悪夢到来!!!  エピローグ1

一室にはサーカスの団員である、ボール、カバ、ピエロ、マリア、メアリ、アリスの6人と、
家主であるマーシェリー氏、それにコナンと新一へと姿を変えた快斗がそろっていた。
すべての事を話し終え、一息ついた彼らは喉を潤わせるべく上品な香のする紅茶を一口含んだ。
大きなソファーに体を埋め込み彼らは誰ともなしに口を閉ざし次なる会話が始まるのを息をひそめ待っていた。
そんな中、最初に口を開いたのは快斗だった。
優雅に立ち上がるとマーシェリー氏に向かって深々と頭をさげた。

『お騒がせ致しました』
コナンと快斗を見比べ見当つけたのだろうマーシェリー氏は穏やかな笑みを浮かべた
『君が・・・モリスだったと言うのだね工藤新一君。』
『はい。騙していた事、深くお詫び致します』
『いや、そんなにかしこまらなくとも、君は・・君たちは私を守ってくれていたのだろう?』
『そうですが・・』
『時に彼は・・・本当の名はなんというのだね?』
『彼・・というと・・』
チラリと向けられ視線にコナンはピクリと顔を上げた
「く・・江戸川コナンだよ」
青い瞳が紳士に老人の目を見つめた。
本当の名―――――その響きにうっかりつるりと口が滑りそうになった自分が怖いとコナンは思う。
「そうか」
一瞬のやるせない表情を見取ったのかマーシェリーはそれだけ呟いた。
そして色々な考えを振り払うかのように軽く頭をふった。

『君たちには迷惑をかけたからな聞く権利がある。何でも聞いてくれ。答えられる事ならば全て答えよう。』
さあとうながされサーカス団の団員は顔を見合わせた。
突然に言われると困ってしまう。
それに意を決したように実質の最年少の少女が元気良く右手を挙げた。
『じゃ・じゃあアリスから一つだけ質問させて下さいなお祖父様』
どうぞと視線で促され口を開く
『お祖父様とKIDはお知り合いですの?』
!!!
見事に全員が持っていた疑問を突いた
『そうだな・・・なんとも言えないがKIDの知人というよりKIDだったかもしれない人と親しくしていたのだよ』
その言葉に場にいたほとんどの人間がハッと息を飲んだ
『それって・・・』
『君たちも知っているかもしれない。彼は有名だったからな。彼の名は盗一、黒羽盗一。東洋の天才マジシャンとして世界に名を馳せていた。』
どよめきが場を支配する。
なにを隠そう一番驚いたのは快斗かもしれない。
それなりに心の準備はしていた。
だがまさかこの場でその名を聞かされるなんて夢にも思わなかったのだ。
『じゃあその人がKIDだったと言うんですの?』
『そうではないかと私たちは思っている』
確証はないけれど
静かに言われ全員で沈黙した
そして
『なんで友人なのに殺したの?』
マリアがズバッと核心をついた。というか突きすぎである
マーシェリー氏は少しだけ苦笑すると首を振った。
『いや違う。正確には彼が殺される原因を作ってしまったのが我々だと言うことだ。
我々は彼がまだアマチュアの時代からのファンでね。』
思い出すかのように目を閉じる
―――――彼は―――――
私たちの友の盗一は・・最高のマジシャンだった。
確かに昔はまだ未熟な腕前だったとも。だがそれすら補えてしまえる程に魅力に溢れたショーだったよ。
彼は、場を沸かせる名人だった。
こぎ見よい話術、タイミングの良い手品の手順。
おどけた表情も神妙そうな口調も・・全てが最高のショーだった。
『彼の名を有名にしたのは彼の力だったが、あんなに早く有名になったのは我々がそこら中で自慢をしまくったせいだな』
それがいけなかった。

『なんで?だって有名になったんでしょ?マーシェリーさん、良いコトしたんじゃないの?』
マリアがとても二十歳を越えているとは思えない幼いしぐさで不思議そうに首を傾げた。
『我々もそう思っていたよ。有名になるたびに誇らしくて仕方なかった
あいつらに目をつけられるまでは』
『あ・・』
口元を押さえるマリアに隣りのメアリが肩をすくめた
少し迷った末にボールは問いかけた。
『じーさんさ、今でもやっぱりその人がKIDだと思うのか?』
『ああ。何故かと聞かれても答えられないくらいに曖昧だけれどな』
『そんでその人は狙われた』
『あのころは有名なマジシャンは片っ端から狙われていたらしい』
マーシェリー家の情報網ですら引っかからないほど極秘に
『それだけ大きな組織に狙われていたのだろう彼は』
やるせない表情で首を振る老人にボールは眉をよせる
『ようするに・・その人が殺されたのはじーさん達が有名にしたせいだ、とか言いてーのか?』
『名が売れてなければ狙われなかっただろう』
神妙に頷くマーシェリー氏にボールはフウと魂すら漏れ出そうなほどに盛大なため息をついた。

そしてもう一度口を開こう思った瞬間



『・・・ざけんなよ、このくそじじー』



とんでもないドス混じりの悪態がこの部屋に響いた
『へ?』
一瞬誰もが空耳かと自分の耳を疑った。。
そしてつい全員がボールをみた
確かに同じような事は思った。だが口に出しては居ないはずだと、ボールは目を丸くしたまま首をふり全身で否定を示した。
じゃあ今のはだれだ?
恐る恐る声が聞こえた方へと視線を向ける
そこには怒れる魔人が肩をふるわせ立っていた
『そんでまさか円卓会議とか開いてやがったのか。私たちのせいで彼が死んでしまったーー私たちのせいだーーと泣き言を言い合うために?それを聞かれてあんな騒動になったってそう言うのか!!!』
マーシェリー氏の襟首をつかんでゆさぶる。
あまりの勢いに誰もがあっけにとられた。
傍にいたコナンもまさかの快斗のぶち切れに口をポカンと開いて思わず傍観してしまった。

『信じらんねーー信じらんっっねーーー何だよそれ。死んでも死にきれねーじゃん。大体ちょっと考えれば解ることだろ。あんたらのせいで死んだなんて思ったりしねーよ。むしろ自分の死に責任を感じていないか心配してるような、そんな人だろあの人は。それを・・・・・あんたらは・・・。
あんたらがやってる自己満足のせいで更に被害がでてんだぞ』

あの爆破でほとんどの人が大なり小なり怪我を負った。
反射神経のすぐれているボールですら腕をくじいたほどの大爆破だったのだから一般の更には運動なんて全然しない貴婦人や、肥満だらけの典型的なお金持ち体型の人間など受け身どころか更に重力が増して重体をまぬがれまい。
救いは死者が出なかった事だけ。それですら奇跡としか言えない。
その場に処置をほどこせるロイドがいたおかげだ。
それだけの事をこの老人はしでかしたのだ。わざとではないとしても、そのきっかけを作ったのはこの男とその仲間の今は亡きお年寄り軍団だ。
ドンっと突き飛ばしソファにマーシェリーを座らせると快斗は唇をかんでうつむいた。
(父さんがそんな風に思う筈あるわけねーじゃねーか。なんでそんくらいわかんねーんだこいつらっ)
「ハイハイ。落ち着けよ」
どうどうとそんな快斗の足をたたいてやるコナンに
「だって」と漏れそうになった口を慌てて閉じた。
(そうだった。今俺新一の名語ってんじゃん)
KIDの時同様へたな行動は出来ない。
なのに
「悪い・・」
「いや。まあ仕方ねーだろこの場合。気にする事ないよ。ただちょっと驚いた。」
いつもの快斗ならこのくらいサラリと流せる。だからコナンは驚いたのだ。
だがよくよく考えてみればセディスに対する怒りがまだ胸の内でくすぶっていてもおかしくない。
ついさっきの出来事なのだから。
沸点がいつもより低くなってしまっているのはどうしようもない事だろうとコナンは思った。

(ダメだなー俺。父さんの事となるとすぐに爆発しちまう)
自他共に認めるファザコンの快斗は気にするなとコナンにニコリと微笑まれうなだれた。

一方ソファに尻餅をついたような形のマーシェリーはようやく我にかえったのかポツリと呟いた。
『彼が生きていたらきっと今の君と同じようにこんな私を叱りとばしただろうな』
怒ったふうでもない彼に快斗はばつ悪げな顔を見せた。

そしてハタで見ていた彼らはというと

(し・・・新一お兄さまが・・・ぐれてしまいましたわっっっっっ)
衝撃のあまり頬をおさえムンクに変化したアリスは数瞬後ポッと頬を染めた
『でもそんなお兄さまも素敵・・・』
『優しいだけじゃ攻めには向かない物ね。』
なにやらマリアまで深く頷いている。
『君たちもう少し状況を考えて声に出してくれないかな』
聞かない振りのピエロとは違い気苦労性のカバが疲れたように二人の暴走(妄想)を止めに入った。

『それにしてもさっきのKIDは何者だったんでしょうね?』
話題を変えようとしたのかピエロが首を傾げるとボールはあっさり答えた。
『にせもんだ、偽もんっ』
『それにしてはもの凄く威圧感ありましたよー』
『それでも偽者なんだよ!!!』
ボールはダンダンっと激しくテーブルをうちつけた。
あまりの激しさに皆が目を丸くするほどに。

『あいつがきっと日本で活躍しているというKIDなんだろうな。ボールあまり興奮するとアリスが驚くよ』
カバが冷静に指摘した。
『って事は団長が言ってたあいつか?』
『そう多分ね。KIDの名で悪さをするわけではないのだから放っておこうと言う団長の意見に皆で賛同したはずだな?』
『ってか多数決で負けたんだよっ俺は』
『民主主義にのっとったいい方法じゃないか。団長との約束を破る気はないだろ?』
『ないけどよー・・』
『けどはなし。もうあんな事はするなよボール、いい加減に頭を冷やせ。熱くなりすぎだ』
『・・ちっ』
盛大な舌打ちと共にボールはようやく一歩引いた

「うーんカバさん強いなー」
「強いよなー」
「それに何となーーく色々と解ってきたよな?」
「例えば?」
「このサーカス団の団長の正体とか」
「え?そうか?俺にはまだ全然見当つかねーけど?あ、でもあいつらがKIDをどう思ってんのかは解ったぜ」
「ああ」
「めちゃめちゃ嫌ってんなーと思ったら、偽者を憎んでただけみてーだな。どうやら本物のファンらしい」
「だなKIDの名を汚すなって感じだもんな」
「そーそー。KIDって人気者だなぁ」
しみじみつぶやく快斗にコナンは呆れた顔を見せた
「先代が・・・だろ?」
「今のKIDだって人気者だぜ」
「そりゃあ先代の威光でなんとかもってんだろ。悔しかったらボールさん達を虜にしてみせろよ」
「・・ムム」
「まだまだ修行が足りないって事だな2代目君」
「―――――むむむむ」
楽しそうにコナンに笑われ快斗は唇をヘの字に曲げた
目の前にたちはだかる壁はやはり未だに巨大だ。
あと何年したら太刀打ち出来るのだろうと弱気になってしまう程に
「ま、お前にも俺っていう上客がついてんだからな。未来は明るいぞっ」
はっはっはと笑うコナン。
自分に自信があるのか快斗をなぐさめているのか。読めないところがさすがコナンである。
「見てろよ。今に越えてみせるから。」
「楽しみにしてるよ」
本当に楽しそうにコナンが笑うから快斗は未来が楽しみになってくる。

そんな二人の会話をよそに話は進展していた。
『まさかとは思うのだが・・君たちも盗一の事を知ってるのかね』
ボール達にマーシェリーは尋ねた
『しってますよ。彼は・・僕たちの恩人ですから』
ピエロの言葉に快斗とコナンがそちらを振り向いた
『え?』
『新一も彼の事はナイトバロンから聞いて知ってるよね?』
『は?いえ全然全く知りませんけど・・』
『えーボールがナイトバロンとナイトウィザードは親友だーって言ってましたわよ?それって嘘でしたのーー?』
『おいおい。アリス俺が嘘つくわけねーだろー。なんだよたんてー君知らなかったのか。そっちのが驚きだな』
ナイトバロン=工藤優作
ナイトウィザードって・・まさか黒羽盗一?
親友?ええ?
コナンと快斗は二人で顔を見合わせた
なんだそりゃ?
『あっじゃあもしかしてこれも覚えてないのかな。君と彼の息子さんの快斗君は昔よくあのサーカスの会場で遊んでいたんだよ』
カバの核爆弾級の発言に二人は声も出なかった

「お・・おい」
「・・・・」
「聞いてねーよな?」
「知らないよ。」
「なんなんだこりゃ?」
「それはこっちのセリフ。コナンちゃん優作さんから聞いてないの?」
「全然まったく。しかも昔お前と遊んでただぁ?覚えてねーぞ」
「同じく。おかしいなぁ俺記憶力だけはいいんだけど」
「俺も。」
二人でヒソヒソと話し合うとそこへマーシェリー氏が割り込んできた
『と、言うことはもしや君は盗一の息子さんの居場所を知っているのかねっっ』
意気込んで聞かれる
『は?あ、いえその・・』
ここに居ますとも言えないし、しどろもどろな快斗にマーシェリー氏は続けた
『彼に盗一からの最後の伝言をどうしても伝えたいのだよ』
『え?』
『ずっと探していた。私たち5人の円卓会議の議題はそれがほとんどだったよ。彼の息子さんの居場所を突き止める。彼の最後の言葉を伝えるタメに・・』
(父さんの・・・・最後の言葉・・・・)
『頼む知っているのなら教えて欲しい』
必至に頭を下げて頼み込むマーシェリー氏のつむじをジッと見ていた快斗は唐突に視線をそらした。
『・・・知りません』
「おいっ」
コナンが快斗のズボンをひっぱる
何言ってんだお前はっっ
『知りません僕は・・』
頑なにそれだけ言うと一人部屋を出ていこうとした
「コナン。行こう。もう聞くことはないだろう?」
扉のとってに手をかけた姿勢で振り返る。
その表情は工藤新一そのもの。
彼は新一になりきっているのだろう。
逃げる為に

振り返った快斗が見たのは肩を震わせるコナン。
怒ってるのか。泣いているのか。
とにかく快斗はどんな反応をみせられてもこの場をさるつもりだった。

「コナン?」

止まらない震えに快斗が恐る恐る声をかける。
と、唐突に腹を抱え始めた。

「くっくくくくくくくくくく。あーーはっはっはっはっっ」
「へ?」
どうやら笑っていたらしい。
あまりに予想外の反応に快斗は一瞬世界を止めた。
そんな無防備な状態の快斗にコナンは鋭く切り込んだ。
「そんなに怖いのか?最後の言葉を聞くのが」
「え?」
「聞きたくて仕方ないくせに。バカだなお前」
本当にバカだ。
むしょうに笑いがこみあげてきて堪らない。そんな意地っ張りな相棒が。
「何いって・・」
「いいよ。もうフリはいらない。俺のネームバリューなんてたかがしれてんだ元に戻れよ。怒らないから」
「・・・何で・・・・」
「俺が父さんに頼まれたのは、サーカス団の頼み事を聞くことと、もう一つ。お前をマーシェリー氏に会わせる事だった」
「は?」
「何の為かは俺も解らなかったけどな。まあそう言う事だろ」
「・・・・・・・・・」
「教えてやれよ。彼の息子は元気に生きてますってさ」
「バカ。コナンちゃんのバカ」
「はいはい。バカで結構。」
偉そうに足と腕を組みソファにうもれる小さな子供に快斗は泣きそうになった。
こんなとんでもないどんでん返しが待ってるなんて思いも寄らなかった。
怖い。そうなのかもしれない。
自分でも良く分からない。
でも聞きたい気持ちと聞きたくない気持ちが入り交じっていて・・・
"最後"なんて嫌な響きがする遺言めいた言葉を優作は快斗に聞かせる為にわざわざこちらに呼び寄せたのだろうか?
コナンも危ないと解っててマーシェリーの家に潜入したのはそのためなのだろうか?
ここで逃げたらそんな彼らの思いに背く事になってしまう。
快斗は困った顔でとってから手をはずした。

「と言うことはやはり彼は盗一の息子さんを知っているということだなコナン?」
「知ってるどころか・・」
偽りの祖父の言葉にクスと笑む。
「彼がその本人だよ」
「え?」






小説部屋   Next