黙認してくれそうなのに、わざわざ機嫌を損ねる必要もないだろう。

「さて、行きますか。」

 準備の時間があるからと思って時計を見た快斗に、最後に哀は真剣な眼差しを向けた。

「彼のことを想うのなら、彼を泣かせるような真似だけはしないで頂戴?」

 同じ人を想って生きる彼女からの要請。

 その真摯な願いに、快斗は僅かに目を細めて微笑んだ。

「誰に言っているのかな、お嬢さん?」

 不敵に笑う怪盗に哀は一瞬だけ息を飲んで。

 それから、シニカルな笑みを返した。

 

 

 

 ―よみがえる怪盗キッド。

 それはただ、真実を見失った唯一の恋人のため。

 

 

 

 コナンは1枚の紙を前にして、唇を噛み締めていた。

 インターネットのニュースからダウンロードした怪盗の暗号文。

 1日かけて解いたその暗号は、ただ1人の人間にあてたラブレターだと気付いたから、迷いが生まれる。

 …解読する前から、その行動が自分のためだけになされていると知ってはいたけれど。

「俺に、どうしろって言うんだよ…?」

 暗号に示された予告日は今日。

 なのにニュースなどを見る限り、警察はそれすらも解読できていないのだ。

 …だから迷うんだよ。

 もう要らないはずの宝石を示す暗号。

 きっと本気でやってくる彼は、自分が動かなければ簡単にその宝石を手にすることになるだろう。

 何も悪いことはしていないはずなのに、何も間違っていないはずなのに、追い詰められていく感じ。

「…ったく、俺が一体何をしたって言うんだよ…!」

 悪態をつきながらも目まぐるしく思考は動く。

 そして学校から帰宅して半日悩んだ挙句、コナンは電話を手に取ろうとして―――受話器を戻して、立ち上がった。

 

 

「やっぱり、行くのね?」

 玄関を出てドアに鍵をかけようとしたところに後ろから声がして、コナンはビクっと身を震わせた。

「灰原…」

 振り返れば、何もかもを見透かしたような視線を向けられる。

「行くんでしょう、彼の指定した場所に?」

 自分の行動が読まれている悔しさに、コナンは素直に頷くことができない。

「…ちげーよ」

 言いながら自分でも虚しくなる嘘を吐いて、視線を落とした。

彼女や、そして彼には、いつでも先回りをされている気がする。思考と行動の先を読まれて先手を打たれている気がする。

後手に回るのは好きではないのに。

「だったら、こんな時間にどこへ出掛けるというの?」

 もう21時を過ぎている。まぁ、外出してはいけないというほどの時間でもないが、用がなければ外出しない時間ではあるだろう。

 容赦なく問い詰められて、思索を巡らせたコナンは。

「杯戸シティホテル」

 最後に諦めたように行き先を告げて、そのまま家を飛び出した。

 

 

 

 

 杯戸シティホテルの屋上。

 どこからともなくハングライダーで舞い降りた白い影が、軽やかに着地を決めた。

 時刻はちょうど22時。中継地点として選んだこの場所に降り立つ時刻として予告しておいた時間であるのに。

 だが、そこで待ち構えていてくれるはずの華奢な高校生の姿は見当たらない。

 …来てくれなかったのか。

 ビュウビュウと風の音だけに包まれて、ほんの1分間ほどその場に佇んでいた怪盗キッドだったが、やがて落胆したように軽く頭を振って、再び翼を開いた。

「…俺の本気、疑われたな…」

 それならば思い知らせてやるまでだ、と物騒な決意を固めて、宝石の待ち受ける美術館へと飛び立とうとしたキッドだったが。

「そっちこそ、俺の気配に気づかねーなんて、腕が落ちたんじゃないのか?」

 涼しげな声が強風渦巻く屋上に響いて、キッドはハッと息をつめた。

 屋上の出入り口からゆっくりと現れる人影。

 冷涼な気をまとい、スッと背筋を伸ばして歩み寄ってくる美貌の少年の姿が、月光の下にあますところなく晒されている。

「これは…失礼しました。」

 シニカルな笑みを浮かべて会釈をすると、コナンの顔が嫌そうに顰められる。

「本当に失礼なんだよ、お前は!」

 文句を言いつつ、怪盗から3メートルほどのところに居場所を定めると、モノクルに隠されたその顔を見上げた。

「一体、俺を何だと思っているんだ!」

「名探偵、だろ?」

 即答すると、更にコナンの視線は厳しくなる。

 だが、8年ぶりにその鋭い視線に射抜かれてキッドが感じるのは、ただ、言い表しようもない高揚感だけだった。

「お前は『名探偵』だよ、工藤君?」

 キッドが意地悪く呼び掛けると、コナンは悔しそうに唇を噛み締める。

 …苦しめるために、こんなことをしているわけではない。

 ごく『普通』に再会して、想いを通わせて甘い関係を築くことができて、それはそれで幸せなのだけれど。

 でも自分たちには、きっとそれだけじゃ足りないのだと、快斗は思う。

「…だから!俺はもう…」

 顔を真っ赤にして憤慨する、彼の姿も嫌いではないが。

「お前が自分でお前の居場所に戻れないんだったら、俺がまた『芸術家』に戻って、お前を『名探偵』にしてやるよ。」

 かつてこの同じ場所で自身のことを『芸術家』と評したキッドは、コナンの記憶の再生を煽るかのように宣言する。

「『監獄』という墓場に入れてくれるんだろ、名探偵…?」

「…キッドお前…」

 その言葉に心から驚いたような顔を見せたコナンは、一呼吸おいて、8年越しの付き合いの怪盗にニヤリと笑ってみせた。

「そうだったな、俺としたことが忘れていたよ。」

 スリリングな関係に戻るのも悪くはない、とコナンは思う。

 体は小学生でも、あのとき確かにコナンとキッドは対等だった。対等な実力を持つライバルだと認め合っていた。

 …そんな心地よい関係を手放した自分は愚か者だ。

「俺はお前の真実を見つけるために生きているんだったな…」

 『江戸川コナン』でも『工藤新一』でも、キッドの前に立つときは同じ。

 ただ、真実を追求する『探偵』という自分がいるだけだ。

「思い出してくれたようで、大変結構。」

 もったいぶって頷いている怪盗の仕種には一々カチンとくるけれど、きっと、今回ばかりは彼の方が正しいから怒れない。

 …怒れなくても、手加減はしないけど。

「首を洗って待っていろよ、キッド!!」

「望むところですよ、名探偵?」

 コナンの本気の宣言にクスリと笑みを漏らしながら、キッドは一瞬で3メートルの距離をつめた。

「え?」

 そしてきょとんとしている彼の手を取り、その甲に口付けを落とす。

「なっ!?」

 途端に顔を真っ赤にするコナンに微笑んだキッドだったが。

 バタン

「キッド!?」

 乱暴に開かれたドアから第三者が登場したのを目の端におさめて、白いマントを翻してコナンから離れる。

「ご苦労様です、刑事さん。」

「…まさか本当に?」

 キッドを探して駆けつけたに違いないのに呆然とした様子で立ち尽くす刑事。

 そして、刑事の登場に驚きを隠せないのはコナンの方だった。

「高木さん?」

 先日見かけた昔なじみの刑事の名が口をついて出る。

「え?…もしかしてコナン君?」

 どうしてこんなところに、と互いに疑問に思っているのが顔に表れている。

 顔を見合わせている2人の姿にまたクスリと笑うと、キッドは風を捕まえてハングライダーで飛び立った。

 

 

(強制終了v

 

 

(コメント)

 3000HIT記念企画第1弾です♪

 これまで過去のことなんて綺麗さっぱり忘れたように展開していた「In a high school」シリーズですが、別に忘れていたわけではないんですね〜。

 ところで書きませんでしたが、高木さんを杯戸シティホテルに呼びつけたのは哀ちゃんです。分かりにくくてすみません(汗)。

 そしてこのシリーズ、次回からはまたギャグに戻ります(笑)。

 

2002年3月23日

≪BEYOND THE BLUE SKY≫管理人

小夜 眞彩

ああ・・高木さん大好き♪
その後の高木さん&コナン君が気になってしかた無いです。
しかしコナン君探偵業やめていたのですね。もったいない・・。
世の中の損失です。
『名探偵』に戻すべく犯罪を犯した快斗えらいぞっ。
八年ぶりのKID。果たして以前の服が入ったのかっっ。
秘かにお腹が出ててショック・・とか無いのかなぁと一人ほくそ笑んでいたのは私だけでしょうか?(笑)
By縁真