Joker's children 第一話 装着していたヘッドフォンを乱暴な仕草ではずし、小さな子供は深く息を吐き出す。 パソコンのハードディスクから赤い円盤を回収し、それを無意識にもてあそびながらぼそりと呟いた。 「さて、どうしてやろうか・・・・」 なんだか物騒な言葉を漏らす子供の蒼い眼には、ひどく剣呑な輝きが宿っていた。 「江戸川君、ちょっと良いかしら」 探偵団と別れ、ランドセルを背負ってとてとてと歩いていた帰り道、小さな科学者のその言葉に、条件反射でコナンの眼が宙を彷徨った。 (俺、なんかしたっけ? ――――最近夜更かしもしてないし、危険なことに勝手に突っ込んでってないし・・・・) 怒られる要素はないはず、と脳裏で素早く確認し、改めて哀に視線を合わせる。・・・・なんだか非常に情けない思考だが、マッドサイエンティストをもって自認する彼女に逆らうほどコナンは命知らずではない。 ――――哀の逆鱗に触れたことに気づかなかったせいで、言葉にするのも憚られる目に遭った人を何人も知っているだけ余計に。 「なんだよ」 「『あなた』宛てに手紙が届いてるの。かなり分厚い封筒だったから念のため色々検査したけど、問題はなかったわ」 コナンの眼の動きに気づきながらあっさりスルーした哀は、冷静な、それでも低く抑えた声で言った。 ――――ちなみに、哀が『工藤新一』宛ての手紙を警戒するのは、以前コナンが自分宛だからとなんの警戒もせずにうっかり剃刀入りの封筒を開けて(どっかの怪盗および科学者視点では)かなりの大怪我をしたからだ。 あの時は大変だった、とコナンは今でも思う。 意外に多かった出血量に動揺した阿笠は救急車を呼び、どっかの世界的怪盗はコナンの手当てをしながら自分の罪状を増やしそうな物騒な言葉を吐きまくり、小さな天才科学者は髑髏マークのシールが張ってある茶色い瓶を持ってさりげなく出かけようとしたり・・・・。 コナンが二人を説得しなければ、手紙の送り主は社会から速やかに抹消されていたに違いない。 探偵などというものをしているから、恨みを買うことも仕方ないと思うけれど。二人が自分より痛そうな顔をするのは嫌だから、工藤新一宛の郵便物は直接阿笠邸に転送してもらい、不審物に対するチェックと対処は彼らに任せることにしている。 ・・・・彼が『工藤新一』として探偵活動していた頃の被害(迷惑電話・不審物・ストーカーなどなど)を知ったら、彼らがどんな暴挙に出るのか、ちょっと興味がない訳ではないが。 世の中の平和を望むなら、口を噤んでいた方が賢明だろうことを、コナンは今までの経験から泣きたくなるくらい良く知っていた。 別に、大事にされることは嫌ではない。・・・・かなり照れるけれど。 ただ、自分が原因で人死が出るのだけは全力で回避しなければならないだけだ。 ――――怪盗と科学者の愛情はかなり過激らしい。 「わかった。今日は『あっち』に行くからついでに貰ってっていいか?」 「構わないわ。・・・・『あっち』に行くならクッキーを持たせてあげる」 なにか持たせておかないと、あなたは本当になにも食べないものね。 「悪かったな」 「あなたの集中力は素晴らしいと思うわよ? ただ、惜しむべきは自愛が足りなさすぎることかしら」 「・・・・・・・・」 さらりと言われた哀の言葉に、コナンはぶつぶつと口の中で反論らしきものを呟く。・・・・ややして出てくるのは、結局のところ謝罪なのだけれど。 哀の歯に着せぬ物言いが、自惚れでなく自分を心配してくれているものだと知っているから。 「善処はする。・・・・多分」 彼らしい言葉にやれやれと肩をすくめつつ、哀はうっすらと笑った。 「まあ良いわ。待ってなさい、今持って来るから」 いつの間には、二人はかなり個性的な家の前に立っていた。――――また家主が実験に失敗したのか、なんだか家の形が歪になっているが。 コナンの視線に気づいたのだろう、哀が深々と溜め息をつきながら教えてくれる。 「『全自動万能家政婦ロボット』を造ろうとしたんですって」 「・・・・は?」 それは一体? ・・・・というか、その微妙なネーミングセンスはなに? 一体なにをしたのか、家の一部が吹っ飛んでいる阿笠邸の玄関で分厚い茶封筒とクッキーが入った袋を受け取ったコナンは、それをランドセルに収納してとてとてと歩いていた。 彼が居候している探偵事務所には、阿笠邸に泊まるからと既にアリバイ工作済み。 最近は外泊の回数が頻繁なせいで、『コナン』を可愛がってくれる幼馴染がどことなく淋しそうな表情をしているのが、かなり良心に痛いのだけれど。 黒の組織への包囲網を徐々に狭めている現在、自分の私情を優先することはできないし、したくないので彼女の表情には気づかない振りをするしかない。 やけに大人びた溜め息を吐いた子供は、大通りに面して建っている高級感漂うマンションの自動ドアを潜った。 エレベーターホールに面したドアの横に設置されたパネルに暗証番号を打ち込み、するりと中に入り込む。 この時間には住人の出入りがないのだろう、既に一階に待機していた箱に乗り込み、背伸びをしてボタンを押した。 チン、と言う音とともにエレベーターが上昇する。 ワンフロアに一部屋しかない贅沢な造りのこのマンションの最上階に、『基地』の一つがある。マンションの構造上住人とも顔を合わせる可能性が少なく、人通りが多いところに建っているせいで、マンションに出入りしている人間のことなど周りはわざわざ注目したりしないため、『基地』としては最適なのだ。 当然のように偽名を使ってここを手に入れたのは、意外なことに小さな名探偵だったりするのだが。 再び鳴った音と同時に開いた扉の真ん前に、彼らの『基地』への入り口はある。ぱっと見何の変哲もない重厚感溢れる黒いドアだが、妙なところで凝り性な怪盗と妙な発明が好きな老科学者によって造られた、国の中枢機関も真っ青なセキュリティシステムを持つ要塞の入り口でもあるのだ。 いくつかの操作をして鍵を解除すると、無意識のうちに「ただいま」と呟きながら靴を脱ぐ。 自分の独り言に気づいて頬を掻くのは、一人暮らしをしていた頃はなかった習慣がなんとなく照れくさかったりするからだ。 ぱたんとドアが閉まる音を背中で聞きながら、以前三人で買い物に行ったときに買った青いスリッパを出し、ぺたぺたとフローリングの床を歩いてリビングへ向かう。 なにかあった時速やかに引き払えるように最低限のものしか置いていないため、どこか寒々しい感じを受ける。 「快斗たちがいる時は平気なのにな・・・・」 やはり、自分以外の誰かがいる、というのは心理面でも安堵感を与えるのだろう。 一人がけのソファーにランドセルを放り出し、中から茶封筒とクッキーの袋、それに白い塊を引っ張り出す。 ちゃり、と小さな飾りが音を立てるそれは、コナンの小さな両手に乗るサイズのKIDのぬいぐるみだ。かなり小さなモノクルを着け、ご丁寧にシルクハットを被り、しっかりとシルクの手袋をはいている。持ったときのふにふにとした触感が、コナンの密かなお気に入りでもある。 無論、彼は酔狂でこんなものを持っているわけではない。手先が器用な怪盗がぬいぐるみに仕立て上げてしまっただけで、本来は様々な機能を持つ『秘密兵器』なのだ。 ランドセルに入っていたせいで傾いてしまったシルクハットを直し、ガラスのローテーブルの上にそっと下ろしてやる。 可愛らしくデフォルメされたKIDの笑顔に、コナンは自然と微笑をこぼした。 青いマグカップに出来立てのコーヒーを注ぎ、少し考えてからミルクを足す。彼の行動は、ブラックは胃に悪いと泣き落としをかけてきた、世間様のイメージとギャップが激しすぎる怪盗の教育の成果だろう。 なんだかんだ言っても、彼のお願いに逆らえた試しがないのだ。 「甘やかしすぎ・・・・?」 普段の自分のことを棚にあげ、コナンはこくんと首を傾げる。 ――――悲しいかな、『甘やかされすぎ』の間違いだ、と訂正してくれる人はいない。 ぱたぱたと音を立ててリビングに戻った子供は、荷物を床に下ろしてちょこんとソファーに座る。 ぬいぐるみKIDが変わらぬ笑顔で見守る中、コーヒーを啜りながらようやく茶封筒を手に取った。 宛名はサインペンで書かれたもの。その大き目の字は、どこか男性らしさを感じさせる。念のため切手を剥がしてみたが、特に怪しい点はなし。 そこでぱたりと封筒をひっくり返し、差出人を確認。 「野崎武・・・・?」 丁寧に書かれていた名が、微かに記憶に引っかかる。 「・・・・?」 カップを手にしたまま、お決まりのポーズで考え込んでいたコナンは、やがてぱちりと瞬いた。 「・・・・あの人か?」 財産の相続問題のせいで、三人の子供のうち二人も失ってしまった人。犯人は自分が相続人になるために巧妙なアリバイトリックを使っていて、困り果てた警察によって新一が呼ばれたのだ。 最後の殺人を防ぎ、犯人を見つけ出したことをひどく感謝されたし、犯人から守ることができた小さな少女にとても懐かれて戸惑った記憶がある。 「元気にしてる・・・・わけないか」 わざわざ探偵のところにこんな封筒を送ってくるなど、尋常な事態ではあるまい。・・・・せめて、あの小さな子供が巻き込まれていなければいい。 カップをテーブルに置き、中身を傷めないよう慎重に糊を剥がす。 出てきたのは、クリアケースに収められた赤いDVDと、分厚いレポート用紙。それに、一枚の便箋。 とりあえず他のものは横に避け、折り畳まれた便箋を開く。何気なくカップをとろうとした手は視界に飛び込んできた紙面に動きを遮られ、蒼い眼が徐々に厳しい光を宿していく。 「最悪、だな・・・・」 吐き捨てるように呟いたコナンは、それでも手に取ったぬいぐるみのふにふにした感触に小さく笑う。 「快斗に伝言。『俺はこれから調べ物するから、邪魔すんじゃねぇぞ』」 コナンの言葉を受けたぬいぐるみの黒瞳に、やわらかい赤光が灯る。ぬいぐるみKIDは、搭載された記憶装置に登録されている人間に対して、指向性を持たせた伝言を残しておくことができるのだ。 『伝言確認!』 明るい少年の電子音声がコナンに答える。頼むな、と呟いて小さな名探偵はDVDとレポート用紙を持って奥の部屋に消えた。 扉が閉まった時の風圧が強かったのか、テーブルの上に置かれていた便箋が宙を舞い、ぱさりと床に落ちる―――― 『拝啓 工藤新一様 お久しぶりです。覚えておいででしょうか? 以前あなたに娘を助けていただいた野崎です。 あのときのお礼も碌にしていない自分がこのような手紙を差し上げるのは失礼かと思いましたが、警察もほとんど当てにならず、このままでは事件が迷宮入りしてしまうのではないかと思い、筆を執りました。 一体何故こんなことが起きたのか、これは悪い夢なのではないだろうかと今でも思います。 事件は一週間前に起こりました。 いつもどおり元気に家を出て行った娘が遅い時間になっても帰らないため、私たち夫婦は警察に届けを出し、自分たちでも心当たりを探し回りました。けれど娘は見つからず、数日経ってからまるで冗談のようなDVDが家に届けられたのです。 ・・・・娘が生きたまま切り刻まれていく、信じられない映像でした。 私と一緒にそれを見た妻は、ショックで倒れたまま未だに起き上がることができません。 私も未だに食事が喉を通らず、医者に点滴を打ってもらって生きている状態です。正直に言うと、今こうやって事件のことを書いているだけで吐き気が収まりません。 しかし、それ以上に娘にあんなことをした犯人に対する怒りが収まらないのです。今も犯人がのうのうと生きているのかと思うだけで、目の前が真っ赤になります。 警察の捜査も袋小路に入っている状態です。あなたが学生で、お忙しいことも重々承知していますが、私たちが頼れるのは工藤さんだけなのです。 なにかの参考になればと思い、警察に提出したDVDのコピーと、私たちが知っている限りのことをまとめたレポートを同封しました。 お願いです。どうか、私たちに残されたたった一人の娘を殺した犯人を捕まえてください。事件を解決してくだされば、できる限りのお礼をさせていただきます。 どうかよろしくお願いします――――』 数台のノートパソコンといくつもの配線が這う床を危なげなく歩き、奥に設置されているデスクトップパソコンの前に座る。 ハードディスクの電源を入れると、同時にディスプレイも明るくなる。ハードディスクは休止状態に入っていただけなので、直に立ち上げるよりは少し速く起動する。 プログラムが完全に立ち上がるのを、ぶらぶらと脚を揺らしながら待っていたコナンは、はたと硬直した。 「げ・・・・。灰原に貰ったクッキー・・・・・・・・」 ここに来たらまず食べろと言われていたのに、すっかり忘れていた。――――このことが彼女にばれたら、かなり後が怖い。 「――――――――ま、いっか」 後で食べてしまえば問題はない。・・・・はずだ。 普段の不敵さをどこかに捨ててきてしまったらしい名探偵は、かなり情けないことを考えつつ、クリアケースを手に取った。 ヘッドフォンを被るときに邪魔なので眼鏡をはずし、パソコンにヘッドフォンを接続しながら深く溜め息をついて。 「食べれれば、だけどな」 取り出した赤い円盤が、ひどく毒々しく見えた。 あまりの怒りと衝撃に視界が真っ赤になるかのような錯覚を覚える。 耳にこびりつくのは悲鳴 視覚を占拠したのは画面を真っ赤に染め上げる血 「外道が・・・・っ」 衝動的に小さな拳が机を叩き、その衝撃でプログラムが停止してしまう。ディスプレイに出た文字列でそれに気づいたコナンは、すぐにパソコンを操作してプログラムを終了させた。 装着していたヘッドフォンを乱暴な仕草ではずし、小さな子供は深く息を吐き出す。 パソコンのハードディスクから赤い円盤を回収し、それを無意識にもてあそびながらぼそりと呟いた。 「さて、どうしてやろうか・・・・」 なんだか物騒な言葉を漏らす子供の蒼い眼には、ひどく剣呑な輝きが宿っていた。 いくつかの操作をして鍵を開けると、玄関にはきちんと揃えられた小さな靴。物騒な能力を秘めたそれを見て、知らず笑みが零れる。 きちんとドアを閉めてから、小さな名探偵と天才科学者とお揃いの緑のスリッパを履いて、フローリングの上を音も立てずに歩く。 以前コナンにそれを指摘されてしまったが、身についてしまった癖というのはそう簡単には直らないものだ。 そう反論したら、困ったように微苦笑を返されたのを覚えている。 「今日のお茶菓子はミルフィーユ〜」 ご機嫌のあまり鼻歌など歌いつつ、リビングの扉を開ける。気配は確認してあるから、彼がリビングにいないことはわかっていたのだが。それでも視線で存在を探すのは、ちょっとしたご愛嬌だ。 「・・・・おや?」 なんで床にこんなものが。 ローテーブルの上にぬいぐるみKIDと並んで放置された袋もかなり気になるが、それよりも床に落ちた紙が彼の目を引いた。 「なんだろ」 名探偵がなにか落とすなんて珍しいねえ、と呟きながら碧い眼を拾い上げた紙に走らせる。 テーブル上のぬいぐるみKIDがにっこり笑顔で見つめる中、手紙を読み終えた彼は天を仰いだ。 「・・・・名探偵ってば」 道を歩けば事件にあたり、のんびりくつろいでいると事件が向こうから飛び込んでくる。 なんだか拍手すらしたくなるような名探偵の天性の事件体質に、世紀の大怪盗――――黒羽快斗は思わず深々と溜め息をついてしまうのだった。 |