――――――――彼は光の魔人

 

    悪魔のような狡猾さで人の心を見透かす

                                        慧眼の持ち主・・・・・

 

 

 

 

 

‡ 天使の微笑み 悪魔の囁き―後編― ‡

 

 

 

 

 

どれくらい走っただろうか。

動くわけにはいかないので、時計を見ることも叶わず、時間感覚のない状態のままコナンは車の揺れに見をまかせていた。

その間もやつらの話に耳を傾けながら。

 

 

ようやく車がとまったとき、コナンは全身から力を抜いた。

ドアが開ける音が聞こえてくると、頬に風を感じた。

コナンは誰かに(おそらくは田村に)抱きかかえられた。

 

「そのガキ、まだ目さまさねぇな」

「当然だ。子供には少々強い薬だからな」

「そいつ、どうするんだ?」

「目が覚めるまで隣の部屋に放り込んでおくさ」

 

しばらく歩いた後に、コナンはどこかへと半ば乱暴に下ろされた。

そして男たちの気配が離れ、扉が閉まる音を確認してからコナンはようやくその瞳をあけた。

部屋は薄暗く、頼りになるのはひとつだけついている窓から差し込んでくる月の光だけだった。

コナンが寝かされたのはどうやらソファのようだ。

それ以外ではほとんどものが置いていない質素な部屋だ。

 

だが、部屋の端の方に置かれているものを見てコナンはにやりと笑う。

それは机の上に置かれているパソコン。

子供には使えないと思ったのか、それとも最初から見落としていたのか、どちらにしてもこの部屋にコナンを残したことは田村たちにとっては誤った判断だっただろう。

江戸川コナンは外見は小さな子供でも中身は「工藤新一」なのだから。

 

パソコンに手をつける前にコナンは窓辺に何とかよじ登って今いる場所を少しでも確認しようとした。

窓越しに、外を眺める。

 

「海・・・どこかの別荘か?」

 

窓からみえたものは切り立った崖とその下にある広大な海。

海にうつる月がゆらゆらと揺れている。

ここはどう見ても東都ではない。

 

「結構走ったみたいだったからな」

 

しばらく海を眺めていたコナンは、海面に映る白い月を見て思い浮かんだ人物に笑みを浮かべた。

今おそらく彼は・・・

 

「利用させてもらうぜ?気障な怪盗さん?」

 

小さくそう呟いて、コナンは窓辺を離れパソコンに向かった。

たちあげて、操作していく。

その口元は、楽しげに歪んでいた。

それは無邪気な子供のものでも天使の微笑みでもなく、魅惑的な子悪魔の笑みだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「まさかこんな遠くまで来るなんてね。念のためにつけといてよかったぜ」

 

手に持った受信機と、双眼鏡で崖の上に立つ大きな洋館を交互に見ながらキッドは・・いや、快斗は呟いた。

動きやすいように、現在は上下とも黒の私服である。

 

 

先ほどから、受信機に点滅している赤い光は、一定のところから動かないままだ。

その赤い光の主はあの小さな名探偵である。

あちこちと彼が動き回ることを考慮して学校帰りすれ違ったときにそっとつけておいたのだ。

だがそれが別なことで役にたった。

 

「あそこは確か、近江氏のライバルの別荘だよな」

 

近江社長にはもちろん多くの競争相手がいるが、その中でも一番大きなライバル会社社長の磯辺という男がその別荘の持ち主であった。

 

「私怨というところか・・・組織は関係なさそうだな」

 

それならば一層やりやすい。

快斗にとっては雑魚同然の者たちばかりだろう。

 

だからといって手を抜いてやるほど快斗は甘くはなかった。

なにしろ彼らは、快斗の仕事を横取りした挙句に楽しみにしていた対峙までもぶち壊してくれたのだから。

その分のお礼はきっちりといただこう。

 

 

瞳に不穏な光を宿しながら木から飛び降りると、乗ってきたバイクに再び跨った。

そしてすぐに屋敷へ向けて走らせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「よくやってくれたな。近江のヤツ、今ごろ蒼くなっているだろうよ」

「そうですね」

 

ひとつのテーブルを囲んで男たちが今回の成功への祝杯をあげていた。

すでに田村と磯辺以外は出来上がっていて顔は真っ赤、呂律も回っていない。

それを見て呆れたように溜息をつく田村もかなり飲んでいるはずなのだが、こちらはまったく顔色を変えていなかった。

 

「あとはあのガキが目を覚ますのを待つだけだな。きちんと量を考えたんだろうな?」

「ええもちろん」

 

量、とはクロロフォルムのことである。

嗅がせるだけとはいえ、その量を考えなければ危険だ。

暗証番号をはかせる前に死なせるわけにはいかない。

 

「悔しがってるといやぁ、あのキッドもそうなんじゃねぇか〜?」

「そうそう!自分の前に盗られたとなっちゃあ、世紀の大怪盗の名折れだろうさ」

 

 

「ええ、ですから返してもらいに参上しましたよ」

 

 

「「「「!!」」」」

 

突然割り込んできた声に、その場にいた者全員が一斉に声の方向を向いた。

いつのまにか全開の窓辺に、白い衣を纏った怪盗が佇んでいる。

 

「返してくださいね?『あれ』は私の獲物ですから」

 

口元には笑みを浮かべているが彼を包む空気は恐ろしいほど冷え切っており、男たちはわけもなく体が震えるのを感じた。

これはキッドのプレッシャーだ。

想像以上のものに、闇の世界に通じているはずだった田村も顔が強張る。

磯辺にいたっては、ぴくりとも動くことができなかった。

 

「さて、どうしましょうか?私を怒らせた報復は受け取っていただくつもりですが」

「き、キッドは人を傷つけないんじゃなかったのか?!」

 

苦し紛れに叫んだ磯辺に、キッドはクスリと笑った。

モノクルとシルクハットでその瞳が見えなかったことは幸福だったのかもしれない。

 

「別に体に傷つけなくても、方法はたくさんありますよ?例えばあなたの会社を消す、なんてことも・・・」

「なっ!!」

 

努めて静かなキッドの口調とは裏腹のその内容に、磯辺はみるみるうちに青ざめた。

田村が反撃の隙を狙ってじっと観察するが、この怪盗には一寸の隙もなかった。

 

そのとき。

 

「た、大変です、社長!!」

「何事だ?!」

 

血相を変えて飛び込んできた部下の1人に磯辺は掴みかかった。

 

「そ、それが・・テレビで・・!」

 

その男の話によると、今まで磯辺たち上層部が行ってきた不正の数々が、様々なところへ流れ出ているのだという。

今ニュースではそのことが緊急に話題となっているというのだ。

 

「なんて、ことだ・・・」

 

磯辺はますます青ざめて、その場へ跪いた。

 

(まさかあいつ・・・なにかやりやがったな?)

 

キッドが思い浮かべたのは瞳に強い光を宿す小さな名探偵だった。

 

ちっと舌打ちをして田村が出て行こうとしたのに気づき、キッドはすぐさまその行く手にトランプ銃を撃ちこんだ。

田村の動きがとまる。

と同時に、壁に突き刺さったカードが勢いよく煙を噴き出しはじめる。

いきなりのことになすすべなく、田村をはじめとするその場にいたものたちは次々と崩れ落ちていった。

 

「もうじき”私を追って”多数の警官たちがやってくるでしょう。それまで大人しく寝ていてくださいね」

ああもう聞こえませんか。

 

 

 

 

 

その部屋を出て、キッドはそのまま隣の部屋へと向かい、その扉を開けた。

そこには窓辺で月明かりを背に佇む小さな探偵がキッド顔負けの不敵な笑みを浮かべていた。

脇にあるパソコンの電源がついている。

 

「やっぱりお前の仕業か。・・・・俺を利用したな」

「まあな。前もって調べていたときに、磯辺の周辺に怪しい動きがあったからな。きっとなにか起きると思ってたら案の定だ」

「まったく、いい度胸だよ」

 

飾ることのない言葉で言い放ち、キッドは小さく溜息をついた。

 

「宝石を持っていればお前は必ず追いかけてくるだろうし、それと同時に警察もやってくるからな」

 

こいつはちょっとした仕返しだ、とコナンはパソコンを指差した。

どこがちょっとした、なのか・・・キッドは肩をすくめる。

これで磯辺たちは終わりだ。

おそらく再起することは不可能だろう。

 

「怖いねぇ・・・」

「当然のことだ。ほらよ」

 

コナンがキッドに投げてよこしたのは、あの宝石が入っているという特別製の箱である。

鍵はかかったままだ。

きちんとキャッチしながらも、キッドはコナンを訝しげに見つめた。

 

「開けてみろよ。どんな鍵でも開けちまう、魔法のナンバーを打ち込んでな」

「魔法のナンバー?」

 

しばし考えてみて、思い当たった番号にまさかと思いつつも入力してみる。

かちゃりと音をたててふたが開き、中から宝石が現れた。

キッドは再びコナンへと視線を戻した。

コナンは変わらずに笑っていた。

 

 

打ち込んだナンバーは――――――――1412

 

 

「ぴったりだろう?」

「・・・光栄、とでも言っておこうか」

 

まったく、こいつには敵わないよ・・・・

 

キッドはその口元に楽しげな笑みを浮かべた。

 

遠くから複数のパトカーのサイレンが聞こえてくる。

どうやらようやくのご到着らしい。

 

キッドはすばやく窓辺に移動すると、宝石を手にして月にかざした。

そしてすぐに溜息をつく。

その儀式のような動作を、コナンは黙って見つめる。

 

「こいつを、返しておいてもらえるか?」

「目的とは違った、ということか」

「まあね」

 

キッドが必死になにかを探しているようであることは以前から思っていたこと。

だがなにを探しているのか、なんて聞ける仲じゃないから、コナンはなにも聞かなかった。

 

探るように見つめてはきても何にも言わないコナンに軽く笑ってキッドは目線を合わせるように跪いた。

月の元だとさらにその美しさがわかる、その美しい蒼。

黙ったままのコナンの頬に、キッドはひとつキスを落とした。

 

「っ、てめぇ!なにしやがる!!」

「なにって、お礼をもらっただけだよ」

「んなもんなんでくれてやらねぇといけねぇんだ!!」

 

真っ赤になって蹴りを繰り出すコナンをひらりとかわしてキッドは窓の縁へとのると、窓を開け放った。

 

「じゃあな」

 

言うやいなやキッドはそこから飛び立っていった。

コナンが窓によじ登ると、すでに白い羽を広げたキッドは遠くへと離れていた。

次第に廊下が騒がしくなり中森をはじめとする警官たちが乗り込んできた。

コナンの姿を見て一緒についてきた蘭は安心したようにコナンを抱きしめてきた。

そのことに赤くなりながらも、コナンは警部たちに自分を攫ったのは田村たちで、キッドが助けてくれたのだと説明し、キッドから渡された宝石を無事に近江へと返したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「快斗〜?終わったのか?」

「あ、新一お帰り」

 

いつのまにか帰ってきた新一が書斎の扉から顔を出した。

それに快斗は考え事から浮上し、笑顔で迎える。

 

「ごめん、まだなんだ。ちょっと考え事してたから」

「考え事?」

 

お前事件に興味なんてあったのか?と不思議そうな顔をして近づいてきた新一に違うよ、と苦笑いする。

ずいぶん時間が経っていたらしく、パソコンの画面はスクリーンセーバーが作動していた。

 

「昔のことをね、思い出してたんだ」

「昔のこと?」

「そう。・・・・コナンちゃんのホッペは柔らかかったな〜って」

「なっ!」

 

なに考えてやがる!と少し赤くなりながら叫ぶ新一にクスクス笑ってその細い体を抱き寄せた。

いきなり引っ張られて、新一はバランスを崩し快斗の腕の中へと倒れこんでしまう。

 

「もちろん、新ちゃんの肌も滑らかだけどね〜」

 

そう言ってあの時と同じように頬にキスを落とす。

厳しい態勢にもかかわらず新一はもがいた。

 

「離せよ、変態!」

「ひどいな〜・・・・ねぇ、新一」

 

口で言ってるほど気にする風でもなく、快斗はますます拘束する力を強め、最後は真剣な声で耳元で囁いた。

そのことに暴れていた新一は大人しくなる。

そんな快斗に新一は弱い。快斗もそのことを知っている。

 

「なんだよ・・」

「俺はね昔から、」

 

 

 

―――――――お前には敵わないんだよ・・・・

 

 

 

 

 

END
02/5/10

 

 

 


縁真さまへ捧げます。
大変遅くなりまして・・・申し訳ないです(><)大嘘つきでごめんなさい;
しかしコナン君、書いてると楽しいですねvからかいがいがあるというか・・(笑)
少しでも気にいっていただけるとうれしいです。