〜約束「1」〜


ざざ・・・・ん

ざ・・ざ・・・ん


波を打つ音が辺りに響き渡る。ここは俺の故郷。

数年前こんな田舎暮らしはうんざりだと言って飛び出したにもかかわらず懐かしくて・・どうしようもなくこの波の音が聞きたくて帰って来てしまった。

家出同然の息子の帰還に果たして両親は喜んでくれるのか。

あれ以来一度も連絡をしていない親不孝な息子をあの厳格な父は許してくれるのだろうか。

不安で家の前でウロウロすること約10分。ドアホンに手をあてやっぱりやめる事15回。



逃げ出すように近所の海まで歩いて来てしまった。

今日も波は穏やかだ。

ここちよい潮風に身を任せそっと目を閉じた。

結局俺はこの田舎暮らしが性にあってるんだろうな。

東京に出たすぐはものめずらしさからか全ての事が新鮮で楽しくて仕方なかった。

思いっきり田舎をバカにしてた。

でも年々と解って来た都会の冷たさ、無関心さに俺の心は温かい田舎を求めるようになってきた。


帰りたい・・・でも。


つまらない意地とかプライドがあったんだろうな。ズルズルとこの歳まで東京に居続けてしまった。

きっともう俺の事なんて見捨ててるよな。

ため息をつき大きくのびをする。

さて・・・どうしようかな。このまま東京に戻っちゃおっかなー。

ここまで来るのには大層な勇気がいった。でも両親に会うにはさらなる勇気が必要だった。

今の俺には足りない勇気。何かきっかけとか口実があればな・・・。



例えば―――――結婚したとか、子供が産まれたとか。・・・無理だな。

あーちょっと突発的だけど病気で生き倒れてる人を拾ったとか。あはは。都合良すぎってか。

どーでも良いことを考えつつタバコに火をつけた。

その時、風の向きが突然変わった。

横から穏やかに吹いていた風が背後から海に向かって強く吹く。

あまりの強さに俺は数歩前に出た。

「なんなんだ、この風は?」

まるで俺を海へと押しやるかのような風に俺は逆らわずゆっくりと海へと歩いてみた。

「まさか・・・言ってた事が現実になっちゃった・・・とか?」




そこで見たのは一人の少年。海に揺らされるようにユラユラ波に浮かぶ。

呆然としていた俺は我に返り、ずぶぬれになるにもかかわらず服のまま海へと飛び込んでいた。

でも今の季節服を脱いだら間違いなく風邪をひくだろう。

なにせ最近まで夏だったとは言え、もう肌寒くなってきたのだ。

俺ですら半袖の上にもう一枚羽織ってるくらいなのに。

その少年はこの冷たい波に身を浸しているのだ。早く助けないと・・・。




唇は寒さのため青ざめ、呼吸は―――――ある・・な。良かった。脈もあるし生きている。

一体どこから流されて来たのか知らないが強運の持ち主であることは確かだ。

少年が背負っているリュックも靴も、掛けていた眼鏡ですら波にさらわれず残っていたのだから。

「おいっ大丈夫か?」

頬をペチペチと叩いてやる。

「ん・・・。」

苦しそうな声に額に手をやった。ものすごい熱だ。早く医者に・・・。でもここからだと家に運んだほうが早いし。

医者に行こうにもここはそう簡単にタクシーが通るような都会ではない。

ぬれた服を早くどうにかしないとこの子はもちろんの事俺だって風邪を引くかもしれない。

でも家は・・・・・。




「ご・・んな・・・と・・。ごめ・・な・・・い・・。」

腕に抱き上げた少年は綺麗な涙をぽろぽろとこぼしながら誰かに謝っていた。

あまりに切ない泣き方に俺は胸を締め付けられた。

意識はない筈なのにうなされるように謝り続ける少年をギュッと抱えなおした。

泣かなくていいよ。言ってあげたいけど少年か何故泣いているのか解らない以上俺には何も言えないのだ。

ただ濡れた髪をゆっくりなでてあげられるだけ。



なんで・・・こんな小さな子がこんな目にあってるんだろうね?


多分まだ小学生くらい・・しかも低学年だろうな・・そんな子が


冷たい海に流されてさらに泣きながら謝ってるんだよ?


信じられるか?



苦虫をかみつぶしたような気分で俺は少年を見下ろした。


すくっと立ち上がると俺はしっかりした足取りで歩き始めた。

家へと。




俺の感傷よりこの子が優先だ。





さっきまで何度もためらったチャイムを勢いに任せて手のひらで叩く。

ちょっと痛かった。


「はーい。」


懐かしい声が遠くから聞こえる。逃げ出したいような泣き出したいような不思議な感情が湧いてきた。

でも腕の中で浅い息を繰り返す幼い子供が勇気をくれる。

さっきまで足りなかった勇気を。

逃げたらだめだ。


これはもしかすると神様が俺にくれたチャンスなのかもしれない。

口実というプレゼント。

これ以上ない贈り物だ。

「大丈夫?もう少しの辛抱だからね。」

ふるえる子供を寒さから守るように抱え込む。冷たいけど我慢だ。

僕の体温で少しでも暖まってくれたらいい。

鞄に入れてあった俺の上着でくるんだけど未だに暖まる兆候は見られない。


「どちら様ー?」


返答も待たずガラっと玄関の扉を開く。田舎特有の無防備さだな。俺はこんな些細なことでも嬉しくなった。都会では絶対ありえない事だ。しつこい勧誘。怪しい宗教。都会は危険に満ちあふれているから。


「俺・・・えっと清和。」

「は?」


あまりに驚いたのか息子の顔を見て、さらに息子の声を聞いても理解出来なかったらしい。

「ごめん。今母ちゃんのボケに付き合ってる暇ないんだ。」


「ボケって何よ。清っっ。」

「いやっごめんっその前にこの子っっ。暖めてやって。」


昔のような口げんかが始まりそうな気配に俺は慌てて腕の中で身じろぎする少年を顎で示した。


「ちょっと待って。え?ちょっ。やーだーー。頭が混乱してるわー。」



腕の中の子供と俺を交互に見やって頭を抱える母を無視して勝手に家に入った。

何年も経っているのに変わらない家の中。

とりあえずタオルをだして拭いてあげるのが先かな。



居間でくつろいでテレビを見ていた父ちゃんに

「よお。」

と一声かけそのまま少年を抱えたまま風呂場にタオルを取りに行った。



さすがの父ちゃんもあまりの事態にポカンと口をあけて惚けていた。

ごめんな。謝るのもお小言も後でな。

今はこの子が先だから。

心のなかで謝ると手に入れたバスタオルで少年をクルリと包み込んだ。

柔らかいタオルの肌触りが心地よい。

えっと・・・

「ごめん父ちゃんこの子抱えててやって。」

「え?あ。おう。」

まだ呆然とする父に少年を預けると俺は自分の部屋へ行った。


二階の突き当たりの部屋。二階は二部屋しかないが一部屋は物置に使われている。

まだ中はそのままなんだろうか?


カチャリとあける。

俺が家を出たそのままの風景だ。


中学入学の時にねだった大きなベッド。

高校合格の時に買ってもらったCDコンポ。

緑色のカーテンは母ちゃんの趣味で俺は本当は青が良かったんだよなー。

小学校の時から使っている年期の入った机。

本棚には俺が昔大好きだった漫画本がならんでる。

なにもかも・・そのままだった。


懐かしくて涙がこぼれそうなくらいに。



「清和。お部屋もお布団もお掃除きちんとしてあるわよ。」

入り口で呆然とつったっていると母ちゃんが後から声を掛けてきた。


「母ちゃん。」

「ほらほら。もう大人なんでしょ?泣かないのっ。」

「え?大人って。」

「あの子。早く寝かせてあげなさい。」

なにやら勘違いしているのかもしれない母にうながされやっと思い出した少年。


「そうだった。あの子熱があるんだ。」

「え?やだ。そう言うことは早く言ってくれなきゃ。すぐにお医者様に電話するから。清は氷とか用意してなさいっ。」


慌てたように階段を駆け下り電話をしにいく母を見送って俺は自分がやっと家に帰って来たことを実感した。

帰ってきた。やっぱりここが俺の家だ。

東京の1DKのマンションじゃなく。

温かい両親のいるこの田舎の家が。




「ごめん父ちゃん。」

抱かせたままにしていた少年を受け取ろうとすると父は渋った。

「いい。俺が運ぶ。」

返してくれなかった。

やっぱり勘違いしてる?

孫じゃないんだけどな・・・。

「そう?んじゃ俺の部屋に運んであげて。あと服とかも替えてあげないといけないけど・・母ちゃーーーん。子供の服ってあるーー?」

父ちゃんが知るわけもないと思い直し電話をかけ終えた母に大声で尋ねる。

遠くから走ってくる気配が聞こえた。


「はいはい。今だすから待ってなさい。氷は?」

「今から。」

家のは氷といったら自分でアイスピックでガンガンやらなければならないのだ。

それはとてもめんどい。


いつもなら逃げるけど今回は仕方ないよな。


がんがんがんがんがんがんがんがん。

力任せに氷を割っているとようやく全て終えたのか母が台所へ顔をだした。

「服着替えさせたわよ。凄い熱よ。さっき計ったら40度越えてたわ。」

「え?40度?」

そんなにあるとは思わなかった。

平熱の低い俺にしたら40度といったら殺人的な熱だ。

最高38度だもんな俺。


「まったく一体なんで2人してずぶぬれなの?こんな季節に海にでももぐったの?」

「それはあの子に聞かないと解らないな。」

「は?」

割り終えた氷を袋にいれ母に手渡す。


「母ちゃん達ぜっっったい勘違いしてるだろうから言うけどあの子俺の子じゃないよ?」

「え?やだっ嘘っ孫よ孫ってお父さんとはしゃいでたのに。」



きっと父も今あの子の側でウキウキしているのだろう。

気が重い・・・。

「さっき海で流されてるのを拾ったんだよ。」

本当の事を正直に述べたのに怪しいとか言われた。

「何でだよ。」

「そんな事そうそうありえる訳ないでしょ。」

「本当だって。俺だってすっっごくビックリしたんだから。」

言い合いながら階段をのぼる。



「お父さん聞いてくださいよっ。そのこ孫じゃないって言うんですよーー。」

「なにっ本当か清和?それじゃあこの子は?はっっっまさかさらってきたとか・・。」

少年の顔を上から覗きこんでいた父はこちらを振りかえるととんでもないことを言ってきた。


「なんで俺が・・・。」

脱力する。

「いやだって。可愛いし・・。」

「そうですよねーお父さん。こんな孫だったらもうめいっぱい甘やかしちゃうのに。」

「まったくだ。毎日お菓子買ってあげて俺に懐かせる。」


父さん・・・寂しかったんだね。

あまりのキャラの変わり具合に俺は本当に疲れた。

昔の父ちゃんはもっと話しかけたら「なんだ?」とぶっきらぼうに答えるような

無口な人だった。

顔はいつもしかめっつら。間違ってもさっきまでのようなゆるゆるの瞳はしていなかった。

今にも「おじいちゃんでちゅよーー。ペロペロバァァー」とやりそうな雰囲気だった。

怖い。俺にはそれがとてつもなく違和感を感じて怖かった。

そうか俺が孫つれて帰ってきたら父ちゃんはこんな風になるんだ。



ああ・・ごめんよ孫じゃなくて。



そんな事を一人で考えている間に母ちゃんから事情を聞いた父はとりあえず納得したらしく、

少年のベトベトに濡れた鞄を持ってきた。

「この中にこの子の住所とか書いてあるものがあるかもしれない。」

勝手にあけてもいいかな?と思いつつ鞄を手に取る。

だがあける前にチャイムの音が家に響いた。

「あっお医者様ね。はーーい。」



顔なじみの医者だ。

でっぷり太った白いお髭のおじいちゃん。

言うならばカーネルサンダーじいちゃんのもっと太ったバージョンって感じ。

クリスマスになるとサンタの格好で検診にきたりするおちゃめな人だ。

昔からかわらないその優しい瞳のおじいちゃんに俺はとても懐いてた。


田舎を飛び出す時も一言挨拶に行った。

その時おじいちゃんは「都会を見てくるのもいいかもしれない。でも帰ってきたくなったらいつでも帰ってきなさい」

と穏やかに言ってくれた。

今回帰って来るときにその言葉にとても勇気づけられたものだ。

少なくともおじいちゃんは優しく迎え入れてくれる。

そう思って。



「おやおや。清君。帰ってきたのだね。」

「こんにちは。さっきね。本当は俺から挨拶に行くつもりだったんだけど・・」

「ほっほっほ。まあ会えたのだしよいよい。それで患者というのは?」

ひげを撫で撫でしつつ重そうな鞄をよいしょと床におろした。

「この子です。」

母ちゃんが少年を示すとおや?と目が丸くなった。


「言っておくけど俺の子じゃないからね。」

「なんじゃ違ったのか。」

つまらないのお。と笑う。

ちぇっ。大体考えてみれば解ることなのにさ。

俺がここを出たのは20になったとき。今は24歳だ。この子はどう見ても4歳よりは大きくみえる。

全くもー。



「あー。肺炎おこしかけてたの。セーフじゃよ。セーーフ。」

診察を終えおじいちゃんは慣れないカタカナ文字を強調した。

「よかった。」

3人でホッと息をつく。

「でも絶対安静じゃ。少なくとも今日は目を覚まさないと思うから明日栄養のある物を食べさせてやることじゃ。えーっとそれとまだ油くどい物とかは駄目だから・・まあおかゆとかじゃな。」




栄養のあるおかゆってどんなんだろうな?とりあえずおじいちゃんの言葉に神妙に頷きつつお礼を言って俺は外まで見送った。

「清君。都会はどうじゃった?」

「怖い所だった。」

「そうじゃろ。そうじゃろ。若いものはあの派手さに恋いこがれる。じゃがこの穏やかな田舎の雰囲気のよさに気づくとむしょうにこちらの方が良い気がしてくる物じゃ。」

それって無い物ねだりなんじゃ・・・。

はたまた隣の芝生?



「おじいちゃんは始めからしってたのか?俺がすぐに帰ってくるって?」

「いんや。」

あっさり返された。

「じゃあどうして―――――」

「わしも昔そう思って都会に出向いた口じゃよ。そしてやっぱり田舎に帰ってきた。」

ふぉっふぉっふぉっと陽気に笑うとおじいちゃんは元気に自転車に乗って帰っていった。

もう60になるだろうに元気なじいちゃんだよな。



家に入ると母が待ちわびていた。

腰に手をあて眉をよせている。

「清。この子の身元とかは後回しにするわ。とりあえず貴方のお説教が先ね。」

「あ・・・。」

すっかり忘れてた。

その後1時間ほど正座させられ俺は母ちゃんと父ちゃんのお小言を受けたのだった。

くうぅぅ。足がいてーー。

「ほんっっとうにごめん父ちゃん。母ちゃん。」

平謝りしまくりやっと解放され、俺はやっと夕飯にありつけた。

久しぶりの手料理。


コンビニとか外食が多かったもんな俺。

うまい・・・。


改めて田舎の良さを実感した俺だった。


腹も膨れ風呂もゆったり入り、はあ・・・満足満足・・の俺はさっきからちょくちょく覗いている自分の部屋へと向かった。
呼吸も落ち着いてきて今は穏やかに寝ている少年の元へ。

せめて名前ぐらい知りたい。

ずっと「この子」とか「ぼうず」じゃ可哀想だ。


「なあ・・・お前なんて名前なんだ?」

柔らかな頬をつん・・とつつく。

子供のにおいだ。

側にいるだけで心がホッとするようなそんな感じ。

勝手に漁ってもいいかなぁ?


少年が持っていたかばんを手元に引き寄せ少し考える。

少年の最初着ていた服は黒だった。

黒い半袖のTシャツに黒いズボン。

上下ともピチッとしており多分動き安さ重視の服だろうなと思った。

そして黒いかばん。

うーん黒づくめ。そんなに黒が好きかな?

黒も似合うけど・・・白い肌に映えるけど・・・・でももっと子供らしい服着せたいな。

ちょっくら明日買ってこようかな。




そんな事つらつら考えていた俺はハッと現実に戻って自分の子供時代の服が大量にあることを思いだした。

母がさっきもってきて、よく取ってあったなと思ったのだ。

でもそれでもこの子の為に買ってあげたいような気がする。

どんな服が似合うだろう。

ああ・・・なんでこんな事考えてるんだろうな俺。

もっと今考えないといけない事は沢山あるはずなのに。

例えばこの子の素性とか。

この先どうするかとか。

俺はどうしたいのか・・・とか。


どうしたいんだろう俺。

でもとりあえずこの子が目覚めないと進展はしないんだよな。

ああ・・・違う今はこのかばんを漁るかどうか考えてたんだよ。


どうも思考がぐちゃぐちゃだった。

えーーいもうやけだ開けちゃえっ。


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あとがき

新登場・・というか突然主役をはっている少年。
オリキャラの清和(きよかず)君24歳独身彼女なしっ(笑)
なにが悲しいって今回コナンも快ちゃんも出番がなかった事っすね。
ふう・・次回は目覚めるか?
それより鞄の中にはなにが入っているのでしょう。次回のお楽しみ。
2001.10.24