最近巷では、宝石に模様を彫り込んで透かしたアクセサリーが流行っている。
しかし、それには最先端の技術が用いられているので、扱っている店も少なくおまけにかなりの値段でとてもお小遣いで済ませられる金額ではなかった。
しかも一部の宝石専門店でしか今の所で扱っていないというシロモノ。
そんな訳だから今や最も入手困難とも言われている。
では、そんな供給の少ないものが何故、流行っているのか?と言えば、それはそのアクセサリーを人気絶好調のアイドル沖野ヨーコが身に付けていたからだ。
流行り廃りも人気の芸能人が左右する。
まさに現代の風潮を現していると言ってもいいだろう。
沖野ヨーコは人気も支持率も高い今時珍しいアイドルで、男性のみならずに女性にまで人気があったから、件のアクセサリーを手に入れようと躍起になる人間は後を断たなかった。
アイドルと同じものを・・・・
ブラウン管でしか見る事叶わず。触れる事の出来ない雲の上の人に焦がれる人間は『せめて、同じものを』身に付けたいと思うのも仕方が無い事だろう。
しかし、ファンというものは恐ろしい。その一言に尽きる。
欲しいものは何が何でも手に入れる。
ましてや『それ』が大好きなアイドルと同じものならばっ!!!!
全国に何十万のファンを持つ、さすがはトップアイドルだ。
そのファンも並みじゃ無い。
同じものをいち早くと、求めるその根性、情熱は一種狂気じみている。
そんな熱いファンのお陰で普段はそんなに売れないだろうと思っていた宝石は飛ぶ勢いで売れたのだから、販売店は嬉しい悲鳴をあげている事だろう。
一時期、模造品が出回ったが、あまりにも粗悪な為に今では誰も騙されたりはしない。
それほどまでに綺麗で精巧な造りの宝飾品だったのだ。
工藤新一。
勿論、そんな宝飾品等に興味は一切、ない。
彼が興味在るのはお気に入りのミステリー小説と事件。そして暗号だけだと断言できる。
アクセサリー???
はっ!笑っちまうぜ。そんなのなんの足しにもならねぇだろう?
と鼻で笑われる所も想像出来てしまう。
新一は自他共に認める『気に入った事にしか興味を示さない』人間だ。
そんな新一と思しき少年はふて腐れたように、宝石店の中に突っ立ていた。
些か制服姿では尻込みしてしまいそうな格式の高そうなお店の中に。
黒と白で統一された店内は宝石を引き立たせる為だけに計算された内装。
ショーケースに鎮座している色とりどりの宝石には一つ、一つに照明が当てられていてキラキラとその光を反射させていて、思わず新一は目を細めた。
眩しいからではない。
その光のきらめきがビルの屋上から見下ろした時の街の明かりに似ていたからだ。
いや・・・夜空の星のほうが近い・・・かな?
ぼんやりとそんな事を考えいると、店員の1人が新一に声をかけて来た。
「お連れ様がもう少し時間が掛かるそうです」
にっこりと笑った顔は綺麗なお姉さん風。
肩にかかる髪を揺らして「女の子は大変よ?」と囁いて笑った。
「ははは‥‥‥彼奴等の買い物はいつもの事だから‥‥‥」
苦笑して奥を覗くと何やら真剣に話し合っている二人の少女の姿が見える。
園子と蘭。いつものように「付き合って」の言葉一つで借り出された新一は、学校から直行でこの宝石店に連れてこられた。
園子の馴染みのお店というだけあってかなりの高級店だ。しかし、そこはお得意様の鈴木家令嬢。制服姿でも笑顔で出迎えてくれた。
本当は違うのだろうなぁと新一は内心溜息を吐かずにはいられない。
お嬢様育ちの園子は日本でも有数の本物のお嬢様なのだ。本人の言動を見ると、とてもそうは見えないのだが・・・。ポンといきなり制服でこんな高級な店に入るのも当たり前なのだろう。
幼馴染みの蘭も慣れたのか今では当たり前のように驚きもしない。
まぁ、宝石は女性の憧れだしな・・・・
高級店であろうがなかろうが、家柄の良いある意味こちらもお坊っちゃんである新一は尻込んだりしない。しかし、それはあくまでも生活の中で関わっていた範囲に対してのみだ。
宝石店など新一が普段行くはずもなく、事件以外で足を踏み入れた事しか無い。(←笑)
無論、客として来た事も当然ある訳ない。
だからこんな所に居るの場違いのようで、正直いってどうすれば良いのか困っているのが本音だ。
女性なら宝石を見るだけで暇つぶしになるのだろうが、新一にそんな趣味はない。
さて、どうしようか‥‥‥
女性陣の買い物に付き合う時間をどう潰そうかと新一は考えあぐねていた。
ふと、新一の眉が寄る。
アイツ・・・快斗はどうだろう?
キッドだし、宝石にやけに詳しいし・・・
なにげに視界に入ったその宝石に視線が止まった。
珍しい宝石の中に透かしたバラの花が入ったローズクォーツの指輪。
隣にはムーンストーンで月と太陽の透かしが入っていた。
「あら、気になります?」
「‥‥‥ええ、随分と不思議な‥‥‥‥細工?」
「新作なんですよ」
じっと近付いてショーケースを覗き込んだ新一に店員はそれを出して見せてくれた。
触ってもいいですよ。との声に白い綺麗な指が伸ばされる。
丁寧に扱うその仕種に苦笑しながらうっとりと、まるで鑑賞するように新一のしたいままにさせていた。
どうなっているのだろう?
しきりに見つめるその視線は謎を追う時のようにキラキラ輝いていて、宝石を扱って5年になる店員は暫しその宝石に負けない美しさを放つ蒼い瞳に心を奪われてしまっていた。
ふるふると首を振って「いけない、いけない」と苦笑した店員のお姉さんは、今巷で流行っているその商品の説明をし始めたのだった。
一通り聞き終わった新一は、返した宝石と値段を見比べて絶句する。
「‥‥‥これ、本当に流行りモノですか?」
思わず聞いてしまったのもしょうがないだろう。
なんせゼロが5つばかり並んでいたのだから。
「ええ、今一番人気ですよ。お連れ様もこのシリーズをお求めに来たんですよ?」
「ええ?マジ‥‥‥‥かよ‥‥」
「何でもお互いが誕生日にプレゼントあいあうのだと言って、先月から来てますよ。ふふ‥‥‥今日は透かし彫の柄を選びにきたんですって」
「ああ‥‥‥もうすぐ卒業だから記念にか‥‥‥」
「そういうお客様は多いですね。一生の記念になりますから」
誕生石にお互いの好みのモチーフを選んでアクセサリーにしてくれる完全オーダーメイドの宝飾品。
ふと、浮かんだ顔が二つ。
1人では無いのに苦笑して、新一は店員に少し恥ずかしそうに声をかけた。
注文したのは3つ。
指輪とプラチナのチェーンをセットにして。
たまには流行りモノに便乗してもいいかな?と笑顔で新一はいまだに決めあぐねている女性陣を機嫌良く待ち続けていた。
内ポケットの中には領収書と仕上がり日が記載されている発注書のコピーが折り畳まれて、ひっそりとその日を待っていた。
「何よ〜〜〜結局、新一も注文したんじゃない」
「そうよ、そうよ〜〜〜私達にはミーハーだとか言ってたのに〜〜」
1人でこっそり、注文した品物を取りに行こうと決めていた新一は、宝石店の余計な暖かい心遣いに涙した。
一緒に来ていた新一はお得意さまである園子達と一緒の方がいいでしょうと勝手に決められて電話連絡もまとめて園子の方へと行ってしまったのだ。
寝耳に水だった園子と蘭は当然、新一を逃がすはずも無い。現にこうして捕まって宝石店に行き受け取って帰る所なのだから。
電車を乗り継いで米花駅についても開放してくれずにこうして質問攻めだ。
「で?誰にそれあげるのよ。それ」
「そうよね、3つも注文しているんだもの一つは新一の分だとしても、後二つは誰のかしら?」
「‥‥‥‥‥」
「あら、そのうちの一つは黒羽君でしょ。決まってるじゃない」
「そうよね〜〜〜彼にあげないで他の人にあげたら大変だもんね〜〜。そんな事バレたら絶対、次の日は起きあがれない事になるでしょうし‥‥‥」
「な、なっ‥‥‥‥!!!!!!」
ぱくぱくと口を開いて新一は何か言おうとするが、それは空気を吸い込むだけに終わる。
まるで深海から釣り上げられた魚のようだ。
「何驚いてんのよ。今更よそんな事」
「うん。二人がラブラブの恋人同士なんて周知の事実よ?」
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
「おまけに二人がそういう関係だってのも知ってるしvv」
「デート現場も何回も目撃したしvv」
「‥‥‥っ‥‥‥‥!!!!!」
にこにこと笑う二つの顔は凶悪なほど可愛かった。
そう、悪魔がいたら絶対こんな顔だ!と断言してもいいくらいだ。
おちょくるように話してくる内容は新一と快斗がどれ程恥ずかしい程の『ラブラブバカッぷりを披露している』かを懇切丁寧に教えてくれた。
そんなにあからさま????
語られるあまりにも恥ずかしい第三者からの意見を新一は嫌と言う程聞かされる羽目になる。
真っ赤になった新一はそのまま硬直したまま、二人の会話を家に着くまで聞かなければならなくなったのだ。
逃げ出したくても逃げだせずに・・・・
「た‥‥‥‥‥た、ただいま‥‥‥‥」
げっそりと疲れきった新一はそのまま玄関口の床に懐いてしまう。
鞄を放り出してやっと、開放されたのに安堵の溜息を漏らすのだった。
新一の帰宅を出迎えた快斗はへたり込んでいる新一に心配して駆け寄って来た。
「‥‥‥‥何?どうした訳?‥‥‥‥随分疲れてんじゃん」
「‥‥‥いや、ちょっと買い物してたら台風にあった」
「へ?‥‥‥‥‥???」
台風?ふと、窓の外を見るが外はいたって快晴。そよ風がリビングに吹き込んでいるぐらいだ。
再び視線を新一に戻すが彼の身体も当然濡れてはいない。
頭を捻りながらも快斗は新一の鞄を持ち、疲れきった彼を抱き上げると彼が抗議の声を発する前にその身体を静かにソファーに降ろしてあげた。
「今、お茶の用意するからさ」
いつものように、いつものティータイムを始める為に快斗はいそいそと、キッチンへ引っ込んでしまった。
新一は言いかけた抗議の声を仕方なしに呑み込んでそのままソファーに深く沈む。
ひどく疲れを感じてしまったから。
快斗自慢の手作りケーキを焼いている所なのだろう。
甘い香りがキッチンから流れてくる。
カチャカチャ音を立ててお茶の用意をしているのが聞こえてくる。
心地イイ音。
週間になってしまった午後のティータイム。
新一好みに合わされた甘さ控えめの美味しいケーキと毎回違う茶葉を用意して楽しませてくれるのは、今や工藤家の家事炊事の一切を取り仕切る同居人の黒羽快斗だ。
家主の恋人でもある彼は新一の身体を気づかって、ゆとりある生活を目標にこの午後のティータイムを始めたのだ。
きっかけは、疲れきっている身体と心を癒す為。
事件事件と借り出されてボロボロになって帰ってくる事が多々ある名探偵を気づかっての事。
甘いものを食べて、ゆったりとお茶を呑んで。
そんな優しい時間で少しでも新一の心が癒される事を願っての事だった。
そんな事で始まったティータイムは今は週間となって、ほぼ毎日行われる事となった。
用意されるのは3つのカップ。
所定の位置に置かれたカップをソファーに寝っ転がりながら見ていた新一の耳に来客を告げるベルが鳴った。2度程鳴らして勝手に上がってくるのは彼女の癖。
リビングのドアを開いてお隣の可愛らしい少女はにこりともせずに入って来た。
いつもならそこで「こんにちわ」なり何なりの挨拶があるのだが、彼女はソファーに沈んでいる新一を目に止めて溜息を吐いた。
「何?また無理でもしたのかしら?」
「ちげーよ。ちょっと買い物に付き合ったら疲れただけ」
「そう、ならいいけれど‥‥‥」
そう言いながらもスタスタとよって来て、新一の額に手を当てたり脈を取るのが彼女だ。異常が無いのを確かめてやっと、彼女・灰原哀は新一の言葉を信用する。
まぁ、何時も無理ばかりしているのだから新一の言葉をまず始めに疑ってしまうのはしょうがないだろう。
過去何度も騙されて具合が悪いのに偽って、ギリギリになってからその状態の悪化に気付かされた経験を持つ哀の態度は当然とばかりに反論の余地を許さない。
しかもその事に快斗も異論はない。むしろ賛成派だ。
「な?平気だったろう?」
「‥‥‥‥貴方の言葉を鵜呑みにしてバカをみるのはゴメンよ」
額面通りに受け取る気は無いと言い放つ。
体調が悪ければ悪い程誤魔化していつも「平気」「大丈夫」と言う彼だから。
自分の身体を返り見ない人だから。
疑って当然。
自分は悪くないと哀はキッパリ言った。
「‥‥‥‥もう、騙したりしてねぇだろ?」
「今は、ね‥‥‥」
「今は、って‥‥‥‥」
何時でも心配なのは彼の事だけ。
この点だけは譲れないと心の中で付け足して、哀は用意されたいつもの自分の席に座った。
「じゃあ、揃った事だし始めようか。ほら、ちょうどケーキも焼けたよ」
タイミングよくかけられた声に二人はケーキを持ってやって来た快斗の方に注目する。
大きなお皿に焼き立てのパウンドケーキがでん!と2つのっかっている。
マーブル模様のチョコレートケーキとオレンジ色のキャロットケーキ。
綺麗に切り分けて小皿に手際良く取り3人の前に置く。まだほんわかと湯気が出ているのが何とも焼き立てで美味しそうである。
料理上手な快斗のケーキは程よい味で、甘いものが苦手な新一と哀の口に合うように作られている。
一流パティシエが作ったモノであろうがなかろうが、この二人は『甘過ぎ』れば手を付けない。ヘタをしたらそのままその甘い食べ物は躊躇する事もなく即、ゴミ箱行き決定になってしまうだろう。
別に甘いのが嫌いなわけではなく、あくまでも苦手なだけなのだ。
ちょっとの甘さで十分。
甘いのは苦手だけどちょっとぐらいなら美味しく感じられる。
その、ちょっとが一般とはだいぶかけ離れているのだが、そこはさすがと言うか新一の同居人はある意味天才だといえよう。
二人の味覚に合うデザートを完璧なまでに作ってしまうのだから。
彼の作ったモノならばと、二人は残さずに出された分は綺麗に食べてしまう程、美味しいデザートが作れるのは世界広しといえど快斗只1人である。
「あら、今日のも美味しそうだわ」
「あ、俺このケーキ好きなんだ。得に人参のヤツが」
「ああ、この前えらく誉めてくれたからまた作ってみたんだ」
熱めのお湯で蒸らした紅茶を注ぐ。自分の分には大量の砂糖とミルクを入れて、他の二人にはそのまま何も入れずに出すのがいつもの決まり。
各自に配られてそのままゆったりとしたティータイムが始まるのだ。
美味しい紅茶と美味しいケーキ。
そしてゆったりできる空間に新一は安堵の溜息を漏らした。
ああ、やっぱりここが落ち着く‥‥‥
快斗と灰原と居るこの時間が好きだなぁ
外から帰って来た後これがあるから自分のリズムを取り戻せる
めったに無いけどこれが無い日は落ち着かないもんな
もう、週間になっちまってるし‥‥‥‥
ふう、と半分程飲み干してケーキを食べようとした新一の手が止まった。
「あ、そうだ‥‥‥」
「ん?たべないの?」
「美味しいわよ?」
「いや、そうじゃなくて‥‥」
きょろきょろと辺りを見回して鞄を見つけた新一は立ち上がって台の上に置かれた自分の鞄を掴んで元の位置に戻って来た。
なんだろう?と首を傾げる二人に新一は、鞄から取り出した包みを目の前に突き出した。
綺麗にラッピングされた小さな箱二つ。
黒にゴールドの文字のちょっと有名な店名が入った包み紙。
知ってる人は知っているそのロゴに二人はそのまま受け取って、暫し固まった。
「それ、プレゼントな」
その形から見れば中身がなんであるかは想像できる。
宝石店で小さくて手の中に入る入れ物なら、答えは2つぐらいだ。
ピアス(イヤリング)か指輪しかない。
「開けてもいいの?」
「聞くなよな。大体開けなきゃ意味ねーだろうが」
「ああ‥‥‥じゃ、‥‥‥」
躊躇うように受け取ったプレゼントをドキドキしながら二人はそうっと、開けはじめる。
それを見て、クスクス笑いながらお茶のお代りをしている新一は上機嫌だ。
こんな二人の反応が返ってくるとはさすがに思っていなかっただけに、なんだか『してやったり』の気分を味わって見てる方が嬉しくなってしまう。
普段快斗はプレゼントをよく自分にしてくれるが、そんな時は何時も笑っていた。
何で笑っているのかと聞けば『嬉しいんだよ』との答えが返って来た事があったが、その時の快斗も今の自分と同じ気持ちだったのだろうか?
だとしたら、笑いが込み上げてくる気持ちは解るなぁ‥‥‥
がさごそと包装紙を丁寧に剥がして快斗と哀はパカリと開けた。
中には小さな指輪。
丸い宝石がはめ込まれている指輪だ。
その石には細工がしてあって、石を透かしたように浮かび上がっている形‥‥
「これ‥‥‥エメラルド?」
快斗の手の中にはエメラルドに四葉のクローバーが彫込まれている指輪がある。
「で、私のがルビー?」
哀の小さな手にはルビーにふんわりと蓮華の花が咲いている。
まるで宝石に閉じ込められているかのようだ。
「意味が解らないけど‥‥‥」
誕生石じゃないでしょう?
哀の言葉に新一は笑みを深くする。
「単なるプレゼントだよ。灰原の誕生日なんて俺、知らねぇもん。‥‥‥まぁ、作る時に彫り込む形は決めてたんだ。蓮華の花を彫るなら………赤の方が綺麗だと思って」
彫り込んだ所が薄桃色に輝いて、本当に綺麗だろ?
青だと冷たい感じがするし、お前のイメージが赤だったからと、新一は笑う。
「ああ、似合うじゃん」
「‥‥‥‥そう?ありがとう‥‥‥‥」
大切そうに指輪をはめて哀は素直に喜んだ。
優しく笑った顔が本当に嬉しそうで、新一は選んで良かったと笑い返した。
「俺のはそのままキッドのシンボル?」
伺うように聞いていた快斗の手の中の指輪に彫込まれているマークは、キッドと同じモノ。
「ああ、まあな‥‥‥安直だけどな」
「綺麗に彫り込まれてるよなぁ。四葉だから緑色だったとか?」
「その方が映えるだろう?」
「ああ、ホント綺麗だね」
プレゼントの指輪を快斗は楽しそうにはめて御満悦。
その締まりの無い顔に『おいおい、お前本当にキッドか?』と言いたくなるほどだ。
幸せで崩れまくっている。
「ありがとうvv大切にするよ」
「ありがとう工藤君。私も大切にするわ」
ちょっと恥ずかしそうにそっぽを向いて「どういたしまして」と言った新一は、こっそりと胸に手を当てた。自分の分の指輪はすでにチェーンを通して首から下げている。
三つ葉のクローバーが刻んである石を。
「ちなみに仕舞っておくのは却下だからな。身につけろよ?せっかく作ったんだから」
「勿体無いけどそれが新一の望みなら肌身離さず持ってるよ」
「ふふ。お守り代わりね‥‥」
二人にあげたプレゼントは感謝の意味を込めて贈ったもの。
灰原には素直な友愛を
快斗には捻くれた愛情を
自分だけに解る意味を込めたものを贈ったのだ。
身に付けてくれなければ困るのだから
ありがとうの気持ちを込めて灰原に。
愛してるの気持ちを隠したものを快斗に。
そして、自分には約束を‥‥‥‥‥
快斗と交わした約束を忘れないようにと詰め込んで。
初めて恋人になった日に交わした約束を
この指輪に刻んで側に置いておきたかったから
名前に文字って『クローバー』を選んだのは
快斗の代わりにと思ったから
何時も側に居る訳じゃないから
側に居ない時は寂しくて、やるせなくて‥‥
でもこればかりはどうしようもなくて
だからお前の分身代わりに選んだのはお前の誕生石。
真珠じゃないのは御愛嬌。
だって、あれじゃ透かし彫りは出来ねぇからな。
胸に快斗の誕生石のムーンストーンを抱いて
これなら安心できるかな?と選んだのはもう一つの誕生石。
その名の通り月の守護を受ける青みがかった乳白色の淡い石。
まるで‥‥キッドみたいだからと言ったら笑うだろうか?
お前に包まれているみたいだと………………
お前に贈ったのはその反対。
夜を駆けるおまえの側には居れないがこれなら身に付けてくれるだろうとお前に選んだのがそれ。
無事に帰って来れるようにと四葉のクローバーを彫り込んだ指輪。
幸運のシンボルがお前を守ってくれるようにと………
そして、いつでも俺が側にいる事の意味を込めてのエメラルド
ないしょだけどな
黙って見ててやるから‥‥‥
これくらいはしてもかまわねぇだろう?
ちゃり‥‥‥と微かに鳴った鎖の音に新一は幸せそうに笑みを浮かべたが、指輪に意識を取られていた二人はその笑顔を見逃してしまう。
穏やかな風がリビングに吹き抜ける。
そんなある日のティータイム。
近くて遠いから//END(2002.04.10)
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