燦々と降り注ぐ太陽の光。

外は連日連夜最高気温を更新する猛暑が続く。



しかし、ここ工藤邸は外から思えば真冬のような気温に設定されたエアコンが、連日連夜稼動し、暑気あたりから頑迷にも主を守り続けいていた。

現在その主は、最近のお気に入りである3人がけの広いソファを一人占領し、同居人兼家政夫に昨日取りに行かせた、お気に入りの作者たちの新巻を読み耽っているのである。

ちなみに、携帯は電源を切られ、家は電話線は抜かれ、警察からの要請を珍しく主自身の手によって防がれていた。



小さな折りたたみ式のテーブルには、あと4冊山積みにされ、主に読まれるのをいまかいまかと待ち受ける。

その様子から見て、当分そこから動く様子はなく、昨日から相手にしてもらえない同居人兼家政夫は、運良く来訪したお隣の科学者の少女と少し離れた場所でお茶をしていた。












    
自然体












「そうね」

気のない返事を返し、哀は膝の上においた、最新号の日本と欧米の医学雑誌2冊に目を通しながら、快斗の相手をする。

「哀ちゃん。聞いてる?」

「聞いてないわよ」

普通聞いてなくても聞いてると言うべきところを、快斗に目もくれず哀は正直に答え。



・・・・・・


途絶えた会話。

締め切られた窓の所為で、紙が擦れる音が大きく響く。


と唐突に快斗が動いた。

予想していた反応と違い、哀は何事かと快斗を視線で追う。



傍を通り、キッチンに入っていった快斗に、新一は気づかない。


快斗が入ったキッチンからは、小さいながら水音や金属音が聞こえてくる。

哀が快斗の様子をじっと見ていると、不意に新一の本への集中が途絶えるのがわかった。

大変珍しいそれに、哀は今度は新一に視線を移す。

丁度キッチンから出てきた快斗が、新一の目の前に専用のマグカップを差し出した。

なみなみと黒い液体が入ったカップを受け取り、熱くもなくぬるくもないコーヒーをこくりと飲んだ新一は、山積みにされた本の隣にそのカップを置くと、再び本に集中しだした。


快斗は、といえばテーブルにカップが安全な場所に置かれたことを確認すると、哀のもとに戻ってきた。



「はい」

盆の上に置かれたマグカップが快斗の手から手渡される。

「ありがとう」

素直に礼を言って受け取る。

見れば、子どもの手でも支えられる小さなサイズのマグカップに淹れられているが、それは子ども用のものではない。

さり気ない気遣いが、ほっと心を和ませ、哀の口元をほころばせた。

「いえいえ、どうせついでだから」

テーブルの上の冷めてしまった紅茶を片付けて来た快斗は、新一と色違いのカップを手に持ってソファに腰を下ろした。


「そう、ついで・・・・ね」

呆れた溜息をついて新一を見れば、完全に周囲を遮断するほど、既に本に集中していた。



















哀が来て、2冊目になる本に突入して数分、ふとまた新一の集中が途切れるのを感じた。

目の前で穏やかに談笑する快斗は、すっと立ち上がり新一の傍へ寄る。

じっとモノ言いたげな目に見上げられて、快斗は困ったような笑みを浮かべた。

「今すぐ?」


「ここで?」


言葉なく見つめるだけの新一に、仕方がないといった体で、しかし内心は嬉々として唇を塞いだ。

深い交わりを存分に堪能したのか、新一はふいと唇を放し、再び手元の本へと視線を向ける。





すたすたと何事もなかったにしては、やに下がった顔で戻ってくる快斗に冷ややかな視線を浴びせかけ、哀は盛大に溜息を付いた。

「・・・馬鹿?」

「ま、俺もそう思う」

哀の酷評に苦く笑って返す。

「重症ね」

「相手が新一だから仕方ない。哀ちゃんも新一には甘いだろ」

にっと口の端を上げる快斗に、哀は不快気に眉を顰めた。

「軽々しく私を挑発しないことね。あなたの為にも、工藤君のためにも、それは言っておくわ」

素晴らしく綺麗な笑みを浮かべた哀に、快斗は不敵さもふてぶてしさも消して引きつり狼狽した声を上げさせた。

「あっ哀ちゃん!?」

「帰るわ。これ以上あなた達に付き合ってもあてられるだけだから」

何事もなかったようにさらりと髪を掻き揚げ、立ち上がった哀に続いて快斗も立つ。

「玄関まで送るよ」

先にたって扉を開ける快斗を当然のように付き従わせ、哀はリビングから出て行った。




人の気配の消えたリビングに響く紙の音。


数分も絶たず、また新一の集中が途切れた。

蒼い目が、宙を泳ぐ。


しかし、すぐに捨てられた子犬のような瞳が、本に向かう。

同時にリビングの扉が勢いよく開かれて、帰ってきた快斗が新一の隣に腰を下ろした。

手には小さな籐の籠一つ。


「はい、お土産」

にんまりとした笑みを浮かべて、新一の口の中にさくらんぼが一つ押し込まれた。


きょとりとした目が、快斗を見上げ。

快斗はそんな新一の頭をクシャリと撫でた。





口の中に広がる甘酸っぱい味。







暮れて行く夕焼けと同じ色のさくらんぼをもう一つ口に含み、くたりと肩に頭をもたせかけた。











穏やかな夏の一日が過ぎていく。










END