愛と感動のひと騒動 其の8

「と言うことで頼む。これを綾子さんに届けてくれ」
父に呼ばれ乳母に腕をひっぱられながら最後の頼みとばかりに必至の形相で頼み込む隆にだかしかし快斗は無情にも首を振った。
「やだ」

なにせ隆の両手は乳母に押さえられ今は行動不可能。
反撃のチャンスとばかりに快斗はニヤリと笑い鉛筆を探し出し一本残らず芯を折ってやった。

(あーーーーすっげー気持ちいーー)
今までこんな物に脅されていたかと思うとあほくさいというか馬鹿らしいというか、世紀の大怪盗の名が泣くなぁと思っていたが、それでも何故かナイフをちらつかせられるより怖かったのだ。
銃口を向けられたってあんなに背筋の冷える思いはしなかった。
なんでだ?と思ったがたぶん目の前の相手が普通じゃないからだろう。
何をしでかすかさっぱりわからん。
しかも一本一本ゆっくり芯を折っていくと目の前にあった隆の顔がどんどん歪んでいくのだ。
うはーーー快感ーー。
これぞ復讐の醍醐味。
ざまぁぁみそ。
っていうか復讐の復讐はやめてねって考えてしまうあたり恐怖を植え付けられてるよな。


「さーあこれで脅す物はなくなったねぇお坊ちゃん?」
ふふふん。と芯を折られていびつな形になった鉛筆を振りかざすと隆は今度は冷めた瞳になった。
「ふうん。そう言う手でくるんだ。へー今まであんなに優しく対応していたのが無駄になったみたいだね。」
・・・・優しく?
これはまた面白い言葉を述べてくださったことで。
ハッキリいって最初から最後まで徹底的に脅された記憶しかございませんがぁぁぁ?
「ばあや。手をはなせ。僕は今心から怒っている。」
どうやら鉛筆に攻撃をしかけられたのが隆の怒りに火をつけたらしい。
たかがそんな事で。
「鉛筆というのはね。けずればまた使える便利品なんだよ。折られたって折られたってまた武器になる」
鉛筆の使用方法は武器じゃないっす。
「でもね。僕の本当の武器はこれなんだよ?」
隆の静かな声音に恐怖を感じたのか今までがっしり捕まえていた手を慌てて離した乳母は即座に飛び離れた。
何が起こるんだっ一体。

うっすらと怪しい笑みを浮かべた隆は机の引き出しから一本のペンを取り出す。
「羽ペン?」
「そう。これが一番の愛用品。生憎武器には適さないのだけれどね。改良に改良を重ねて僕専用武器に改造できたんだ」
なんで武器にしなきゃなんねーんだ。
「ほぅぅうら」
ビョッッ。
一瞬にして頬の横をかすめていったそれに快斗はとにかく怯えた。
見えなかった。この自分の動体視力を持ってして。
ようするに武器が凄いというより隆が普通の人間じゃないのだ。

「おいっおばちゃんっっこの坊ちゃんなにもんだよぅぅぅ」
「・・すみません。私にも答えられません。つい2年ほど前までは普通のぼっちゃまでしたのに」
そうか今の坊ちゃんは普通じゃないと認めるか乳母。
「ばあや。なんて事を言うんだい?僕は普通だよ?おかしいなぁ」
新たな羽ペンを持って微笑まれ乳母はすみませんすみませんと頭を下げる。
そうとう怖いらしい。
「さあ。黒羽君?これを持って行ってくれるよね?彼女の元へ」
「いいのか?いいつけるぞ。お前が羽ペン投げるような奴だって」
「別にかまわないよ。それって言いつけられたら困ることかい?」
普通なら「へー変わった方ねぇ」ですむだろう。この常識離れした腕力を持ってなければ。
「人様にむけて鉛筆なげる酷い奴だって言ってやるぅぅぅぅ」
「黒羽君なんで脅すんだい?僕別に無理な事言ってないよね?」
言ってる言ってる。しかもテメーずっと脅しておいてそれはないだろう。

「・・・・・・・・・えーっと。ごめんなさい。あまりにも日本語通じなくて疲れてきました」
だからどうかここから帰らせて。
・・っ言うか考えてみれば写真受け取ればそれ渡して速攻家に帰れるじゃねーか。おおっ馬鹿だな俺っっ。
どうやらあまりに不毛な会話に思考回路が止まっていたのかそんな簡単な事にようやく気付くと快斗は突然笑顔を見せ写真を受け取った。
「なんか突然写真届けたい気分になってきたから届けてくるわ」
「そうかい?よかったよ受け取ってくれて」
最終手段を適用するしかないかと思ったよ。と続けられ快斗は心底今のうちに受け取ってよかったと思った。

「それじゃあ行って来まーーす」
そしてさらば永遠に。

窓枠に足をかけたその時家の前に一台の車が急ブレーキで止まった。
そして怪しい黒縁眼鏡の二人に引っ張られる先ほど無理矢理見せられた写真とそっくりの女性。
その後から同じく黒縁眼鏡の男が昼間合った眼鏡の少年を俵抱えにして降りてきた。
(・・・・なんだ?一体)
「どうしたんだい?」
突然動作のとまった快斗に隆は窓の外へと目を向ける。

「あ・・・綾子さんっっっっっ♪」



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