関口:俺、これからどうなるんだろう…

哀:今回は関口君も大変ね

真紀:人生、一寸先は闇っていうしvvv

関口:…あんまり明るく言わないでくれるかな…(ゲッソリとして)

哀:闇っていうよりもジェットコースターみたいにスリリングでいいんじゃない?(苦笑)

関口:俺は平凡な人生を歩みたいんだよ…(涙)

真紀:というわけで、私たちは今度の週末に皆で大阪に行きます〜!

哀:言われてみれば大阪なんて久しく行ってなかったわね。前に行ったのは…8年前?

関口:俺はUSJに行ってみたいな!(危機感ゼロ)

真紀:私は海遊館に行きたいな。なんだっけほら、日本で最大の…(最大だっけ?)

関口:ジンベイザメ?俺も見てみたいな〜

哀:………何があっても海遊館だけは行かないと思うけど………(ため息)







In a high school 13(コナンv.s.理事長)







そろそろ梅雨入りかという6月半ばのある放課後。

「………そう、私がしばらく留守にしていた間に、そんなにおもしろいことがあったの………」

 見るからに高価そうなチェアに悠然と足を組んで座っている美女は、そう言いながら嫣然と微笑んだ。

 彼女の前に立つ学ラン姿の男子生徒2人は、所在なさげに縮こまり、キョロキョロと視線をさまよわせている。

「黒羽先生が、ねぇ…」

 女性の真っ赤な唇からこぼれた意味ありげな呟きに、男子生徒2人は背筋の凍る思いに身を震わせた。

 理由など分からない、本能的な危機感だったが(笑)。

「それで、相手の生徒の名前は何と言ったかしら?」

 形の良い右手の人差し指を口元に運んだ女性に、男子生徒2人は冷や汗を流しつつも事実をありのままに述べた。

「1年1組の工藤君です」

「工藤コナン君、主席入学で執行委員です」

 返された答えに満足して、彼女は薄く笑った。

「工藤コナン」

 そして目を閉じてその名を反芻する。

 名を口にすることで目蓋の裏に映し出される、過去の情景にまた小さく笑って。

「本当におもしろいこと…」

 好きなだけ過去に思いを馳せてから目を開けると、彼女はもはや目の前の男子生徒2人には興味を失ったとでもいわんばかりに、視線を窓の外に向けたのだった。











6月14日(木)の昼休み。

「はいコナン君お弁当を作ってきたよ、あーんしてvvv」

いつもの会議室の片隅で手製のランチを広げた数学教師・黒羽快斗は、バスケットからサンドイッチをひとつつまみだすと愛しい恋人の口元に運んであげた。

しかし返ってくるのは冷たい視線。

「………お前は新妻か!?」

 来月の体育祭の資料を整理していたコナンは、手にしていたプリントの束を丸めてスパーンと快斗の頭を叩く。

「えへvvv妻でも夫でもいいけど、新婚だよね〜vvv」

 しかし幸せボケの数学教師はここが職場だということを綺麗に記憶の中から追い出して、夢見る乙女のような表情で胸の前で手を組んで言った。

「誰がだっ!!」

 すかさずツッコむコナンだが、みごとに頬が赤いので照れているだけなのは誰から見ても明白である。

「またまた照れちゃって〜!ほら、もう学校中の公認だしvvv」

 月曜日、放送委員の面前でキスをしてしまったことは記憶に新しい事件である(笑)。

「学校中って、俺は死んでも認めねーぞ!」

 たとえ自分以外の全員が認めても自分だけは断固として抵抗しようと決意するコナンだったりするが。

「あ、どうせだったら結婚式もしようか?」

 などとマジメな顔で言われて、ガクッと肩を落とした。

「あのなぁ…」

 男同士で結婚式を挙げたいと思うほど、コナンの頭は柔らかくない。ていうか、どちらかといえばカタい方かもしれない。

 この男も仮にも教師になったのだから、もう少し常識的な発言をしてくれないものかと思ってコナンはため息を吐いた。

 が。

「フフフvvvお2人の結婚式にはぜひ呼んでくださいね!」

 ガタン

 第三者からの言葉に、ずるっと椅子から滑り落ちる。

「大丈夫コナン君!?」

「つ、塚原さん………」

 床に尻餅をついて、コナンは引きつった笑みを浮かべつつ、問題発言の主を見上げる。

 コナンを見下ろしてくる女子はいうまでもなく塚原真紀だった(笑)。

「ちょうど6月だし!ジューン・ブライドでいいんじゃない?」

 変わり者かもしれないが彼女も女子だけあって、言うことがいかにも女の子だ…なんて感心している場合ではなくて!

「あ、そっか〜。じゃ、6月のうちに結婚しなきゃ!」

 フムフムと本気で頷いている快斗の様子には呆れてものも言えないが、真紀を放置しておくわけにもいかないと、コナンは立ち上がって彼女に笑いかけた。

「あのな、塚原さん」

「何?」

 一見すると害のなさそうな真紀の顔を見て、コナンはますます顔を引きつらせる。

「俺は男なんだよ?てか、このアホとは…」

「大丈夫よ、私が総理大臣と交渉して、男同士でも結婚できるように民法を改正してあげるから!」

 自信たっぷりの真紀に、コナンは困り果てた。

 何が困るって、本気でやりそうなところが1番困るのだが…。

「…そーいうことじゃなくて…」

「あら、ちょうどいいじゃない?あなた5月でめでたく16歳になったんだし?」

 そこに更に別の声につつかれて、コナンはため息を吐きながら振り返った。

確かに『工藤コナン』は16歳になった。が、実年齢は26歳だと知る彼女にそういう言い方をされるのは納得がいかないところである(笑)。

「あのなぁ…灰原お前、おもしろがってないでどーにかしてくれよ!」

「おもしろいから結婚してちょうだい」

 心からの懇願に、灰原―阿笠哀は肩を竦めて応じる。

「おいおい…てか、常識人はいないのか!?」

 俺の周りには…と叫んで周囲を見回しても、たしかに常識人は存在していない(笑)。



 工藤コナン、自分の人生を後悔するのはこういうときである。



「ま、それはともかく」

 昼休みの残り時間を確認して、騒動の発端である張本人がさわやかな口調で言った。

「早くしないとお弁当を食べる時間がなくなるよ〜」

「誰のせいだよっ!」

 スパーン

 またコナンが丸めたプリントで快斗の頭を叩いた音が会議室に響いたのだった。











 そして放課後。

 週末の大阪行きのための手続をしなければならない快斗不在のまま、執行委員の面々は来月に迫る体育祭関係の雑用を黙々とこなしていた。

 ちなみに、週末の大阪行きは何故か執行委員全員で行くことになっている。

 何故か?



 …彼女たちに大阪旅行計画がバレて、言い逃れなどできるはずもないだろう(笑)。



 それで結局、執行委員全員で行こうということで全員の意見が一致したのだが(押し切られたともいう)、問題は学校。コナンの気持ちとしてはあの後すぐにでも出発したかったのだが、土曜日まで普通に学校があることを考えると、さすがにそういうわけにもいかなかった。

 まず、コナンは良くても関口が休めない。

 みんなで話し合った結果、関口の両親にはとりあえず事情を隠すことにした。大阪に行った結果次第で対応を考えようということである。

 だが平凡な高校生が両親に黙って易々と大阪にまで行くわけにもいかず、両親への言い訳その他を丸くおさめるための大嘘が『執行委員の仕事』(笑)。執行委員の仕事として大阪を視察に行くことになった…ということにしたのである。

 少々強引ではあるが、快斗が1晩で計画書を作成して学校に提出し、現在はその交渉中といったところなのだが。

「って言っても、なぁ?」

 ノートパソコンを前にキーボードを叩く手を止めて、コナンは隣の哀を見た。

「よく考えたら体育祭前のこの忙しい時期に、俺たち全員そろって大阪に行くっていうのはアリなのか?」

「誰のせいだと思っているのよ?」

 さらっと返されて、コナンはうっと言葉につまる。

「それは確かに俺のせいなんだけどさ…」

 大阪に行こうと言い出したのは他でもないコナン自身で。しかもその計画を立てていたのがよりにもよってこの会議室だったりしたから、計画はすぐに露見することになってしまったのである(笑)。

「学校サボらないと平日に大阪なんて行けやしねーし、日本の高校生って制約が多くてめんどうだよな〜」

 本当は26歳なのに、と人聞きの悪いことをブツブツと零しているコナンに、哀は冷ややかな眼差しを向ける。

「あなたが日本に帰るって言い出したんじゃないの?」

「そうなんだけどさ…」

 かつて『工藤新一』としては高校の卒業式を迎えることができなかったから、悔しくてやり直したくて日本に帰ってきたのだったが、普通ではない生活に慣れてしまって今更「普通」の高校生をやるのも大変だとコナンは思う。

「…まぁ少しぐらいは我慢しなさいよ。あなた幸せなんだから…」

 と哀がポツリと呟いたところで。

 ガラガラガラ

「工藤はいるか〜?」

 のんびりとした口調でコナンを呼びながら、1年1組担任の小川先生がドアから顔を覗かせた。

「あ、はい」

 優等生になろうとは思っていないのだが、コナンはつい反射的に返事をして立ち上がる。

 コナンを見つけた小川先生は、お、と手を上げた。

「仕事中に悪いんだが、ちょっといいか?」

 申し訳ない、と先生なのに頭を下げてくるので、コナンは嫌な顔もできずに頷く。

「あ、はい…じゃあちょっと席外すから」

 哀に声を掛けて、コナンは小川先生に続いて廊下に出た。

「行ってらっしゃい〜」

 微妙に心のこもっていない哀の言葉を聞きながらコナンがドアを閉めるのを待って、小川先生は階段に向かって歩き出す。

 その場で話すのかと思っていたコナンは予想外の展開に首を傾げつつ、素直にその後に続く。

 コツコツと2人の足音がひとけのない廊下に反響している。

「先生、どこへ行くんですか?」

 担任だし呼び出される心当たりはないとは言えないが、職員室に向かうのではない様子に訝しく思って尋ねると。

「ああ、理事長が工藤にぜひ会いたいそうでな…」

 連れて来いと命令されたわけだ、などと他人事のように言われた。

「はあ?」

 目を丸くして担任を見上げると、相変わらずのほほんとした中年が苦笑など浮かべているものだから、その言葉に嘘はないらしいと悟る。

「理事長?」

 聞いたことがなかったが、そんなのがいたのかと思う。

 私立の高校なのだから、理事長が存在すること自体は疑う余地もないのだが。

「そう、この学校の理事長なんだ」

 …それは当たり前だろう!なんてつっこんでいる場合ではなくて。

 一体、何の用事だろうと、コナンは初めて見る理事長室のドアの前に立っていた。







In a high school 13(コナンv.s.理事長・後編)







 コンコンと、小川先生が理事長室をノックする。

 深く響くその音を聞きながら、珍しくも緊張した面持ちでコナンは唾を飲み込む。

「失礼します」

 そしてドアを開けた担任の後に続いて中に足を踏み入れて――

――正直に言って、呆然とした。





初めて訪れた理事長室は無駄に豪奢だった。

正面には大きくて頑丈そうな木のデスク、そして肘掛のついた革張りのチェア、そして手前には来客用のソファとガラス張りのテーブルが置いてあり、まるでヨーロッパの上流階級の屋敷の一室みたいな雰囲気を漂わせている。家具のどれを取ってもヨーロッパ製であることは、海外生活の長いコナンの目には明らかだった。

ついでに大きな窓にはレースのカーテン、その外にはバルコニーがあるようだが、校舎を外側から見てもそんなものを目にした記憶はなかったので、観察力に少しばかり自信を喪失したりもした。

が、それは置いておいて。

コナンの訪問を待ち構えていたかのように、目の前に20代半ばほどの美女が立っていた。美女、などと色気もそっけもない表現になっているが、他に表現のしようもない美女だというのがコナンの率直な感想だった。

少し冷たい感じのする美貌に、すらっとした体。長い黒髪は艶やかで、彼女の神秘的な美しさにはよく似合っている。

一瞬、コナンは自分がどこにいるのか忘れかけていた。

「あなたが工藤コナン君?」

 涼やかな声に名を呼ばれて、ハッと我に返る。

 ここにいるということはこの女性が理事長なのだろうか?

「はい。あなたが理事長さん、ですか?」

 尋ねると、美女は息を飲むほど美しく微笑んだ。

「あら、そうね。初めまして工藤君、私がこの学校の理事長の小泉と申します。」

「あ、工藤です…宜しくお願いします。」

 理事長というから普通の老人を想像していたのに、拍子抜けというか、どう接してよいものかコナンは困った。

 どう見ても同世代なのだ…ただし本当は、ということだが。

 しかも今頃になって、自分が何故呼ばれたのかと心底から不思議に思う。

「そんな怖がらないで下さらない?」

 困惑が顔に出ていたのだろうか、理事長はふっと笑った。

「ただあなたに会いたかっただけなのよ、『光の魔人』さん?」

「はい?」

 摩訶不思議な呼び方をされたような気が…『光の魔人』?

 どういう意味かと、聞き慣れない単語にコナンは首を傾げる。

「黒羽君の想い人、でしょう?」

 彼女の瞳がやや細められ、強い視線をぶつけられて、コナンは顔を強張らせた。

 …理事長の言い方は、『黒羽君』を好きだと打ち明けているようなものだ。

 まさかとは思うが、快斗にだって恋人の1人や2人、青春真只中の年代の8年間にいなかったわけではないだろうし、彼女はちょうど快斗とも同年代であるわけだし。

 もやもやした思いに下唇を噛み締めた。

「…何か誤解をされていませんか?」

 そして、しばらく考えて出て来た台詞はこれである。

「黒羽君…とおっしゃるのは数学科の黒羽先生のことだと思いますけど、僕は別に…」

 何をどうしてコナンが快斗の恋人だとバレたのか分からなかったが(笑)、堂々と恋人宣言することができるほどコナンは割り切ってはいなかった。

 第一、彼女と快斗の関係も掴めない現状で迂闊なことは言えないし、担任の目の前でもある。

 コナンが自分を連れて来た担任にちらりと視線を向けると、年長者の余裕なのか何なのか、小川先生はさっさと1人だけソファに座って欠伸なんかしていた。

「好きではないと?」

 そんな中年国語教師の行動なんか視界にも入らないようで、理事長は鋭い口調で切り込んでくる。

「…僕は一応というか、男ですし…」

一応というかきっぱりと男なのだが…まぁそれは言わない約束ということで。

 理事長の気迫に押されつつも答えると、彼女はふぅん、と小さく呟いた。

「あらつまらないこと。でしたら私が彼を頂いても構いませんのね?」

「………ていうか、その誤解は一体どこから………?」

 とりあえず情報源を明らかにしなければならないと感じて、コナンは訊いた。

 誤解ではなく真実なのだが、まさか認めるわけにもいかない。が、誤魔化しの利く範囲かどうか見極めなければならない。

「彼とキス、したのでしょう?」

 そして容赦なく告げられた単語に本気で硬直する。

 キス………した、というか、された。

 全然見知らぬ生徒の前で、月曜日に!しかも実況までされて!!

 思い出すと恥ずかしいやら情けないやら、もはや言葉も出てこないほどであるが、あれはコナンの意思ではないのだ。

「それは…」

 成り行きでしかない、と言い訳しようとして。

「黒羽君、あなたのことを8年間も探していたのに」

 妙に真摯な声音で言われて、コナンは開きかけた口をそのままつぐんだ。

 …もしかして、この女性は8年前のことを知っているのだろうか。

 事情が事情であるだけに、快斗がそう簡単にコナンのことを他人に話すとも思えないし、ましてやコナンの正体や2人の関係などはよほどのことでもない限り他人に話すようなことではないだろう。

 が、理事長は明らかに何かを知っていることを匂わせている。

「あなたは…理事長は一体、何をご存知なんですか?」

 コナンはスッと目を細めて、同じほどの高さにある理事長の瞳を見据えた。

 今のことは何と思われたとしても、まぁいい。平凡な(?)高校生がどこで何をしていようと大して実害はないだろうから。

だが、8年前のこととなると話は別である。『江戸川コナン』のこと、あるいは『工藤新一』のことを知られているとすれば大変だ。

「私はあなたに直接会うのは初めてですわよ。8年前は黒羽君を通してあなたの存在を感じていただけ。もっとも『工藤君』のことは、マスコミで報道されているレベルでは知っていましたけれど。」

「…アイツが話したんですか?」

 質問するというよりも確認する言い方で、コナンは尋ねた。

 奇妙なことに、彼女の『工藤君』は、哀の『工藤君』と同じ響きを帯びているのだ。そう呼ばれると、『コナン』ではなく『新一』を呼ばれているような気になる、不思議な口調である。…つまりそれは、彼女がコナンの正体を知っているということに他ならない。

 コナンと面識がないのにコナンの正体を知っているということは、誰かが教えたとしか思えないわけで。

「黒羽君があなたの最大の秘密を赤の他人に漏らすと思っているの?」

 ところが、理事長は逆に訊き返すことで否定の意を伝えてくる。

 単に否定するだけではなく、快斗を信じ切れていないコナンを嘲るかのように。

「俺だって黒羽のことを疑いたいわけじゃない!だけど…」

 理事長の視線から逃れるように顔を背けて、コナンは手をギュッと握り締めた。

 快斗に愛されて大切にされていることは重々承知しているし、何があろうとも彼が自分に害になるようなことをするはずがないとは信じている。

 だが、離れていた8年間、快斗にコナン以外の大切な相手がいなかった、ということは信じられないのだ。

「だけど、何?黒羽君はずっとあなたのことを探し続けていて、それを私は見ているしかできなかったわ。」

 彼女の棘のある言葉には、紛れもない嫉妬の色が見て取れる。

8年間を快斗がどうやって過ごしたのか、快斗以外の人間から聞くのは初めてだった。

 彼が自分を探していた、なんて話は聞いていなかったし、当人は「普通」に生きてきたと言っていたから、本当に普通に生きてきたのだと思っていたのに。

「彼がどれほど苦しんだかなんて、彼の傍から不意打ちのように逃げてしまったあなたには分からないでしょう?」

「俺だって楽な人生は送っていない!」

 言外に責められて、コナンは相手が目上であることも忘れて叫んだ。

「俺だってずっとアイツの傍にいたいと思ったさ!だけどこの体じゃ釣り合わない。アイツの隣には立てない。だから分の悪い賭けにでも乗ろうと思ったのに!!」

 『江戸川コナン』の姿のときに助けてもらってばかりだったから、『工藤新一』の姿に戻って対等な相手として認められたいと思った。

 傍にいるのなら、対等な立場でいたかった。

 死ぬ確率の方がはるかに高いのだと止められても、僅かな可能性にも縋る思いだった。

 …それなのに。

「べつに今更、男同士だからとか度量の狭いことは言わねーよ!しょーがねーだろ、8年前も今も黒羽のことが好きなんだから!だけど、俺にもアイツにも、あの8年をなかったことにはできないんだよ!!」

 一緒に歩きたいと望んでいたのに、道を分かたれた年月が在った。

 それは紛れもない事実で。

 その8年は自分たちにとっては試練なのだったと、今になって気付かされる。

 握り締めた手が震えてしまい、コナンは屈辱に耐えられずに顔を歪めた。

「工藤君…あなた」

 今にも泣き出しそうなコナンの姿に理事長が困惑したように呼び掛けた、そのとき。



 バタンッ

「コナン君!!」

 重厚なドアが乱暴に開け放たれたと思ったら、話題の主である黒羽快斗が息を切らせて飛び込んで来た。

「紅子お前はっ!俺のコナン君に何やってんだよ!?」

「黒羽君!」

 スーツを翻して駆け寄ってくる姿が、あの怪盗を思い出させるんだよな、とコナンはぼんやりと思った。

「大丈夫、コナン君、いじめられなかった?」

 快斗はコナンの様子がおかしいことに入ってきてすぐに気付いたのだろう、飛びつくように抱きしめて、恋人の顔を覗き込んだ。

「ん…大丈夫。てか本当に理事長と知り合いなんだ?」

 複雑な内心をポーカーフェイスで包み込んで、コナンは微笑を向ける。

「ああ、高校のときにクラスメートだっただけだよ…ってまさか、そーいう誤解をしてくれるわけ?」

 皮肉げな台詞はコナンではなく理事長―小泉紅子に対する確認だった。

「8年間も生死不明の相手に操を立てているほど、あなたは潔癖な人ではないと思いますけれど?」

 責めるように睨む快斗に、紅子は軽く肩を竦めてみせるだけだ。

 その言葉に悪びれたところは皆無。

 何を言ってもムダだと諦めて、快斗は矛先をソファで1人のんびりしている国語教師に移した。

「ったく…小川っちも事情は知ってんだから、傍観してないでフォロー入れてくれればいいのにさぁ!」

「黒羽は昔っから女癖が悪かったからなぁ…」

 フォローのしようなんてないだろ、とあっさり言い切られて快斗は肩を落とした。

「なんて人聞きの悪い…てか、誤解だからな、工藤!」

 コナンの両肩をガシッと掴んで力説する快斗に、コナンは白い目を向けた。

「お前の貞操なんて初めから期待してないからどっちでもいいんだけど…」

 ていうか、快斗にそんなものがあったとしたらむしろ驚きだ。

 うんうん、と1人で納得しているコナンに、さらに快斗はいじける。

「ひ、ひどい…」

 信じてくれるまで離さないから!とか意味不明のことを叫びだす快斗にため息を吐いて、コナンは続けた。

「ていうか、理事長はともかくとして小川先生はどーいうつながりなんだよ?」

 今まで快斗が小川先生と親しいという話は聞いたことがなかった。まあ同じ学校の教師をやっていれば顔見知りなのは当然だとしても、それだけではないようだ。

「あれ言わなかったっけ、小川っちは俺の高校のときの担任だよ」

 言わなかったかなぁと快斗は首を捻っているが、きっぱりと初耳だ。

「黒羽は成績は良かったが、授業態度は学年でも最悪だったよなぁ」

「居眠りしているときが1番おとなしいって言われていましたものね。」

 そうか、だから理事長とも知り合いなのか…なんて、納得している場合ではなくて!

 コナンの脳裏に2ヶ月前のあの出来事がよみがえった。

「…もしかして、やっぱグルだったのか!?」

「はい?」

 きょとんとした快斗を下から睨んでコナンは声を張り上げた。

「執行委員!俺をハメたな、黒羽っ!」

 思い起こせば入学して間もない4月のあの日。小川先生に無理やり球技大会委員に指名されたのがすべての始まりだった…。当時、快斗は偶然だと言っていたが、小川先生とグルだったら謎はすべて解けるのだ!

「き、気のせいだよコナン君!!」

 コナンの剣幕に快斗の笑顔が引きつって、何よりも雄弁に真実を示している(笑)。

「言い訳は聞かないからな!」

「俺はただコナン君とちょっとでも長く一緒にいたいな〜って思っただけで!」

「ふざけんな〜!」

 怒りのあまりにコナンが顔を真っ赤にして叫ぶと、理事長がくすっと笑った。

「本当に仲がいいのね。羨ましいわ。」

 心からおもしろいとでも言わんばかりの笑い声に、コナンと快斗はピタッと止まる。

 そこまでおもしろがられると、当人たちはとたんにやる気をなくすのは何故だろう?

 2人そろって見つめてくる視線に満足そうな笑みを浮かべて、理事長はおもむろに口を開いた。

「ところで今日の本題なのだけれど」

 …てことは今までの会話は全部前置きだったのか!?とコナンはこっそりつっこんだ。

 ま、きっと前置きだったのだろうけれど…。

「はい、工藤君へ私からのプレゼントよ」

 普通の茶封筒を手渡されて、それを開ける前にコナンは問いかけるような目を彼女に向ける。

「明日からの大阪見物の餞別です。8人分の新幹線の往復切符とホテルの予約券、それからテーマパークのチケットも用意したわ。」

「…8人分?」

 執行委員に快斗を加えても7人で、服部は往復ではないしと怪訝な顔をしたコナンに、理事長はにっこりとして言った。

「取材も兼ねているから、放送委員の代表者にも一緒に行ってもらうことにしましたから」

「放送委員!?」

 封筒は快斗に渡して、コナンは思いっ切り顔を顰める。放送委員といえば、最近良い印象はない。

「そう…誰でも良かったのだけれど、小川先生は授業もありますから」

 などと小川先生に視線を流せば、コクコクと頷いていたりする。

 そして封筒からチケットの束を引っ張り出した快斗は、ひとつずつチェックして。

「………『海遊館』って………」

そのうちのワンセットを見て、絶叫した。

「俺に帰って来るなと言いたいのか、紅子〜っ!!」

 涙目になって睨んでも、フフフと意地の悪い笑みが返されるだけで。

「あら、デートコースの定番でしょう?」

 などとのたまうものだから、コナンとしても乾いた笑いしか出て来ない。

「ホテルも最高級でツインを人数分用意しましたわ。ただしイチャイチャしすぎて他の生徒たちに悪影響を及ぼしたらダメよ、黒羽君!」

 さらに止めを刺されてコナンと快斗が脱力しきってソファに沈み込むのを、のほほん中年オヤジこと小川先生がにこやかに見守っていたのだった…。





The END.



(コメント)

 いつもありがとうございます。1万HIT記念企画その1でございます。予告した大阪編の前に、交際宣言の後のエトセトラ。実は理事長はこの方だったのです(笑)。

 理事長のおかげで旅行の準備は完璧!デートコースの用意もバッチリ!!

 というわけで、張り切って大阪に行きましょう…。



≪BEYOND THE BLUE SKY≫管理人

小夜 眞彩