このあたりから、某西の人や某倫敦帰りの人の扱いが悪くなってきています。
彼らが好きな方は、あまりお読みにならない方がいいと思われますのでご注意ください。











探偵と 怪盗と 姫君のお茶会


Joker's children
第三話








ちょっと微妙な場面を見られてわたわたする二人を一喝して食事を取らせた小さな科学者は、キッチンで持ってきた箱を開封する。
自分用の皿には生クリームが絶品なショートケーキ、コナン用の皿にはレアチーズケーキを載せ、後は隣でコーヒーを淹れている快斗に箱ごと渡す。
別に哀が意地悪なわけではなく、箱に残っているケーキが皿に載せきれないせいだ。
「わ、ありがとー。おいしそうだね」
「私のお気に入りの店で買ってきたんだもの」
心して食べなさい?
「了解、姫」
不敵な微笑を浮かべる姫君に、快斗はにこりと笑みを返す。その手元では、赤と青と緑のカップにコーヒーが注がれていた。
「それにしても、あなたたち本当に付き合ってないの?」
・・・・ちなみに、哀が彼ら二人の微妙な場面を目撃したのは、これが初めてではない。
別に狙っているわけではないのだが、他者の気配にとても聡いはずの二人は哀の気配だけはどうしても気付けないらしく、毎回わたわたするはめになるのだ。
「うん。告白もまだ」
自分用のカップに(本人的には)少なめに砂糖を入れながら、快斗は呑気に返す。
砂糖汁と化していくコーヒーからさりげなく目を逸らした哀は、収納棚から大き目のトレーを取り出しながら首を傾げた。
「それが不思議なのよね・・・・」
お互いに好意を抱いていて、それがまたお互いにわかっているというのに。お付き合いどころか告白もまだ。・・・・時々微妙な場面には出くわすが。
「告白もお付き合いも、この『ゲーム』が終わってからって決めてるんだ」
『ゲーム』の勝者にはご褒美が必要でしょ?
様になるウィンクを哀に投げ、快斗はトレイにカップと皿、それにフォークを載せていく。
それを手伝いながら、哀は軽く肩をすくめた。
「ご褒美ねえ・・・・」
「そ」
だって新一に告白もしてないのに、おいそれと死ねないしね〜。
・・・・確かにこの男なら、新一の隣をゲットするためだけにあの世からのお迎えを撃退しかねない。
というか、むしろ絶対やる。
その様がリアルに想像できてしまった哀は、不思議そうな快斗の呼びかけを綺麗に無視して遠い目をしていた。


リビングのテーブル上に置かれていたぬいぐるみKIDはコナンのランドセルに収納され、一番大きなソファーに哀、快斗、コナンの順番で座る。
快斗は両手に華だと喜んでいるが、某西の人あたりが快斗の席を譲られたら、哀の隣りということで卒倒するか、恐怖のあまりコナンの隣りに座れないことに号泣しながら逃亡するだろう。
・・・・怪盗の神経の図太さは、色々な意味で尊敬に値する。
カップを手中でもてあそびながら、コナンは現在の状況を哀に報告する。
「・・・・とまあ、そんなわけで警視庁の方は俺がハナシをつけるから」
「適任でしょうね」
快斗や哀はどうしても警察を忌避してしまうし、できることなら忌避するべきだから。
それに、警視庁にはコナンの可愛らしい笑顔にたらし込まれた警察の皆さんが、せっせと尻尾を振って待っている。
・・・・それでいいのか警視庁。
「問題はあの人なんだよなぁ・・・・」
青いカップを傾けながら、コナンは唸るように呟く。ぱくりとシュークリームに齧り付きながら、快斗は小首を傾げた。
口の中のものを咀嚼しつつ、コナンの台詞に疑問を持ったことをアピールするためだ。
「ああ、快斗は知らないかもな。小田切って言う刑事部長」
「小田切・・・・。あの警察官連続殺人事件のときの?」
「そうそれ。・・・・って、俺快斗にその話したっけ?」
(してなくても知ってるわよ。黒羽君ですもの)
・・・・なんだか凄い納得の仕方をしている哀は、平然とコーヒーを啜っている。
「まあいいや。・・・・あの人、結構な強者だからさ。どうやって『ゲーム』に引きずり込もうかと」
ちょっと悩んじまうぜ。
フォークを口に咥えたまま未だに唸っているコナンは、外見相応に非常に可愛らしい。そんなコナンをケーキの箱に手を伸ばしながらにこにこと愛でる快斗と、更にそんな二人を穏やかな表情で見守る哀。
なんだか変な光景だが、本人たちは満足しているので問題はないのだろう。
「でも、その人を引きずりこまないとどうしようもないんだろ?」
「そうなんだよ。どうすっかなー・・・・」
抹茶のムースを自分用の皿に移しながらの快斗の台詞に、ようやくフォークを口から放したコナンが頷く。
小さな手が、ことりと赤いカップをテーブルに置いた。
「大丈夫よ」
「「え?」」
やけに自信たっぷりの哀の台詞に、一度顔を見合わせた二人の少年がこくんと首を傾げる。
そっくりな動作をそっくりな仕草でする二人の姿に目を細めながら、哀はショートケーキにフォークを入れた。
さくり、と音を立ててケーキに切れ目が入る。

「だって工藤君、『殺し屋』なんですもの」

哀の台詞に対する反応は、面白いくらいに正反対だった。
「は!? 俺人なんか殺したことないぞ!?」
「あ、そうだね。うん。確かに『人殺し』だ」
一人は思わずケーキにフォークを突き刺し、一人は腕を組んでこくこくと頷く。
快斗の返答に眦を吊り上げたコナンは、力強くケーキを真っ二つにする。皿まで壊れないかなとはらはらしたのは、快斗の心の中だけでの秘密だ。
「だ〜れ〜が、人殺しだって!?」
「コナンってば怖っ」
でも怒っても綺麗〜、などとほざいた快斗は、即効で殴り飛ばす。
蹴りが出なかっただけ良しとすべきか。
「あら、自覚ないの? 工藤君」
上品にケーキを口に運びながら、コナンの怒りも無視して楽しげに笑った哀は、立てた指をくるりと回す。
「道を歩けば(本人は無意識な)笑顔で通行人をたらし込み、学校では上は定年間近の教師から下はまだ小学校に上がっていないはずの幼稚園児まで(無意識の言動で)夢中にし、事件現場で犯人を追い詰めて見せれば外見とのギャップ(とあまりのかっこ良さ)に警察の人たちと断罪されたはずの犯人までもが骨抜きにされてしまうんだもの。これを『殺し屋』と言わずしてなんと言うの?」
だから、あんな堅物一人工藤君が本気になればものの三分で『殺せ』るわ。
自信満々で脚を組む哀に、快斗はムースを口に運びながらうんうんと頷いている。
老若男女職業を問わず、無意識に放つ言動の数々で会う人会う人をたらし込んでしまうコナン。それを指して、哀は『殺す』と表現したのだ。
「・・・・は? なにそれ」
哀の説明に怒っていたことを忘れてきょとんとした表情を見せるコナンに、ああやっぱり無意識なのねと二人は溜め息をつく。
彼が空恐ろしいくらい鈍感なのは、幼馴染みである快斗も、短いが付き合いは深い哀もよくわかっている。
(いいんだけどさ。・・・・害虫退治ってストレス発散にもなるし)
姫への貢ぎ物もできるしね〜、などと考えつつ、快斗はコーヒーを啜る。
・・・・黒羽快斗、コナンによってくる『害虫』退治に楽しみを感じる十七歳。
「その証拠に、ほら」
ぴっと哀の細い指が指したのは、学ラン姿の大怪盗。
「世界中の警察やら組織やらを翻弄する怪盗が、あなたの虜よ?」
それはもう、あんたは名探偵の下僕かと突っ込みたくなるほど。
哀の言葉にぱちぱちと瞬いたコナンは、彼女の言葉を理解するとゆるりと唇を持ち上げた。
秀麗な顔に浮かぶのは、怪盗と科学者が大好きな彼特有の不敵な笑み。
「快斗もKIDも、俺のだって決まってんだよ」
ずっと昔からな。
「あら、欲張りね。『二人』とも独占するつもり?」
くすりと笑みをこぼした哀に、コナンは当然だろ、と返す。
楽しげな二人の会話を聞きながら、新一に独占されちゃうなんて俺ってば幸せ者〜、と快斗は口元を綻ばせていた。
――――なんだか変な光景だが、本人たちは満足しているので問題はない、はず・・・・?


「で? コナンはいつ警察に殴りこむの?」
「殴りこんでどうする。操りに行くだけだ」
「・・・・『だけ』?」
快斗と同じ部分で引っかかっているらしい哀は、なんとも言えない表情で首を傾げている。
訝しげな表情の彼女の疑問に、無敵のお子様はこっくりと頷いた。
「おう。本当だったら『大掃除』したいんだけどなー」
「『大掃除』?」
なんだか不吉な言葉にムースに差し込んだスプーンの動きを止めた快斗に、コナンはにっこりとそれは可愛らしく笑って見せた。
なにも知らない人が見れば、まるで天使のような微笑だと喜ぶことだろう。
・・・・なにも知らなければ。
快斗たちの微妙な雰囲気も知らぬ気に、名探偵はいっそ呑気とすらいえる声で言う。
「だって上層部の邪魔な奴らを排除した方が、色々操りやすいだろ?」

――――ああ、黒い翼と尻尾が見える・・・・。

(でもそんな名探偵も大好きだよ・・・・)
(・・・・ある意味あなたを尊敬するわ、黒羽君)
目と目で会話してみたりした快斗と哀は、とりあえずケーキの消化に全神経を注ぐことにした。
そんな二人に気づくこともなく、コナンはマイペースに続ける。
「とりあえず、警視庁には明日行くつもりだけど」
いきなり話を引き戻されたために反応が遅れた快斗は、ようやく理解したコナンの言葉に危うく吐き出しそうになったコーヒーを無理やり飲み込んだために、盛大に咳き込んだ。
それでも喋ろうとするあたりが素敵だ。
「うっ・・・・げほっ、あ、あし・・・・っ!?」
「わっ!? 大丈夫か快斗」
「喋らなくていいから、とりあえず落ち着きなさい」
両側から小さな手で背中を撫でられた快斗は、数回深呼吸することでまともな呼吸を確保する。
「ありがとう。コナン、姫」
「なにやってんだよ」
「まったく、人騒がせな人ね」
どこか突き放した言葉とは裏腹に、そっと背中を撫でる二つの温もりに、快斗は小さく笑った。
彼の大事な至宝と姫君は、なんだかんだ言いながらとても優しいのだ。
「で、明日がなんだって?」
もう大丈夫だろうと手を離したコナンは、カップに手を伸ばしながら快斗を見上げた。ようやく落ち着いた快斗も、話の本筋を軌道に戻す。
「明日って、俺の『お仕事』の日じゃない」
「ああ、今回の暗号もなかなか良かったぞ」
「お褒めに預かって光栄です、名探偵」
かの名探偵を満足させるために暗号の難易度を上げたせいで、警察が軽いパニックに陥ったことを知っている哀は、さりげなく遠い目をしていた。
(ご愁傷様ってとこかしら)
まあ、普段コナンの推理に助けられているのだから、このくらいは我慢してもらおう。
あっさりと警察の皆様の努力と涙と混乱を切って捨てた哀は、黙って二人の会話を見守ることにする。
「それでさあ・・・・明日帰ってくるらしいんだよね」
「・・・・は?」
要領を得ない快斗の言葉に、コナンはきょとんと目を見開いた。
快斗がしみじみと可愛いなあと思うあどけない表情を晒すコナンとは反対に、哀のグレーの眼が物騒な輝きを宿す。
「へえ・・・・帰ってくるの『あれ』」
「そうなんだよ。事前に気づいてたらいろいろやって足止めしたのにさ。抱えてた事件も解決しちゃったらしいし、明日帰国直後に警視庁に顔を出すんだって」
一息にそこまで言ってのけると、快斗は深々と溜め息をついた。
できればコナンの警視庁への来訪の日時を延期させたいが、事件は緊急性が高いことが予想されるので、彼の判断に口を挟むことはできない。
快斗の心情がわかる哀は、あでやかに笑って見せた。
――――とても綺麗な笑顔なのに、心なしかどす黒いものを感じる気がするのは何故だろう。
「いいわ。そっちは私がなんとかしてあげる」
ちょうど実験体が欲しかったの。
「ほんと?」
ぱっと表情を明るくする快斗に、哀は慈母のごとき微笑を向ける。・・・・どこかの倫敦帰りの人あたりが見たら泣きながら逃げていきそうな笑みだが、快斗にとっては(外見は子供の)頼れるお姉さんの不敵な表情にしか見えない。
・・・・絶対実験体にされないという確約があるとはいえ、怪盗の感覚は偉大である。
「ええ。だから、あなたは『仕事』に集中なさい」
失敗すれば、KIDを待っているのは冷たい監獄か残酷な凶弾だ。
だからこそ、哀は彼の心配事を取り除き、『仕事』に集中できるよう心を砕いてやるのだ。
「ありがとー。だから大好きだよ姫」
コナンとは違う意味の好きだけど。
本当に嬉しそうに笑う快斗に、哀も口元を緩く持ち上げる。
「あら、私も大好きよ」
あなたと同じ意味でね。
彼の大事な人を苦しめる元凶を作った自分を笑って許し、あまつさえ『姫』と呼んで大事にしてくれる人。自らも闇に身を浸しながら、決して己を失わない強い人。
そして自分にとっても大事な名探偵を誰よりも倖せにしてくれる人だと思うから、哀も快斗を彼女なりに大事にしているのだ。
・・・・それでもかの名探偵の方が優先度が高いのは、哀の哀たる所以か。
「・・・・?」
快斗と哀の会話の意味がわからないコナンは、それでも二人が笑顔なのでまあいいかと思う。
二人とも別々の意味で大事な人たちだから、彼らが笑顔でいてくれるのはコナンも嬉しいのだ。
・・・・快斗たちが纏うちょっと黒めのオーラは、彼の視界に入っていないらしい。
「って、俺明日学校サボるつもりだけど。いいのか、灰原?」
「少しくらいなら問題ないわ」
というか、彼女なら問題にさせないだろう。間違いなく。
きっぱりと言い切った哀に、それならいいかとコナンも素直に納得する。チーズケーキの最後の一口を口に放り込み、ごちそうさまと呟いた。
「んじゃ、俺明日に備えて資料作っとくから」
「・・・・夜更かしは駄目よ」
「わーってるよ」
哀の言葉にひらりと手を振ったコナンは、奥へと続く扉をするりと抜ける。
ぱたんという音が、ひどく重く聞こえた。
「・・・・大丈夫なの?」
カップの縁を指でなぞりながら、哀は快斗を見上げる。
グレーの眼が真剣な光を宿すのは、彼女にとって一番大事な存在に関わることだから。
なにも話してくれないけれど、彼が大変な事件に首を突っ込もうとしているのはわかるから。
「大丈夫だよ。・・・・そうじゃなくても、大丈夫にさせる」
にっと唇を持ち上げてシニカルに笑ってみせる快斗に、哀は満足そうに頷いた。
「お願いね? 『二人』とも」
「もちろんですよ、姫君」
至高の蒼い輝石を護る二人の天才は、くすくすと楽しげに笑いあった。


――――数時間後、外見相応の寝顔を晒す無敵な名探偵を囲んですよすよと眠る、警察泣かせの大怪盗とマッドサイエンティストな姫君の、「お前ら絶対詐欺だ」と言いたくなるようなあどけな
い寝顔が見られたのは、ちょっとした余談である。