太田:今更かもしれないんだけど、阿笠さん… 哀:何かしら?
太田:工藤とは…その、何でもないんだ?(ちょっと赤くなって)
哀:あら、彼と私との間に「何か」なんてあるように見える?
太田:…見えなくもないかな、なんて最初は思ったんだけど…
哀:光栄ね。でも私、あんな人間外をライバルにしたくはないの
太田:人間外って、もしかしなくても先生?(冷汗)
哀:(それには答えず)…そうそう、私も訊いてみたかったんだけど、太田君?
太田:何?
哀:あなたが執行委員の中で一番興味を惹かれるのは誰かしら?
太田:え?(固まる)
哀:歩美ちゃん?真紀ちゃん?私?…それともやはり本命の工藤君?(ニッコリ)
太田:………………(汗)
哀:まさか、大穴の関口君ということはないわよね?(とどめの一撃)
In a high school 9(大阪から来た男・その1〜嵐の到来編〜)
6月4日。
6月第一月曜日は朝から雨だった。
その日の3時間目は選択の体育の授業で、2時間目の後の休み時間、コナンは足早に道場に向かっていた。
「工藤〜!」
ちょうど向こう側からやって来た関口がコナンを見て手を振ってくる。
「ああ、関口も剣道?」
「見てのとおりだよ。今どき、もっとオシャレな種目にならないもんかとも思うけどさ」
コナンの問いかけに、関口は抱えた剣道セットをポンポンと叩いて笑った。
「にしても、工藤が剣道っていうのも意外だよな〜」
その言葉に、同じく剣道セットを両腕に抱えたコナンは苦笑する。
「柔道よりかはマシかと思ったんだけど?」
男子の体育の選択は、柔道か剣道から1種目を選ぶことになっているのだ。
…しかし工藤コナン、本名を工藤新一、8年前に高校生をやっていたときは実は柔道を選択した。これはシャーロック・ホームズの影響だったのだが…2回目ともなると、さすがに自分の向き不向きを考えるらしい(笑)。
「まぁ、たしかに工藤って体重軽そうだもんな…。柔道って柄でもないか。」
しげしげとコナンの全身を眺めて納得した様子の関口に、コナンはそこで納得されても、と思ってまた苦笑をこぼす。
…これでも昔は探偵になりたくて努力した。
その夢を思い出させてくれた人がいて、今でも探偵になる夢を諦めなくてよいのだと知ることができたけれど。
ほんの少し昔のことを思い出して苦しくなったが、隣を歩く、2度目の高校生活で知り合えた愛すべき友人を思えば、これも1つの幸せなのかもしれないと思った。
そのとき、ちょうど階段を下りてきた人影が、2人の後姿を見て立ち止まった。
「あれは…」
思案するように寄せられる凛々しい眉。
「まさか、工藤?」
――偶然とは、本当に恐ろしい。
ところで今日は剣道の初回の授業である。
初めてなのでもちろん剣道着の着方も何も分からないから、生徒たちは普通のジャージ姿で道場に並んでいた。
クラスごとに背の順で1列になり、2クラス。
小柄なコナンは悲しいことにクラスで1番前だったが、実は関口も他人のことを言える立場ではなく、剣道選択の中ではクラスで1番前になってしまう。
関口の方が身長としては5センチ高いが…まぁ、どんぐりの背比べということか(笑)。
「あ〜腹減った…」
体育教師の登場を待つ間に、体育座りをした膝に顔を埋めてコナンが呻くと、隣の関口が驚いた顔を見せる。
「もう?」
まだ11時前だ。育ち盛りだから空腹をおぼえても無理もないかもしれないが、普段コナンが少食だと知っているから関口は意外に思う。
「本を読んでいたらさ、昨日の晩メシうっかりと忘れて…」
しかもいつもどおり朝も抜きなのだというコナンに、関口はやれやれとため息を吐いた。
育ち盛り食べ盛りの高校1年生男子がコレでは成長するはずもない。だから細いんだよと言いたかったが、本人に言っても効果は望めないだろうと考え直す。
昼の委員会の後にでも黒羽先生にチクッておくか…と思ったところにグーっとコナンのおなかが鳴るのが聞こえて。
「腹減った………マジで死ぬ……」
何にせよ、とりあえず昼休みまでには3時間目と4時間目を過ごさなければならない運命だ。早弁という手段もあるが、この様子では弁当の用意などしてないだろう。
…てか、黒羽先生が今頃作っているのかも。
思考がすっかり毒されている関口だが、あながちその想像は妄想とも言えない(笑)。
「俺カロリーメイト持っているから、後で食う?」
試しに提案してみたら、コナンは縋り付くような目で見上げてきて、さらにブンブンと首を振る。
そんなに飢えているのかと関口が本気で驚いたところに。
「遅れてしまってすまん!」
体格のよい体育教師が響く声でそんなことを叫びながら大股で道場の中に入ってきて、2人は口を閉ざしてそちらを向いた。
コナンにとっては初めて見る体育教師(3組の体育の担当)と、もう1人。
「え………?」
その顔を見て、驚愕に目を見張るコナン。
「………………」
相手もまたコナンの顔を真直ぐに見つめて、唇の動きだけで呼びかけてくる。
――工藤、と。
まるで声が聞こえてくるかのような、錯覚。
「どうかしたのか?」
様子のおかしいことに気付いた関口が心配そうに尋ねてくるが、今のコナンには友人の心遣いに応える余裕はない。
「えー、教育実習で来てくれた服部先生だ。」
かつてのライバルの黒々とした瞳が笑っている。
笑いながら自分を捕らえて離さないのだ、とコナンは感じる。
「今日から2週間、お前たちに剣道を教えてくれる。服部君は剣道ではかなり名を知られた腕前だから、みっちりとしごいて貰えよ!!」
脅かすような教師の声に、生徒たちのブーイングが起こる。
「センセ、俺そんな大した腕では…」
謙遜してみせるが、彼の剣道の実力がかなりのものであると、コナンは知っていた。
「ええと、ご紹介に預かりました、服部平次です。2週間、お手柔らかに頼みますわ。」
懐かしい声は8年前と変わらなくて。
たとえ耳を塞いでも、コナンの内側に入り込んでくる。
…服部。
8年もの間、音信を絶っていた親友の名を。
久しぶりに思い出したような気がした。
キーンコーンカーンコーン
授業の後、チャイムが鳴るとともに礼をして、紺色のジャージを着た生徒たちはそれぞれ動き出す。
「工藤」
関口に続いて道場を出ようとしたところを呼び止められて、コナンはゆっくりと振り向いた。
これは予想していたことだ。
「…服部」
知り合いだとバレないように小さく応じると、色黒の男らしい顔が目に見えて綻ぶ。
「元気やったか?連絡ぐらいくれてもバチはあたらんと思うんやけどな?」
「…悪かったよ。」
コナンは素直に謝罪してから目を伏せた。
平次とは8年前、組織を壊滅させる直前に何気ない振りを装って電話しただけだった。組織を潰しに行こうとしていることなど全く告げずに、ただつまらないことを話して、電話を切った。
そして快斗から逃げ回った8年間にも、連絡をいれることはしなかった。
それは別に、平次を避けていたというわけではないのだけれど。
「ま、言いたいことは山積みになっとるけど、お前すぐ授業やろ?」
しかし8年ぶりに会った平次は暗さのない笑みをコナンに見せて、コナンを責める様子は少しもなかった。
まるで8年の空白など存在しなかったかのように。
「まぁな」
だから、コナンも笑う。
「着替えもしなきゃなんねーし。悪いけど今は時間ない。」
10分間の休憩の間に制服に着替えなければならないから、本当にまったく余裕がない。
「昼休みにでも話しできへん?」
「いいぜ。じゃあ4時間目が終わったらここで。」
約束だけ決めて、コナンはあたふたと道場を出る。
…このとき、コナンは当然のように委員会があるのを忘れていた…(笑)。
――それにしても。
何故、あの平次がこんな学校で教育実習なんてしているのだろう?
退屈な現国の授業の最中、コナンはずっと考えていた。
そして4時間目の担任の授業が終わるとすぐにコナンは教室を出た。
階段も2段抜かしで駆け下りる。
単に嬉しいとか懐かしいというだけではない、何故あの探偵がここにいるのかということが気になって仕方がないのだ。
探偵が来るということは、事件かもしれない。
…友人との8年ぶりの再会と事件とどちらが重要なのか、秤にかけている時点でどうかと思うが、それが「工藤新一」と言ってしまえばそれまでのこと。
「服部!!」
1時間前に出た道場に飛び込むと。
「おう工藤!よう来たな!!」
屈託のない笑顔に出迎えられて、道場の畳に並んで腰を下ろした。
そしてじっくりと互いを観察し合う。こういうところが探偵の性なのだろうかという疑問が頭を過ぎるが、コナンにはその答えは分からない。
そして、結論としては一言。
「…お前ホント、変わってねーよなぁ…」
友人たちを比較してみれば、むしろ快斗の方が変わったかもしれない。
8年経って快斗は随分と柔らかくなったし、やはり大人になったのだと感じるけれど、平次は雰囲気も何もかもを含めて、かつての彼と同じだと思える。
それが良いか悪いかはともかくとして。
「トシは取ったで〜!俺もう25のオッサンやし。」
ガハハハと豪快に笑う平次に、コナンはこめかみを指で押さえた。
「…それを言われると虚しくなるから止めてくれ!」
外見は高校生でも本当は同い年なのだ。自分にとっては未知の世界に到達した友人たちの姿を見ると、さすがに今の自分に違和感を感じ得ない。
「せやけど工藤はホンマに変わらんなぁ。今、高1やろ?青春やな〜!!」
…羨ましそうに言われても胸中は複雑なのだが。
「てか服部お前、なんで教育実習なんてやっているんだよ?お前もう大学生って歳じゃないはずだろ?」
大学浪人とか留年とかしていればともかく、普通に考えたら25、6歳で教育実習に来ることはありえないはずだ。
それにコイツが体育教師になるのか、という気もする。
「ああ…これは仕事なんや」
平次は困ったようにポリポリと頬を掻いた。
「仕事?」
教育実習が仕事というわけではないだろうし、何だろう?…探偵?
コナンは妙にかわいらしく小首を傾げる。
その姿に、何やろな…とため息を吐いてから、平次は躊躇いがちに口を開いた。
「工藤になら言っても構わんと思うけどな、俺、大阪で刑事やっとんのや。そいでな…」
「やっぱ事件か!?」
最後まで聞かずに、目の色を変えてコナンは身を乗り出した。
目の色を変えて、というよりも、もはや目の輝きが違う(笑)。
「相変わらずやなぁ…」
何年経っても変わらないのはどっちや、と軽口を叩いて、平次は深い慈しみを湛えた視線をコナンに向ける。
――8年は、けっして短い年月では、ない。
平次はあのときコナンが一切の連絡を絶った事情を知らない。例の組織の脅威が去ったことだけは風の噂で聞きつけたけれど、それとコナンの失踪が関連しているのかどうかも分からなかった。
…心配しなかったわけではない。
本当は会いたかったし、会えないとしても生きているのかどうかも分からない友人の無事だけでも確かめたいと思っていた。
コナンが思うほど、8年を気にしていないわけではなくて。
「工藤、俺、一昨日こっちに来たんやけどな」
ゆっくりと紡がれる言葉に、コナンはきょとんと彼を見上げる。
「着いてすぐ、桜田門に顔出したんや。そしたら高木ハンが『コナン君に会ったよ』って言うもんやから…」
顔馴染みの刑事の名前に、コナンは何かを恐れるかのように、びくっと身を震わせた。
…『探偵』としての自分から逃げるのはやめたはずなのに。
まだ少し後遺症があるのかもしれない。
「…高木さん、何か言っていた?」
恐る恐る口にした疑問に、平次は軽く笑う。
「怪盗キッドを追いかけていたんやってな、工藤?あんまり懐かしい名前ばっか聞いたもんやから、俺、その後目暮ハンと飲みに行ってもうたわ。」
「…それ何の関係があるんだ?」
コナンもごく軽い笑みを返そうとした、そのとき。
「工藤〜!?コナン君〜?またはコナンちゃん〜v」
…どこかで聞いたような記憶のある能天気な声がのほほーんと自分を呼ぶ声が耳に届いて、コナンは畳に沈没した。
「黒羽〜!!」
何でもいいからその恥ずかしい呼び方はやめろ!という思いを込めて、道場の入り口に現れた男を睨みつける。
「あ、こんなところにいたんだコナン君!せっかくランチ作ったのにどこにもいないから探しちゃったよ。」
今日もまた重箱みたいな包み(おそらく重箱なのだろう)を片手に、数学教師・黒羽快斗はコナンを探して学校中を歩き回ったらしい。
そういえば昨日の夜から何も食べていなくて腹が減っていたのだから、ありがたいとは思うのだけれど。
「…恥ずかしいヤツ…」
愛だか何だか知らないけど、と思ったところで。
「誰やねんコイツ?」
警戒心丸出しの平次の声が真後ろから響いて、ギョッとしてコナンは振り向いた。
「あ、えと…」
話せば長くなるが、話すと余計にこじれそうな気がする。
「俺?」
どうしようかと思っていたら、ニヤッと笑った快斗が道場に上り込んできたのでコナンは全てを諦めることにした。
快斗は壁際に座る2人の前にどさっと弁当の包みを置くと、胡散臭い営業スマイルを平次に向けて自己紹介を始めた…。
「俺は取りあえずここでは数学教師の黒羽快斗。でも学校を一歩でも出れば…」
「うわぁっ…それは言うな黒羽〜!!」
快斗が何か言いかけるのを、コナンは真っ赤になって彼の口を手で塞ごうとする。
不思議そうに目を細めて、平次が言った。
「親友の俺に知られて困ることでもあるんか、工藤?」
「え…ていうか」
知られたら困ることが多すぎるんだけど、とはさすがに言えずに、コナンは愛想笑いをしてごまかすしかない。
「そうだ、それよりメシ!!とりあえずメシにしよう、な?」
無理やり話を終わらせようと、コナンは快斗が持ってきたランチを道場に広げ始めたのだった………。
The End?
(コメント)
当サイトもついに5000HITを迎えることになりました!というわけで記念企画第9話は何となくスペシャルにしてお届けします(笑)。
タイトルからも分かるように、今回はお約束のように彼の登場です。いつかは出るだろうと思われていたに違いない某・西の探偵、こんな登場ですがいかがでしょうか?彼が何の事件で来ているのかという話は、11話になる予定です。
ところで、これ…第8話の裏だということに皆様お気づきになりましたか?道場で3人がランチをしている頃、いつもの会議室では放送委員会とのバトルが繰り広げられていたのです…(笑)。
西の探偵編(?)はもう少し続きますので宜しくお付き合いくださいませ。
2002年4月13日
≪BEYOND THE BLUE SKY≫管理人
小夜 眞彩