光のかけら16


その強い言葉にその場に居た人たちはコナンをはっと見た。
蒼いビー玉のような澄んだ瞳に射すくめられ白馬は言葉を失っていた。
蒼く輝く強い瞳。俺はその瞳が見たかった。その口調が好きだった。
唇がゆるむのが自分でも解った。子供らしからぬ子供だが、自分が求めるのは確かに
こんな姿のコナンだった。
その瞳を自分だけに向けてほしい。
改めてそう感じた瞬間だった。

「―――――解ってくれていて嬉しいぜ。小さな探偵君。これは探偵にとっては証拠品。
他の奴らに至ってはたたのがらくたにすぎねー。」

抑えきれない笑みを浮かべ、手のひらの中でビー玉を転がす。
「でもこの人。伊瀬さんにとっては娘が宝物にしていた物。それをお守りにくれたんだよな。
それは命の次に大切にするだろう。大切な娘・・光ちゃんが大切にしていた物を
大切なお父さんにくれた物なんだから。」
そして驚く周囲をよそに窓辺に近づくと快斗はそっと窓の向こうにある空に向けてビー玉をかざした。
窓の外から太陽の光が入ってくる。少し欠けたビー玉は光をうけ、部屋中にプリズムを
巻き起こした。

キラキラと輝く光は幻想的で思わず人々はほうとため息をつきつつ見とれていた。
一瞬で意識を取り戻したのはただ一人コナンのみだったらしい。
快斗が太陽にビー玉をかざす姿を見て彼は目を見張っていた。
きっとバレたなこれは。
夜空に宝石をかざす姿とまったく一緒だし。
それでもいいと快斗は思った。彼にならバレてもいいと・・・。

「彼にとっては宝石以上に価値のある物・・だろ。」
ギュッと手のひらの握りしめると光のプリズムは一瞬にして消え失せ現実を取り戻す。
伊瀬にそっと手渡すと彼は大切そうに胸に抱いた。


「ばか・・」
コナンは唇をかみしめる。
それに「ん?」と快斗が顔を向けるとコナンは慌てて駆けだした。
伊瀬に向かって。
だが伊瀬の方が行動が早い。
窓へと足早に近づくと一瞬にして窓を開き身をのりだした。
・・・・まさかっ。

「い・・せさんっっこんな事・・してもっっ意味はないっっ」
コナンが必至に伊瀬の足をひっつかみ戻そうとしているがしょせん子供の力だった。
そのまま二人して三階から身を投げ出すことになってしまった。
快斗や他の人たちが慌てて手を伸ばしたときにはすでに遅かった。
・・・コナンっっ。


部屋中の人が呆然と窓を眺めていた。
殺人犯とその巻きぞいをくった小さな少年。
助かるわけがない・・そう思った。
この窓のしたは丁度コンクリート部分になる。
少し向こうなら草があるがそこまで飛ぶことはないだろう。
ならば―――――
ちょっと窓の下を覗けばいいのに誰も覗こうとはしなかった。
もし決定的ななにかを見てしまったら・・・。
助かるわけがない。でもそれを認めるのを先延ばしにしたい。
息をひそめこの後の事を考え、誰一人口をひらかなかった。
否・・ひらけなかった。

そこへピルルルルル。
どこからか怪しい音が響いた。
これは?
「携帯?」
快斗は一番ありえそうな物を口に出した。
どこからだ?
きょろきょろするとコナンが置いたリュックが見えた。
まさかあの時奪った携帯が鳴ってるのか?


「黒羽君っ」
勝手に鞄をあさり携帯に出ようとした快斗に常識人の白馬が眉をよせる。
それに今はそんな場合じゃない。
下に行って二人の様子を見なければならないのだから。
そう言いたいのだろう白馬の思惑もわかる。
だが。
快斗の予想では二人はまず大丈夫だろう。
コナンが簡単に死ぬわけがない。
なにやら予感めいた自信があった。

「はい?」
『あれ?工藤元に戻ったんか?』
不思議そうな声が聞こえた。
この声は西の探偵。服部平次・・・。

「くどう?」
『は?違うんか?お前だれやねん?』
「えーっと今コナンがいないから替わりに出てるんだけど?」
『そーやったんか。すまんけどくど・・・やないコナンに代わってくれへん?』
「今取り込み中なんだ。」
『んーーほな伝えといてくれるか?急ぎらしいで。頼まれとった人の手術はなんとか無事成功した。んで、明後日には面会謝絶も消えるやろ・・って』
「わかった。伝えておく。」
『おーきに。ほな』
「ああ」
プチッと切る。服部の声は嫌いじゃない。
関西のイントネーションはなにかホッとするものがある。
だが、敵という感情が抜けないためかちょっとぶっきらぼうな対応をしてしまいたくなる。

「手術ねぇ・・・この場合手術でお急ぎでお知らせっていうと・・・この事件関係しかねーよな?」
もしかして?
快斗は思い出す。「少しだけまってくれ」
確かコナンは佐久間が伊瀬にビー玉を渡そうとしたときそんな事をいった。
それじゃああいつは娘の形見を手にした父が死のうとしていたことに気付いていたということか。
しかも未来を捨てようとしている伊瀬にまだ希望を見いだせる事をあいつはあの状況で的確に判断していた。
一縷の望みをかけてだ。
手術が成功していなかったとしても別の手で伊瀬に未来への一筋の光を与えていたかもしれない。
すげぇじゃんあいつ・・・。

ただ犯人の手口を調べて事実をつきつけてとっつかまえるだけじゃなかった。
あいつという探偵は。それが凄く・・自分の事のように嬉しい。
自分の職業柄、今まで沢山の探偵を見てきた。会う奴会う奴白馬のような探偵ばかりだった。その結果探偵って奴は単にあら探しのうまいジャーナリストみたいなもんだと認識してたんだ。重箱の隅つっついてさ、ねっちねっちと推理押っ立てて、罪を突きつける嫌な奴だって。
だからこそ今まで探偵と一くくりにして嫌ってきたのに・・・。
それを超越した探偵?いや・・これが昨日白馬が言ってた「真の探偵」って奴なんだなきっと。

俺の目に狂いはなかったって事かな。




「あー危なかったぜ。」
快斗がひそやかに感動していたころコナンは暢気に地面に転がっていた。
隣には死に損ねた伊瀬がいる。
「なんで?」
「灰原に頼んで下に用意してもらってたんだよ。落ちても大丈夫なようにクッションの役目のものをな。」
そばの森で控えていた灰原と博士、少年探偵団はひょっこり顔をだす。
突然騒がしくなった周囲に伊瀬は目を丸くした。
「サンキュー。予備だったんだけど助かったぜ。」
コナンが礼を述べると布団を頑張って運んだ子供達はへへっと照れ笑いを返した。
そしてコナンの指示通り近くまで寄せてある博士の車までまた布団を運び込む。
それを横目にコナンは浮遊感の恐怖を思いだし身震いした。

本当は落ちる予定ではなかった。
だからこそあんなに話を延ばし延ばしにしていたというのに。
いつもならたぶん博士に頼んでクチパクをやって貰った。
だが今回は自分たちを送ってもらった後布団やクッション類を運んでもらう為に博士は別荘に戻っていた。
博士がこちらに戻って来る前に伊瀬の告白劇が始まってしまい、博士を待っている暇がなかったのだ。真相(一部嘘だったが)を伝えた後命を絶つつもりなのは火を見るよりも明らかだった。一晩探してビー玉を諦めたのか、それとも警察に捕まる前にと思ったのか。だからこそ後で灰原に叱られることを覚悟でこの姿であんな事をしたのだから。

大体ひもについてあえて語る必要はなかったのだ。あーゆーのは犯人を問いつめる時に使う手段であってわざわざ人様に教えるような事ではない。しかもすでに本人は罪を認めているのだから普段ならまず口にしない。
そこをあえて口にしたのは単なる時間稼ぎ。もうすぐ服部が連絡をくれるはずだから。
それが吉報である確率なんて万に一つだが、それでも小さな可能性に賭けたかった。
凶報だったら?そんなんその時考えるよ。
だからこれはたんに心の余裕のために念のため用意してもらっていたのだ。
それがまさかこんなに役立つとは。
あーちくしょうっ。あそこであの男がビー玉を手渡さなければっっ。

「君は・・・」
そこまで読んでいたのか。
放心したように地面にへたり込む伊瀬は目の前の少年のすごさを改めて感じとった。
「ま、ここで伊瀬さんが死んだら僕のせいだしね?探偵は犯人を追いつめちゃいけないんだ。
あなたにも希望をあげたかったから。生きる希望を。」
「きぼう・・・」
そんな物僕にはもうないよ。
布団を運ばれ、柔らかくもない地面にへたり込んでいた二人。
子供達は哀の命令により車の中でジッとしているのだろう。
後で真相を聞かれたりずるいと文句を言われたりするのだろうなと思うとコナンはため息を付きたくなってくる。
想像通りの伊瀬の反応にもため息が出てくる。
服部。早く連絡してこいっ。話が先に進めねーじゃねーか。

「コナンっっ」
コナンがとうとうイライラし始めた時三階から声が聞こえた。
見上げるとあの男が顔を窓からだしていた。
三階から落ちた元凶であり、ちゃっかりコナンの事を呼び捨てにし、さらには人の携帯(拝借したものだが)を片手に楽しげに手をふっているあの男。

あれがあのきざな大怪盗・・とは。
コナンですら頭が痛くなる事実だ。

「やっぱり生きてたな。名探偵っ。」
「まーな。その電話鳴ったか?」
「うんさっき出た。服部だったよ。」
「・・・てめーなんであいつの事知ってやがんだ?」
「以前お見かけしたでしょ?」
「・・・・お前追っかけてすっころんだけどな。」
バイクで上見て走っていたせいで事故ったのだが、原因はもちろんこの男だった。
「やだなぁ俺は何もしてないじゃん?それより伝言聞きたくないの?」
「言え」
「はーい。」
おちゃらけた様子のその男にコナンはガンガン痛む額を押さえる。
疲れる・・こいつの相手マジ疲れる。

「えーっとねー『頼まれとった人の手術はなんとか無事成功した。んで、明後日には面会謝絶も消えるやろ』てさ。」
服部の言葉を一言一句間違えず述べると快斗は『手術?』と首を傾げる周囲をよそに楽しげにコナンに笑いかけていた。本当に楽しそうで、白馬が目を見張るほどに。
「そーかサンキュー。」
軽く手をあげるとコナンは目の前の伊瀬に向き直りおごそかに告げる。
「あなたはまだ死んではいけない。しなければならない事が残っているのだから。」
「しなければ・・・ならない事?」
「そう。あなたの奥さんの心の支えに」
「え?」
聞き間違えだろうか?伊瀬は目を何度も瞬かせると上の快斗と目の前のコナンを目で往復する。

「一命を取り留めたんだよ。あなたの奥さんは。」
「まさか・・」
致死量の毒を盛られてどうして生きていられる?伊瀬が信じられないもの無理ない。
信じたくとも信じられない事実を突きつけられているのだから。
「うん。まさか・・だよね。でも奥さんは確か心臓を患ってた。違った?」
「いやそうだが。」
「その心臓の薬とても強い物を使ってたみたいだね。毒を緩和してしまうくらい強いものをね」
それはようするにそれだけ奥さん・・未来さんの病気が進行していた証拠だが、それでもこういう奇跡が起こるのだから人生は捨てたものじゃない。
「確かにまだ危ない状態だけど、なんとか山は越えたんだ。後は心臓の手術を近いうちにしないといけない。だからそのために貴方が力になってあげなくちゃいけないんじゃないかな?」
娘を亡くして嘆き悲しんでいる奥さんのために。
ここで伊瀬までが死んでしまったら彼女こそ生きる希望が無くなってしまう。

「・・・・だが私は・・・」
「もちろん罪は償わなければいけないよね。でもそれでも、伊瀬さんが生きているだけで奥さんは未来を見つめられる・・・そう思うんだ。もうすぐ警察が来てしまうけど、頼めば多分病院まで一度よってくれると思う。面会謝絶中だから会えないかもしれない。でも手紙を置くこともできるし、もしかすると面会謝絶後に会わせてもらえるかもしれない。ねえ、伊瀬さん。希望を持とう。せっかく光ちゃんが助けてくれた命なんだから」
「・・・光・・が?」
コナンの瞳を見つめコナンのゆっくりとした言葉を聞いてまるで催眠術にでも掛かったかのように伊瀬の中に小さな光が一筋さすような気がしてきた。
「伊瀬さんは本当は昨日・・・社長さんを殺した後すぐに後を追うつもりだったんだよね?でも止めた。いや正確には・・・」
「うん・・これを探していたんだ。光の形見だから・・あの世でこいつを見せてやろうと思って。ずっと・・昨日からずっと探してた。」
その時間稼ぎのために社長をあの部屋から追い出したのだから。
まさかその社長が握っているなんて思いもよらなかったけれど。
「社長さんの手に握られていたのはきっと光ちゃんがあなたの生を望んだから。
そう考えてみてもいいじゃない?」
「・・・・」
光が生きろと言っている・・そうこの目の前の少年は言っているのだろうか。
光が・・・。
私に生きろと・・。
ずっと・会えなくて。
電話でしか話せなくて。
あげくに自分が作ったかもしれない薬で・・死んでしまったたった一人の娘。
伊瀬は欠けたビー玉を両手の平で包み込むとそっと額をよせた。

小さな嗚咽が聞こえコナンはそっと立ち上がった。

もう大丈夫。
彼は生からの解放を求めていないから。
だって大切な娘に助けられた命。
まだ守らなければならない人もいる。
例え一生会えないとしても、生きている・・・それだけで心が強くなれる。
俺はそう思う。そう思いたい。
だから・・・・

グッと顔を上に向け昨日とは大違いの青空を見上げた。

太陽は光かがやき暖かな空気を人々に運んでくれる。
傷ついた心を包み込んでくれるような柔らかな空気にコナンは小さくため息をついた。
実際本当の正念場はここからなのだ。
未来さんは夫が殺人犯になってしまったことにショックを受けるだろう。
どれだけ伊瀬さんの罪が正当性を持つか。
下手にトリックを使ってしまったせいで更に罪状は増えている。

ま、未来さんはきっと佐久間さんがなんとかしてくれるだろうし、伊瀬さんはそうだな・・いざとなったら蘭の母さんにでも頼んでみるか。
なにせ完全無欠の弁護士だしな。

コナンは相変わらず脳天気な思考で空を見上げる。

空は青いし雲は白い。
太陽は明るいし、鳥は楽しげにさえずる。
木々はさわさわと柔らかな音を立て、川は昨日とは大違いの自然にとけ込むようなせせらぎをみせた。

いい天気だな・・・昨日の事が嘘みたいだ。



こうして事件は終わったのだ。



あとがき

皆様長々とおつきあい有り難う御座います。
次回のエピローグで最後です。
最初は果たして最後まで書ききることが出来るのか・・・と不安で仕方ありませんでした。
何せ初の長編でしたから。
いつの間にやら「約束」に追い抜かされ(笑)危うく一年かかるかもしれないという危機から
脱出できただけでも幸いでしょう。

書きたかったのは、今回の話です。
快斗君がビー玉を太陽にかざすシーンをどうしても書きたくて、(そこから題名を取ったのです)そこへ繋げるまでの話がなかなか思いつかず大変でした。
もう一つエピローグの内容も書きたかったシーンなので、書きたいものはほとんど後に固まってるんですよね。
だからこそ前の方が進まない進まない。余計な人(やくざ軍団)は出てくるわ、白馬君が予定外に張り切るわ(なんの役にも立ってないが(笑))で話がどんどん変な方向へ進んでしまい大変困ったものです。
ああ。エピローグ・・・ここまでこれてよかった。


2002.5.10