始まり(イルカ)

それはきっと、きみにとっては些細な出来事。
取るに足りない日常のほんの一瞬だったかもしれない。
だけどその一瞬にオレがどれだ目を奪われたか
心を奪われたかきっと君は知らない。




その年の入学式は実はかなり緊張した。
別に初めてというわけでもないのに、そわそわする。多分俺だけじゃないだろう。
周りの浮き足立った面々を見れば、むしろ自分の落ち着きっぷりが不思議なくらいだ

アレが入学する。
アレが一体どんな風に育ったか知るものはあまりいない。
どんな化け物がやってくるやら担任を任されているオレはすでにその時胃痛に悩まされていた。
担任自体受け持つのがはじめてだと言うのに難易度高すぎないか?ってか絶対押し付けられたに決まってるけど。

だからこそ驚いた。きっと誰もが目を奪われた事だろう
その輝かしい存在に。

間もなく式も始まろうかというギリギリの時間ポッカリ空いた一つの席
どうしたのだろうか?
不安が芽生えた
どっかで誰かをボコボコにしてないだろうか?
まさか「かったるい」とサボリ?
そうなると、オレが説教かまさなきゃなんないのか?
・・・・・まぁそんな感じの不安だな。←とんでもない悪党を想像しているようだ

そのうち先生はおろか生徒までその唯一空いた新入生の席をチラチラ見出した。

「イルカ先生」
こそりと隣から声がかかる

(きたきたきたぁぁぁっ絶対来ると思ったぁぁ)
探しに行けと言うのだろう。

だが、彼の言葉はまるきり正反対だった

「このまま始めちゃいましょうか」

どことなく目が輝いている・・・
どうやらそれが多くの先生の願いらしい
せめて式くらい平和に。

(まぁ同感だけど)
同意するのもどうかと思いあいまいに笑みを浮かべておく

「まぁ遅れてくるようでしたら生徒の自己管理の問題ですからね。最中にやってきたら式の間わたしが説教部屋で叱ってますよ」

自ら人身御供へと進み出る自分に心で涙を流す
(ああ、損な性格)

ドタドタドタ

廊下からけたたましい足音が聞こえたのはちょうど校長にその旨を伝えに行こうと思ったその時だ。
忍びの卵とは思えないその足音。
すでに閉じられた重い戸を勢いよく開くのに躊躇はなく、あまりに勢いよく開いたためバァァンと大きな音をひびかせた。
その音に一斉に中にいる人間が振り返った。

薄暗い空間に光が指した。
それは太陽の

それと、

それに負けないくらいに明るい金色の髪の少年の
光り輝く青い瞳
誰がこんな事予想しただろう?
アレが光の元でこんな光り輝く存在に成長しているなんて

「も、もしかしてもー始まってたりしたってばよ?」

飛び込んできた時と対照的な不安気な顔を見せ、恐る恐るたずねた。
声は春風のように爽やかに通り
笑顔は夏のヒマワリのごとく。
真冬の極寒にさらされながらも力強く芽吹いた小さな小さな命。

何故だろう
一瞬にして心まで奪われた

「お前は遅刻だからな。出て行け」
追い出したいのだろう、隣にいた同僚が固い声でそう口を開けば、
少年は青い瞳を瞬いた。

「えーっ。でもまだ時間は大丈夫だってばっっ」
時計を指差し不服の声をあげる。
頬を膨らませるのも、ムンッと口をへの字に結ぶのもそこらへんの子供と変わりなく、でも・・・

「いいから出ていけっ。お前のようなものが来るところではないっ」

こんな言葉を沢山浴びて育ってきた、そんな子供。

「へへーんだっ。別に入学式くらい出れなくてもいーってばよっ。」
イーーッと歯を見せた子供が一瞬だけ、唇をかんだのを俺は見てしまった。

「まぁ遅刻は遅刻ですからね。タキビ先生。彼は遅刻の罰として説教してきますんで、こちらのほうはヨロシクお願いします」
にっこり微笑んで、反論が来る前に子供の背中を押し出す。
バッタリと扉を閉じればジーっと下から見上げてくる子供の視線を感じた。


「じゃ式の間ずーーっと説教だぞ。ナルト」
「え?」
「俺は海野イルカ。今日からお前の担任だ。」
くしゃりと髪をかみ混ぜてやれば驚いたように目をぱちくりさせる。
「え?あ・・うずまき・・・・・ナルトだってば。ヨロシクお願いしますってばよ」
「ああ、ヨロシクな。しっかし・・・。しょっぱなから遅刻とは良い度胸だな。俺は時間には煩いんだぞ」
「う・・・だって目覚まし時計が・・」
ああ、そうだった。この子はたった一人で生きている。
朝おこしてもらうのも。
今日の準備も。
ご飯の用意も。
何もかも。

「いいわけはなしっ。目の下が黒いぞ?寝不足じゃないのか」
「あ・・・・・」
「なんだ興奮して眠れなかったのか?」
「ちっ違うってばっっ。ただ、ちょっと寝付けなかっただけで・・・」

多分きっと不安で、だろう。
こんな敵しかいない所に1人で来るのはどれだけの勇気だろうか。
でもそんな事絶対気づかれたくないであろう子供がけなげで、くしゃりと頭を撫でてやる。

「ははは。やっぱり興奮して眠れなかったんじゃないか」
「ムキーーー違うってばっっ。俺ってばそんな子供じゃないってのーー」
「はいはい」
「ほら行くぞナルト」
なんだかウロチョロしそうな子供を繋ぎとめておくべく差し出した手のひら。

「えっと・・・」
「?ああ、別にずっと説教なんかしないから安心しろって。どうせ朝飯食ってないんだろ?確か職員室にクッキーがあったはずだからそれでいいか?」
ハハっと笑いながら戸惑った様子のナルトの手を取り歩き出す。
「あっ野菜ジュースもあったなー」
「や・・野菜はノーサンキューーだってばっっ」
「は?お前野菜ぜんぜん駄目なのか!?」
「だって苦いし・・・」

おい。一人暮らしで野菜が駄目だったら何食ってんだ?
栄養はどうなってんだ?

「駄目だっ遅刻の罰として説教の代わりに野菜ジュースを飲めっ」
「やだってばーーーー」
ううと涙目になった子供にほだされつつもイルカは生まれて始めて持った生徒をテイッと抱き上げた。
うっわ軽っ。やっぱ栄養が足りてないんだな。
そんなことを考えつつ、同じ目線の高さまで持ち上げると強張った顔が目に入る。

あー。怯えさせちまったかな。

「お前が食える野菜は?」
「んと・・・・・す・・スイカっっ」
「いや、それを野菜と認識していたお前は立派だがそれ以外で」
「んーーーー玉ねぎの煮た奴なら・・甘くてうまいってば・・・」
「よし肉じゃがだな」
「ジャガイモはバツーーっ」
「ジャガイモ抜き肉じゃがならいいか?」
「えっ」
「良いみたいだな。よしっ式が終わるまで後3時間。行けるな」
「どこに行くってば」
「スーパー」
「・・・・・・」

何?この人いったいなんなの?
初対面からなんだか普通の子供のように対応されてナルトはうろたえていた。
こんなにまっすぐに自分を見てくれる大人なんてとても少ないし、まさか初対面でまず最初に名前を呼んでくれるなんて思いもよらなかった。
さらには肉じゃが?
じゃがいも抜きの肉じゃがってさー肉じゃがって言わないって・・・。
そのまま無理やり抱えられたままスーパー行って、イルカ先生ん家行って一緒に肉じゃが(じゃがいも抜き)作ってそれ持って学校戻ってきて、二人で食べた。

なんだろうすっごく美味かった。

「美味いってばっっ」
「そうかそれは良かった」
やさしい瞳でそんなこと言われて、優しく頭をなでられて、初めて、『じっちゃん、アカデミーに入れてくれてありがとーーーー』と心から叫んだ。

「でもイルカ先生。もう俺に優しくしないで欲しいってば。イルカ先生に迷惑かけちゃうから」
「ん?ああ、別に俺は気にしないぞ」
「だめっ俺が気にすんのっ」
「うーん。じゃナルトも気にするな」
「なんだってばソレっっっ」
「俺のわがままだからだ」
「うわっなんか卑怯な言い方だってばっ」
「ふふん。悔しかったら論理的に言い負かしてみろよー」
「ううーー」

その後イルカは己のわがままを貫き、絶対にナルトを裏切ったりしなかった。
たとえ。
周りからどれだけ不評をかって、反感を買っても。
絶対信念を曲げない。
それがナルトが信じて、あこがれて止まない海野イルカの本当の強さ。




それはきっと、きみにとっては些細な出来事。
取るに足りない日常のほんの一瞬だったかもしれない。
だけどその一瞬にオレがどれだけ目を奪われたか
心を奪われたかきっと君は知らない。

強くて清くて潔い。
意地っ張りだけどまっすぐで。
子供らしいけれど、どんな大人よりもずっと大人びていて。

そんなお前の前に立つとき、自分は必至に取り繕う。
決してお前を侮るような大人になるまいと。
お前が信頼の目で見あげてくれるような、そんな凄い大人になりたいと。
だからどんなに周りがうるさくても。
どんな邪魔が入っても。

お前にとって誰よりも安心していられる、そんな場所になれますように。
俺はあの日心に誓った。




大好きイルカせんせいーーーーの始まり(笑)
ナルトにとって重大な日です。
でもイルカにとっても、とても大切な日だったのです。
この先ずっとナルトを大切にしてやってくださいっっ←花嫁父の心境?(笑)