保健室へいらっしゃい

ドンっ

「あっわりぃ」


出会い頭の事故というものはよくあるものだ
それはそう
単に運が悪かったのかもしれない
あいにくとこの事故は
学校の、しかも階段付近という超危険な現場によって起きたのだった


突き飛ばされた少年は黒い癖っ毛を浮かばせ
「わりぃ」
じゃすまないくらい華麗に吹き飛んだ
それはまるで鳥が羽ばたくかのごとく
だがしかし下から彼を眺めた人々は彼の優雅なその姿を
『カエル』とのちに例えたが

おりしも時は昼休み
辺りは行き交うひと、ヒト、人
最上段からジャンプした彼は空からそれを見とがめ考えた。
きっと彼は空に浮かぶこんな体験を過去にしたことがあるのだろう
そうでなければ落下の数秒間思い出すのは走馬燈くらいなものだろうから。

落下の恐怖はさらさらなく、彼は明らかに冷静だった

そんな冷静な彼の頭にあったのはたった一つの真実のみ・・・

このまま落ちたら踏むーーーーーーーーーー


そう。下にいる人間の安否だけだった








ドタドタドタドドドドドドド
キキィィィ
ガラッッ

音だけで解る

「廊下は走るな。ドアは静かに開けるっ」

栗色の長い髪を簡単に一つに束ねた(ちょっと年食ってるけど)美人な保健医が呆れたように振り返り、勢いよく開いたドアの下肩で息をする生物にぴしゃりと言った。


「い・・・・・生きてるーーーーーーーーー!!!」

そしてその生物は叫んだ





混乱の極みに達したその物体はひとしきり何事かをわめくとようやく追いついてきたクラスメートに説明を求めた

「なんでっなんでっ生きてるの快斗っっ変だよっだってさっき紅子ちゃんが快斗は階段の一番上から落ちたてそんでもって下にいる人をなんとか避けようと無理矢理方向転換してーそしたら運悪くそのまま手近にあった窓にぶつかっちゃって窓ガラスと共に三階から落ちて瀕死状態だって言ってたのにーーーーーーーーーーーーー!!!」

「はいはい。落ち着いてください中森さん。まあそれに近い事は現場の方々にも伺いましたから知ってますが、もし瀕死でしたら黒羽君はここにいませんよ。」
普通なら病院行きだ
「あっそういえば救急車来てないっ」
「ええ。その時点で彼の無事は確信していました。」

絶対の信頼なのだろうか
今この江古田高校で一番『ハンサム』という言葉が似合う少年はニコリと目の前の少女に笑みを見せた。
「そっかぁ。なんか気が動転しててそこまで考えつかなかったぁ」
普通は考えない

「っつーか。三階から落ちて無傷の奴がおかしいよ」

保健医が無情にもボソリと呟いた

幸いな事に頭を打ったため眠りについている快斗の耳には入らなかったが。



「見事なまでに無傷ですね」
眠ったままの快斗を見下ろし白馬探(自称、快斗の友人)は呆れたような感心したような声を出した。
「・・・窓突き破ったって言ってなかったっけ?」
「それなのにガラスで切り傷一つ負ってない。こいつ人間か?」
青子の言葉を受け保健医はカルテ片手に肩をすくめた

見下ろせば端正な黒髪の少年
さきほど鳥になった少年だ
名を黒羽快斗
嬉し恥ずかし花も恥じらう高校2年生。
青春真っ盛りの高校生男児だ

「きゃっ俺ってそんなにかっちょいい?やんっ照れちゃうなぁもうっ」
とかビシバシ叩いてきそうな程じっくり見つめてみれば
確かに花も恥じらう美少年である。
ただし口を開かなければと注釈をつけるべきだろう

瞼を開けばあまり気付く人はいないが神秘的な紫紺の瞳がお目にかかれる。


「ふむ。噂には聞いていたが恐るべき強靱な肉体の持ち主だな黒羽というのは」
未だかつて快斗は保健室を利用したことがない
それは怪我なんて嘗めときゃ治るよ
の男であることと、めったに怪我なんてしないすんばらしい運動神経の男だからだ。

彼が入学した当時そこらじゅうの運動部が日参して勧誘に伺ったらしいが結局どれにも落ちなかったという。

「ねぇ先生。快斗って寝てるだけ?」
「まあ多分そうだろう。呼吸は正常。頭にこぶはない。頭を打った可能性も考えてはいたのだがどうやら本当に単に寝ているだけのようだ」
「・・・・・・さすがですね黒羽君」
どこらへんに感心してるのか白馬が呟く

「ほらあんたら午後の授業始まるからそろそろいきな」

「うーん。寝てるだけならいっか。じゃ、快斗の事お願いしまーす」
「帰りに鞄持って来ますのでそれまで寝かしてあげて下さい」
「はいはい」

そんな二人に適当に手をふり保健医は患者を振り返った


「さて。黒羽君。もう少し寝ておくかね?」
あきらかに問いかけ
それに先ほどまでピクリともしなかった患者の瞼がパチリと開いた

「あれ?バレてた?」

「まあな。呼吸が少し乱れていた。」

「あはは。さっすが保健の先生だねー。んじゃお言葉に甘えて寝させてもらおっかな」

「とりあえず昼食べてないのだろう?これでも腹の足しにしておきなさい」

「おっクッキー♪気が利くねー良いお嫁さんになれるよ〜」

「お前もらってくれるか?」

「あははははははは〜遠慮しますぅ」

「何故か皆そう言う」

だってねぇ微かな表情しか見せないし、その上このつっけんどんな話し方。
並の男なら引くだろうとも。

「ごめんねぇ俺には心に決めた人がいるのよぅ」
愛しの愛しの彼の人を思い浮かべ
胸をキュンと鳴らしてみる。
ああ、あの強くて鋭くて全てを見透かすような蒼い瞳を思い出すだけで胸が張り裂けちゃうっ←そのまま修復するなときっと返されるだろう

「ならば仕方ないな。ところでコーヒーとココアがあるがどちらがいい?」

「ココアでお願いします」

「了解」

なかなか居心地のよい保健室に体の力を抜き親切な保健医からココアを受け取り一口含む
その時

「ちなみに背中の傷は最近のものだな」

「ぶほっっ」

た・・・タイミング計ってましたでしょうかぁぁぁぁ
変な所に入ったココアにむせかえる

「み・・・・み・・・・」

「ああ。先ほど見た。ちなみに足と上半身しか見ていないから尻に怪我があるなら自己申告をしなさい」

「はあ・・大丈夫です」

「丈夫な体だ。」

「まあそれなりに。」

「ちなみに言わせてもらえば実は私は裁縫が得意だ」

「・・・・・」

かなり唐突な話題転換だった
話題転換・・だよね?
何が言いたいのだろうか

「私に針と糸をもたせれば最高のしあがりになる」

「・・・・」

なんか嫌な予感

「次に怪我をしたときは私に縫わせてもらえないだろうか?」


(なんか嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ)

こんな事を真剣な顔で頼みこむ保健医ってやだぁぁぁ

こんな事を真剣に頼みこまれちゃう自分もいやだぁぁぁぁ


「つ・・・・謹んで辞退の意を表させていただきます・・・」

「そうか。残念だ」

背中の傷は確かに大きなものだった。
背中だったため自分では無理で怖いけど例の少女に頼んだが何針だっただろうか・・・
痛さのあまり覚えていない。
結構な大けがだったのだけは確かだ。
しかもそれは昨日の事
おかげで一睡もしていない

思い出したら眠くなってきた。

「ふああああ・・寝ていい?」

「好きなだけ寝るといい。お前は立派な怪我人だ」

確かにこの背中のは一般人にすれば大けがの部類
普通に生活するのは不可能な筈だろう

「ありがとー」

そこんとこ追究してこない保健医に気をよくして

そして

柔らかな眠りについた

もしかすると小さな探偵の夢をみたかもしれない

それくらいに安らかに眠れた

不思議な保健医のいる高校の保健室にて。


end

江古田高校の保健室にはこぉんな素敵(?)な先生がいるの♪
っていうかコナン出てきてないじゃん(笑)

個人的にカエルに見えた快斗が好きです
本人は鳥の気分だったから人様からそれ聞いたらきっとショック受けるでしょうね
By縁真