「うわぁぁぁぁ」
自分の声で目が覚める。
最近こんな事のくり返しだった。
いやな汗が背中をつたい、ぶるっと身震いを一つすると思考が勝手に夢の内容を思い出す。
ふるえが止まらなくなる。
今度は汗のせいなんかじゃない。
自分の体をギュッと抱きしめ、強く目をつむって思考から追い出す努力をする。
かみしめすぎた唇から一筋の赤い物が滴る頃、ようやく震えが止まり、強ばっていた肩を落とした。
水を飲もうと台所へ足を向けると居間のソファに眠る人影を発見した。
「コナン・・・」
自分の布団に入るのを頑なに拒み、こんな所で毛布と布団をかぶって眠る小さな少年。
眼鏡を取ったその顔はとても愛らしかった。
そっと近づくと暗闇に柔らかな吐息が聞こえてくる。
穏やかなその寝顔を見ているうちにだんだんと胸を打つ鼓動が治まってきた。
大丈夫。ここにいる。
だから今度こそきちんと寝なければ。
明日も学校があるのだから。
そう決意すると離れがたいその場を後にし、もう一度汗で濡れた布団へと戻った。
くり返し夢を見る。
嫌な嫌な夢ばかり。
悪夢到来!!! 旅立ち1
怪盗KIDロンドンに現る。
そんな見出しだった。
「なっっなんて事だぁぁぁ」
某警察署の某KID対策本部の某熱血警部は朝っぱらから血管がぶち切れそうなほど力の限り叫んでいた。
周囲にいた人々達はいつものこと・・と驚いた様子一つ見せずチラリと一瞥すらしない。
それほど日常的な光景だった。
一人新聞を広げてその場で大げさによろめいていた中森銀三氏はがくりと膝を折り曲げて地面へとへたり込んだ。
「なんてことだ。」
もう一度今度は力無くつぶやく。
はっきり言ってこちらの方が人々の注目を浴びた。
こんなに弱々しい声をだす銀三は実に珍しかったからだろう。
周りの刑事の視線なんぞ気にもとめず銀三氏はもう一度先ほど目にした記事を読むためにフラリとまるで夢遊病者のように立ち上がった。
自分のデスクはなにやら色々乗っかっていて汚いため、現在だれかの机を勝手に拝借してそこに新聞を置いている。まあいいだろうなにせ銀三はこれでも警部さんというちょっぴり偉い立場なのだから。
『怪盗KIDロンドンに現る』
それが彼のこの奇矯の原因だった。
中森銀三が怪盗KIDの正体を知ってしまってから3ヶ月以上たっていた。
しばらく何故かまったく活動しなかったKIDが、今現在ようやく最愛の恋人を取り戻して幸せの絶頂にいることを銀三は知らない。
お隣の息子同然のくそガキが怪盗KIDである事実は実は銀三氏結構本気で忘れていた。
忘れようと思ったせいもあるのだが、朝時々見かける快斗は以前と同じ笑顔で以前のように陽気に挨拶を交わしていくから。
シルクハットを返してしまった今、あれが本当に夢であったような気がして仕方ない。
それがそれが――――――――――
快斗君・・いつのまにロンドンへーーーーーーーーーっっ(どうやらこちらに驚いていた模様)
ここにもし快斗がいたら「昨日会ったろ中森警部・・」と呆れた顔でつぶやくであろうことは想像するまでもない事だった。
「あー暇。暇暇暇暇ひまぁぁぁぁぁぁぁぁ」
ぽかぽかの太陽が窓から降り注ぎ、眠気を誘う。学校生活で一番気持ちよく、更に地獄だと感じるそんな時間。
窓辺に座る快斗は窓の外を最初は見ていたがそのうち飽き、秘かに呟きだした。
隣の席に座る少女はそんな快斗に眉をよせるとそっと消しゴムのカスを投げつけた。
「うるさい。」
「なんだよっ暇なんだから仕方ねーだろーこらっアホコっ」
「だからうるさいって言ってんでしょバカイトっちょっとは静かにできないのっ」
「んだとーだから静かにわめいてんだろーがよ。」
「心の中でわめけばいいじゃないの」
「それじゃあ俺の気が済まないんだ」
「・・・ばっかじゃない」
「おっやるか?」
「やらない。」
小さくファイティングポーズをとる快斗に青子はヒソヒソ喧嘩をうち切り大きくため息をつくともう一度机に顔をひっつけた。
「そーだ賢明だぞ中森。」
腰に手をあてた数学教師は額になにやら筋を浮かばせて快斗をズズーーンと見下ろした。
「なぁぁんで暇なのかなぁぁ黒羽君?」
「だぁぁってぇぇぇ」
プウッと可愛らしく頬を膨らましてみるが、生憎30代後半妻子持ちのヤローには効果の一欠片も見受けられなかった。
「お前は今がテスト中だと言うことを解ってんのかっっ」
パコンっと持っていたテスト用紙を丸めた筒で快斗の頭を叩く。
「だぁぁってぇぇぇ」
痛くもない頭を押さえ、もう一度同じ言葉をまったく同じ顔で言い募る快斗に教師は頭を振った。
「頭の悪そうな言葉遣いをするな。それよりテストはどーしたコラぁぁ?」
「終わっちゃった。つまんなぁぁい。帰っちゃだめ?」
小首を傾げ上目遣いに可愛らしく聞いてみる。
だがもちろんこの相手には全く通じなかった。これが女性教諭ならばイチコロだったかもしれない。
はたまたおじいちゃん先生でも通じたかも。
だがしかし今の相手はこれだ、残念ながら快斗の作戦ミスだろう。
数学教師はきっぱり言い切った。
「だめ」
今日はテストが三つ。現代社会と英語と数学。
どれも楽勝のうえに、今回は今まで休んでいた分もひっくるめていい点とらないといけないため、珍しく勉強なるものをしてみた快斗にとっては100点とれて当然。スペルミスやら漢字のミスなど些細なことをやらなければオール満点でいけるだろうことは絶対の自信があった。
この数学ももちろんのこと暇にあかせて単純な計算ミスなどやらかしていないか何度も確認したし。
いや1+1が3になってた時には自分の頭疑ったけど、とりあえずこれ以上見直すとテスト問題自体のミスなどを発見しかねない←それはさすがに先生に失礼だろう。
そして今は数学のテストが始まってからまだ20分しかたっていない。
あと30分もある。
「暇ぁぁぁぁ」
未だ一問目で躓いている哀れな生徒もいるというのに実に腹立つ人物である。
それに教師の方も呆れていいやら感心していいやら複雑なところで、とりあえず解答用紙を覗いてみた。
「・・・・・」
あってる。
こんなおちゃらけたおバカさんが何故頭脳明晰なんて伝家の宝刀を持っているんだ?
世の不思議である。
「見直しはしたのか?」
「もう5回もしちゃったよーーー。これ以上見直すとなんか合ってるとこまで書き直しちゃいそうでやめちゃった。」
5回・・・一体何分でこのテストを終えたのだろうか。
十数年の教師生命の中でこんなに出来の良い生徒を目にしたのは初めてだった。
あまりの出来事にクラクラする額をおさえ目の前で暇暇コールを小さな声でする元気いっぱいな少年を見下ろした。
大きな瞳は明るく輝きクルクルはねたくせっ毛と柔らかそうなほっぺと共に子供らしさを引き立てていた。いじけたように唇をとがらせ上目遣いで「先に帰っちゃだめ?」と尋ねられ思わずいいよと答えてしまいそうな愛嬌を兼ね添えたこの少年は、ここ最近職員室で話題の的になっていた。
4ヶ月学校を休んでいたのだ彼は。
とは言っても途中何日か幼なじみだという中森青子につれられ学校に来てはいたものの、青ざめた顔でとても見ていられないほど意気消沈していた。
同じくそのころちょくちょく休むようになっていた白馬探と小泉紅子がなにかしら関わっていたのは周知の事実であるがとりあえず周りは気付かないフリを決め込んでいた。
青ざめた表情で授業をボーーと眺めていたその彼が携帯電話の連絡により突然学校を飛び出して行くこともしょっちゅうだった。
それをフォローしていた中森青子もきっと少しは関わっていたのだろう。
そしてほんの1週間前登校してきた彼は以前と同じ・・いやそれ以上に元気な姿を見せるようになった。
あまりの豹変に特に担任などは何事かと何度も家庭訪問と個人面談をしたらしいが、詳しい事はよく解らなかったらしい。
「戻ってきたんですね」
白馬のその言葉に小さな笑みで
「ああやっとな。いろいろありがとな」
と答えていた快斗の姿は沢山の人が目撃している。
彼らの会話の意味は分からないまでも、その時の快斗の涙をこらえるような柔らかい笑みと、以前より少しだけ砕けた雰囲気の二人の様子に誰もそれについて質問することが出来なかったという。
それは他人が立ち入ってはいけない領域のものであると無意識ながらも感じ取れる何かを二人が発していたからかもしれない。(もしかすると紅子の仕業かもしれないが)
ブーブーブー
「うおっ」
多分携帯のバイブだろう快斗が慌ててポケットに手をやり取りだした。
「あっごめん先生俺廊下でるっ」
画面を見て目を輝かせた快斗は返答も聞かず速攻その場から消えた。
「はいっっ俺ですっっっなになにっっコナンちゃんっっなんのよぉーー。」
実に嬉しげな声が廊下から響いてきたのはそれから1秒にも満たない間のことであった。
す・・すばやい。
それに呆気にとられつつも自分のテストで手一杯の生徒達は面白げに快斗の明るい声をバックに試験に励むのだった。そんな中今の快斗の元気っぷりに一役買った白馬、青子、紅子の三人は呆れた目をげんきんな彼に向けた。
(本当に困ったひとね)
(本当に困った人ですね)
(まったくもう。困った奴っっ)
三人とも同様の考えを抱きつつ口元に押さえきれない笑みをうかべると楽しくもない数学を楽しい気分でとき始めた。
「えー今?暇暇っっもー暇すぎて死んじゃうかと思うくらい暇ぁぁぁ」
わりぃもしかしてまだテスト中だったか?
そう聞く最愛のらばーに快斗は見えないと解りつつも手をふって答えた。
押さえても押し殺しきれるはずのない歓喜の声は廊下中に響き渡ったが気にする様子もみせない。
目に入れても痛くないどころか快感を感じてしまうだろう程の快斗の愛情を注がれている相手江戸川コナンはそんな快斗に苦笑しつつ尋ねた。
『テスト終わったのか?』
「うんっなんか7、8分くらいで終わっちゃってさ。」
『・・・・マークシートか?』
「まっさかぁ。なんで?」
『何でもねー』
よもや速記大会である。
どれだけのスピードで解いたのかも気になるがどれだけのスピードで答えを書いたのかも気になるところ。
今更ながら常識はずれの頭脳と技をもつ快斗にあきれ果てて声もでないコナンに快斗はおや?と小首を傾げた。
「そう?それでっどうしたの?はっもしかして俺の声が聞きたくてっっとか可愛いぃぃぃい事言ってくれちゃったりなんかしたり・・・しませんよねはい・・。」
電話の向こう側から冷ややかぁぁぁな空気が流れ込んできたのを感じあわててテンションを落とす。
『その様子だとお前今朝の新聞見てないだろ?』
「朝刊?あーーそういや今朝はそんなもん読んで勉強した記憶吹き飛んだらどうすんのっとか母さんに言われて珍しく見てないなー。」
そんな簡単に吹き飛ぶような記憶もってないけどねーあははは。爽やかに教室内で未だテストを受けている生徒に喧嘩をふっかけるような事をいうと快斗は教室の窓をちょっぴり覗いてみた。
中からは先生やら生徒の興味深そうな視線がちらほらとこちらに向かって注がれていた。
「うーん見たいけど新聞かばんの中なんだよなー。」
後30分・・正確には24分またねば手に入らない。
『まさか教室追い出されたのか?』
「まっさかぁ自分で出たんだって。あんまり暇だったしね。丁度よくコナンちゃんから電話かかってきたからチャンスっっと思って。そっか新聞読んでりゃよかったんだ。」
テスト中新聞を読む高校生男子というのも珍しかろう。
それを想像したのかコナンは呆れ顔で額を押さえた。
「なに?なんか楽しい記事でものってた?」
『まあな。ちょっと興味深い記事が・・な。』
「どんな?」
「これじゃないですか?」
うっっわひゃぁぁぁぁ
突然空いている左耳に耳打ちされ快斗は文字通り飛び上がった。
こ・・・こいつっっ今回はマジで気配感じなかったぞっっ。腕あげたか?
そんな事を考えているとはつゆ知らず左に立つその男はにっこり笑うと手に持った新聞を快斗に手渡した。
「はい黒羽君。」
「わり・・ってかお前テストっ」
「終わりました。」
テスト開始から約30分。廊下の会話が気になって仕方なかった白馬は慌てて全勢力を込めてテスト問題に挑みなんとか残りのテストを5分たらずで終えてきた。
一問くらい計算ミスをしているかもしれない。
だが今の白馬にはそれはどうでもいいことだった。
今朝から気になって仕方なかったこの事実をこの耳で確かめる事ができるのだから。
『なんだ?白馬もいるのか?おいっ快斗っっ』
素っ頓狂な叫びを最後に反応の無くなった携帯電話にコナンは怒鳴りつける。
微かに別の人の声が聞こえ、しかもそれによって快斗が驚いたと言うことは、快斗にとって知らずに側に近づいても気付かないほど身内、はたまた気を許している人物ということだ。
そんな人物でコナンが知っているのは快斗の幼なじみの中森警部の娘さん、それとクラスメイトの怪しい魔女だという少女、そしてあの自分と同じシャーロキアンの白馬の三人のみだった。
まだテスト中だと言うことを考慮して今廊下にいるのは多分白馬だろうそこまで即座に割り出していた。とは言ってもコナンにとっては考えるまでも無いほどに簡単な推理であろうが。
「うはービックリした。うんそう白馬。なんか新聞もってきた。って・・・ん?ん?んあぁぁぁぁぁぁぁぁ?」
コナンの怒ったような声に慌てて離していた携帯を耳に当て快斗は手渡された新聞にゆっくり目を落とした。
新聞のトップ記事はドドーーンとある写真が貼ってあった。
それはもちろん快斗の度肝を抜くのに十分なものが。
「だからかー朝からなぁぁんか白馬の視線感じるなぁと思ってはいたんだよね。あーなるほどなるほど。よかったー俺もしかして愛の告白?とか思って焦っちまったぜ。」
「黒羽君・・・」
まさか自分の疑うような視線をそう受け止めていたなんて、と白馬は額を押さえてよろめいた。
「なんだよーだってお前ずぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっと俺の事目で追ってたんだぜ?今頃クラスの女子達は白馬君ってぇもしかして黒羽くんにラブラブぅぅ?なんて噂してんじゃねーの?」
「えええっっ誤解ですっ全くの誤解ですっっ皆さんそんな事考えてはいけませんっ」
慌てて教室の扉を盛大に開き大声で叫び始めた白馬。
テスト中の人々にとって実にはた迷惑な話である。
だが皆さん人が良いのか、会話が聞こえていたせいもあり白馬には同情的だった。
「白馬だれも誤解なんかしてないからとりあえず静かに。」
「あ、はいすみません取り乱してしまって」
でもっっそれでもきちんと誤解をとかねば僕は明日から学校にこれませんっっ
涙ながらに訴える白馬に教師は苦笑してしまい、とりあえず廊下へと追い出す。
「はいはい。それはテストが終わってからいっくらでも主張していいからな?今は皆テスト中なんだちょっと外で待っていなさい。」
「はい・・・」
うううう・・・。うなだれる白馬をきっと誰もがお気の毒にと思っただろう。
『・・・快斗。白馬いじめて楽しいか?』
「とおおおおっても♪」
『そうか』
いつも快斗を苛めて憂さ晴らししているコナンは人の事をいえないのでやれやれとため息をつくだけにとどめておいた。
「しっかしなーなんでロンドンにぃぃ?」
『そうそれそれ。見出しはこうだろ?『怪盗KIDロンドンに現る』。それだよ俺の言いたかった記事は。今までだって何度か偽KIDは出たけどそのたんび捕まっては『偽物現る』の見出し飾ってたよな?それが今回はどうだ。本物と完璧に間違えられてるぞ』
「どうだって。えーこれがKIDおおお?ハッキリ言って写真遠すぎる上にピンぼけして白い物体にしか見えないぜ。それに本物のほうが何というかこう・・気品見たいなものを感じるね俺は。うんうん。」
一人自分を褒め称える快斗にコナンはバカイト・・と額を押さえる。
『・・そう言う問題か・・』
「えーー。んじゃうーん・・・頑張れロンドンの警察さんって感じ?」
『・・・他力本願でいいのか。そう言う事じゃなくって自分でなんとかする気はねーのか?』
「えーだってさー別に人殺してるわけじゃないしぃ」
『・・・・・・・・だといいけどな。』
「え?」
『先週からそいつ現れてるんだ。ロンドンの情報だからキャッチするのが遅くなったんだろうな。それで丁度そこらへんうろついてた父さんが向こうの新聞ファックスで送ってきた。』
うろついてたってあんた浮浪者のように。しかもそこら辺ってあたりなんかロンドンすらも自分の庭よ・・・って感じさすがお金持ちさん。っちゅーか神出鬼没な人だねーコナンちゃんの親父さんも。
そういろいろと思いつつも真剣な声音のコナンにつっこむわけにも行かず相づちをうつ。
「それで?」
『今まで宝石4点盗んでいる。全てビックジュエルだ。』
「うん。」
『それだけならいいんだが、盗みに入られた家の住人が殺害されている。偽KIDの犯行と同じ日にな。』
「・・こいつの仕業ってか。」
『可能性は高いな。』
「とするとこいつは本物に罪着せる気か」
『かもな。警察だってバカじゃねーしちゃんと偽物の場合も一応考慮に入れてるだろうけど。中森警部あたり今頃泣き暮れてるんじゃねーの?』
「あれ昨日の事件だろ?俺昨日警部にあったぜ?」
『そんな事忘れてるって絶対な。そんで『快斗くーーんいつのまにロンドンへーーー』とか叫んでたりして』
「あはは・・・・ありえそうで笑えねー」
力無く笑ったあとガクリと側の壁に額をひっつけた。
『とにかく、だ。お前こんな事態を放っておいていいのか?』
「っと申されましてもねー俺にどうしろと?ロンドンまで行けってかぁ?旅費なんて俺ないって」
『そんなあなたに大チャンス』
棒読みの様な一本調子の声音で言われても呪いの言葉にしか聞こえない。しかも言ったのがコナンなところが実に怖い。
「なんか嫌」
『なに言ってんだっ。いーー取引だぞ』
「・・・一応聞いとく」
じゃないと後が怖いしね。
しぶしぶ耳をかたむけた快斗にコナンはいともあっさりといった。
『お前工藤新一になれ』
「はぁぁぁ?」
『お前なら出来るって俺が保証する』
本人が保証するんだから心強いだろ?なんて言われたってまったく嬉しくもなんともない。
「いや保証されても困るんですが」
『いいぞー俺になればタダでロンドンへ行けるぜ』
なんで新一になったらタダで行けるのかわからないが、
熱心に勧誘するコナンになにか裏がありそうで危険への第一歩といった気がする快斗。
「タダより怖い物はないってことわざ知ってる?」
『立ってる物は親でも使えっ使えるもんならなんでも使えば良いじゃねーか』
どうも慣用句の使い道を間違えているような気がするが、今はそんな事を突っ込んでいる場合ではないので快斗はひたすら否定の言葉を述べる。
「リスクが怖いです(涙)」
涙ながらに訴える快斗の言葉にコナンはまたもあっさりと言ってのける。
『ないない』
あまりにあっさり過ぎてやはり怪しさしか湧かない。
「嘘だっっ信じないぞっっっ!!」
首をぶんぶん振って力説をしてみるとコナンはそれ以上食い下がるでもなく簡単に引いた。
押してもダメなら引いて見ろ。
まさしくそれだったのかもしれない。
そしてそれはこの場合一番効果的な手だった。
『じゃぁ俺だけで行く』
「・・・・・お供させて頂いてもよろしいでしょうか?」
快斗は恐竜の口に頭を突っ込むような気分で頬を引きつらせ申し出た。それに対するコナンの態度はいかにも偉そうで、
『よきにはからえ』
「ははあーーー」
快斗はもうやけになっていたのかもしれない。ひたすら見えない筈の相手に頭を下げタダで海外へ連れていって下さる親切な方ありがとう・・とやっていた。
本心がそこから月よりも遠く離れたところにあるのは疑うまでもない事実だが。
『じゃあ飛行機も宿もこっちで用意するから後細かい事はあとでな』
「は・・話がスムーズ過ぎて怖いのですが」
『まだ言うか』
「だってめんどくさがり屋さんのコナンちゃんが・・・宿の手配?飛行機のチケット?まっさかそんな事するわけ―――――」
『当然するわけない』
きっぱりと言い切るコナン。
俺がするわけないじゃん?
当たり前だろといった様子だ。
「・・・・・・・・・えっと・・それじゃあ」
『俺が用意するわけじゃないから安心しろ』
「余計安心できんわぁぁぁぁぁ怪しすぎる・・胡散臭すぎる。事件のにおいが漂ってくるような、渦中に巻頭から突っ込んでいくような・・やだやだ兎に角なんか嫌な予感がするぅぅ」
『被害妄想じゃねーの?』
シラッと言ってくださる事件引き寄せ体質の少年に快斗はしくしくうなだれた。
どうせ自分も付いていくしかないのだ。
一人でなんて危なくて行かせられない。
どこかの危ない親父にでも拉致監禁されたらどうすんだっそんな羨ま・・いや可哀想な事想像するだけで・・・・・(想像中)
許せんっっっっ。
一体何を想像したのか想像のだれかにゲシゲシと足蹴をくれ、やはり自分が付いて行かねばっっと快斗は改めて決意するのだった。
「とりあえず詳しい事は後ほどじぃぃっくり聞かせてようコナンちゃん。そんじゃまた後でな。」
『ああ。あっそうだ家帰るまえに俺ん家寄ってくれ。俺そこにいるから』
「え?」
勝手に一人で行動をすることをコナンに禁じていた快斗は自分との約束が破られたのを知り目の前が真っ暗になる。
「なんで一人で・・」
『違うおばさんも一緒だから一人じゃねーよ。大体そろそろ読む本も無くなって暇でしょーがねーんだって。んで来てみたら父さんからのファックスが溜まってるじゃねーか?なんだと思ったらKIDが見出しにのってて慌ててお前に電話したってわけ。解ったか?』
黒羽家の新聞は今現在快斗のかばんに入っている。
だからコナンが今日の新聞の話題を知っていたのはてっきりテレビで見たのだろうと快斗は思っていた。
だが、どうやらだれもいない工藤家に届けられた新聞をみたらしい。
そしてもっと詳しいことが書いてあるロンドンの新聞を照らし合わせて今現在日本中の誰よりもこの事件に関する内容を把握しているのだろうと思われる。
だが今そんな事より快斗はコナンの行動のほうが気になってしかたないのだ。
「だって俺が帰ってからでもいいじゃんっなのにっ」
『まあな。でもなお前そろそろ俺離れした方がいいぜ?いい加減そのトラウマどうにかしろよ』
あまりに確信をつかれ快斗は微かに端正な顔をゆがめた。
トラウマ
それは前回のコナン記憶喪失事件による後遺症。
当の本人のコナンは全く以前通りなのだが、コナンを失うかも知れないという衝撃を受けていた快斗はあまりの恐怖に今も夜中飛び起きてしまう。
そして傍にコナンがいるのかきちんと自分の目で確認しないと眠りにつけない。
そんな日々を未だに繰り返していた。
それがコナンが一週間も快斗の家にひきっこもりしている原因だった。
もし自分が目を離した隙にまた何かが起こったら・・・そんな恐怖にさいなまされている快斗のために、目の届く範囲でしか行動出来ない。
もちろんコナンもそれだけ心配をさせたという自覚はあるせいか最初の数日は大人しく快斗の傍をうろちょろしていた。
だがさすがにそろそろ良いだろう?と言いたくもなる。
おかげで学校にも行けず(まあ行けなくても困らないが)外出許可もおりないため、ひたすら家の中で本を読むかテレビを見るかダラダラするか・・しかない。
そんな天国のような生活は確かに夢のように楽しいものだったが、そこはそれ、お祭りは毎日続くと飽きるものなのだ。
いい加減本ばっかり読むのも疲れた。ハッキリ言って体はなまってくるし、事件には出会えないし、自分がとてつもなく怠惰な人生を送っているような気がして焦燥感を感じる。
やらなければならない事は沢山あるはずだ。
きっと外に出ればまたなにかしら事件にぶつかってしまうのだろうけれど、それはきっと自分が引き寄せているというよりも、事件が自分を呼んでいるからだとコナンは都合良く解釈していた。
事件が自分で無ければ解決できないと判断して自分をそこへと巡り合わせてくれるのだ。
だからこそ、今ここでこうしている間にも本当なら自分が出逢うはずだった事件が未解決のままどこかに葬り去られているような気がして仕方がない。
もちろんそんなコナンの気持ちに気付いてはいるものの、快斗はどうしてもコナンから目を離すことが出来なかった。怖いのだまた失う時がくるのが。
それが快斗のトラウマ。
本当なら学校にも行かずずっと家でコナンの傍にいたい。だが、それはコナン自身が許してくれなかったため、大人しく家で母と待っているという条件の下しぶしぶ学校へ通っていたのだ。
なのに・・・約束を破った上に反対に責めるなんてひどいやコナンちゃん。
『とりあえずお前が来るまでここで待っててやるからさ。さっさと来いよ?』
「わかった。」
悲しいというよりもぶすくれた声音の快斗に苦笑を返すとコナンの電話はすぐにプチっと切れた。
ツーツー無情にも速攻切られた携帯にコナンらしいなと笑いつつ快斗は余韻を楽しむ。
なんだかんだ言ってコナンが電話を掛けてくること事態実に珍しいのだ。
しかもほっといても1時間もたたないうちに会えるというのに電話をしてくれた。
心配してくれたのかな?
そう思い快斗は約束を破られささくれ立った気持ちをやわらげた。
そんな彼の視界の隅っこに映っている筈の白馬の事はきっと今の快斗にとっては道ばたの石にも等しい存在だったのかもしれない。
未だ涙していたその哀れな人物ははへたりと壁によりかかり、恋心話の否定の言葉をぶつぶつ呟いていた。これから喋るための予行演習だろうか。
諸悪の根元はそんな彼の隣で携帯片手に小さな幸せをかみしめているというのに。
「快斗怒ってた?」
「うーんなんかぶすくれてた。」
携帯の電源を速攻切ったあと、コナンは背後でハラハラと待ちかまえていた快斗の母を振り返った。
「あらま、予想通りの態度だこと。コナンちゃんに怒ったりはしないわねあの子。」
「たまにするけど?でもまーまず怒らないね。」
「甘いもの。」
肩をすくめたまだまだ若いと言っても通じる女性にコナンは苦笑を返すともう一度手の中の携帯を見つめた。
あの事件後快斗が新たに買ってきた携帯。
最新機種とか言っていたがコナンはハッキリ言って携帯は通話できればなんでもいいのでもったいないと思っていた。
同じ機種の色違いで、快斗がパープルでコナンがネイビーブルー。
瞳の色と同じぃぃと快斗が嬉しげにコナンに渡してきたのだ。
「でもね、今回はちょっと困ったわよね。快斗ってばコナンちゃん離そうとしないんだもの。さすがに私も切れちゃったわ。」
今回工藤家へやって来たのはこの人の提案だったのだ。
説明するのがめんどくさかったので快斗には適当に言っておいたが、真実はちょっとちがう。
朝方コナンの父、工藤優作から電話が掛かってきて「ファックスを見ろ」と言われ、首を傾げつつも後で快斗と行こうかな・・と思っていたコナンに、「良い機会だからこのまま二人で行っちゃいましょ」とあっさり述べたこの女性。
やはりコナンの予想通り快斗の態度にブチ切れ寸前だったもよう。
まあ確かに俺もそろそろこの生活に飽きてきたしなぁ。
なんと言っても快斗がコナンをずっと家から出そうとしないわ出掛けたとしてもまるでペットのように厳重に管理しているような節が見あたりかーなーりーご立腹だったこの母。
コナンちゃんは立派な一人の人間なのよ。
自由に生きる権利はきちんと持っているのよ解ってるのそこのところっっっっ。と切れかけたのも一度や二度ではない。
それに対してコナンの鷹揚(単なるものぐさ)な態度。感動にあたいする。
「いーい?コナンちゃん快斗が怒ってきたらおばさんの後に隠れなさいっ。おばさんがピシッッと快斗を絞めてあげるからね」
「おばさん。俺こーみえてもあなたの息子と同じ歳なんですが」
「だぁってぇぇ。快斗ってば昔っっっっからかわいげなくってーーコナンちゃん可愛いんだもーん。ねっねっおばさんの前では可愛い子ブリッコしててねっ」
正々堂々とこんな事を言われたのはコナンは初めてだ。
まさか正体を知っていながらこんな事を言う人間が現れるとはな・・・ちょっぴり遠くをはかなげに見つめてみる。
「でもその分快斗には思う存分本性みせちゃっていいからね」
「とか言ってそっちが本音なんだよねー。結局おばさん快斗の事とても大事にしてるんだよね」
優しい声音のコナンに母はあらっと舌をだした。
「お見通しってわけね。」
「まあね。快斗は誰に対しても嫉妬深いからね。ま、気を付けておくよ。」
人間だれしも特別扱いというものは嬉しいものである。それが自分にとって特別な相手ならなおさらだろう。快斗にとってはコナンが気を許してどんな我が儘も言ってくれるそんな特別な態度をとってくれるのは最高に幸せなことなのだ。ぶっきらぼうな物言いも、自分の前でだけだと思えば可愛く見えてしまう。だからこそ母は自分にはプリッコを見せていかに快斗が特別かを気付かせてあげたいのだろう。
ま、いいけどね。そんな事を思うコナンも実は快斗に甘いのかもしれない。
「んじゃ快斗にも了解もらったし、早速父さんに連絡いれとくか」
了解をもぎとった、もしくは脅し取った事は忘却の彼方においやって、コナンはもう一度慣れない携帯を手にしたのだった。
小説部屋 Next
お久しぶりです。
ようやく『約束』の第二弾をアップする事が出来ました。
とんでもなく話が進まないです。
区切りがなかったので今回は長々と。
またもや長編になるでしょう。予想ではなく宣言です(笑)
By縁真(えんま)
2002.6.2