恋の罠しかけましょ  



夢のような世界が終了し、会場内が興奮の渦に巻き込まれている中、イスに座ったままの黒羽快斗は目を瞑って唇を噛み締めていた。
あんなに見たかったショーなのに。今は少しだけ後悔している。
思ったよりも世界が輝いて見えて。未来が怖くなってきたのだ。


「快斗?」
いつまでたっても立ち上がらなかったからだろう。不安そうにかけられた声に、快斗は思わず独り言のように尋ねてしまった。
「・・あんな風になりたいって俺が思うのは傲慢?」
虫のいい話・・・かな

困ったような顔で笑ってみせた怪盗にコナンは眉をしかめた。


「俺に聞くな。知りたきゃ被害者の方々に一人一人回って聴いて来い」
真実を見抜くはずのその慧眼を一秒たりとも使用してくれず、あっさり放棄。
さすがコナンである。
『自分のこたぁ自分で考えやがれ』
あまりに正論すぎてぐうの音も出ない。

「だいたいなーお前が見たいっつって見たんだろ。その後で四の五の抜かすな男だろーが」
めっちゃ呆れた顔で言われた言葉に
「うう・・」
と情けなくうめく快斗。コナンの言葉はもっともで。
まったくさ、自分で連れてきておきながら落ち込んでてどーすんのよ?

「だってさーだってさーやっぱ一応俺だって人の子なのよ。泣きたくなる日くらい肩貸してくれたっていいじゃん名探偵の意地悪ーーー」
「なんでコソドロごときに俺様の高貴な肩を貸してやらなきゃいけねーんだ?」
ぶーぶー文句をたれてみればコナンからは真剣な表情で問い返されてしまった。
ひっっ酷いっ。厭味で言ってくれたなら救いもあったのにーーー。

「ちぇーちぇー未来の高名なマジシャンの命運が掛かってるのにさー肩の1つくらいいいじゃんさー」
言い合っていたらちょっと気分が軽くなってきた。
だからそんな軽口を叩きつつ快斗はようやくイスから体を起こした。

「い・や・だ」
「おっけ。じゃ胸かして♪」
泣きたくなったらその胸に飛び込むわ〜
「あいにくと貸しだしておりません」
「ええっじゃぁ今から貸し出し開始!ただし快斗君専用ねっ」
「ばぁろー。」
軽く足を蹴られ、快斗を置いてさくさく出口へ進むコナンは背中をみせたまま早口に言い切った。
「おメーがマジシャンにならねぇでどうすんだ。マジック業界の多大な損失だぜ。」
「え?」
「まぁせいぜい哀しませた人間の何百倍の人を幸せにして罪を減らしていくんだな」
「・・・・・・減るかな?」
言うだけ言って駆け出していきそうなコナンの手を掴み問い返すと

「減るさ。俺が言うんだから間違いない」

クルリと振り返り自信満々の表情でキッパリ言い切られた。
ああ、なんて心強い言葉。
根拠なんてひとかけらも無いだろうにこんなに信じられるなんて。さすが・・さすが俺の名探偵だ。

「そっか。うん・・・頑張る」


コナンの言葉に快斗がウルウル感動の涙を浮かべていると。
ドドドドドと何かの大群が目の前を通り過ぎた。
「え?」
「へ?」


その流れに巻き込まれた快斗と、それを呆然と見送るコナン。
「たぁすけてぇ」
冗談だろうか?なんであいつはいとも簡単にさらわれているのだ?
「おいおい」
慌てず騒がずコナンは追跡眼鏡のスイッチをOnにした。←いつの間に追跡シールを?

我ながらちょっと照れくさい言葉を吐いたとコナンは思っていた。
我ながら親切すぎねぇか?
なんて自分には似合わない行動にコナンは苦笑する。

いつだって自由気ままで優雅で気障で何だって自信満々な笑みでたやすくこなしてしまう怪盗紳士。
でもきっと誰よりも自分の行いに心痛めている。
そんな彼をコナンは垣間見てしまった。
弱気な彼を。

あんな顔見たくない。させたくない。なんて思ったんだよな。
あーやだやだ。ほだされすぎだろ俺。




彼ら(ストーカー軍団)とて好きでラブ×2デートを見学していたわけでは無い。
ただひたすら

「兄弟かもしれんと思ったんだー」

なのである。
世間一般からすればコナンと快斗は兄弟としか思えない程似通った顔立ちをしている。(←ちなみ兄弟と思った理由に『年齢差』と『性別』をあげる人間はこの場に居ません(笑))

一緒に住んでないのだから違うだろうと思いつつも『万が一』がある。
そう考えると『未来の兄になるかもしれない男』に攻撃を加えるのは躊躇われた。

・・・なんて理由があったのだ。だがストーカー仲間(仲間ってどーよ?)の一人があの男の素性を知っていて詳しい話しを知人に尋ねまくったところようやく・・・・

よーーーうーーーやーーくーー先程確実な情報が手に入ったのだ。

いわく

「あいつの幼なじみが言い切った『快斗は独りっ子だよー?』だそうだ」

その瞬間あの男の存在は『敵』と決定したのである。
「ってかなんであいつの友人どもは口をそろえて『黒羽なら隠し弟の1人や2人いてもおかしくねー』とかほざくんだーー。しまいにゃ『隠し子ならいるかもなー』とか言い出すしっっ」
まさか本当に兄弟では無く『隠し子説』が濃厚かと疑ってしまったではないか。
所詮他人事の友人どもはお気楽に適当なことを吹聴して電話をきってしまったらしい。
とにかく『確証を・・・確証だけをくれっっっ』な気分のストーカーであった。

付け加えて言えば黒羽の担任ですらも
「ああ、学校に提出されている書類上は一人っ子だな。何をどう密かに隠してようがあの黒羽だからなー。たかが書類程度で事実とは言い切れん」
とまで言ったという。そこまで言わせる黒羽って何者?と彼を知らない人間は首を傾げたかった。

・・という訳で。
そんな長い道のりを経て、ようやくここまで至ったのである。

「さっきまで大人しかったのにさー」
男どもは唇を尖らす黒羽快斗という憎い男をとりあえずカラオケボックスに連れ込んだ。



もうさー感動の場面よ?
ハグして抱き上げてクルクル回っても当然の場面だったわけよ?←そうか?
しかもどさくさに紛れて頬にキス・・・しちゃったり〜なんて大きな夢を抱えてたりしてたのにさー←いや、小さいよ

「もーー最悪っっ」
なんで今?

と、いきなり拉致られた立場の快斗は大変不満タラタラだった。
しかし『ようやく来たか』とホッとしてたりもする。
なにせ当初の目的はこいつらとの全面対決。それに勝利の末『使える男』と見直して貰いたいなんて思っていたのだ。←なんだか卑屈?(笑)
ささやかな事でもその信頼が得られれば次に繋がる。
もとより一日で惚れさせるなんて無謀な事は百も承知。
なにせ相手が『アレ』なのだからどんなにこちらが手を尽くしても効果があるとは思えない。
だって『最強最悪の名探偵さま』なのだから。

「ふ・・・飛んで火にいる夏の虫〜」
八つ当たりも兼ねさせてもらっちゃおー♪
不気味に笑って見せると、ちょっと腰が引けている様子のストーカー軍団に向き直った。

「さぁお話合いの時間ですよ〜」
とても大人数に囲まれているとは思えない余裕っぷりだった。




「ったく。なんで俺が」
一方置いてけぼりをくったコナンはのんびり目的地まで歩いていた。
何せ掠われたのはあの怪盗だ。心配する必要性を感じない。
めんどくさいしこのまま帰るか?と一瞬考えてみたが怪盗との連絡方法を知らない事に思い至った。

その後の報告と約束したテーマパークへの足代わり(←行く気満々ですか・・・)について連絡が必要なのだ。
「ったく先に携帯ナンバーくれぇ言っとけっての」
っつか怪盗なら攫われぎわにアドレス書いたメモの1つくらい置いてけっての。
そしたらもう帰れたのによーと限りなく八つ当たりに近い文句を垂れつつコナンはゴール地点を見つけ嫌な顔をした。

そこはそう江戸川コナンにとって危険区域。
言わば黒羽快斗にとっての水族館と同じ立場の施設なのだ。

「帰ろうかな」
コナンは真剣に呟いた。


敵前逃亡を決意したコナンはクルリと180度からだを回転させると来た道を戻ろうと一歩踏み出した。
しかしあることに気づいてしまった。

(ああああー俺買った本あいつに預けっぱなしじゃねぇかっっっっ)
今日帰ってから読むつもりだったハードカバーが三冊。きっちり工藤の家まで運んでもらう気満々だったコナンは一生懸命頭の中で計算する。
ほっとけばあの無駄にお人よしそうな怪盗が夜には持ってきてくれそうだ。
しかし明日という可能性もある。そうすると明日には毛利の家に帰る予定のコナンは本が読めない。
「むむむ。今日徹夜して三冊読みきる予定だったんだけどな」

本だけ返してもらいにいくとして、それを家まで持って帰るのは嫌だ。←我がまま全開

・・・・仕方ねぇ

単純明快な思考の末にコナンは地獄の扉を開いた。


「こんにちはお姉さん。僕のお兄ちゃんが友達と一緒に居るはずなんだけどお部屋の番号聞くの忘れちゃったんだ。どこか解る?」

子供の特権、ニッコリ笑顔でそう問えば。
普通なら絶対教えない情報も思わず好意的に口にしてしまう。

「あーさっきのあの少年かな。そっくりだねぇ」
「うんよく言われるんだっ。快斗兄ちゃんったらお財布忘れたーって言うんだよ。もー」
ぷくぅと膨れて見せながら自分の財布を見せてみせる。今日の財布は工藤新一用の皮製のもの。絶対ばれまい。

「そうか。それは困るだろうね。部屋の番号は教えられないけど、今呼び出しするからお兄さんのお名前フルネームで教えてもらえるかな?」
「うんっ」



「い〜い所だったのになぁぁ」
チクチクとズケズケと精神攻撃しかけまくっていた快斗は周囲のストーカーどもが胸を押さえて涙を流す姿をフフンと鼻で笑ってみせていた。
「コナンが怖がるからさー。ってか今日一日見てれば俺らがラブラブなのなんて解りきったものでしょー?俺達は運命で結ばれてるんだもんね」
自分勝手に妄想をはく姿は演技・・には見えない。本気で本気でそう思っているのだろう快斗に男どもの頬に悔し涙がまた光る。

更なる妄想を吐き出そうとしたときにカラオケルームの電話が鳴り響いたのだ。
まだ入って10分かそこら。
終了の連絡では無いだろう。

じゃあ何だ?

そう考えたとき、快斗の頭に1つの素敵な可能性が浮かび上がった。
まさかっっでも・・そうだったらなぁぁ。

「はい?」
『すみませんがそちらに黒羽快斗様はいらっしゃいますでしょうか?弟さんがお見えなのですが』

き・・・来たーーー。これっこれを待ってたのよ俺はっっ。
とらわれの姫を助けにくる王子様〜

って姫が俺かよ?←1人突っ込み(笑)


ウキウキルンルン受付へ向かった快斗はそこで仁王立ちするコナンを見つけあまりの嬉しさに勢いよく抱きついた。

「コッナッンっっっっっちゃぁぁぁぁぁぁぁぁん」

今日一番のハイテンションであった事は間違いないだろう。
思わずコナンは三歩ほど引いた。

「あんなむさいおっさんどもに囲まれて快斗君は怖かったですぅ」
「・・・・そのおっさんどもが後ろで泣いてるのは誰のせいだ?」
「・・・さぁ?」

見事なトボケッぷりを披露してみせた快斗に溜息つきながら何故か泣いているストーカーのお兄さん達に向き直った。
「とりあえずコレ返してもらいますね」
「えへへ〜コナンちゃんの所に帰るっていい響き〜」
コナンと快斗の間での意志の疎通が明らかにおかしかったがそれは置いておいて。

「とりあえず。俺にはコレがいるんで、皆さんは諦めてお引取りを。快斗、帰るぞ」
「はぁぁぁい♪」

ただの演技と解っていても、こんなに嬉しいなんて。
小さな手を差し伸べられ上機嫌にその手を掴む。
勝手に鼻歌が漏れ出てくる。

「そ・・そんな事許せるかーーーー」

カラオケの受付での修羅場。
人は沢山いるというのに、この先この店に出入り禁止の覚悟があるのだろうか?1人の叫びとともに奮起した男が3人ばかし快斗に殴りかかってきた。

「わおーこれこれ。コレを待ってたのよ俺は〜」
ヒョイと軽く避けながらコナンを片腕に抱きかかえた快斗。あの警察陣を適当にあしらう怪盗なのだからこの程度の乱闘など余裕なのだろう。そう思いつつも多勢に無勢。時間が掛かるのは必死。
あーあ。周りのお客様に迷惑だろうが。

「まさか俺はここであの歌を歌わなきゃいけねぇのか?」
コナンが言いたかったのは古い歌。『喧嘩をやめて〜2人をとめて〜私の為に〜争わないでー』
とても乙女チックな歌である。
今のこの場面にはとても適しているような気もしないでもないが・・・
「あー歌の内容関係なしに戦いは終わりそうだよねー」
「・・・うっせぇよ」
快斗の言ったとおり一瞬で敵が戦意喪失しそうである。

「ま、たかが30人や40人程度だし。っていうか素人だしー」

ここで黒帯が30人とか言われたらとりあえず退散して1人づつ倒す。
だが所詮は一般人。

「あー。思ったよりつまんないや」
「実は俺もそう思った。」

もっと激しい乱闘になるかと思いきや、なんて体力の無いストーカーどもなのだろうか。

「弱いっ」
「ちょっとー。こんな程度じゃコナンちゃんの相方には100年たってもなれないよー?」
「全くだ。鍛えなおしてから出直して来い」
床に転がる30人以上の男達を一瞥して女王様からのきついひと言。
なによりこれが一番彼らにダメージを与えたことだろう。





つづく



By縁真