平次:待ちに待った大阪編や!なあなあ工藤、どこ行こか?ほら見てみぃ、通天閣がよく見えるんやで!
コナン:…別に遊びに来たわけじゃないんだけど…
快斗:てか、誰もあんたのことなんか待ってないって!

平次:大阪城はええで〜何せ府警の目の前やし!それとも心斎橋辺りでお好みでも食うか?(聞いてない)

コナン:それって8年前と変わらないじゃねーか…しかも事件まであったし(ため息)
平次: なら、大阪ドームはどーや?前は行かなかったはずやけど…
コナン:ていうか、お前ちょっとは仕事しろよ!
平次:なんや〜せっかく工藤に大阪をめいっぱい楽しんでもらお思っとるのに!!
コナン:お前一応、社会人だろ!
平次:冷たいな〜ホンマは同い年やんか!
コナン:俺は青春真っ只中の(笑)高校生だ!
快斗:(ずっとガイドブックを真剣に見ていたが、おもむろに顔を上げて)ねえねえコナン君、観覧車あるよ〜vvv2人で乗ろうよvvv
平次:…コイツはええんかい!?
コナン:………黒羽てめえ、少しは教師らしいことをやってみろ!!(怒)




In a high school 14(執行委員一同、大阪へ行く・その1〜ナニワのヤクザ道〜)

 

 6月15日(金)10:30。

 執行委員一同プラスアルファ(黒羽快斗、服部平次、放送委員の瀬戸弘樹)は無事に新大阪のホームに降り立っていた。

 新幹線から降りてすぐに、足元に荷物を置いてコナンは大きくのびをした。

「ん〜大阪の空気!」

「空気はどこでも同じよ、工藤君。空は繋がっているんだから」

 グリーン車とはいっても窮屈な座席で熟睡したせいか、すっかり凝っている全身をゴキゴキとほぐしているコナンに、哀が素っ気なくツッコミを入れる。

「いーじゃねーかよ。少しは大阪に来たって気分に浸らせてくれ!」

 大阪なんて大して遠くもないのだが、単に距離の問題でもない。

 コナンが文句を言うと、哀はやっていられないわ、という顔でため息を吐いた。

「…大体ね、あなたはどうしてあの騒々しい中で2時間も眠っていられるのよ?そんなに眠いのだったら夜にちゃんと寝なさい!」

 説教くさいその言い方に引っかかるものを感じつつ、コナンはいつにない哀の刺々しさに訝しく思う。

 いつも冷静な彼女がここまで顔に出して怒っていることも珍しい。

「………何をそんなにイライラしているんだよ、灰原?」

 自分の寝ている間に何があったのだろうか?

「1人だけ熟睡してサワヤカな気分でいるあなたには分からないことよ。」

 首を傾げると、きっぱり嫌味を突きつけてくる哀の機嫌はどう見ても最悪だ。

「先生たちが東京から2時間ずっとケンカしていてさ…」

「阿笠さんの席、工藤の前だったからその声が全部聞こえていたんだよ。」

 わけが分からなくて他の執行委員に視線を向けると、太田と関口が苦笑しながら教えてくれる。ご丁寧に、黒羽快斗と服部平次を指差してまでくれて。

「ふぅん…そうか」

 あの2人がそろったときの騒々しさはコナンも経験済みだ。それは気の毒にと納得しかけたコナンだったが、はっと我に返った。

「ていうか、それって俺のせいじゃねーか!」

「…まぁそうなんだけど」

 コナンの叫びに哀はあっさりと認める。

 そして彼女はどこか遠くを見るような目をして言った。

「でも、工藤君とも長い付き合いになるけれど、ああいう人たちを見ると、あなたとの付き合いを考え直したくなる瞬間があるのよね…」

 その哀の視線の先には、未だに口論を続ける黒羽先生と服部平次、おまけにそれを実況する放送委員・瀬戸弘樹の姿があった…。




 とにかく。

 いつまでも新幹線のホームに居続けるのもどうかということで、一行はぞろぞろと移動することにした。高校生の7人は何故か制服なので、傍から見るとまるで修学旅行にでも来ているかのようだ…まぁ、修学旅行と大差ないのだが。

「で、堺ってどうやって行くんだ?」

 前に聞いた説明では、たしか関口の祖父というのは堺のヤクザだという話だった。

 堺って大阪市内ではないんだよなと思いつつ、新幹線の改札を出たところでコナンが尋ねると。

「あ〜あのな、堺に行かへんでもええんや」

 答えた平次はポリポリと首の後ろを掻いている。

「…え?俺のじーさんて堺にいるんじゃなかったんですか?」

 きょとんと目を丸くする関口。

「う〜んと、まぁ、話せば長くなるんやけどな…」

 平日の新大阪駅という人通りの絶えない場所では言いにくいのか、平次は語尾をはっきるとは口にしない。

「…そういえば俺としたことが、事件の詳細を聞いていなかったな…」

 思えば先週から何やかんやで慌しく事件に巻き込まれる形になっていたため、きちんとした説明は受けていなかった。

 しばらく事件に関わっていなかったから勘が鈍ったかな、とコナンは自分の情けなさに、はぁ、と息を吐いた。

 そのコナンの制服の袖口を引っ張る手がある。ん、と振り向くと、快斗が甘えるような視線で訴えかけてきた。

「だったら長旅で疲れたし、どっか喫茶店でも入ってお茶しようよ〜」

 訂正。「甘えるような」ではなく、きっぱりはっきり甘えている。

 この男は…と眉間を押さえつつ、コナンはぴしゃりと言った。

「遊びに来たんじゃないって言っているだろ!」

 これではどちらが教師か分かったものではない。まぁ、本当はタメ年なのだから見た目よりは情けなくないのかもしれないが…。

「え〜!?このカフェ行ってみたかったんだけど」

 ガイドブックのページをコナンの顔面に突きつける快斗。

「もうすぐ昼だから我慢しろ!…じゃなくて、事件だ事件!!服部、もったいぶってないでさっさと話せよ。」

 コナンは快斗の頭をバシっと殴ってから、改めて平次に向き直った。

 事件が関わると他のことは後回しになるところは昔とまったく変わりがない。平次は仕方がないなと声を潜めて話し出した。

「そもそもな、3週間ぐらい前のある深夜、なんば駅前でチンピラ同士のケンカがあってん。そんでウチの先輩がとっ捕まえて近くの交番で話を聞いたんやけど…」

 ケンカの原因を聞いたら、堺の暴力団の跡目を巡る内部抗争だというので調べてみると、確かにその暴力団組長は後継者が定まらないままで入院していた。

 それで詳しく聞いてみると、組長の血縁を擁立しようとする側とそれに反対する側が対立しているらしいことが分かったが、その組長の血縁と言うのが東京の高校生つまり関口だったということだった。 

「それで、俺は担当やなかったんけど、1番若いし東京に知り合いも多いやろうし東京に行きたがるしってことで出張に………」

平次は最後にこう締めくくったが。

「…そんなことを言って服部、つまりはコナン君を探すために東京に来たかっただけなんじゃねーの!?」

 すかさず快斗が白い目を向けると、平次はコナンに向けていた笑みをそのまま貼り付けて固まった。

 …どうやら図星らしい。

 それを見た執行委員全員が同時にそう確信したが、あまりにも明白すぎるので、皆ジト目だけで留めておいた(笑)。ま、口にする価値もないということだ。

「………で、関口の祖父っていうのは会えるんですか?病院とか分かるんですよね?」

 とにかく話を進めようと、コホンと咳払いして、太田が尋ねる。

「ああ、組長のじーさんはあべのの病院に入院しとるって聞いとる。病室も調べればすぐに分かるから、ま、会いに行くのが1番なんやろな」

「じゃ、行こうぜ!」

太田の肩をポンと叩いて歩き出そうとするコナンに、動き出そうとした一行だったが。

「…だけど病院にこんな大勢で押し掛けて、面会させてくれるんですか?」

 放送委員・瀬戸弘樹のツッコミに、ぴたっと足を止める。

 シーン、という擬音でしか表現しようのない沈黙がその場を支配して、なんとも気まずい空気が流れた。

「…ほ、ほら他の人のお見舞いの振りをしてさ!」

「………普通、そーいう人は個室よね。」

「………………」

「しかも多分、ヤクザの子分が付き添いとかしていそうだし…」

 塚原真紀のとどめの一言に、皆の同情の眼差しが関口1人に集中する。

 皆の注目を一身に浴びた関口は。

「まさか俺に1人で行けって言うのかよ〜!?」

 新大阪駅の構内だというのに絶叫した(笑)。

 関口和仁15歳。これまで平凡な高校生として15年間を生きてきたのだ、たった1人でヤクザの前に立てるほどの根性はない。

 ベソをかいて救いを求めるかのように友人たちの顔を見回す彼の姿を憐れんだのか、快斗が軽い口調で提案した。

「だったら女の子ならいいんじゃないか?関口のカノジョとか言っておけば怪しまれないだろうし…」

 他人事だと思っての、ごくごく軽い気持ちからの発言である。

「嫌です」

「嫌よ」

 当然のごとく真紀と哀から速攻で拒否の言葉が提示され。

「…じゃあ…」

 快斗と関口の視線が残る1人に向けられる。

「………え、私?」

 目をパチクリさせて、歩美が呆然と自分の顔を指差した。

「だ、ダメかな?」

 女の子相手に縋り付くような目を向ける関口も関口だが。

「…コナン君…どうしよう?」

 さすがに不安そうに歩美がコナンを見上げた。

「コナン君が一緒にいてくれないと、怖いよ…」

 周囲が固唾を呑んで成り行きを見守る中で、コナンに絶対の信頼を寄せる歩美のウルウルした瞳と、コナンの視線が交差する。

「歩美ちゃん…」

コナンは顔を引きつらせつつ、何とか笑みを浮かべた。

…昔から歩美ちゃんのこの表情にだけは逆らえなかった。

確かにフェミニストだが、それだけの理由ではなくて。

「というわけだから工藤君」

 しばしの沈黙の後で、唐突に哀が言った。

「歩美ちゃんと関口君のために、私のセーラーを着るか、梅田の阪急で着せ替え人形になるか、どちらか選びなさい。」

 依頼でも質問でも提案でもなく、きっぱりとした命令である。

「はぁぁ!?何で俺が?」

 意外な人物からの不意打ちに、鳩が豆鉄砲という以上に驚いて口をあんぐりと開けたコナンに。

「阪急が気に入らないなら、阪神でも難波の高島屋でもいいけど。」

 逃げ道を塞ぐかのような更なる哀の言葉が降りかかる。

「灰原…」

 …だからって何故俺が女装するハメに?という疑問がコナンの頭の中でグルグルと回る。

 太田は身長170センチを軽く超えているし女装などできるような体格ではないから、コナンも太田にやらせようとは思わないが。

 だけど!

コナンがなおも抗議しようと口を開きかけたときには、他の顔ぶれはすっかりその気になっていた。

「コナン君なら私たちよりも美人なカノジョになるね、関口君〜!」

「工藤が付いてきてくれるんだったら俺、頑張れるよ!」

「お化粧は私が完璧にしてあげるからvvv」

「で、阪急でいいかしら?幸いなことにスポンサーはたくさんいるから、高い服でも遠慮なく選べるわよ?」

「スポンサーって俺らのことかい!?」

 …などなど。

 お気楽な会話を繰り広げる友人たちに、何を言っても聞いてくれそうもない。

「くそっ!こーなりゃ女装でも何でもやってやる!!」

 ぶち切れたコナンは、開き直ってびしっと宣言した(笑)。






 結局、買い物と食事はなんばでしようということで意見がまとまった。というのも。

「梅田(=大阪)は東京でいうなら、まぁ銀座辺りやな。で、なんばが新宿や」

 という地元民の解説があったからである。

 高校生が銀座よりも新宿を選ぶのは自然な成り行きだろう、ということだが、問題がひとつだけあった。

 新大阪からなんばに向かう地下鉄御堂筋線に乗り込んで。

「コギャルが関西弁しゃべってる〜!!」

「なんか変〜!」

 …などと、地元の人が聞いたら額に青筋を立てて怒り出しそうな会話をこそこそとしていた東京の高校生たちだったが。

とりあえず昼食はどうするかという話になったときに、ああでもない、こうでもないと議論をした挙句。

「今回は関口君がかわいそうだから、ランチぐらい関口君の好みに合わせてあげましょう!」

 と真紀が言い出した。…意外に優しいところもあるらしい(笑)。

 それ自体はまあ、誰しもが賛成できるものだったのだが。

「関口、何食いてえ?」

 全員を代表する太田の質問に返されたのは。

「オムライス!」

 という即答だった。

「オムライス?」

 何故ここでオムライス、と鸚鵡返しに訊き返すコナンに、関口は大きく頷いた。

「そう、あ、カレーでもいいけど」

「………何が悲しゅうて、大阪まで来てオムライス食いにいかなあかんのや〜っ!?」

 信じられないと言いたげな平次の叫びが車内にこだまして、地下鉄の乗客たちの注目を集めているが。

「ここは大阪やで?お好みでもたこ焼きでも、他になんぼでも美味いもんがあるっちゅーに何故オムライスなんや!」

 まぁ、地元の人間が毎日毎日お好み焼きやらたこ焼きやらを食べているわけではないだろうから、洋食でもエスニックでも美味い店はいくらでもあるのだろうが…。

「だってー、先生のガイドブック見たら、美味そうだったんだよ〜!」

 周囲の白い目に、関口は焦ったように黒羽先生の手にあるガイドブックを指し示す。

「へ?俺のせい?」

 きょとんとする快斗から問題のガイドブックを奪い、平次はそれを丸めて握り締めた。

「せっかく地元の人間が案内したるっていうとるのに、こんなの見とるんやないわ!!」

 …よっしゃ、大阪食い倒れの旅や!とひとりで決意を固めている平次の背中を見てコナンが一言。

「………てか服部、お前今日は仕事じゃねーの?」

 むしろ今日も、と言うべきかも知れないけれど。

 もちろん、その呟きは当然の如く黙殺された。






 それから数時間後。

 地下鉄を降りて地上に出ると、目の前にはJR天王寺駅。

 そして後ろを振り向くと、そこには近鉄百貨店あるのだが。

「…なんで『あべの橋』なんだ?」

 近鉄百貨店にひっついている看板の駅名を見て、素朴な疑問を抱いたのはショートカットの可憐な美少女だった。

 もとい、断るまでもないだろうが、工藤コナン君の変装姿である(笑)。この数時間に何があったのかは推して知るべし。

「なんでって言われてもなぁ…あべのはあべのやし。」

 その隣で同じように看板を見上げて、平次は困ったように言った。

「梅田と大阪も目の前なのに違う駅名なんだよな〜」

 ガイドブックに付いている地図を見ながら、追い討ちを掛ける快斗の言葉。

「変なの〜」

「JRと私鉄の仲が悪いんじゃない?」

「…変なのは大阪やのうて東京やんか…」

 歩美たちまでそんなことを言い出して、平次は自分のせいでもないのに居た堪れない思いを味わうハメになった。

 が、そこで。

「…なんでもいいんだけどさ…」

 言いにくそうに、関口がコナンの顔色を窺うように言った。

「工藤、もう少し女の子っぽい口調とかにしてくれないと、なんか外見と合わないというか………」

 せっかく可愛いのに、という言葉は必死で飲み込んだ(笑)。

「………………」

 コナンはピクッと眉を吊り上げて自分の姿を改めて見下ろす。

 今のコナンの服装は、パステルカラーのキャミソールに薄手のカーディガンを羽織り、下は白の膝丈スカートという格好である。

 この服装が決まるまで、なんばのデパートの中を引っ張りまわされ、やっぱ制服の方が似合うかもとか言われたときにはさすがにキレかけたりもした。

 というか、服装をとやかく言う前に、先に顔に施されていた化粧の方が問題ではないかという気もしなくもない。まぁ、事件のためなら手段を選ばないところではあるが。

…と思っているのは本人だけで、実は化粧はまったくしていなくて、ただ髪型に少し手を加えて毛先を散らしただけで見事に完璧な美少女に変貌していたのだった。本人としては、化粧の力によるものと思いたいらしい。

それはともかく。

「たしかに工藤は昔っから口悪かったしなぁ」

「声は…でもコナン君って、そんなに低くもないよねぇ」

 しみじみと言い合う引率者2名に、コナンは冷たい視線を送る。

「地声で女みたいだったら嫌だろ!」

 話し方が女の子みたいでも嫌だ…まあ、最近の女の子は言葉遣いが悪いから、コナンのいつもの話し方でもどうにかなるかもしれないけれど。

 ため息を吐いたコナンに対して。

「そんなこと悩む必要もないわ」

 にっこりと哀が微笑みを浮かべた。その微笑みは綺麗なのに、どこか恐ろしい気がするのはどういうわけだろうか?

 その笑みを向けられたコナンはもちろんのこと、隣でバッチリそれを見てしまった関口と太田も、ゾクリと身を震わせる。

 そんな男子3人の反応を何とも思わずに流して、哀はショルダーバッグの中から何やら小さいシールを取り出してコナンに手渡した。

「はい、変声機改良版よ。それを口の中に貼ってちょうだい」

 直径1センチにも満たないシールは、医薬品のテープの様な質感だ。

 何故今日に限って機嫌が最悪なのか分からなかったが、この状態の哀に逆らうことができようはずもなく、コナンはおとなしく指示されたとおりに上顎にそれを貼った。

 異物感はあるが耐えられないほどでもない。

「あー、あー」

 マイクのテストをするように声を出すと、たしかに変声機を使ったときと同じように女性の声になっていて、関口と太田がびっくりしている。

 昔、8年前に使っていた蝶ネクタイ型変声機よりもはるかに技術的には進んだものだろうとコナンは感心したが。

 …ていうか、何故そんなものを持ち歩いているのか?

 ちらっとそんな疑問が頭をよぎったが、もちろん怖くて訊けなかった。





 近鉄あべの橋駅から徒歩数分で目的の病院に着く。

 一応用意した見舞いの菓子を手に、関口とコナンは2人で病室を訪れた。

 その病室の前に、ドアを守るかのように控えているサングラスの男に関口はかなりビビったが、コナンは平然とドアをノックする。

 見張り役の男がサッと2人の前に進み出て来て、ドアを開けてくれた。

 コナンの瞳に促されて、ゴクリと唾を飲み込みつつ関口が先に足を踏み入れる。コナンもすぐに続いて、2人の背後で勝手にドアが閉まった。

 広めの病室の中央に位置するベッド、その上に70歳ほどかと思われる老人が上半身を起こしている。

 それほど顔色は悪くないし起き上がれるほどだから今日明日の生命というわけでもないな、とコナンが観察していると。

「ええと、初めまして…」

 老人と目が合った関口は、たどたどしく挨拶だけは口にした。

「…和仁、か?」

 受付で名乗ってあるので連絡がきているのだろう。名乗る前に問われて、関口はこくんと頷いた。

「あ、そうです。関口和仁です」

 自分の祖父に向かってフルネームを名乗るというのもおかしなものだが、つい癖でそう言ってペコンと頭を下げる。

「初めまして、工藤です」

 らしいといえばらしいが、あまりにも馬鹿正直な関口の行動に呆れつつも、続いて挨拶をしたコナンは花のような笑みを見せた。ついでに、持って来た菓子折りはお付のチンピラに渡す。

「つまらないものですが…」

 まったく女子高生らしくないおとなびた口調で言うと、関口の祖父はおぉ、と感動の眼差しを孫とコナンに向けた。

「遠いところをこの老いぼれのためによく来てくれたのう…しかもこんな可愛らしいお嬢さんまで連れて来て!なんとまぁ、よくできた孫なんじゃ!」

「はぁ…」

 …そういう問題か?と関口とコナンは視線だけで苦笑しあう。

 初対面の孫だから、嬉しくないはずはないのかもしれないが…と思ったとき。

バタンと先ほど閉められたはずの背後のドアが乱暴に開けられて、驚いて振り返ると。

「よかったですね、組長!!」

「おめでとうございます〜!」

 口々に祝辞を述べながら、バタバタと大勢のヤクザらしき人々が病室になだれ込んでくる光景を目にして、関口もコナンも呆然と立ち尽くした。

 …これは一体、何事なんだ?

その人数はおそらく20名を下回らない。

「何これ?」

 小声で尋ねてくる関口に。

「さぁ…」

 俺に訊かれても、と囁き返している間にも、ヤクザたちは組長を取り囲んで、いかつい顔に涙を流している…。

「お孫さんが跡を継いでくださるんですね〜」

「しかも若姐さんはごっつ美人で…」

 彼らは当事者をよそに彼らだけで盛り上がっているが。

 しかし。

「ていうか…俺、継がなきゃなんないの?」

「…ていうか…若姐さんって何?」

「ワッハッハ、ま、人生なんて、なるようになるもんやで」

 困惑する2人を見て、関口の祖父は水戸黄門のような笑い声を響かせる。

 いくらなんでも、流されてヤクザはちょっと嫌だ…。

「ところで、おじいさんは何の病気なんですか?」

 関口が真っ青になっている横で、コナンはとりあえず訊いてみる。そんなに跡目を早く決めたかったのか、とても死に掛けているようには見えないが。

 じっと見上げたコナンを優しく見つめ返してくる関口の祖父は、ヤクザといっても悪人には見えない。

 が、そのとき。

「なんばでお前に殴られた顎は痛かったけど…」

「『芝居打ってお孫さんを呼び寄せよう大作戦』、大成功や!」

「東京まで出張った甲斐があったわ!」

 ギャラリーのヤクザたちの会話が耳に入り、コナンはピクッと顔が引きつるのを感じた。

「『芝居』?」

 って何それ、と全然事情を悟っていない顔で首を傾げる関口の隣で、フルフルと体を震わせて。

「やっぱ全部作り話だったってわけ!?」

 ついにコナンは絶叫した。

 薄々そんなことではないかと思ってはいたが、まさか本当に騙されているとは思わなかった。というか、そこまでする必要が少しもないのに、わざわざそんなことをしてくるとは思わなかったのだ。

「え、作り話?」

 コナンの怒りを目の当たりにして、関口はさらに青くなる。

「どうもおかしいと思ったんだ。堺のヤクザの跡目争いなのになんばが舞台になっているし、東京まで来ているのに何も仕掛けてこないし!本気だったらとっくに殺されているだろうし!!」

 早口でまくしたてると、ほほう、と関口の祖父が感心したように顎をなでる。

「お嬢さんはかなり鋭いところを突いてくるんやなぁ」

「…嫌味ですか、それ…」

 いろいろな意味で脱力してコナンが肩を落としていると、分かっているのか分かっていないのか、関口がまた小首を傾げた。

「え、じゃあ、おじいさんはなんで入院しているんですか?」

 先ほどのコナンの質問を関口が重ねて尋ねると。

「インプラント」

「は?」

「そう、歯の治療でな、2週間ほど………」

 …「は」が違うって…

などとツッコむ気力も既に尽きているが。

「歯槽膿漏は病気じゃないっ!!」

 コナンの高いトーンの叫び声で、一連の事件は幕を閉じたのだった。



The END.




(コメント)

 あまりにアホな話なので、コメントする気にもなりませんが…。

 1万HIT記念その2インハイ大阪編です♪関口君をめぐる一連のシリーズもめでたく完結!だからギャグだって…。