あるお昼の出来事(後編)

車の中で出来る治療は全て終えてから、快斗はようやく口を開いた。
「悪いコナンやっぱ逃した。」
「仕方ねーよな。」
かなり離れた距離を常人では考えられないスピードで往復したとは思えないほど整った息で快斗はすまなそうに謝った。
博士の車と出逢ったのは駅の近くだった。
走った方が近いほどの距離だが、道案内のため乗り込んだのだ。



もちろんそれに気付いているコナンは心の中でそっと「お疲れさん」とつぶやくが、表面には出さず
快斗の言葉にやはり・・と言ったようすであっさり頷く。
「でもこれだけ拾った。銃」
拾ったというよりうまく隠されていたのを見つけだしたのだが。
「え?」
ほらっと何処にかくしていたのか長いライフル銃を取りだしコナンに手渡した。
「使い捨てって事だろ?こんなん持って歩いたら目立つし、それに火薬のにおいでさすがに俺も気付くと思うから。」
例え1、2km離れてようが。そう続ける快斗にコナンはあまりのけた外れの非常人さに苦笑する。
「って事はこれ調べたところで何か手がかりが見つかるわけねーって事か。」
だからこそ捨てていったのだから。

「そうそう。あのビル近々壊される予定だったらしいし、そのまま闇に紛れる予定だったんじゃない?こんなめざとい奴がいなければそれも巧くいっただろうけど。」
「めざといって俺か?」
「それ以外誰がいるっての?大体あの一瞬であそこまで解る奴って俺の知ってる限りじゃコナンちゃんぐらいだって。」
「そうか?でもこれだってタダ転がってたんじゃねーだろ?」
「まあね。犯罪者の心理は犯罪者が一番解るってね。」
「・・・お前ならそこに隠すって所にあったのか。」
「ううん。俺ならもっと完璧に隠す。」
「はいはい。」
疲れたように返事を返すとコナンは車に常備してある手袋を手に填めライフルを受け取り検分し始めた。



「結局何も解らずじまいってか」
「んー・・でもまあ俺達関連じゃないことは証明されたぜ?」
「ああそうか。」
コナンも納得する。未だかつて自分たちを狙った相手が少しでも証拠となるものを現場に残した事は無かった。それほど徹底した相手なのだからあの組織は。
だからこそ今回は別件であると考えられる。
「そっか。ちょっと肩の荷がおりた気分。」
自分たちのせいで田所がケガを負ったとなれば罪悪感もある。
責任もとらねばと思っていた。



「あーでもそれならヤスさん救急車に預けてこればよかったーー。」
「まあ仕方ねーって今更だろ?」
「今から届けてもいーかな?」
「こんな応急処置ガンガンにしておいてからか?一般人にはムリだぞこんなん。」
「聞かれるよな?あーーーもうダメじゃーん。」
頭を抱えるコナンに灰原は小さく笑うと未だ荒い息を吐く田所を心配気に見つめた。
「それに下手な医者に回した所でこの人を受け入れてくれるか解らないわよ。」
「まあな。たらい回しにされたらたまんねーもんな。」
「そうそうその間に悪化なんて超あり得る話だしな。」
「私達が連れ帰るのが一番彼にとって安全且つ危険性も薄いのよ。」
「解ってるけどな。だってお前怒るじゃねーか。また巻き込まれたわねーとか言って」
「怒っているわよ?」
当然でしょ?灰原のそんな瞳にコナンはため息をつく。

そこで突然隣で運転する阿笠博士が肩を揺らしてはじけるように笑い出した。
「これこれ哀君。そんな事言ってないで。さっき来る途中ずっと心配してたんじゃよ組織に見つかったのかと。のう?」
「博士っ」
頬にさした赤みが真実を表していた。
「そっか。わるいな。」
そんな灰原に柔らかい笑みをうかべコナンは背後を振り返って謝る。
「・・・組織ではなかったけれど、結局巻き込まれたのは事実でしょ。」
「・・・・・すみませんでした」
照れ隠しとは解っているものの、今現在一番痛いところを突かれコナンは大人しく謝るしかなかった。なにせ他でもない自分が自ら巻き込まれた事件なのだから。




「どうだった?」
手術は夜中中続いた。ようやくその部屋から快斗が出てきたのは朝方の4時。
もちろんコナンも一睡もしていない。
「もう大丈夫。摘出は終わったし。もちろん後は残っちゃうだろうけど男だしね。」
「そっか。よかった」
二人に任せておけば安心と解っていながらも心配だったらしくコナンは体からようやく力をぬいて近くのイスに座った。
「それで?しらべた?」
「ああ。見るか?」
二人が忙しなく治療に当たっている間なにもただひたすら無事を祈っていたわけではない。
コナンは田所について調べられるだけ調べていた。
プリントアウトした紙を快斗に手渡し首をコキコキ鳴らすと台所へと向かったコナン。
阿笠博士の家だと言うのにまるで自分の家のようにくつろいでいる。

「お前も飲むか?コーヒー」
「あーココアがいい。」
「・・・・・・仕方ねーな」
いつもなら自分でやれと言うが今回はお疲れ様とねぎらってやりたい気分のため注文を受け付けた。
「ココアねー。ん?180mlにスプーン3杯?」
入れ慣れないため説明を読みながら律儀にお湯の量まで量っていれる。

とりあえず完成したココアとブラックコーヒーを3つトレイにのせ博士達が居間と呼ぶ部屋へと持っていく。ソファに座り疲れた顔でぐったりする快斗の前にココアを置き、その向かい側で快斗が読み終えた用紙をゆっくり見る灰原にコーヒーを渡す。
「ありがと」
生ける屍と化している快斗は返事もない。
いつもならコナンがなにかをしてくれると大げさなほど喜ぶのだが、それすらも出来ないほど疲れ果てていると言うことだろう。
(ま、あの距離往復してすぐに徹夜で治療にあたってりゃな・・それでぴんぴんしてたらマジでお前人間じゃねーって)
そんな失礼な事を考えつつもコナンは優しく微笑み快斗の口に台所から持ってきたチョコレートを一個放り込んでやった。少しは体力回復すんじゃねーの?

「江戸川君。悪いけどそのチョコ私にも一個くれないかしら」
「ん?珍しいな」
「たまにはね。」
快斗が羨ましかったのか灰原はクスっと笑うともちろん口に入れて貰うなんてとても出来ず手渡してもらう。
「博士は?」
「田所さんの所よ。」
「んじゃコーヒーはここに置いておくか。」
自分のコーヒーに一口つけるとすぐに立ち上がり近くに置いてあったノートパソコンを持ってくる。
快斗の横に座るとカタタタタととても文を打っているとは思えないスピードで指をキーに走らせた。


「調べた限りでは俺達に被害はこないはずだ。ちょっとヤスさんところと別の組が衝突しているらしいけどもうじきに治まるだろう。」
「そう。」
「問題はヤスさんをどうやって組に返すか・・なんだけどな。本人が復活してからでもいーけどよ。しばらく安静だよな?」
「ええ。せめて2週間は寝たきりでいて欲しいわね。」
「・・・・連絡しとかねーと治まりかけてたもんがまた火ぃつきそうだしな。」
困ったもんだと首をひねる。
とりあえず連絡先は解るのだが、ここまで迎えに来て貰うというのもなんだし、連絡して果たして信じてもらえるかも謎だ。
病院に運び込んでいない時点でこちらはもう怪しさ満点なのだから。





「そこらへんは俺がなんとかするよ」
いつの間に復活したのか快斗よいしょっとソファに転がっていた体を起こし、ぬるくなったココアを片手に提案した。
「あれ?快斗目ぇ覚めたんだ」
「なんとかね。コナンちゃんチョコサンキュー。うまかったーコナンちゃんの愛情がたっぷりで。」
「バカ言ってないで少しは寝てろ・・いやその前になんとかって何すんだ?」
「ん?なんとか。まあ俺に任せておけば悪いようにはしないからさ。」
テーブルに置きっぱなしだったチョコをもう一個手渡すと快斗は手を出さず嬉しそうに雛鳥のように口を開いた。
それにムッとしつつもコナンは口に放り込んでやる。
ぐったりと上半身を背もたれにもたれ、美味しそうにチョコをほおばる快斗。
予想以上に疲労の濃い顔色にコナンは思わず見つめてしまった。
ちょっとやそっとでは疲れを見せない相手だけに首を傾げてしまう事態である。


そんなコナンの疑問に気付いたのか灰原が快斗に意地悪げに微笑んだ。
「黒羽君。黙っていることはないわよ。」
「え?」
「江戸川君彼があなたとの約束の時間に遅刻した理由はちゃんとあるのよ。」
「は?」
なんで話がそこへ飛んだのか解らないコナンは訝しげに灰原を見つめた。
「なんで哀ちゃん知っているのかなぁ?」
「丁度テレビで見たから。」
まいったなあ・・と頭を掻く快斗。
二人のやりとりに訳の分からないコナンは身を乗り出して灰原に詰め寄る。


「一体なんの話だよ。」
「10時頃あの近辺でもう一つ発砲事件があったのよ。」
「・・・・」
まさかと思う。あの時気のせいだと思った音がそうなのか?
「彼はその犯人を始末するために待ち合わせの時間にこれなかったのよ。」
「なんで・・・」
わざわざそんな真似を?そのコナンの問いに灰原は意味深に快斗に目を流し、
快斗はと言うと「あーーー」とうめき額に手をやった。

「・・・だってねー。そいつコナンちゃん狙ってたんだよ?だからもしかして組織の奴で、俺達の正体がばれてるのかもーって思って近づいたら全然そうじゃなくってさ。」
「それじゃあ?」
「狙撃の練習って言ったんだあいつ。もうむかついて。」
やっていることにもむかついたが一番むかついたのは狙撃の的にコナンを選んだ事だとこともなげに快斗は告げる。
お前それは人間として間違っているぞ快斗・・。

「それでそいつは?」
「ん?ひっつかまえて警察に突き出してきた。あ、もちろん変装しておいたから大丈夫。」
「・・・そう。」
「そん時になんか拳銃数発撃たれてね、それが事件になっちゃったみたい。」
簡単に言うがとんでもない話だ。
もしかすると自分はあの時撃たれていたのかもしれない・・・。
コナンは未だに実感が湧かないためあまり恐怖も感じないが、恐るべき事態である。
「え・・とありがとな快斗。」
「いえいえ。」
「それの所為もあってそんなに疲れてたのか。」
「そうだね。ちょっと昨日は働き過ぎたかな。」

銃をもった相手と立ち回りをやったあげく、今度はかなり遠くのビルまでひとっ走りしたのだ、いや、その前にコナンを探すためにかなり走り回ったのもあるから本当に一日走り回っている。
そして先ほどまで手術の手伝いのため一睡もせず、働いていたのだから・・・・


「お前・・・人間の体力越えてるな。」
呆れたようにつぶやくコナンに快斗は唇をとがらす。
「あーしっつれいだなー。コナンちゃんの為に頑張ってるのにぃ。」
まあすべてコナンがらみだから何も言えない。


「とりあえず一眠りしたヤスさんの事はなんとかするから。お昼になったら起こして。」
「お前なんか食わなくていいのか?」
「ん・・・・腹へった。」
昨日の朝食べたっきりなにも食べていないのだそれは皆同じ。
「なにか作るわ。江戸川君。貴方は彼の体力回復のために膝枕でもしてあげなさい。」
灰原のとんでもない発言にコナンは嫌な顔をし、快斗は飛びつくようにコナンに抱きつき灰原に満面の感謝の笑みをみせる。
「コナンちゃーーーん。ねーねーねーねー」
「・・・・・・・・」
「ダメ?」
「・・・・・・・ご飯出来るまでな。」
「うんっ♪」

この疲れた顔の原因はすべて自分なのだから、そう考え仕方なしに膝を貸すコナンであった。



結局快斗はそのままコナンの膝で熟睡してしまい、ご飯も食べずお昼まで寝入ってしまった。
それまで諦めて膝を貸していたコナンに起き抜け恨めしげな瞳を向けられ快斗は手を合わせて必至に謝る事になるのはまた数時間後の話。
今はただ昨日の疲れを癒すべく大好きな人の膝に頭をこすりつけ幸せな夢を見るばかりであった。


その後目が覚めた田所が治療された自分の足と喧嘩をする二人の少年を見て驚きをあらわにしたが、果たしてどちらの方がより驚いたのかそれは本人にも解らなかったらしい。






小説部屋     中編

哀ちゃんがきっと最後に怒り爆発でしょう。
何せご飯たべずに寝ましたからあの人。