72時間の奇跡
〜幽霊の事情〜
       其の1





工藤新一は街を歩いていた。
相変わらずの怖ろしいまでのフェロモンを辺りにまき散らし、沢山の血迷い人を発生させながらもそれに目もくれず(無意識って怖ろしい)サクサクと前へ足を踏み出していた。
周囲の視線など一切気付いていない様子で、ただ目的の本屋をめざして一歩も足をゆるめることなくリズミカルに進んでいく。

時は8月の20日。夏休み終わりかけのシーズンの事だった。
暑い中新刊の為だけに本屋へ出掛ける事を決意した新一。
夏休みの間、事件で警察に呼ばれた時と補習(出席日数稼ぎ)と出校日以外で外出をしたのは実は今日が初めてだった。だが登校する時とは違い今は昼。
真っ昼間。
新一君。
自分の体力を忘れているね。と言うくらいにバカな時間に外へでたものである。
表面上では涼しい顔をしているが首から下は汗ダクダクの新一は帰ったら速攻シャワーを浴び ると心に決め、目的を果たすべく一刻も早く本屋へ着くことを祈った。

(もし一人暮らしするなら本屋の隣りに家を買うっっっ)←借りるじゃない辺り金持ちの発想

などとすでに一人暮らしをしているようなものの新一は真剣に思ったほどにこの道のりは辛かった。

そうして次の角を曲がればもうすぐそこだといったラストスパートのそんな場所で新一は衝突紛いな事を体験した。
曲がり角だけを見ていた新一は前方からフヨフヨ(それ以外に説明しようがない)と来た青年とぶつかったのだ。

正確にはぶつかった気がした・・のだが。


「あっすみません」

ぶつかったような気配がしたので左側を振り向いてみるとそこには自分の顔があった。

(こんな所に鏡が?)

一瞬そんな事を真剣に思ってしまった。
そして素敵な新一の頭脳はそんな事あり得るはずがないと即座に答えをだし、目の前の存在を見据えた。
よくよく見ると

「す・・透けてる?」

ぶつかったと言うのは気のせいでそいつが自分の肩の辺りをすり抜けていったのだろう。
ホログラフィー?映写機がどこかにあるのだろうか?
それをまじまじと見つめたまま考え込んでしまった。
だが考えて欲しい。夜の暗闇ならともかく、真っ昼間の太陽サンサンのこの中そんなもの作動したところでこんなにクッキリハッキリ透けた人間を映し出せるだろうか?
答えは否である。

だとすると・・・
幽霊?いやっもしかすると


・・・ドッペルゲンガーっっっっ!!!


先日見たテレビを思い出した。
夏休みホラー特集でドッペルゲンガーに体を乗っ取られる話だ。
作り物とは知っていてもあまりにリアルなその話と今の状況が見事に融和。
一気に新一は青ざめた。
確かドッペルゲンガーって自分自身の姿を自分で見る幻覚の一種・・だよな?幻覚?これ幻覚なのか?
でも体乗っとられたらどうすんだよ?・・・・いや、ドラマだけど・・ドラマだけど・・・あの主人公確か最後に死んだよなぁぁぁ

恐る恐るドッペルゲンガーを見た。

バッチリ目があった。
瞬間からだにシビレが走るようなビリビリ感を感じる。


うわっうわっっ


「うわーーーーーーーまだ死にたくなーーーーーーーーいっ去れ悪霊っっいやっこの場合は俺が逃げればいいのかっっっっ」


混乱した頭でそれだけまくし立てると新一はきびすを返し今までエンヤコラと歩いてきた道のりを脱兎のごとく駆けだした。


『おおーーーーーーーーーい』
何故か背後から追ってくるドッペル君。
新一は走った。走って走って走って。そして15分かけた距離をたったの3分で通過してしまった。
それでも背後の奴はついてくる。

(あいつはきっと俺をとり殺す気なんだ。そんで俺の体を乗っ取って好き勝手するつもりなんだーーーー)



とにかく新一は混乱していた。


気分は警察に追いかけられる犯罪者
(頼むっっ見逃してくれっっっ)





『ちょっ。は・・早いって走るのっ』

何故か二本の足で走る透明のそいつは新一においつくと更に先回りして手を広げ待っていた。
しかもなんでか疲れた顔をしている。
ドッペルゲンガーも走ると疲れるのか?
どうでも良いことを考えてしまう。
単なる現実逃避かもしれないが。

「どっっドッペルゲンガーの分際で本家本元に何のようだっっこの体は渡さないぞっっっ」

『はあ?』

新一の言葉にそいつは素っ頓狂な声をあげた。
そして次の瞬間には腹を抱えて笑いだす。
地面にしゃがみこみ更には目に涙までうかべる盛大な爆笑ぶりだ。


『ぶはははははははは。なっなにお前マジでそんな事考えてたの?かっっ可愛いーーーー!!!』


それに面白くないのは新一だ。
なんで自分の幻覚ごときにこれほど笑われなければならないのだ?

『お・・・俺は、黒羽快斗、だよ。あんた・・じゃないって』

目尻の涙をぬぐいながらつっかえつっかえ名乗る。
間にはいるのは堪えきれない笑いの衝動だ。
目の前でしゃがみ込みながら見上げるドッペルもどきに新一は眉を寄せた。
笑われている事にも腹が立てば、理解できない今の状況もむかつく。

「こんなに似てるのにか?」
『似てない似てない。ほら透けてるけど見てみっ目が紫がかってるだろ?』

おそるおそる覗いてみると確かにその通りだ。
吸い込まれるような紫の瞳。

・・・・って事は幽霊かこいつっっっっっ

理解した事実に今更もう一度ショックを受ける。
あまり長くみると生気を持って行かれそうで新一は慌てて目線をそらした。
よくよく見てみると体つきも自分より幾分かがっしりしている
それに漂う空気が自分とは全然違っていた。
太陽のような陽気さ。
・・・・幽霊なのに。


「変だな。盆はもう過ぎたはずなのに」
『ああ、盆帰りじゃないって。俺ついさっき幽霊になったばかりのピチピチよ』

自慢げにそいつは胸をそらした。
全然自慢にならないし。

「そいつがなんでこんな所で俺を追いかけてるんだ?」
『いや。逃げる物を追いかけるのってなんか人間の習性って感じ?』

幽霊のくせに。
とは思うが成り立てなのだからまだ幽霊の心得(?)なんて物を知らないのだろう。

「言い忘れたが俺は工藤新一だ。」
『うん。有名だよね名探偵。』
「じゃあそういうことで」

手をあげ快斗に別れをつげる。
ハッキリ言って幽霊をこんなにハッキリクッキリみたのは生まれて初めての事だった。
しかもなんか友達のように陽気に話かけてくるし、変な事にでも巻き込まれる前に逃げた方が無難だろうなんて事件体質の新一は思ってしまった。
せっかく、ようやくこの姿に戻ったのだ。しばらくは平穏な日々を送りたい。


『なんかさー幽霊になって気が付いたのってついさっきでさ。そこら辺の公園にいたんだけどだーーーっれも俺に気付いてくんなかったわけよ?話相手できてすっごく嬉しいんだよな』

俺は大きな迷惑だ。
不機嫌に新一は睨み付けた。

「悪いが幽霊と世間話をする気はサラサラないからさっさと成仏してくれ」
『あっ冷たいのー俺ってば悲しい。こんなにそっくりなんだからもしかすると遠い血縁関係かもしんないのに』

血縁だろうがそうじゃなかろうが幽霊の相手をする理由にはならない。

「知るか」

俺は平穏な日々だけを望んでるんだよ。
幽霊なんて非日常的な事は期待しちゃいない。
例えちょっとばかり好奇心がうずいたとしても・・な。

ささやかな誘惑にうち勝つべく心の中で活をいれる新一を、幽霊はたっぷり眺め微笑む。

『あっそれもしかして新作のクロノ?』

突然新一のしている腕時計を指さし快斗は嬉しそうに覗いてきた。

「おっお前もファンか?いいよなこれっ」

ゴテゴテの大きな時計は新一の細くて白い腕にはちょっと不似合いな気がしたが、それでも銀に輝くそれは新一を彩る一つとしてしっかり役割を果たしていた。

『そっ欲しかったんだよなーーでもこれチョー高いんだもんなー』
「ああ。そういえば高い・・かな」

値段を見ず購入するおぼっちゃまは目を空に漂わせ適当に答えた。
カードで買ったしなー。いくらかしらねーや・・・・
ってか何で俺幽霊とそこらのスーパー帰りのおばちゃんのような会話をしなきゃいけないんだ・・・

『ま、バイトする暇もねーしとりあえず買うの諦めてたからいーけどさ。よくよくみると時計の重さに耐えきれなくて新一の腕ポキッていっちゃいそーだよねー』
時計を見ていたと思ったら新一の細い手首に目がいったらしく快斗は顎に手をやりそんな失礼な事を言ってきた。

「・・・余計な御世話だ」

自分でも思っていただけに新一は憮然と答えた。
確かに左手首が重い。でもこいつはお気に入りなので腕を鍛えるのにいいじゃないかとか理由をつけ家の中でも付けていた。

『あっ気にしてた?ごめんねー。』

幽霊はやっぱり陽気に謝る。
そのあっけらかんとした表情はとても憎めなく新一の周りにはいないタイプであり、面白い奴だなと素直に思った。話していて不快感はないし、むしろしっくりくる。
難を言えば透けている事だけだろうか←かなり重要

未だまじまじと新一の時計か腕かどっちかを見ている快斗のつむじを見下ろしていると新一は突然クラリとめまいがしてきた。


まさか

生命力を吸い取られたのかっっっっ

・・・なんて背筋を凍らせたのは一瞬のこと。
よく考えてみれば場所は太陽の下。
ただの日射病である。

弱いぞ新一。

『うわっ何?どうしたの?って日射病なのか?大丈夫?動けるなら日陰に移動したほうがいいよ?』
「・・ああ。たんなる立ちくらみだ。」

見栄なのか新一はぼそぼそと幽霊にそんな言葉を返すとノソリと日陰に非難した。
快斗は心配そうな顔で新一をのぞき込む。
新一を支えることのできない自分の腕が悔しかった。

「気にするな。いつものことだから。それよりお前さっさと昇天しなくていいのか?」
『こんな新一置いていけるわけないじゃん』
「・・・」
別に幽霊が隣りにいたからどうと言うわけないが、それでも傍に誰か気遣ってくれる人がいるというのは嬉しいものかもしれない。

『ねぇ新一。』
「ん?」

なんでかいつの間にやら呼び捨てにされていたのに気にならない。
むしろ馴染んでいる。

『新一の時計って日付くるってる?』
「は?」

つい最近かった新品で、毎日愛用している可愛い可愛い時計君になんたる暴言だ。
狂ってる?そんなバカな事あるわけがない。
そんな瞳をうけ快斗は困った顔をみせた。

『だって今日8月の23日・・・じゃないの?』
「間違いなく8月の20日だ」
『・・・どういうことだろー?俺がこんな風になったのって8月23日の筈なんだよなーー』
「勘違い。もしくは日付の見間違い。とにかくお前の気のせいだ」
『・・・・』
とりつく島もないとはこのことだと快斗は思った。

『もっと夢を持った発想はできないのかなー探偵って柔軟な思考が必要なんだろ?』
「別に今はいらない。余計な事に巻き込まれたくないし」
『あっその言い方だとなんか仮説がありそうじゃん?』
「ない」
『嘘こけーーー』

きっぱり言い切りすぎて余計に怪しい。

「んじゃ何か。お前は実は三日後の世界からやってきてて、今のお前はどこかでノウノウと生きているとか言って欲しいのか?」
『おっそれそれ。俺それ希望っっ。そしたら三日後の事故ふせげるじゃーん』
「・・・頑張ってくれ」
『えっっ』

クルリと未だふらつく体を回転させると背を向けた。
関わる気は1ミリグラムもないらしい。

『待ってぇぇぇ俺にどうしろと言うのぉぉ』

それはこっちのセリフだ。引き留めて俺に何をさせる気だ。
新一は振り返らない。
ちょっとでも振り返ればきっとあの男の強引さに負ける。
絶対負ける。
そう感じたから。

『ひどいわーーあたしを見捨てるのねーー人殺しーーー』

カクリと膝が折れそうになったがなんとか堪え忍ぶ。ここで反応しては相手の思うつぼ。

『名探偵の工藤新一がこんなに薄情な奴だと思わなかった。』

はいはい。勝手に嘆いててくれよ。
大体自分の不注意で死んだ(予想)くせに無関係の俺に尻拭いさせようってのが間違いなんだよ。

『あーあ。俺死んだら母さん悲しむよな。母子家庭でさ。女手一つでここまで育ててくれったてのに。親孝行もせずに昇天か。。父さんあの世で怒るよなきっと・・・』

ぐ・・・
それを言われるとかなり胸が痛む。
しかも意図して言っているのか解らないが心の内を呟いたような小さな声だったのがこれまた新一の情に訴えかけていた。

『まあ、仕方ないか。死んだもんは・・・はあ・・新一が助けてくれたら死ななかったかもしれないのに』

・・・・・もの凄く自分が悪者になった気がする。
いや。だが全然自分は悪くないじゃないか。
だがここで見捨てたら明日の朝日を爽やかに拝めないような気がしてきた。


(ああ・・ちくしょう!!!)


「うるせーーーーーーーわかったよやってやるよっっっ」


新一はやけくそ気味に叫んだ。




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shiho様へ捧げます♪
まだまだ続きますがどうぞ気長に待ってやって下さい。
03.4.7縁真