『9の幸福と1の不満』



小学生に戻って始めて分かった事。


『自分の幼少時は普通ではなかった』


小さな子供にとって『世界とは家と家の周り』であり『親が全て』であった。
親のやる事なす事マネをし、本人も気づかないうちに親の癖が自分の癖になってい く。
言ってしまえば親のクローン。
おそらく性格の基礎となる部分は『親』 それに自分の経験などが重なって『個人』というものが出来ていくのであろう。
それほど、普通は子供と親は長い時間一緒にいるものだ。

「……で、一体俺は何が言いたいんだ?」

季節は夏休み間近。
久しぶりに戻った工藤邸の書斎でコナンはその小さな体には大きすぎる椅子に胡坐を かいて座り、その膝に肘を乗せ手の甲で顎を支えていた。
はっきりいって行儀が悪い。

父親である優作が世界中から集めた本たち。
その一冊に小さな頃の己の写真が挟んであった事から先ほどの推察は始まった。
今と変わらない姿の昔の自分。
可笑しくて、でもそれを見つめなければ今の自分を否定することになる。
身から出た錆。
幾度となく自分に言い聞かせた言葉であった。

小さな体は不自由で苛立つ。
だが、十年前はこれが普通だった。
普通が非普通になっていった十年間。
おそらく今の姿にならなければ分からなかっただろう。

一人で居る事に慣れていた小学校一年生。
周りの大人は一体どんな目で見ていたのだろうか?
『可哀想な子』
『愛情に飢えている子』
『大人びている子』
『頭のいい子』
『しっかりしている子』



「はっ、馬鹿らしい」

皮肉な笑いが漏れる。
周りが思うほど自分は『いい子』でも『寂しい子』でもなかった。
両親は暇さえあればべったりとくっついていたし、周りの大人もやさしく声を掛けてくれた。
決して利益のためでなく、友人の子供に、そして、自分に。
しかし……。

「あいつみてぇな変な奴、いなかったなぁ」

庭から聞こえてくるのは鼻歌。 おそらくシーツを干しているのだろう。
自分なんかよりもよっぽどこの家に馴染んでいる人間。

『黒羽 快斗』

犯行数134件。内15件が海外で、アメリカ、フランス、ドイツ等12カ国。盗ま れた宝石のべ152点。被害総額は、387億2千5百万円……ビックジュエル狙い の怪盗。 通称怪盗キッド。
その人である。

コナンは深い、とても深い溜息をついた。
「………ガキに手ぇ出す怪盗………見たくねぇ〜〜〜」
いや、もう見てるか……。
「なになに?何が見たくないの?コナンちゃん」

ニパニパと顔中に笑みを浮かべながら快斗はコナンに近づく。
右手には洗濯物の入った籠。
コナンはもう一度溜息を付いた。
中森警部、貴方の苦労は尊敬に値します。

自分で思って落ち込む。 溜息がまた出た。
「コナンちゃん、溜息一つ付くと妖精が一人死んじゃうって聞いたことある?今の溜 息で三人死んじゃったよ」
快斗は人差し指をチッチッと振りながらウィンクする。
その仕草が夜の姿に重なって見えてしまいコナンは椅子を降りる事で目を逸らした。
昼間は見たくねぇ。
「うわぁぁ、ちょっと待ってよ!」
すたすたと歩くコナンの後を快斗は慌てて追いかける。


『アイスティ入れるから待ってて』
という言葉を残し快斗は台所に消えていった。
コナンはリビングにおいてあるテーブルに方頬をぺったりとつけて待っている。



無条件で愛情を注ぐ同世代。

初めての人だった。 それは少しの戸惑いと不安と安心。

それでも自分が受け入れている事は確かである。

「でも、ガキの姿で出会ったってぇのが気に入らないな」

風は洗濯物の匂いと紅茶の匂いがした。


それは、9の幸福と1の不満。


でもそれぐらいが丁度いいのかもしれない。




終わり

なんか良いですよね〜こういう生活が
沢山の幸福とちょっとした不満が絶妙なハーモニーを醸し出して(どんなやっ(笑))織りなす毎日。
こういう日常が縁真は大好きです。
ホッと息がつける休暇のような気がして
読んでいてホワッてしました。
地雷99968ありがとうございましたマツモ様っ

By縁真