The day which it can see again comes. At a future to come soon・・・
「俺、明日の夜少し出かけるから」
ベットに腰かけてタバコをふかしながら、快斗はシーツの中に沈んでいる真に話しかける。 気だるげに顔をあげて、真は快斗の方をむいた。 その目は赤くなっており、いまだ少し潤んでいる。 シーツからは剥き出しの白い肩がのぞき、ところどころに所有の印が刻まれていた。 快斗はくすりと笑ってそんな真の目元にひとつキスを落とした。
ふたりで出かけて快斗が自分の気持ちを告げたあの日、すっかり暗くなってからこの部屋へと戻ってきたときから快斗は真を離そうとはしなかった。 今までの分を埋めるかのように何度も何度も真を求めた。 そして真も、そんな快斗を受け入れた。 それからまる3日間、ほとんどをベットの上で過ごすという日々が続いた。 その間、当然のように快斗が学校へと行くことはなかった。 いつもならばきちんと行けという真もなにも言わない。 ここのことを知っているのは快斗の他は寺井だけだから、邪魔が入ることもなかった。
「出かけるって、どこに?」 「寺井ちゃんの店の手伝い。明日ちょっとしたお客さんが来るんだって。で、寺井ちゃんひとりじゃ大変だろうから手伝いに行くんだ」 「ふ〜ん・・・」
とっさについた嘘に納得したのかしないのか、真は小さく呟いただけだった。 快斗はまだ長いタバコを灰皿に押し付けると、真の顔を覗き込んだ。
「浮気なんかしないから安心して」 「バーロ・・誰もんなこと言ってねぇだろ」
近づいてきた顔を手で押しとどめて、少し赤くなりながら真が応える。 その手を掴んで真の顔の脇に押し付けると、快斗はそのまま唇を重ねた。 徐々に深くなるそれに再び真の息が乱れ始める。 快斗は真が纏っていたシーツを剥ぎ取って徐々に唇を下ろしていった。 真はその頭を自由になった手で抑える。
「っ、ちょっとくらい、休ませろ・・・ぁ・・」 「休んでも休まなくても、どっちみち同じことだよ」
弱々しい抵抗をやすやすと封じると、快斗は行為をやめずにそのまま続けた。 諦めて、真は与えられる快楽に溺れていった。
目が覚めたときにはすでに快斗の姿はなかった。 動くたびに鈍痛が走る体を無理やり起こして、真は傍らにあった時計を見た。 日付はすでに変わり、日も暮れている。 どうやらずいぶんと寝てしまったようだ。
「ま、当然だよな・・・」
求めてくる快斗に途中から着いていけなくなって、半ば気を失うように眠りへとついた。 若いよな、なんて思ってしまう自分はおそらく思っているよりも年をとっているのかもしれない。
「あいつ、どれくらいに帰ってくるんだろ」
ずっと離れずにそばにいたから、彼のぬくもりがそばにない今はなんだか淋しいと感じてしまう。 そんな自分がなんだかおかしかった。 快斗が自分を好いてくれるのと同じくらいに、自分も快斗のことが好きなのだと自覚する。
最初に求められたときは正直驚いたのだが、不思議と抵抗はまったくなく、ほとんど流されるままに受けとめてしまった。 快斗と心が通じ合ったときは素直にうれしいと感じた。
だが、彼に言えなかったことがある。 自分を抱いている彼が、誰かに重なって見えたこと。 もしかしたら、自分が記憶を失う前の何か大切なことなのかもしれない。 だが浮かんだその考えを真は即座に消し去った。 今大事なのは今の自分が快斗が好きで、快斗も自分を好きでいてくれて、とても幸せだということ。 それ以外の記憶なんて、今はいらない。
軽く着こんでリビングへと移動し、コーヒーを入れてからソファへと腰かけテレビをつけた。 普段何気なくしている動作が今はとても辛く、倍近く時間がかかってしまった。
つけたテレビでなにかおもしろいものは入っているかとチャンネルを回していると、とあるチャンネルの緊急特番で手がとまった。 どこか美術館か博物館といったような立派な建物の前でリポーターが懸命に何かを話している。 早口なリポーターが話すことを聞き取ってみると、この美術館に展示されている大きなサファイアを盗むという『キッド』の予告状が届いたのだという。 そのリポーターのほかにも取材の人たちや一般の野次馬たちがたくさんいて現場は混乱しているらしかった。 遠くで赤いランプが回っているのも見える。
「予告状・・今どきそんなレトロな泥棒もいるんだな」
あれ・・・ 前にも、同じようなことを言った・・?
なにかが頭に引っかかってきた。 その間にもテレビの中で『怪盗キッド』という名前が連呼されている。
「怪盗、キッド・・・・」
どこかで、聞いたことがある・・・ いや、自分は、知っていた・・・・? そうだ、自分はあいつを、怪盗キッドを・・・・知っているはずだ・・・・
――――・・・・ね・・
「っ?!」
突然頭の中に響いた声に、激しい頭痛が真を襲った。 体を支えきれなくて、そのままソファの上へと倒れこんでしまう。 なんだか、息苦しい。
あいつは、あいつ、は・・・・
少しだけ顔をあげて目に飛び込んできたのは、昼でもないのに明るい光が差し込んでいる窓だった。 なぜかそれに惹かれて、真は体を引きずりながらなんとか窓のそばまで行き、ベランダへと出た。 見上げた先にあったのは、白く大きく輝いている満月だった。 その輝きに目を見開く。 大量に流れ込んでくるビジョン。
白い白い満月。 それを背に佇む同じように真っ白な衣装をまとった『彼』。 振り返ったその顔に浮かんでいるのは不敵な笑み。 でも瞳はどこか哀しげで。 自分に向けて放たれた言葉。
『・ ・ ・ ・』
「キッ・・・ド・・・・」
瞳から、大粒の泪が零れ落ちた。
「今日も相変わらずちょろい仕事だったな」
中継地点に使ったビルの屋上から、反対側へと離れていくサイレンを聞きながらキッドは微笑んだ。 今回もまた、厳重な警備のわりにはあっさりと獲物を手にすることができた。 あっさり過ぎて物足りないぐらいだ。
それも当然なのかもしれない。 今日は白馬もあの工藤新一も、参加してはいなかったのだから。 イギリスに帰っている白馬はともかく、新一は本当ならば参加していたはずなのだが、1課のほうに呼ばれてそちらを優先させてしまったらしい。 そのことを淋しいとは思うが今の自分には真がいるからと思えば心が晴れた。
「早く、帰ろう」
思い出したら会いたくなった。
すぐに飛びたとうと羽を広げようとしたときに、背後に人の気配を感じた。 キッドはすぐに息を殺して身構える。 組織のやつらかと思ったが、それにしてはなんだか様子が違うことにキッドは眉をひそめた。 やがて重い扉が開かれると同時にひとりの青年が姿をあらわした。 その姿を見て、キッドの目が驚きに見開かれる。
「しん・・・?」 「よぅ」
軽く笑って、少し体を引きずるようにしながら近づいてくる真にキッド、いや快斗はポーカーフェイスも忘れて呆然と立ち尽くしていた。 真が目の前まで来たときに、ようやく声を発することができた。
「真、どうして・・」 「クスッ、ポーカーフェイス崩れてるぜ?キッド」 「応えて!なんでこんなところに?!」
肩を掴んで問いつめる。 だが真は終始穏やかな笑みを崩さなかった。 彼は、テレビで入っていた予告状を解いてここまでやってきたのだと言う。
「思い出したんだ。俺が何者なのか、本当は『どこ』にいるべきなのかを」
その言葉に、快斗は顔を強張らせる。 自然と真の肩を掴んでいる力が強くなる。
「・・・だから?真は約束してくれた、どこにも行かないって。俺の傍にいてくれるって・・」
泣きそうに顔を歪める快斗に真は困ったような顔をした。
「俺もそう思ってた。快斗のそばにいられるなら、過去なんかいらないって。でも・・・あいつが呼んでるんだ。だから帰らないと」 「あいつって、あの幼馴染・・?」
その質問に対する答えは返ってこなかった。 真はただ微笑むだけ。
「俺がここに来たのは、もう時間がないから」 「っ!!」
目の前に掲げられた真の両手が薄く光り、そして・・・・透けていた。 快斗は真を力いっぱい抱きしめた。
「嫌だ!嫌だよ、真!!そばにいるって、どこにも行かないって・・・っ・・」 「黒羽・・」
真は震えながら抱きしめてくる快斗の背に腕をまわし、あやすようにして何度も何度もなでてやった。 肩に暖かい何かが染みてくるのを感じながら。
光は徐々に体中に広まり、やがてすべてが包まれた。 真は一度眉を強く寄せてから振り切るように快斗の体を離した。 快斗の目からはとめどなく涙が零れ落ちている。 微笑んで、真はその透けてしまっている手でその涙を拭ってやった。
「大丈夫だよ・・・」 「真・・?」
光がますます強くなった。 最後に、真はもう一度快斗にそっと口付けた。 そして、耳元へと囁いた。
「――――」 「!」
それを最後に、真は笑みを浮かべたまま快斗の前から消え去った。
快斗はしばらく涙を流したままその場に立ち尽くしていたが、やがてキッドの衣装を解くとふらふらとあの部屋へと帰っていった。 その夜、快斗は真が使っていた、真のぬくもりと匂いがわずかに残ったベットでずっとうずくまっていた。
* * * *
「やべぇ、遅れる!」
昨日遅くまで小説を読んでいたせいで遅刻ギリギリに起きてしまった新一は朝食も取らないまま急いで家を飛び出した。 制服もきちんと着れていなかったのだが、そんなことに構っている暇はなかった。
「また蘭にごちゃごちゃ言われるな」
その姿が容易に想像できて、新一は走りながら苦笑いをこぼした。
「工藤、新一君?」 「へ?」
ひとつ角を曲がったところで自分の名前を呼ばれて、新一は思わず立ちどまってしまった。 壁にもたれてこちらを見ていたのは学ランを着た同じくらいの少年だった。 どことなく自分に似ているような気もする。
「なにか用か?」
急いでるんだけど、と言外に含ませて、少し不機嫌そうに新一は呟いた。 いつもならば愛想笑いのひとつでも浮かべているところだが、今はそんな余裕もない。 それにもまったく臆することなく少年は笑みを浮かべたまま新一に近づいてその手をとった。 そして甲にキスをした。
「なっ!」
ぎょっとして新一は少年の手を振り解いた。 そして少し赤くなりながら、なにしやがる!と睨みつけた。
「私をお忘れで?名探偵」 「お前・・キッドか?!」 「おっと、大声で言わないでもらえますか?」
私は有名人ですので、と続けた少年になにを言ってやがると思ったが、その態度も彼を包む冷涼な空気も間違いなくキッドだとも感じた。 しかし若いとは思ったが、こんなやつだったなんて。 いや、変装の得意な彼のことだから、もしかしたらこの姿も偽りなのかもしれないが。
「なんの用だ?」
犯人を問いつめるかのような(まぁ実際に犯罪者なのだが)鋭い瞳で、少年を睨みつける。 それでも少年は笑みを浮かべたままだった。
「あなたがなかなか会いにきてくれませんので自分から来てしまいました。私はあなたが好きなんですよ。会えないなんて淋しいじゃないですか」 「は?」
なにを言われたのかをしばらく固まっていた新一だったが、今の自分がどういう状況だったのかを思い出した。
「あ゛あ゛ー!もう、かんっぺき遅刻じゃねぇか!てめぇのせいだぞ!」
そう叫んでもう一度睨んで駆け出していった新一をキッドは笑顔で見送った。
「また、会いに来るよ。何度でも、何度でもね」
あの時彼が言った言葉を、信じたいから・・・・
――――また、いつか会えるよ・・・・・快斗
* * * *
自分を呼ぶ声が聞こえる 大事な、とても大事な、あいつの声 戻ってこいと、呼んでいる・・・・・
「新一・・・」
目を覚ましたときに、すぐ目の前にあいつの顔があった。 どこか疲れきっていて、やつれたような気がする。 そいつの目に、次々と涙が浮かんできて流れ落ちるが、それを拭おうとはせずに俺を優しく抱きしめてきた。 そして、
「よかった・・・」
そう呟いた。
「哀ちゃんから聞いたんだ。俺が出ていったあとに、新一が倒れてそれからずっと目が覚めなかったって。一発、殴られちゃったよ」
抱きしめたまま、そいつはくすりと笑った。 あいつならやりそうなことだなと思う。 いつだって、俺のことを一番に考えてくれている彼女だから。
それから聞いた話だと、俺は半年も眠ったままだったらしい。 原因は、精神的なダメージが大きすぎて心が耐え切れずに、自己防衛で自ら殻に閉じこもってしまったため。
半年前、突然俺の前から理由も告げずに去ったこいつ。
『ごめんね』
それだけを呟いて、どこかへと行ってしまったきり帰ってこなかった。 急いで帰った家には、こいつがいたという痕跡がすべてなくなっていて。 それで改めて、俺は置いていかれたのだと、そう考えたら・・・・ なにもかもどうでもよくなった。
そして同時に、帰りたい、と思ったんだ。 なにも知らなかった頃へ・・・
「だから、か・・・」 「ん?なにか言った?」
ベットの脇に座って、まだ動くことができない俺の手をそっと握ったまま、優しい笑みを浮かべて覗き込んできた。
「夢を・・夢を見てたんだ。とてもおもしろい夢だったよ。お前もいた。もっと、若かったけどな」 「そうか、あのときの・・」
どうやらこいつにとっては現実にあったことらしい。 ずっとあのことが心の支えだったんだよ、と苦笑いをこぼしていた。
――――もう、10年以上も前のことだ。
「本当に、楽しかったんだ。お前が、ずっと傍にいてくれたから」
そう小さく呟いた俺に顔を歪めて、そっと抱きしめてきた。
「ごめん・・・あの時、ちょっとやばいことになってて、新一を巻き込みたくなかったんだ」 だから、離れたのに・・・
諦めが悪い自分に苦笑しながら、一目だけでも見れればいいと思い訪れた工藤邸で、新一がずっと眠ったままだということを知った。 隣に住む彼の主治医が、涙を流すまいと耐えながら自分を激しく責めたてたのだ。 久しぶりに見た新一は、ひどく痩せてしまっていて、それでも楽しそうな笑みを浮かべていたからきっといい夢でも見ているのかなと思っていた。 それが、まさかあのときのことだったなんて。
守りたかった、どんなことをしてでも守りたかった大切な人。 でも結局一番傷つけたのは他ならぬ自分だった。
少しずつ教えてくれながら、抱きしめてくれるこいつの体がわずかに震えている。 むこうの『彼』と同じような状態がなんだかおかしくて、思わず笑ってしまう。
「謝ってすむようなことじゃないけど、でも・・!」 「なあ」
言葉を遮るようにして口を挟んだ。 不安げに見つめてくるその頬に手を触れて、そっとキスをした。 驚いたような瞳が自分を見つめてくる。
「おかえり、快斗」
笑ってそう言ってやると、泣きそうに顔を歪めてそれでも笑って応えてくれた。
「ただいま・・・」
END
02/4/30
はい、終わりです。ここまでお付き合いいただきありがとうございます!(ええ、本当に/汗) 前々から書いてみたかったお話なのです。書けて満足です(^^) 最後の2●歳のふたりはおまけということで。本当はなかったのですが付け足してみました。 少しでも楽しんでいただけたら幸いです。 (友華 拝)
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