Joker's children
プロローグ
超高層ビルの屋上からは、決して眠らないネオンの輝く街と、清廉な光を放つ満月を同時に見ることができる。
――――実はそんな風景が最近のお気に入りなのは、自分だけの秘密だ。
ごうごうと鳴る風に髪を遊ばせ、江戸川コナンは屋上の縁に立っていた。建物自体が古いのか転落防止用のフェンスもなく、下を見れば立ち眩みを起こしそうな場所に立っているというのに、小さな身体は揺らぎもしない。
下界から聞こえてくるのは、夜闇を引き裂く騒々しいサイレン。ネオンの中に混ざり、溶け込むことのない赤色灯も見える。
「相変わらず見当違いな・・・・」
――――かの怪盗が、仕事を終えた後ダミーを使って逃亡することを知っているくせに、警察はいつも面白いくらいに彼の罠に引っかかる。
否、奇術にと言うべきか。
「まあ、どっちでも良いが――――」
心地良い月の光を浴びながら、半ズボンのポケットに両手を突っ込み、コナンは唇の端を持ち上げた。
「・・・・さすが、とでも言っておこうか?」
振り返らなくてもわかる、凛とした冷涼な気配。夜の静謐を乱さないそれに笑みを深め、コナンは楽しげに呟いた。
「確保不能の大怪盗さんよぉ」
強い風に踊る、純白のマント。
振り返った蒼い眼に映るのは、月を従えた白い魔術師の姿。シルクハットの下からシニカルな微笑を見せた彼は、優雅に一礼してみせる。
「こんばんは、小さな名探偵。お久しぶりですね」
「・・・・昨日、灰原と三人でケーキ食っただろうが」
お前は相変わらず食いすぎだったけどな。
そう突っ込む子供に、KIDはくすりと楽しげに笑う。
「この姿ではお久しぶりだということですよ」
「・・・・お前がそう言うならそうなんだろうな」
KIDの中では日常の自分と非日常の自分がくっきりと線引きされているらしいことを思い出し、コナンは知らず溜め息を吐き出した。
自分にとっては、『快斗』も『KID』も幼馴染で好敵手で共犯者で、そして多分、それ以上に――――
微妙な色合いを宿したコナンの眼に気づいたのか、怪盗はさらりと話題を滑らせた。
「それで、名探偵? なぜこのような寒風の中におられるのでしょう?」
もう真夏とは言え、その格好ではお風邪を召しても文句は言えませんよ?
どこかからかうような怪盗の台詞に半眼になりながら、コナンはポケットに手を突っ込んだままの不遜な態度で言い放った。
「手伝え」
「――――は?」
いきなり何を? というか、主語とか目的語とか、会話を円滑にすべきたくさんの語句はどこへ?
思わず間抜けな表情になったKIDを気にした様子もなく、コナンは平然とのたまう。
「やっぱ、善良な一般市民の情報網じゃ情報量にも限界があるからな。せっかくだし、立っているものはKIDでも使おうかと」
「善良な一般市民・・・・?」
突っ込むべきところは他にあるはずだが、KIDにとってはそこが一番重要だったらしい。思わず小さな子供を指差し、小首を傾げている。
「おう」
どっからどう見ても善良な一般市民だろう、と胸を張る素敵なお子様に、KIDは乾いた笑みを浮かべた。
いっそ見事なほどに周りの大人を手玉にとって操り、確保不能の大怪盗すら追い詰めてしまう『(自称)善良な一般市民』は、KIDの笑みを気にした様子もなく話を本筋に戻す。
いい加減、本当に寒くなってきたので。
「で、手伝うよな?」
「断定ですか」
「なにか不満が?」
「いいえ全然」
自分たちの『契約』に関係ないところでも、コナンが危険に飛び込むときは手伝わせろ、としつこく念押しをしたのは紛れもなく自分だ。だから、彼の言葉に不満はない。
むしろ、彼の領域を侵しかねない自分のわがままを通してくれる方が不思議だ。
ただ純粋に人手が足りないのか、それとも――――
そこまで考えたKIDは、じーっと見上げてくる蒼い視線に気づいた。
上目遣いで小首を傾げているおねだりポーズは非常に可愛らしいが、騙されてはいけない。その小さな身体の中身は、無敵に不敵な子悪魔だ。
それを知っているくせに、そんなところも大好きだと言って憚らず、さらにそんなコナンのどんな望みでも叶えてしまうある意味最強な怪盗は、ひどく軽い身体を抱き上げて視線を合わせ、にっこりと笑った。
「それでは愛しの小さな名探偵? あなたの望みをお聞かせください」
この怪盗めに、どのような役目をくださいますか?
丁寧な仕草で抱き上げられたために抵抗する素振りも見せなかったコナンは、聞き耳を立てる第三者がいないにも関わらず、己の口元に両手を当てて内緒話をするようにKIDの耳元で囁いた。
「俺と一緒にちょっと警察を操らねぇ?」
なんだかとっても楽しげに言ってのけた彼に、怪盗はこちらも楽しそうな微笑を返した。
――――彼らは、どんなときでも『共犯者』だから。
「喜んで。けれど名探偵? なにをなさるつもりか存じませんが、いくら警察でもそう簡単に操作されてくれるとは思えませんが?」
なにか秘策でも?
KIDの言葉に、彼の大好きな名探偵はどこか酷薄な、それでいて艶やかな笑みを見せた。
「警察なんて、コツさえ掴めば簡単に操れる」
この俺に不可能はねぇんだよ。
類稀なる実力に裏打ちされた最強無比な子供の言葉と笑みに、彼にべた惚れなKIDはやっぱりコナンはかっこいいなあなどと呑気に考えていた。
――――でも名探偵、言っていることがさりげなく悪役っぽいですよ・・・・?
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