あるお昼の出来事(中編)

「げっなんで此処がっ」
聞き慣れた声に振り返ったコナンが見たのは人垣をかき分けバーンと踊り出た快斗であった。

「わからいでかっっ。電話の向こうの音だけで俺は必至に走ったぞ。てめーなーちょっとくらい待つっちゅーことを覚えろっ。」
コナンに指をつきつけ、はあはあと荒い息を吐きつつも文句だけは必至で言い募る。

それに慌てたようにコナンは手をワタワタと動かした。
「とりあえずそこ動くなよっっコンタクト踏んだらやばいからなっ」
「へ?」
人垣から一歩を踏み出そうとしたところでとっさに足をとめる。素晴らしい反射神経だった。
慌てて前に出したその足を後に戻すとそうっと下をのぞき込む。
コンタクトーーーない・・よな?
よしっ。
ゆっくりゆっくり先ほどのコナンのように慎重に一歩一歩を進めていく。
「ほう・・。なんでお前がコンタクトなんか探してるんだ?」
「ん。ヤスさんのお手伝い」
顎で快斗を見上げる男を示したコナン。
田所はどうやら快斗の登場に驚いていたらしい。
なにせ説明されるでもなくコナンの電話の相手は小学生だろうと思いこんでいたのだから。




「これ黒羽快斗ね。バカイトで十分だよ。」
にこやかに言うコナンに快斗は顔をゆがめるとコナンのこめかみに両こぶしを置きぐりぐりと攻撃をする。
「いたっ痛いってやめろっっ快斗っっっ」
「だぁあれがバカイトだってぇぇ?」
「お前だあぁぁ」
「まだ言うかぁぁ」

快斗と呼ばれた少年は整った顔立ちをしていた。
と言っても今はいじめっ子のように楽しげに顔をくずしているからそうは見えないが、田所を見た一瞬だけフ・と真面目な表情をみせた。
それは信頼にたる人物か見極めるようなそんな瞳だった。
まさかこんな子供がそんな事をするはずがないと田所も思いはするが、人の視線の意味には聡い方のため、なにか引っかかる視線だったというのは確かだと確信していた。
そして自分を見て一瞬たりとも負の感情を見せなかった快斗に田所もこの二人がどこか一般人と少々違うことを感じていた。

二人が二人して全く自分に怯えないということはそれに慣れている、もしくは怯えていないフリが出来る、全く気にしていない・・・etc。
いろいろな選択肢が現れるがまあどれにしてもなかなか大した人物であることは確かである。



「えっとヤスさんだっけ?どこらへん探した?」
「ここからここにかけての範囲は全て。」
「それってハード?ソフト?」
「ソフト」
なにそれ?と小さく尋ねるコナンに簡単に「柔らかいコンタクト」と説明する快斗。
間違っていないがそれで理解できるのか?と田所が不審に思う。
やはり納得できない顔でコナンはうなっているがそれを無視して快斗は未だしゃがみ込んだままの田所の肩に手を置いた。

「なるほど。とりあえず立ってもらえる?」
なんだ?と訝しげに思いつつも快斗の言葉に従い立ち上がる田所。
「コナン。コンタクト落とした時ってーのはな下に落としたケースもおおいが、半分くらいの割合で服やかばんや靴にひっついている時がある特にソフトの場合だとな。」
「あーそうなんだ?」
コンタクトや眼鏡とは無縁の生活のためコナンはへーと頷く。
対して何故か訳の分からない雑学に詳しい快斗はとつとつとだからな・・・と解説を続けた。
「例えば服の胸ポケット。はたまたズボン。シャツやジャンパーなど着ていたらその中とかいう場合もあるな。俺の知っているケースでは靴の裏に引っ付いていたというのもある。破れていなくてラッキーだったよな。」
破れる?割れるじゃないのか?よく分からないまでもコナンはふむふむと納得する。
と言うことはこの場合も服に引っ付いているかもしれないのだ。

「と言うことで、ヤスさんの身体チェェェェック。」




快斗はふざけているのか真剣なのか解らない様子で田所を指さした。
「えーっとー胸ポケットよーし。ズボンよーしっ」
一つずつ指さし確認をしながら田所の身体検査を始める。
「おやおやーどこにもないねーやっぱり下かなー?」
陽気にそこまで快斗が言うとコナンが二人を見上げて
「靴のうらは?さっき言ってたろ?」
「靴のうら・・・はあるわけないっしょ。あれは超レアなケースよ」
まっさかぁと笑いながら手を振る快斗にコナンは「でもよー」と言い募り田所に頼み
試しにあげさせてみた。

「あ」
「あ・・」
「ああ・・」

よもやの事態だった。
靴のうらにあった。

初めてソフトコンタクトなるものを見てコナンは破れるの意味を悟った。

だがしかしそんなことよりなんで破れてないんだ?という疑問が三人の頭をよぎる。
しばらく腕を組んで考えていたコナンがぽんっと手のひらを打った。

「解った膝ついて探してたから」
だから破れてなかったんだ。なるほどーと思えたのはコナンのみ。
んじゃどうやって靴の裏についたわけよ?
いやそれよりも今快斗が立たせたのに破れなかったのだから不思議だろ?
それともなにか土踏まずの所にうまぁぁっく引っ付いてたとそういう訳か?
二人はどうしても納得出来なかった。
だが、
「ま、見つかってよかったじゃん?」
一応けりを付けることにしたらしい快斗はにこやかにそう言い放った。
疑問は無視することに決めたようだ。



そして田所も考えるだけ無駄と悟ったのだろう気をとりなおすと快斗に軽く頭をさげコナンに向き直る。
「ぼうず。ありがとな。」
「え?でも僕役立たなかったし。」
「いや。だがもう諦めようと思っていたからなあの時。」
「そうだったんだ?」
「でもさすがに片方1万以上は痛いからな。」
「そんなにするんだ?うわー気を付けようっと。」
「それがいいだろう。」
うなづくと今まで靴の裏についていたコンタクトを口の中に放り込みすぐに取り出すと目の中にはめ込む。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
二人が呆然と見守るなか装着完了した田所は目をシパシパさせよしと頷いた。
よくねーよっ二人の心のつっこみは届かなかった。


「なあ快斗・・コンタクトってあーゆーもんなのか?」
「悪いそこまでわかんない。」
「だってヤスさん食ったぜコンタクト」
「あれは水分補給でしょ?」
「でもよー。ばい菌まみれになんねーのあれ?」
「だよな?いやその前に砂まみれのあれ口に放り込む気になんねーけどさ。」
「同感」




そんな二人のひそひそ話に軽く笑うと田所は「じゃあ」とその場を去ろうとした。
だが。


それは一瞬の殺気だった。
刺すような視線を感じ、次いでそちらを向いた瞬間キラリと光るなにかがほんの瞬間だけ見えたのだ。
頭がそれを認識する前に体が動いていた。

「危ないっっ」
コナンよりほんの数秒早く危険を感知した快斗が田所にタックルをかけ今いた場所からはじき飛ばす。
ほぼ同時にコナンも快斗達と反対方向へ転がる。
二人がいかに尋常でない世界に身を置いているかが解る瞬間である。

なにが起きたのか理解せぬまま田所とその周囲を取り囲んでいた人々は呆然と先ほどまで田所が立っていた位置を見つめた。
そこには銃弾が埋め込まれていた。

それを意味するところはたった一つであろう。
どこからか拳銃を撃った。
ようやくそこまで思考が回った人々がいちもくさんにその場を逃げ出す。蜘蛛の子を散らすようにちりぢりと。
ほとんどの人が大慌てで近場の店やビルに飛び込む最中その場から全く動かなかったコナンは転がった体勢を元に戻すと離れた位置から快斗の方へと急いで近づく。


撃たれた銃弾は一つや二つではない。
同じ位置に7つもの弾が転がって、はたまた埋まっていたのだ。
それはコナンと快斗に二つの事実を突きつけていた。
敵がプロであるということ。
明らかに自分たち三人のうちの誰かが狙われていたということ。
だからこそ迅速な対応が必要である。



未だ地面に転がったままの田所は右足のふくらはぎの辺りを押さえ苦悶の表情をうかべていた。
どうやら完全には避けられなかったらしい。
それに舌打ちをしつつ快斗はコナンに目を走らせる。
「貫通はしてねー。」
「わかった。見えたか?」
「いや。」
「あのビルの上から3右から5つ目の部屋からだ。」
「解った」
「急げよっ」
「ああ。」
短く会話を交わすと右足を押さえ呻く田所をコナンに預けすぐに快斗は走り出した。
犯人を捕らえるために。
すでにいないかもしれない。否その可能性のほうが高いだろう。
だが痕跡くらいは残っているかもしれない。
なにせこちらにコナンのようなめざとい奴がいるとは思いもよらないだろうから。
自分ですらあのビルまでは解ったもののまさか部屋から撃ったとは思わなかった。
本当に敵には回したく無い奴だよなコナンちゃんってさ。苦笑をうかべ快斗は「上3右5」とつぶやきつつ、真剣な瞳でビルを見つめた。




痛さのあまり歪む顔の田所に目を落としコナンは快斗の背を見送る事もせずすぐに携帯を取りだした。短縮2番は「博士」の家。
1番は本人が勝手に入れた「快斗」の携帯だ。
肩と耳に携帯をはさみズボンのすそをめくり患部をむき出しにする。
血でべっとりするズボンに眉をよせつつコナンはコール三回目で出た相手が自分の名を告げているのを遮り話し出した。
「俺。昨日言ってた駅の近くの交差点にすぐ車寄越してくれ。撃たれた奴がいるんだっ。」
それだけ慌てたように言うと電話の向こうから「すぐに行く」
と応答がある。


「状況?あー弾は貫通してないらしい。そう快斗が。快斗は今犯人負ってる。撃たれたのはさっき知り合ったばかりの人なんだけど。ああ・・」
電話の向こうから大慌てで車に乗り込む音がするためコナンはホッとしていた。
とにかくこんな場所では処置できない。
今できるだけの応急処置をしながら電話で現在の状況を伝える。
時間節約になる。
本当なら病院につれていくべきだろう。だが先ほど病院という言葉を出した瞬間必至の形相で田所が顔を横に振ったのだ。
それは同時に警察にも連絡がいくと言うことだからだろう。
黒いスーツの下の白いシャツに隠れたように付いていたバッチを確かめコナンは即座に状況を理解していた。

やはりタダの民間人ではないらしい。
工藤新一の時に何度か見かけた紋だった。
この男がある暴力団組合の一員であることは確かである。
ただ、問題が一つ。
この男が狙われていたのか、自分たちの巻き添えを食ったのか。
前者ならば後で恨まれようが病院に連れていく。そのほうがたとえ警察が介入して面倒なことになるとしても命の危険も少ないし、安全だ。

だが後者の場合。
それは少々話が異なる。結論としては自分たちと一緒に居た方が安全ということだ。
なにせ正確な腕の持ち主がスナイパーなのだからこの男を狙ったのも偶然ではないだろう。
側にいたから自分たちの仲間だと思われた危険性がある。
そうした場合病院に一人で置いておくのは危険だ。

とりあえずこの場合どちらとも言い切れない状況のため、快斗が戻るまではコナンは最悪のケースの為の対応をしておくしかない。すなわち自分たちに巻き込まれた場合である。

出来ればそれだけはあって欲しくないけれどな。
田所の眉間のしわを見つめコナンは小さくため息をついた。




ようやく到着した阿笠博士の車にはちょうど拾われたのか快斗が乗っていた。
快斗は車から飛び降りすぐに田所を博士と抱え上げ後の席へと押し込める。
助手席の灰原はその様子を眺め後へと乗り込む。
変わって助手席にはコナンがついた。
それは田所の治療のため。
呻く田所に鎮痛剤をうち眠らせると詳しくケガの具合を調べる灰原とそれを手助けする快斗。
今現在一番効率的な役割だとコナンも理解している。


そして遅れてその数分後やってきたパトカーや救急車。
鳴り響くサイレンの音と、どうやらもう安心とばかりに建物から出てきた野次馬達がわらわらと道路を占領し始める。
それを車の中から見てコナンはめまいを覚えた。
「・・・・」
なあ・・・なんで俺ってこうなんだろうな?
恐ろしいほどの自分の不運を呪う。

ただコンタクト探しの手伝いしていただけなのにさ。
こんな警察やら救急車やら呼ぶような事態に巻き込まれて・・・きっとこれ新聞とかに載るんだぜ。
あーーまた灰原のお説教聞くはめになるんじゃねーか。
俺なんにもやってないのにさー。
結局コナンにとっての不運というのは、事件に巻き込まれることではなく、それに付随してくる灰原のお説教の事なのであった。



はあ・・・とコナンの盛大なため息を残しつつ博士の車は現場をそっと去ったのだった。
運良くだれに見とがめられることもなく。

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ふ・・前後編の予定だったのにおかしいなあ。
とりあえず後編で終わることは此処で宣言するっっ←してもいいのか?(笑)
コンタクトが靴の裏に付いていたのは実話です(私ではないが)
そしてそれを舐めて装着したのも実話(もちろん私ではない)
私は出来ませんそんな凄いこと。

2002.1.27