朝の笑顔 特に深く考えたわけじゃない。 ただ笑顔が見たかっただけだった。 そんな時、飛び込んできた優しい顔したテディベア。 閉店ギリギリで飛び込んだお店で買ったそのクマに どうやって渡そうか少しだけ悩んだ。 意外な時間で襲撃してみようかな?なんて考えたりして。 一度だけ見た、朝の夢。 まぶしい朝日に目を覚ます。 どんな夢を見ていたのか思い出せない。 ただ覚えているのは、大好きな誰かの、幸せそうな笑顔だけ。 微かに残る心の温かみだけを胸に、何の夢だったっけ? と思い出そうとしなが ら コナンは階段をゆっくりと下りていった。 久しぶりの休日。 親戚の家に行く用事の出来た毛利のおっちゃんと蘭に、今日は博士の家に泊まると嘘を言って一人で工藤邸で過ごした。 まだ一人で工藤邸で過ごすのは危険だと知りつつも、 なぜか過ごしたくなったのだ。 そして見た夢。 一人で過ごすこの家が随分と広く感じながら歩いていると、居間の方で人の気 配がした。 『誰だ?…灰原か?』 もしくは博士が様子を見に来たのだろうか。 そう思いながらもその気配はどっちの物とも違い、少し遠慮がちな様子だ。 組織の連中…では無いような感じだ。 ゆっくりと、時計型麻酔銃を構えながら、静かにドアを開ける。 目に入ってきた机の上の花瓶。盛大に飾られた豪華な花。 『え?』 昨日と少し違うしかし敵意の感じられない豪華な花に一瞬目を奪われる。 「動くな!」 不意に掛けられた、緊迫した声。 『シマッタ。後とられた!』 緊張が顔に現れたとたんに感じる首筋から顔にかけて掛かるヌイグルミの腕。 「へ??」 驚いた勢いで後ろを向くと、ドアップに迫るテディベア。 「はい??」 疑問符を隠せない顔にクマの後から響く間の抜けた声。 「寝起きの探偵君にクマさんからおっはよう〜のちゅうvv」 顔にクマを押し付けながらそのタイミングに合わせて"ちゅ〜ぅ" と音を付ける。 「なーんでお前がこんな所に居るんだよ、快斗。」 なおも音付きで、クマを押し付けて来るのを手で払いながら、早朝の不法侵入者にあきれ返る。 「いっや〜vv昨日街中でこのクマに私を買ってvvvってねだれちゃってv v 一人じゃ寂しそうだからvコナン君にプレゼントvv」 クマを自分の顔の横に持っていき、当然コナンも喜ぶと言わんばかりの笑顔。 「な〜んでお前に買ってって言って来たクマが俺のところにまわって来るんだ よ?」 呆れ顔で問いかけると、良くぞ聞いてくれたとばかりに快斗の顔がほころぶ。 大きなクマを片手に、もう一方でコナンの手を引きながら、温かい朝食のそろ ったテーブルへと導く。 「これでも我慢したんだぜ?見つけた時はすぐに持ってきたかったけど、コナン君が比処にいるとは限らないし、比処に来ているのが分かったのは夜更け過ぎで、だから寝起きを襲ってみたのさ。」 机の上のカップにホットコーヒーを注ぐ。 コーヒーの香が部屋中に広がり、まだ湯気を上げるベーコンエッグが食をそそ る。 「確かに、このクマ買ったのは俺だけど、このクマが買うときにこう言ったん だよ。貴方の一番好きな人の所で、貴方の気持ちが届く様にその人のそばに居るから ってね。」 最後にウインクまで付けたその台詞に、口に運びかけたベーコンが止まった。 「そんなにはっきり自分で言ってりゃ、そのクマ必要無いんじゃねーのか?」 脱力感に襲われながらも、ちょっと意地悪な突っ込み。照れているのを隠すた め。 「うっわー、酷いなコナン君。せっかくコナン君が寒い夜の一人寝にも寂しい 思いしないようにって一番大きい子連れてきたのにvv」 「ってまだ他のサイズが居たのか?」 「うんvv手のひらサイズから、キングサイズのベッドにぴったりの巨大熊ま でvv」 両手をいっぱいに広げてサイズを示すが、どう見ても快斗ですら抱えきれない サイズだ。 「…それ、ヌイグルミか?」 「柔らかかったよvvそっちの方が良かった?」 今にも買いに行こうとする足を、服を引っ張る事で止める。 「じゃ、これで良い??」 嬉しそうに笑いかけるその笑顔に負けた気がした。 「しゃーねぇな。大事にしてやるよ。」 素直に喜ばず、しぶしぶ受け取るような顔を作ったコナンに満足げにクマを横の椅子に座らせる。 コナンが抱えると、自分と変わらない大きさになるクマの頭を撫でながら嬉しそうに一言付け加える。 「俺が居なくて寂しい時は、こいつ可愛がって我慢しててねvv」 そうなる前に呼んでくれるともっと嬉しいけど。 そう言いながらほっぺたにキスをしてきた。 朝の夢を思い出した。 こいつの嬉しそうな顔だった。 今みたいに、俺の為に嬉しそうに、優しそうに笑う時の顔。 正夢になった笑顔は、夢で見るよりもっと心から幸せな気持ちにしてくれた。 あとがき |