悪夢到来!!!  偽者現る3


Jrの言葉に元警備員・・快斗は眉を寄せた。
なんなんだ突然に
『覚えていないでしょうが。あなたが小さな頃一度だけ会った事があるんですよ。』
『・・・・』
訝しげに眉を寄せる快斗を気にした様子も見せず笑うと
『ああ。この姿では失礼でしたね。』
冷たい強い風の中白いマントをはためかせながらもお互い培ってきたバランス感覚で屋根の小さな足場に立っていた。
だが白いマントをフワリと浮かばせ、快斗の視界を遮った次の瞬間目の前には予想外の人物が立っていた。
黒いシャツと黒いロングスカートに包まれたしなやかなボディー。
深いスリットから覗く驚くほど長く、夜空に浮かび上がるほどの白い足。
豊満な胸を自慢げに反らした、背の高いスラリとした体型の女性が妖艶に微笑んでいる。
怪盗KIDとは対照的に黒で統一された服装は実に洗礼されていて見事なものだったが、残念な事に目元につけた舞踏会にでも出るかのような怪しい仮面のせいで台無しとなっていた。

『・・女性でしたか?』
『さあ?私は変装の名人ですから。この姿では初めましてJr。』
金の絹糸のようにサラサラのロングの髪を風になびかせその女性は懐かしそうに目を細めた。
分からない・・嘘か本当か・・・。
Jrと言うくらいなのだから先代の怪盗KIDが父であることを知っているのかもしれない。
だが迂闊にそんな事を認めるわけにはいかない。
快斗は至って動揺を見せないようつとめ、目の前の女性にいつもの貼り付けたような冷たい笑みを見せた。
『申し訳ありませんが貴方のお名前を教えていただけますか?』
『あら教えてなかったかしら?ごめんなさいね。私の名はナイトメア。そう呼ばれているわ。』
『ナイト・・・メアですか。』
『ええ。意味はそうねあなたのお仲間にでも聞けば教えてもらえるでしょう。それより、あなたの名を語ったことお詫びするわ。KIDの名を汚す気はなかったの。』

『なかったと言われても私の名で殺戮をおかされてはとても素直に聞き入れる事のできる言葉ではありませんね』
『やだっ違うわ。あれは私とは別件。KIDの名を利用して犯行を犯している者が他にもいるのよ』
『・・・・』
『って・・信じてないわね。まあ仕方ないけれど。私の目的は殺すことではないの。ただ、この姿が一番彼らに恐怖心を植え付けられるから。だから借りただけ。』
『恐怖心?私は人に害をなさないのに?』
『ええ。彼らにとってこの姿は鬼門。何よりも怖ろしい対象。』
『それは過去私に何かをされたか何かされるような事をしかけた・・・そう言うことですか?あいにく私の記憶にはありませんけど?』
父さん一体過去になにやったんだ?
それとも何かされたのか・・

『あなたにはないかもれしないJr。でもその記憶は彼の人が持っている。
約束を破って一人さっさと旅立った彼の人が・・・
石が欲しかったわけではない。彼らへ夜に怯える心を植え付けたかっただけです。ナイトウィザードの名を借りて』
『夜の・・魔術師?約束?』
『ええ。世間では彼を犯罪者番号にちなんでKIDと呼んでいるようですが。あれは彼が付けた名ではありません』
とは言っても面白がってその名を使ってましたけどね。
彼らしい。とつぶやくその姿は確かに父を知っているようで快斗の心は揺らぐ。

『彼は私の尊敬するただ一人の人間でした。弟子にしていただきたくて何度も頼み込みました。まあ弟子にして貰う事は結局永遠に叶いませんでしたが。
諦めの悪い私は何度も通い詰め最後には彼を根負けさせる事に成功しました。』
若い頃のナイトメアが父に頼み込む姿がありありと想像でき快斗は目を細めた。
俺はなんの疑問もなく父に手品を教えて貰っていた。
それをこの人はどう思ったのだろうか・・。
っておいおい信じたのか俺っっ
ナイトメアの表情と過去を懐かしむ口調に何故かシミジミしてしまった快斗は心の中で頭をブンブン振り回した。


『ですが、あいにく弟子にして貰う前に彼は旅だってしまった。5年待ったのに・・・。彼に追いつくため。彼の横に立つためだけを思って必至で生きてきたというのに・・・』
横顔は哀しそうで、亡き人を語る口調はしめやかで空気が重い。
だが、ここで信じるわけには行かないのが快斗だ。
自分はKIDであり、二代目だと自ら名乗るような真似は絶対にするわけにはいかない。
この目の前の人物を認めてしまったらそれを認めるのも同じ事。
それに、父がこの女性を弟子にする約束をしたなんて考えたくもない。
昔ある大女優に変装技術を教えた事があるのは小さい頃聞いた母の自慢話に出てきたから知っている。
だが、犯罪者予備軍にそんな犯罪に使い勝手のよい手品を教えるはずがないのだ。目の前の女性がどんなに美人であったとしても父がそんな誘惑にひっかかるとは思えない。
だがしかし、ナイトメアの言葉を信じるならば、弟子にすると言ったのは父の意志でこの女性になら技を教えてもいいと思ったとしか考えられない。
そんなのは俺が嫌だ。
父さんの弟子は俺一人でいい・・・




『残念ながら私はJrと呼ばれる理由に思い至らないのですが』
疑うような瞳を受け、ナイトメアは緑の瞳を大きく開いた。
『・・・そう。』

沈鬱した表情に心は痛むがすぐに顔をあげ開き直った様な顔を見せられ快斗は苦笑した。
『そうね。こんな話簡単に信じるようでは警戒心が薄すぎよね。彼の息子としては合格ラインギリギリってところかしら。まあいいわ。今回あなたと話したかったのは昔話ではない。これからの話よ。』

突然の砕けた口調にも驚いたが、話しかけてきた理由にも驚いた。
単にKIDの正体を見破るために話かけてきたわけではないらしいナイトメアに快斗の緊張はぐっと高まる。

『これからの話ですか。そうですね。貴方はどうやら石を一週間で返す癖がおありのようだ。ただいらなくなった訳ではなく、必要性がなくなったから。ですか?』
まるで自分のようだ。
『なんでそう思うのかしら?』
『ただの感ですよ。一週間経たないと分からない何かがあるのでしょうね。まあいいです。私には関係の無いこと。これより先私の名を語らなければ私は貴方と関わる気はありません。』
即座に「これから」は無いことを強調する。

『あら寂しい事を。こんな美人を前にしてそっけないわね。』
確かに自慢するほどの美人だ。
マリアとメアリという美人姉妹をつい先ほどまで見ていた快斗ですら見惚れるほどの顔の造作にプロポーション。それにあの二人より高い背から溢れる自信みなぎるオーラ。
モデルですと言われたら納得するだろうと言うよりも一般人と言われた方が納得できないほどだ。
『それはそれは、申し訳ありません。』
『本当よ。でも許しちゃう。あなた私好みだしー。ねっ今夜あたりどう?』
カモーンと指先で誘われてしまった。
美人の誘いは嬉しいが、ついさっきまで真剣な話をしていたとは思えないナイトメアに快斗は足をカクリとさせそうになった。

『・・・あいにく私には心に決めた方がいますので』
『もしかしてお稚児趣味?』
どこで見ていたのかコナンの事を指しているようだ。それに苦笑を返しまさかと言うと
『とても素敵なレディーですよ。恋しさのあまり夜も眠れないほどの。』
うそは言っていない。パンドラという求めて止まない美人さんだ。
『まあ。羨ましい。とか言ってそれってあれでしょ?月夜にしか光り輝かない罪深い宝石パンドラ。』
どうやら知っているらしい。
『おやおや。ご存じで?それを手に入れるまでは月夜は楽しいものと感じる事ができないでしょう』
ただ辛い思いしか浮かばない。
『って事はー今はフリー?』
キラリと輝くナイトメアの瞳。それは獲物を狙う野獣の瞳にしか見えなかった。
『さあ?』
ここでコナンの名を出そう物なら憤慨するかコナンになにかしかけそうなので決してそんなそぶりは見せない。
美人が怒ると怖いからねー。
もしそんな事になってコナンに「別れてやるーー」なんて言われたらどうしてくれる?
この世でたった一つの俺の光なのに。
『まあいいわ。そのとぼけっぷりもあの人そっくりだし。困った事にそんな所が気に入ってたりしたのよねー。でもねー妻と子供が居ることくらいさっさと言って欲しかったわよね』
どうりで何度迫っても落ちないはずよ。頬を紅潮させ唇をとがらす。
父さん気持ちは分かるけど・・・
教えたらもしかすると俺誘拐されてたかもしんねーし。


『まだまだ時間は沢山あるしね。そのうち落してみせるわよ。今回はこれを言う為にここまで誘ったのよ。』
頬にへばりついてきた髪をうっとおし気に後に受け流し、
『私と手を組まない?』
『はい?』
さっきまでの親しげなムードとうって変わって空気に緊張が再び走った。
どうもペースが相手に掴まれているうような気がして快斗は内心舌を巻く。
冷たい冬の夜の空気が息もできないほどにピンと張りつめてくる。
それはナイトメアから発されているらしく、快斗はこの言葉が冗談なんかではないことを感じた。
『正確には私の属する組織への勧誘よ。あなたに不利な条件ではないはずよ。』
『結構です』
『そんなつれない事言わないでーー。資金源はかなり豊富だしーでもまー湯水のように使う程はないけどね、情報も普通より良い物を早く手に入れられるしー後はーうーん美人のお姉さんと一緒に夜空の散歩までできちゃう特権付きよ?』
最後はともかく魅力的なお誘いだ。
だがメリットがありすぎて怖いじゃねーか。
『デメリットは?』
『わざわざ教えると思う?』
そりゃそうだ。
『これは純粋な好意がほとんどだから貴方が不利になるような事はそうないはずよ。組織と言っても怪しい組織じゃないし。』
『そうですか。ですが私の一存では決めかねますので仲間と相談してから・・ではいかがでしょう?』
っつーかそんな怪しげな事断るに決まってるだろーがっっなんて顔は一切ださず、
提案をだす快斗にナイトメアは満足気に頷いた。

『ええ。もちろんいいわよ。それじゃあまた今度。それまでに決めといてねJrっ』

自分の愛用らしい小道具を取りだし何処にでも良そうな人の良さそうなおじさんに変装して屋根の上から飛び降りた。
じゃあねと飛び降りざまウインクとともに投げキッスを残し彼女は優雅に去っていった。
「おっさんになってから投げキッスはやめて欲しかったぜ」
げんなり顔の快斗を残して。

「おっしいなーコナンちゃんいなければグラっときたかもー」
屋根の上に残された快斗はそんな事をのたまう。

それくらい美人だった。
でも最愛のラバーのがずぅぅっと可愛い♪
あれ?そう言えばなんでコナンの事知ってたんだろう?
事前に俺にチェックを入れてたって事か?
それって俺の正体がばれてるって事になるよな?
そうだとすれば、それだけの情報源を確保しているという証拠だ。
(やっかいな奴がでてきたな・・・)
メリットとデメリット考えて見るまでもなくメリットが大きい。
だがそれと比例して怪しさも増す。


(父さん・・昔の女の整理はちゃんとしといてくれよ)

夜空に浮かぶ満月に父の顔を思い浮かべ、失礼な事を考えてしまった。
そんな快斗を一体だれが責められるだろうか。







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