「ふむ。なるほど」
 一人の少年が真剣に本を読み耽っていた。
 パラリと慎重にめくられるページ。
 古めかしい本と相まって文字も少々読み取りづらい。
 その上、古めかしい言葉遣いをされ、これでもかっと眉を寄せながら彼は読み進めていた。
 だがとうとうあるページで手が止まってしまった。

「・・・わからん・・・」

 しばらく唸ったすえに諦め、仕方なく彼は書物片手に立ち上がった。

   ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
        愉快な人
       ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 先日和解をしてからネジは初めてヒアシに呼ばれた。
 訝しみながらもやってきたネジにハイと渡された数冊の古めかしい本。
 なんだ?と首を傾げればヒアシは相変わらずのしかめっつらで説明しだした。
「我が家に代々伝わる白眼に纏わる書物だ」
 直系のみが読めるというそれを差し出された事を知らされたネジはあまりの事にうろたえた。

「いえ。さすがに私が読むわけには・・・」
 いくら分家という名に反感を感じていたとはいえ、いきなり態度を変えられ
ると動揺してしまうものらしい。

「まだ少し早いと思いヒナタにもハナビにも読ませていない。先に読解をして
あの子達に教えてやって貰えないだろうか」
 君になら出来るから。

 少しだけ笑みを浮かべてみせたヒアシにネジは呆然とする。
(笑ってるよこの人が・・・)

「どうだろうか?」
 きまじめなネジを理解した上での提案なのだろう。
 なんだか妙なくらいに柔らかくなったぞこの人。

 慣れるべきなのだろう。だが今までが今までだけになんだか別人と対面している気分になる。

 だが・・・
「ありがたく読ませて頂きます」

 好意を無にするほど悪人では無い上に目の前の書物には非常に興味が湧いていた。
「ありがとう」
 そう残して去っていった日向家頭首のその背中はネジの目には不思議と嬉しそうにみえた。

     ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ 

 そんな訳で、その秘蔵の書物の中でどうしても理解出来ない箇所があり調べ
にやってきたのは木の葉最大の図書館。

 そこで日向ネジはなんだか聞き覚えのある声を耳に拾った。
「んーこれどー?」
「あ?あー使えねぇ」
「ちぇっ」
「こいつならいけるだろ」
「どれ?・・・おっ検討の余地ありだってば。これならさっきの所と合わせれば・・・」
「いけるな。っしさっきの貸せ」
「ほい」

 図書館のかなり上の階。忍術書のかなり小難しいものしか置いていないこの
場所になぜ彼らが寝そべっているのだ?
 少し離れた場所に机と椅子が用意されているというのにわざわざ本棚の前に本
を山積みにしてその真ん中に二人はゴロンと転がっていた。
 確かに人は少なく邪魔にはならない・・・だが寝転ぶか普通。
 いやその前にこの場にこの二人がいるのがおかしい。
 常識人である彼にはとうてい理解できぬ状況を無視して自分の用事を済ませようと
思いネジはスルーした。←良い判断だ

 だがしかし、その瞬間彼はうっかり目に止めてしまったのだ。
 ああ律義な自分が恨めしい・・・。


「何をしている」
「ふぇ?」
「んあ?」
「ここでの飲食は禁止されているだろう」
 二人は口にサンドイッチをくわえたままキョトンと振り返った。

「あ、へひはー(あ、ねじだー)」
「食べたまま話すな」
「んー」

 うんうん頷くと慌てて口の中に詰め込むうずまきナルト。
 もう一人はチラリとネジに視線を向けただけで手元の本へと目を戻してしまった奈良シカマル。
 食事はのんびり続行らしい。
 俺の言葉は無視なのか・・・。

 シカマルの手元の本はチャクラ大百科・・・。名前は実に単純明快で辞書のような
ものと思われがちだが真実は違う事を以前やはり辞書と間違えて開いてしまった
ネジは知っている。←経験者は語りますよ
 開いた瞬間世界が揺らめいたと今でもネジはその本を恐怖に思っているほどだ。
一行目を通すごとに意識が遠のきそうになる。そんな本。←どんな本だ?
 言わせてもらえば並の上忍ですら滅多に手を出さない、頭の痛くなるような難解な忍術書である。

「お前達なんて物を読んでる」
「ん?」
「まだ早い・・・というより枕変わりにするなら他の本にしろ」

 ナルトの手元にあるのも同様に分厚い難解図書。
 マクラにするには実に夢見が悪そうである。

 きっぱりはっきり枕変わりと言い切ったネジは悪くはあるまい。
 どう考えてもこの二人がこんなものを読めるとは思えないだろうから。

「マクラねぇ。っつか他の本なら枕にしてよしってか。」
「そういう訳ではないのだがそれよりはマシかと思ってな。その本を枕にすると
高すぎて首が痛くないか?それとも睡眠学習を夢見ているならばもう少しレベルの
低い物からチャレンジすることをお勧めするが。」
 淡々とした声音で生真面目に言われた言葉に
「・・・え?マジで言ってんのかよ、この人?」
 シカマルが慌てたようにナルトを振り返ればニィと嬉しそうな笑みを浮かべていた。

「ふっふっふ。ネジはたまに変な価値観持ってて面白いんだってばよ!」
「心外だな。お前ほどではないつもりだぞナルト」
「えー。俺ってばこの本見て睡眠学習しようなんて発想とても出来ないってばよ。さっすがネジ!」
「あまり褒められた気分にはならないが、一応ありがとう」
「どーいたしましてってばよ」

 生真面目なネジと天真爛漫なナルトの会話についていけなかったシカマルだけが傍で頭を抱えた。

(本気で言ってるのか冗談で言ってるのかすらわかんねーけど・・これで会話が成立してるのがありえねぇぇ)

「どうした?サンドイッチでも喉につまらせたか?」
 そんなシカマルに首を傾げ尋ねる姿は良い人に見える。
 なんかちょっと解った気がした。
(そうか。こいつナルトと同じで天然なんだな。そうか仲間だったのかっっ)
 なんだか2人に対して失礼としか思えない結論にいたく納得してしまったシカマルであった。

「ネージー」
「なん・・・」
 ナルトに呼ばれなんでもないからと手を振るシカマルから、なんだ?とそちらに
顔を向けた瞬間、ネジは口に何かをつめこまれた。

「ニシシ、これで共犯だってばよ」
 サンドイッチ片手に嬉しそうに笑うナルト
「むごごごっ(卑怯なっ)」←(笑)

 だが口に入れたものを吐き出すなんてもったいないマネは出来ないネジは
大人しくくモグモグ食べ続ける。
(ツナと玉ねぎか)

 なかなか美味いな
 などと感想まで出てくる

「ごちそうさま。うまかった」
 更には礼儀正しく両手を合わせて挨拶まで・・・良い子すぎないか?と見ていた
ナルトとシカマルは苦笑を抑え切れない。
「いえいえ〜タマゴも食べるってば?」

「・・・もらおう」
 諦めたのか微妙な潔さを発揮したネジはありがたく手を伸ばした。
 実は昼を食べておらず空腹だったのだ。全く食べなければ何時間でも持つのだが
少量でも腹にいれてしまうともう駄目だ。
 空腹がどっと押し寄せてしまう。
 
 よもやそこまで考えての作戦かうずまきナルトっ←考え過ぎ

 などと疑惑を胸にひそめたままサンドイッチを頬張るネジ。

「ちなみにからあげもあるぜ?こいつのから揚げは絶品だ」
 お世辞など言わなそうなシカマルの言葉にネジはカクリと折れた。この際食べなきゃ損である。
「いただこう」
「そうこなくっちゃっ。はい箸だってば」
「すまない。お前達は弁当まで用意して本を読みに来たのか?」
 その質問に二人は微妙な顔で肩をすくめた。




「んーと。最初は散歩してたんだってば」

 そう、今日は久々のお休みのため二人で散歩に行こうと前々から決めていたのだ。
 昨夜も遅くまで裏の任務が詰まっていて、寝たのは朝方。
 そのままナルト宅へ止まっていたシカマルは眠さのあまりなかなか布団から出てこなかった。
 起きるのをめんどくさがるシカマルを泣き落とし(←毎度この手に負けるらしい)
なんとか家を出発した二人。

 だがしかし・・・お弁当持ってピクニック気分で公園へやって来たシカマル、
ナルト両名は途中で自分たちのうかつさを実感した。
 いわく

「暑かった・・・」
「めんどくせぇけど図書館までノンストップで駆け込んだぜ俺らは」
 ああ。それはもうめちゃくちゃめんどくさかったさ。

「確かに今日は破壊的な暑さだが・・・」
 シカマルはともかくナルトは暑さに強そうなのにと首をかしげるネジ。
「だめっ嫌いじゃねーけど溶けるっ堪えらんないってば」
 基本的に夜に生きる金の子供はブーっと両手を顔の前で交差させる。

「逆にあんたは涼しい顔してそーだよな」
「心頭を滅却すれば・・・とまでは言わないがある程度なら我慢が効くのは確かだ」
「うわぁネジの精神力ちょっとでいーからわけてホシーってば」
「欲しければどうぞ」

 ナルトの冗談にサラリと返してしまえるのは1年とはいえクラスメートだったゆえか。

「聞いたってばシカ?ネジってばこんなヤツだってばよ」
「ああ。意外と冗談が通じるみてーで安心したぜ」
「真面目だが?」
 などと真剣な顔でネジ。

「「はい、うそ」」

 思わずナルトとシカマルがハモってしまった。それに二人で視線を交わし小さく笑う。
 そんな二人にネジは不服そうな顔を見せた。
「・・・はたけ上忍と同様に扱われるのは不本意だ」
「あれ?わかったってば?」
 あの朝の行事(←行事なのか)をネジが知ってるとは思わなかった。

「リーが羨ましそうに言ってたからな」
「う・・・」
 羨ましいだぁぁ?

「ノシつけてあげるってばよ」
 あんな担任
 そう言えば。

「いらん」

 即座に拒否された

「シカマルいらねー?」
「あー?俺はクマで手一杯だ。」
「俺クマのがいいー」
 遅刻しねーから←利点はそれだけ(笑)

「あんま熊を侮るなよ。ちょっとでも油断みせたらからかってくるんだぜ、めんどくせー。
突然色の授業始めたり、将棋してりゃ人が見てねーうちに駒動かしたり」
「・・・それはどうかと」
「へへーんそんなん可愛いもんだってば。平均4時間の遅刻魔の上に任務中ずーーと
読んでる愛読書はイチャパラっ、しかも隙見せたらセクハラまがいな事してくるし、
人が頑張って磨いた床を土足で歩いて「あれ?歩いちゃ駄目な場所だった?」
とか本気で言うようなアホなヤツなんだってばよーー」

 自分で掃除の範囲を教えておきながらさっぱり忘れるってどーよ?
 最初はいやがらせかと思ったがどうやらナルトを見ると見境なくして抱き着きたくなるらしい。
「せっかく植えた苗の上を踏み荒らして寄ってきた時にはさすがにぶっ飛ばしたってば」
 思わず遠い目で語ってしまったナルトに

「「お疲れ様」」 

 心の底から二人は言った。
 それにドタバタ忍者のナルトらしくない大人びた笑みを一つ浮かべてみせると即座に話題を転換した。
 言ってて悲しくなってきたのかもしれない。

「ってわけで俺達は涼みに来たんだけどネジは?本読みに来たってば?」
「ああ。少々調べ物に」
 軽く手元の本を持ち上げてみせれば二人からは驚く反応が返ってきた。

「うわ日向の隠し書物っっ」
「あーようやく折れたのかあの親父」

 見事にずばり下忍ごときが知っているわけが無いことをサラリと口にする。

「・・・なぜそれを」

「「ノーコメント」」

 うろたえるでも無くにっこり笑って言ってしまえる2人が凄いと密かにネジは思ったと思わなかったとか。

「・・・それで清むと思っているのか」
「へへーん。思ってるってばよー。」
「まぁ情報源なんざ口にするわけねーだろ忍なんだからよ」
 胸を張って不適な笑みをみせたナルトと
 理詰めのシカマル。

 まぁ知られて困るものではない。
 日向の血筋の者でなければ意味を成さない書物である。
 更に言えば頭首を親父よばわりされようが実はネジにとってはどうでもよかったりする。←ネジ・・・

「まぁいいのだが・・って何故片付けているんだ?」
 会話を交わしながら何故か二人が同時に本を片付け始めたのにネジは驚いた。
 なんの合図もなかったというのに突然なんだ?

「ん、今からやることがあるから〜」
「これ邪魔だろ?」
 要領を得ない二人の言葉。
 二人だけで通じ合ってそのまま突っ走っていかれそうだ。

「やること?」
「そ。んで、何がわからなかったって?」
「俺達も本探すの手伝うってばよ。」
 その言葉にようやく二人の行動を理解した。

 俺達ここらの本には詳しいからと胸を張るナルトを訝しがりながらもネジは
素直に探して欲しい内容を口にした。

「ああ、それならこれだな」
 あっさり本を取り出し渡された。
「あっシカシカッ。これは?」
「それは関係ねーだろ」
「でもこの術式とかさー」
「・・・・・・・・・追加だネジ」

 ポンとナルトから受け取った本もネジに手渡す。

「んで、この本のーんーとそーそー。ここらへんだけどよ。お前らの場合応用で使えるだろ?そんでー」
 今度は三人でゴロンと転がり勉強会。
 シカマルの説明にネジが頷き、ナルトが新たな本を取り出し予想外の技を発案しだす。
 さながら臨時「白眼研究会」のような状態が生み出された。

 なんでこいつらこんなに詳しいんだ・・・・。
 激しい疑問を胸に秘めつつ、それでも役立つ情報を一言も洩らすまいとシカマルと
ナルトの言葉に耳を傾ける真面目なネジであった。

     ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ 

「すまないが今日は空いているか?」
 最近たびたび任務の後顔を出すやつがいる。
「んーあとちょっとで任務終わるから待ってるってば?」
「ああ。お前が迷惑でないならな」

 こんな控えめな態度も結構新鮮だとナルトはいつも思う。
 そんなネジにニッと笑ってみせると札を特殊な折り方で飛行機型にしてフッと
息を吹きかけ空に飛ばす。
 これでシカマルもこちらの任務が終わる頃にはやってくるだろう。

「ぜーんぜん迷惑なんかじゃないってばよ。シカマルにも今声かけたから暇だったら
来ると思うってば。適当に時間つぶしててくれってばよ」
「ああ、手数かけてすまないな。あの木の下で待ってるぞ」
 ナルトの不思議な動作をとくに突っ込むでもなく、礼さえ言ってみせるネジに笑いが止まらない。

 あの日から白眼について以外でも疑問を覚えたらナルトとシカマルに即質問。
 それがネジの生活の一部になってしまった。
 裏で請け負う任務を知らずとも2人の凄さを感じ取り。
 だがしかしそれについて疑問をぶつけるで無く。
 今までと同じ接し方。

 ネジの頭の中で俺らはどういう位置づけなんだろうなー?
 とナルトとシカマルは激しく不思議で堪らない。
 それでいながら、結構こんなネジを気に入っていたりするのだ。

 なんて愉快な人だろう・・・と。

 空をたゆたう紙飛行機を見送るナルトはこれだから人生って面白いってば。

 満足気に笑ってみせた。

     ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ 

 後に本人すら気づかぬ間に着々と2人に鍛え上げられたネジは何故か知らぬ間に
暗部に入隊させられたらしい。
 そして
「ようこそ裏の世界へ〜もー超大歓迎♪シカに頼んだ甲斐があったってばよーー」
「悪ぃな。書類操作は俺の十八番なんだ。ま、諦めてテキトーに頑張ってくれよ」
 2人の裏の顔を知ることになる。
 諸悪の根源の悪びれない言葉と協力者の脱力気味な言葉にネジは一瞬呆然とした後、フムと1つ頷くと

「・・・まずは暗部の規律から教えて欲しいのだが」

「「あははははっっっネジさいこーー」」


 しかしそれでも愉快な男の態度は変わることがなかったという。




      おしまい