学校が休みの日曜日、外はまぶしいほどに晴れわたっているというのに快斗は朝から工藤邸の書斎にこもってパソコンと睨めっこをしていた。 しかも調べている内容は追っている組織の情報ではなく、新一が現在関わっている事件の資料集めである。 当然の如く快斗にはまったく関係のないことだ。 だがこういうことに関しては快斗の方が詳しいからといって新一が頼み込んできたのだ。
元来新一にはほとほと甘い快斗である。 あっさりと承諾してしまった。
しかし調べ始めてみると、それは思ったよりも複雑で資料の量も半端じゃなく、あっさりと承諾してしまったことを後悔したのだが、今さらである。 頼んだ当の本人は、現在そんな快斗をおいて警視庁へと出張中だ。
「ホント、敵わないよなぁ・・・」
あの名探偵殿はいつもいつも自分を振り回してくれる。 そんなことがあってもいつもいつも引き受けてしまう快斗も快斗なのであるが。
「そういえば、前も散々振り回してくれたことがあったよな」
一旦動かし続けていた手をとめて、快斗はひとり思い返してみる。 そうあれは新一がまだ「江戸川コナン」という小学生であったとき。 快斗が「黒羽快斗」として出会う前だから、新一とは「怪盗キッド」としてしか面識がなかったころだった。
‡ 天使の微笑み 悪魔の囁き―前編― ‡
「キッドの予告状?」
学校から帰ってきて探偵事務所のドアを開けたら、それに気づいた蘭が話があるといっていまだランドセルをしょったままの新一、もといコナンの手を引いた。 そしてコナンはソファへと座らせられ、蘭は向かい側に腰を下ろした。 大きなランドセルは邪魔なので、おろして脇のほうへと置いておいた。 毛利小五郎はいつも通り散らかっている机のイスに腰掛け、そんなふたりを憮然とした表情で見ている。
一体何事なのかと、コナンはいささか緊張した面持ちで目の前の蘭が話すのを待っていた。 そんな蘭の口から出てきたのが『怪盗キッド』なのであった。
「ある会社の社長さんのところに送られてきたんだって」
その話を聞いたときに、正直言ってコナンはなんだ、と力が抜けた。 あとから本人にそのことを話したら、ひどいっと泣かれて(もちろん嘘泣きだが)しまったのだが。
蘭があまりに真剣な顔をしているから、一体どんな大事なのかと思ってしまったのだ。 まぁ、依頼者側にしては十分に大事である。
「それで、おじさんが依頼されたんだね」 「依頼されたにはされたんだけど・・・」
言いよどんでちらりと小五郎を見る蘭のどこかおかしい様子に、コナンは首をかしげる。
「依頼は俺宛にきたが、実際に用があるのはお前なんだとよ、コナン」
そんな蘭の代わりに、小五郎がぶっきらぼうに告げた。 その言葉にコナンは大きな目をぱちぱちと瞬かせる。
「どういうことなの?蘭ねぇちゃん」 「実はね、予告状は警視庁にも届けられたから当然警視庁が警備をすることになったんだけど、なにしろいつも盗まれてしまってるでしょ?だからその社長さんがとても不安がってるのよ。それで思いついたのが、お友達の園子のお父さんから聞いていたコナン君だったのよ」
蘭の説明によるとつまりはこうだ。
どんな最新式の防犯装置を置いても、あの天才的犯罪者はいとも簡単にその包囲網を突破してしまう。 かといって誰かに持たせる、というのもキッドが変装の名人だけに信用できない。
ならばキッドが決して変装できない人物がいいのではないか?
そうしてたどり着いたのが、以前キッドから宝石を取り戻したことのある「江戸川コナン」という存在だったのだ。 彼にターゲットを持たせて彼ごと警備すればいい。
考え付いた自分の考えに満足し、今回予告状を受け取った社長はすぐさま毛利探偵事務所へと依頼書をよこしたのだ。 自分よりもコナンが必要といわれてかなり不機嫌になった小五郎であったが、依頼料はかなりのもので、断る理由はなかった。
ただそれはその社長の独断であり、そんな方法でうまくいくものかと中森警部あたりは大反対なのだそうだが。
「でもコナン君の意見も聞かないといけないから・・・」
どうする?と聞いてきた蘭にコナンは無邪気な笑顔を向けた。
「いいよ、僕やる」 「でも・・大丈夫?」
心配そうな顔をしている蘭に、コナンは大丈夫だよ、と明るく言った。
キッドは人を傷つけたりはしない、そう言われていることを知っているから大丈夫だとは思うのだが、いつも無茶をするコナンだけに心配は尽きない。 しかし、きっと止めてもひとりで勝手に行動してしまうだろうことは今までの経験からわかっていることだったのでそれ以上はなにも言わなかった。 本当に、そんなところも新一に似ていると蘭は思う。
そんな蘭の心配とは裏腹に、コナンは内心ほくそえんでいた。
おもしろそうじゃねぇか、今度は絶対に捕まえてやる!
「いいかい?これをつけているんだ」
そういって今回の依頼者である近江がコナンへと渡したのは、小さなウエストポーチであった。 その中には厳重な鍵がついた小さな箱が入ってあり、その中には今回のキッドの獲物がしまわれている。 箱の鍵は暗証番号式で、まだかけられてはいなかった。
「じゃあ暗証番号は僕が決めてもいいんだね?」 「そうだ。誰にも教えたらいけないよ?」 「うん!」
無邪気に笑って頷いたコナンに近江も笑いかけた。 ずいぶんかわいらしい子だ、まさかこんな子にキッドが敵わなかったとはな、と近江は内心そう思っていた。
(さぁて、暗証番号どうするかな?) ああそうだ、丁度いいのがあるじゃねぇか。
思いついた数字ににやりと笑い、コナンは誰も見ていないところで暗証番号を入力して鍵をかけると、ポーチの中へと箱を入れる。
さああとは、『ヤツ』の出方次第だ。
コナンがその外見に不似合いな不敵な笑みを浮かべたところを誰も気づかなかった。
「社長、本当によろしいのですか?あんな子供に任せてしまっても・・」 「まったく同感ですな」
社長の秘書らしき男が心配気に、近くにいた中森警部は嫌味たっぷりに言った。 すでにこの部屋の中にも屋敷の外にもたくさんの警官が待機している。 それなのに近江は最後まで宝石をコナンに守らせると言って聞かなかった。 彼ごと攫われたらどうするのだと問い詰めても終始涼しい顔だ。
「そういうことは一度でもキッドに勝ってから言ったらどうだ?例え小さな子供であっても、キッドから宝石を取り戻したという実績がある彼のほうが頼りになるというものだ。彼は今までに他にも色々活躍していたようだしね」 それに、キッドは人を傷つけないのだろう?
近江の言い分に中森はムッとするが、どこか的を得ているだけになにも言い返すことができない。 一度コナンへと視線をむけると、他の刑事たちのところへ行き、憂さを晴らすかのような大声で再び指示を出し始めた。
「でも・・・本当に大丈夫なの?コナン君」
小五郎に家にいろと言われたのだが、どうしても心配でついてきてしまった蘭がしゃがんでコナンの顔を覗き込む。 それにコナンは元気よく頷いて大丈夫だよ、と笑った。
ふと視線を感じてそちらへと振り向くと、近江のそばにいる秘書の男がコナンを見つめていた。 だが目が合うと男は慌てたように顔を逸らした。
へぇ・・・なるほどね
しばらくその男を見つめて薄く笑みを浮かべていたコナンであったが、再び無邪気な笑みを貼り付けて蘭の方をむいた。
「蘭ねぇちゃんこそ気をつけてね?相手はわる〜い泥棒さんだから、なにが起こるかわからないよ?」 「え、ええ、そうね・・・」
天使の微笑み。 そう言えるくらいにかわいらしく笑うコナンに蘭は一応頷いてはみたものの、どこか釈然としなかった。 首をかしげる蘭にそれでも気にせずコナンは微笑みかけた。
「そういえばコナン君、暗証番号決めたんだよね?」 「うん、丁度いい数字があったから。どんな箱でも開いてしまう、魔法の数字なんだよ!」 でも、蘭ねぇちゃんにも内緒だよ!
ふ〜ん、と蘭は首をかしげる。 魔法の数字、それは一体なんなのだろう? どんなに考えてみても、蘭が思い浮かぶ数字はなかった。
「あと15分ほどで予告時間だ。コナン君、こっちへ」
近江が自分がいるほうへ来るようにとコナンに手招きをした。 それに返事をしてコナンは駆け出していく。 彼らの周りには警備の警察が数人取り囲み、小さなコナンの姿は蘭からは見えなくなった。
本当に大丈夫かな?
やっぱり拭いきれない不安を抱えて、蘭は小五郎と共に少し離れた場所からコナンがいる集団を見つめた。
「ねぇねぇおじさん」 「ん?なんだね?」
コナンは近江の服の裾を引っ張って呼ぶ。 それに近江はしゃがみこんで笑顔でコナンの顔を覗き込んだ。
「あのお兄さんはおじさんの秘書?」
そう言って近くにいてあたりをきょろきょろと見渡している男を指差した。
「ん?ああ、田村のことか。そうだよ、とても優秀な人物だったから、私が取り立ててやったんだ」 「ふ〜ん・・・」
彼がどうかしたのかい?と聞いてくる近江に、コナンはなんでもないよと笑った。
そのときに、高らかに屋敷の防犯ベルの音が鳴り響いた。 その音に皆一斉に身構える。 そして次の瞬間、部屋の明かりが消えた。 あたりがざわめいたが、中森は彼らに落ち着けと叫んだ。 焦ったら負け、それがいつものパターンなのだ。
「キッドの仕業か?!」 「しかし警部、まだ予告時間には10分以上あります!」 「時間を早めたかもしれないだろう!」
だが中森自身、キッドが予告状ぴったりに現れることを知っていたので、訝しく思っていた。 と、すぐに電気がついた。 すぐにコナンを確認するために振り向いたとき、その小さな姿がどこにもいないことに気がついた。
「あのガキ、どこ行きやがった?!」
きょろきょろ見わたす中森につられて、他の者たちもあたりを見わたす。 だがその部屋の中にはいる様子がない。
「まさかもうキッドに?!」 「まさか!」
電気が消えてからつくまでは10秒も経ってはいない。 もし仮にキッドに攫われたのだとしたら、その間に侵入し、警察に囲まれていたコナンへと近づき、再び姿を消したとことになる。
「そういえば・・あの秘書の姿も見当たりません!」 「なに?!じゃあやつが・・・おのれ〜!捜せ!まだ遠くには行ってはいないはずだ!」 「ハッ!」
バタバタと音をたてて中森を筆頭に警察官たちが部屋を出て行く。 数名は部屋に残って調べていた。 突然の出来事に思考がついていかなかった近江は呆然と立ち尽くし、蘭と小五郎もコナンを捜すために行動をはじめるのだった。
「心外だな、間違えられるとは」
屋敷の屋根に座って、キッドは下の喧騒を眺めていた。
これからいざ乗り込もうとしたときに突然ベルが鳴り出し、しばらく経ってから中森の怒声が聞こえてきた。 しかもキッドが出た!と言っているのだ。 自分はまだ行動を起こしてはいないというのに。
「予想外の事態、だな」
今回の獲物はあの小さな名探偵が守人となっていたはずだ。 久しぶりの対峙を楽しみにしていたのに、『真犯人』はそれを壊し、自分に罪をきせ、獲物を横取りした。
「高くつくぜ?俺を怒らせるとな」
少々痛い目にあってもらおうか、愚かな泥棒さんたち?
にやりと笑うと、キッドは立ち上がり、屋根の上から飛び立った。
「思ったよりうまくいったじゃねぇか」 「ああ、そうだな」 「はしゃぐな。最後まで逃げ切れたらその言葉を吐け。それに、俺が秘書として潜り込んだからうまくいったんだ。それを忘れるな」 「へいへい」
黒いワゴン車の中、三人の男たちがそれぞれ思い思いの反応を示している。 運転している男と助手席の男はにやけっぱなしだったが、後ろの席に座っている男は終始冷静な顔だ。
先ほどまで近江の秘書として存在していた男、田村は、隣にクロロフォルムを嗅がせて眠らせている少年を冷たい瞳で見下ろした。
「それに、このガキから暗証番号を聞き出さないと宝石にはたどりつかねぇ。あの箱は特殊だからな。壊そうとしても無理だ」
それは近江本人から聞いたことだった。 この箱の強度について、近江は自慢げに田村へと話していた。
「大丈夫さ。そんなガキ、少しおどしゃあ泣いて話すって」 「そうそう。まったく、そんなガキに守らせるとはなに考えてやがるのか」
げらげらと笑う男たちとは裏腹に、田村は無表情のまま少年を見つめた。
「だがこいつは案外油断できないかもしれん。前に一度あのキッドから宝石を取り返したと言っていた。得体の知らないガキだ」 「そのガキがかぁ〜?」
まさか!と男たちはますます声を立てて笑った。
「きっと偶然さ。そんなひ弱なガキに、なにができるものか」
田村はしばらくピクリとも動かない子供を見ていたが、やがてフッと笑った。
「俺の考えすぎか・・・」
いや、ご名答だぜ・・?
眠っていたはずの少年の口元に笑みが浮かんだ。 男たちからは死角になっているので見えない。
こうなることは薄々わかっていた。 だから、あの暗闇の中で口に布を押し付けられたときに、意識を失うふりをしたのだ。
さあ、案内してもらうぜ?お前らのアジトにな・・・・
to be continued・・・
02/4/17
縁真さまへ捧げます。 初めてコナン君のお話を書きました。本当は一話のはずだったのですが・・・(^^; かっこいいコナン君を目指すつもりです。よろしければ受け取ってください!
えへへ。頂いてしまいました。
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