サイレンの音が鳴り響いていた。
ようやくやって来たパトカーや救急車とそれを見てどうやらもう安心とばかりに建物から出てきた野次馬達がわらわらと道路を占領し始める。
それにコナンはめまいを覚えた。
「・・・・」
なあ・・・なんで俺ってこうなんだろうな?
恐ろしいほどの自分の不運をコナンは呪った。



あるお昼の出来事(前編)




「おっせぇなー。」
腕時計を睨み付け足もとの石をけりつける。
約束の時間は10時。今はすでに集合時間から10分が過ぎていた。
時間にルーズな奴が嫌いな自分にしてはなかなか頑張って待っていると思う。
大体いつも現場には遅刻したこと無い癖にこんな時にどうどうと遅刻してくるあいつってどーゆー事だ?
コナンは眉をひそめる。
俺様を待たせるたぁいい度胸だ・・・。
時計とにらめっこするのも飽き、いい加減もう帰ろうかなと思い始めるコナン(たかだか10分くらい待ってやれよ・・・)。

「あーたっりい。」
なにせコナンは極度の人混み嫌い。
今現在いるのは人通りの激しい商店街だった。
さすがに土曜日だけあって若い女性やカップルがわんさか湧いてでた。
右をみても左を見ても真正面を見ても上(小さいから)を見ても人人人人ひとの波。
「なんでこんな所で待ち合わせなんかしやがったんだあいつは。」
はあ・・・盛大なため息を一つつくと、コナンはよっこいしょともたれかかっていた赤いポストから体を離した。


目印はとある喫茶店の前にあるポスト。
ここらへんにポストは一個しかない。
だから確かに解りやすいだろう。
だがしかし。この人混みをかき分け此処まで来るのは結構体力がいったのだ。
なにせこの小さい体だ。
小回りが効くという利点は確かにあるものの、押し寄せられたら流されてしまうというデフェンス面ではどうしようもなく不利な小柄な体なのだ。
なんど流された事か。
くっっとこぶしを握りしめ、頑張ったよ俺っと自分を褒め称えるとそのまま未練なくポストに背を向けホテホテと歩き出した。
どうやら待ち合わせ相手のことは見捨てたらしい。


「あいつが悪い」

据わった目でそうつぶやくとコナンは道路を挟んだ向かい側にある本屋を目指して歩き始めたのだった。今日はお目当ての小説の新刊が出る予定日なのだ。
それだけ買ったらかーえろっと。






キューン・・・。
コナンの耳に何か小さな音が騒音に紛れて聞こえてきた。
普通なら聞き落とす程の小さな音。
それは何かが凄いスピードで駆け抜けてく音に似ている。
コナンにとってこの音を出す物体と言ったら一つしか思い至らなかった。

「サイレンサー付きの拳銃」
まさかな。
そうおもいつつ口の中でその言葉を転がす。
拳銃ねえ。


そんなもんゴロゴロしてたら怖くて街の中なんかあるけねーじゃん。
あははは。
そうだよな。うんうん。


簡単に納得するとお目当ての小説の入った袋を片手にコナンは駅へと向かった。
自転車でこれなくはない距離だったが、コナンほどの小さな子供では1時間以上かかる。
仕方ないので電車に乗ったがこれまた混んでいて大変だった。
多分土曜でもおつとめのサラリーマン達が沢山いたのだろうな。
コナンは通勤ラッシュにだけは乗りたくないなとしみじみと思う。
あれ以上に混んでる電車なんて想像つかないぜ。



だが、もうこの時間なら大丈夫だろう。
のんびり座って帰れるはずだ。
それで家帰ってこれ読もうっと。
ウキウキと弾む心で駅への道のりを歩いていた。
心なしかツーステップのような足取りだったかもしれない(コナンはスキップが出来ないリズム感がないから)
すでに彼は待ち合わせの相手の事をすっかり忘れさっていた。否。忘れることに成功していた。







丁度駅まであとちょっとの距離の事だった。
コナンはそこで立ち往生をせざるを得ない状況に陥っていた。
というか自業自得だが。

「すまないなボーズ。」
「ううん。気にしないで。」
にっこり笑うとコナンは手を振って軽く笑い返した。
相手はパンチパーマの厳つい顔の男。
いかにも頬に傷が付いているお人のような風体で、かっちょよくグラサンなんかかけちゃって見る人見る人をビビらせていた。その男は歩道に座り込みなにか地面を触っていたため、その周囲をさけて人々が流れていた。

服はと言えば何故か黒いスーツ。
まさか組織のっっっ!!!と思いジッと見つめてしまったのが運の尽き。
うっかり目があい(間抜け)

「ああん?」
とガンを付けられてしまったのだ。
子供の可愛い視線くらい無視しろよっなあっ。
確かに本人は可愛いがその視線はとんでもないくらいに痛い視線だったらしく、その男は殺気を感じにらみを利かせて振り返ったのだ。
それこそ驚いたのはコナンより男の方だろう。
振り返った先にいたのはあどけない表情の小さな子供だったのだから。
さすがにこれが敵とは思えまい。


そこでコナンも怖がったフリをして逃げ出せば良い物の、生来の負けん気のせいかそれとも気になった事を放っておけなかったのか、つい疑問を口にだしてしまった。
「なにやってるの?」
泣く子もさらに泣かすほどの視線を軽く受け止めコナンはにこやかに尋ねる。
周囲の大人達がハラハラと見守る中、男は予想に反してふんっと顔を背けると手をふる。
しっしっと子犬を追い払うかのごとく。


「コンタクト落としたの?」
小首を傾げコナンは尋ねる。
その男は地面にはいつくばってさわさわとコンクリートに手を這わせていたのだ。
何かを探していると考えるべきだろう。
しかもその慎重さから考えるにコナンにはコンタクトレンズしか思いつかなかった。
「・・・」
返事がないのが返答なのだろう。
よもやこのような強面がコンタクトをはめているという事実を素直に認められるはずもなく、
その男はずっと近寄るなというオーラをガンガンに出してひたすら探していたらしい。

「ふーん。手伝おっか。」
一人納得するとコナンは陽気に問いかけた。
「いらん。」
そっけない口調と裏腹に地面を這う手はせわしない。
焦っている証拠だろう。
男のゆらりと立ち上がるような怒りのオーラが見えるのだろう人々は半径10m以上近寄ろうとせず遠巻きに二人を眺めていた。普通なら目を会わせないようにそこから慌てて去るだろうが今は小さな少年が無謀にもやくざさんに捕まって(?)いるのだ。いざとなったら警察に連絡をしなければならない。

そんな周囲の親切な心遣いに気付くでもなくコナンはコンタクトを割っては大変とそこから慎重に足を運んだ。
そして男の傍らにしゃがみ込むと
「あのね。ここらへんってもうすぐ買い物帰りの人たちが通ると思うんだ。」
にっこり微笑む。
何が言いたいのか解らず眉をひそめ無言でその先をうながした。
「だからね、ここにコンタクト落としたなら早く探さないときっとおばちゃんがパリンッて割っちゃうよ。」
「―――――っっっ」
男の顔に焦りが浮かぶ。
なにが怖いってあの怖い者知らずのスピーカーのようにしゃべくるおばちゃん軍団ほど恐ろしいものはいない。
相手がやくざだろうが警察だろうが犯罪者だろうがはたまた社長だろうが宇宙人だろうがきっとおばちゃんの態度は変わるまい。徒党を組んで胸を張って我が道を進むのだ。
世界最強の動物だと思う。
コンタクトを割ったとしても「こんな所に落とすあんたが悪いのよっ」
と捨てぜりふとともに堂々と背中を向け去っていくだろう。


「恐ろしい・・・」
「ね。だから手伝ってあげるよ」
コナンですら恐れるのだから目の前の相手もそうだろうと踏んだのだ。
おばちゃんはよく情報収集の時に話かける。
なにせそこら辺の一般人より目も耳も常にジャンボだ。大好きな噂話のためにかける執念は一般人のそれとは心意気からして全然違う。
お前探偵になれよっとつっこみを入れたいほどの情報収集能力を時々みせるほどに。
たかがおばちゃんと侮るなかれっと言うことだ。


「両目?」
「いや右目だけだが。・・・いいのか?」
「うん。暇だし。」
後は帰って小説読むだけなのだ。せっかく電車乗ってここまで来たのだから人助けの一つくらいしてもバチは当たるまい。
「そうか・・いやそれより保護者は?」
「友達と待ち合わせしたんだけどなかなか来なかったから帰るところなんだ。」
「なるほど。」
肩をすくめコナンが唇を尖らせて説明すると、よもや10分であっさり諦めたとは思わず、
その男は「そりゃ災難だったな」とようやく軽く笑った。
それは意外と親しみの持てる笑顔だった。
二人でしゃがみ込むとさっそくコンタクトを探し始めるのだった。


それから約2.3分後。
チロリーチロリロリーラー。
ショックをうけた時にバックに流れるあの曲がかかった。
「あっ俺だ。」
それが何度も何度も流れる。7回目にようやくコナンは気づき、かばんから携帯を取りだした。
相手はもちろんあの人
『コナンちゃぁぁぁぁぁん』
言わずと知れた黒羽快斗少年である。涙声である。必至の声である。
「・・・・」
迷わず切る。その間やく0.0003秒。迷いのカケラも見受けられなかった。
「いいのか?」
電話の向こうの声が聞こえたらしく男が無表情に尋ねた。
「いいの。」
多分すっぽかした相手だろうと推測し、男はそうかと軽く頷くともう一度地面を触り出す。



チロリーちろりろ・・・・
すぐに切りを押すコナン。
それを何度も繰り返すうちに側にいた男のほうが相手が気の毒になってきて、
「そろそろ出てやったらどうだ?」
思わず助け船めいたことを言ってしまった。
「・・・おじさん。相手は簡単に許すと調子に乗る奴なんだ。こういうときに徹底的に調教しておかないと後で僕が大変なんだから。」


ちょ・・・ちょうきょう?
電話の相手は間違いなく人間だったはずだ。
その男は聞かなかったことにしたらしく「そうか」とうなづくとまたもや地面を見た。
現実を直視する勇気がなかったのかもしれない。




「あ・・・・そういえばおじさん名前聞いてなかったね。僕はね江戸川コナン。おじさんは?」
「・・田所安治」
「ヤスさんだっっヤスさんだねっ」
何が嬉しいのか輝く瞳で指をつきつけられ男・・田所は頷いた。

なにせそれは昔からよく使われるあだ名だったから。
どうしてかこの男いつもヤスっと呼ばれていた。小学校も中学校も高校でも社会に出ても。
上からは「ヤス」と呼ばれ下からは「ヤスさん」と呼ばれる。
他に呼べないのか?
といつも思うがそれなりに定着したこの呼び名以外呼ばれると変な感じがするのでまあいいかと思い直す。


「ヤスさんっていくつ?」
「・・・24。」「え?」
その言葉にコナンは素っ頓狂な声を挙げた。どう見てもこの男35歳は過ぎているように見える。
ようするにふけ顔なのだろう。
「・・・・お・・お兄さんがよかったのかな?」
「いや慣れている。」
そっけない口調だが特に気にしている風でもないのでコナンはほっと胸をなでおろした。
女性の時は気を付けていて、おばさんに見えても一応お姉さんと呼ぶ(蘭の入れ知恵)ようにしている。だがさすがに男性までは気がまわらなかったらしい。

まあ、今は小学一年生だからおじさんと呼んでもなんら違和感はないけれども。



チロリーチロリロリーラー。
また性懲りもなく鳴り出すメロディーにいい加減コナンの方が切れだした。
「うっせーーバカイトっっ」
それだけ言うとプチリと切る。
とても先ほどまで笑顔で田所と会話を交わしていた少年には見えなかった。
「・・・・・」
そっとコナンから目をはずしまたもや地面を這い出す田所。
何かいってくれた方がよかったんですけど・・・なんてコナンが考えているなんて思いもよらないだろう。


そしてもう一度お手伝いを開始しようと腰をかがめたその瞬間・・・
「こぉぉなぁぁんーーーーーーーーーーー」

煮詰まった声が聞こえた。

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新年最初のお話がこれですか。
相変わらず快斗君可哀想(涙)
2002.1.1