愛と感動のひと騒動 其の9



僕に会いに?
両手を組みそんな楽しげな事を叫ぶ隆はどう見ても嫌々顔の綾子の顔が見えてないのだろう。

「隆っ何故呼んでいるのにこないっっ。千代っどういうことだ」
乳母がはっと扉を振り返りそこから入ってきた着物姿の厳つい親父に頭をさげた。
「申し訳ございません旦那様。少々アクシデントが」
「隆・・と誰だお前は」
「えーっと隆坊ちゃんの客?かな」

窓枠に右足をかけたままそんな答えを軽く返す快斗に旦那様は眉を寄せ未だ窓の外に気をとられている隆を振り仰いだ。

「隆。お前の結婚が決まった」
「は?」
「今日今から婚姻届けを提出する。せめてお前に判子くらい押させてやるから下へ降りてこい」
「え?父さん?どういうことで―――――」
「拒否権はない。最初から婚約者の事は話してあったはずだ。それが未来だろうが今日だろうが結果はかわらん」

変わる変わる。全然違う。
なるほどこんな親父のせいでこんな子供が出来たのか。快斗はうんうん頷く。

「父さん。何故こんな突然に?」
「お前がどこぞの女に惚れ込んだと千代が教えてくれた」
「ば〜あ〜やぁぁぁぁぁ」
「すみませんすみませんすみませんすみません。でも・・旦那様の方がぼっちゃまより怖いんですぅぅぅ」
「隆。千代に八つ当たりしてみろお前の一番恥ずかしい過去を世界中の人に暴露してやるぞ」

出来る物ならしてみろっと隆がいわない辺りどうやら本当にやることができるようだ。

「父さん。たった今からあなたとの縁を切ります」
「却下」
「却下は認めません。さようなら。家出しますのでこの部屋から出てって下さい。もう知りませんあなたの事なんか。僕の大切な綾子さんの事を分かろうともしないで」
「ダメだもうお前の結婚相手はそこまで来ているからな。にげられんぞ」
「・・・・逃げられますよ。この羽ペンがあればどこまでもね。ふふ」
「まだそんな幼稚な物を。男なら筆ペンだろう。」
「父さんそれじゃあ武器にならないんですよ」
「目つぶしにはなる」
「なるほど姑息でいい手ですね」
「だろう。と言うことで出ていくのは却下だからな」
「認めません。」

二人の静かな闘いを傍観していた快斗はこの後の展開が簡単に読め、なにやら地面にのめり込んでさらにもぐらの巣を探し出してそこで3日くらい逗留したいほど落ち込んだ。
こんなばかげた騒動に巻き込まれるなんて俺不幸すぎ。



「おいっそこの二人っ。ちょっと一言。婚約者とやらと隆ぼっちゃんが会えば万事解決だぞ」
「・・・・・・・同感だ」

いつの間に通されたのか入り口から入ってきたコナンが述べた。
「なるほど隆さん・・ね。まさか綾子さんの婚約者もどきが隆さんだとはねぇ。」
「あまりにあほくさい展開に涙もでてこねーよ」
「同じく。」

快斗とコナンは二人しみじみと頷き合う。

「俺なんかこの坊ちゃんに鉛筆と羽ペンで脅されまくったんだぞ」
「どうやったらそれで脅されるんだ?」
「一遍脅されてみろ。あの恐怖は味わった者しかわからねー」
「俺なんか綾子さんのなっがぁぁぁぁぁい髪で脅されたぞ。想像してみろよ。長い黒髪が自分に巻き付いてくるんだぜ」
「・・・こわっ」
「だろう?今日夢でうなされるとしたら原因はそれだな」
二人同時にせいっだいなため息を一つ。



「どういう事だい黒羽君?それとその子供は一体・・・」
二人の会話の内容がさっぱり分からなかったのだろう隆が尋ねてくるがコナンも快斗も答える気はない。こんな苦労かけさせられておきながら親切に説明なんてしてやりたくもねー。
「あれ見れば?」
「それで充分でしょ?」
二人して顎でドアの外を示す。

「隆・・・さん?」
「あ・・・綾子さんっっっっっ」


まるでメロドラマのように二人で寄り添いあうとぎゅぅぅぅと抱きしめ会う。
「僕に会いに?」
「違うの結婚させられそうになって―――――」
「もしかして婚約者から逃げてきたのかいっっ?」
「いいえ。連れてこられたの」
「は?」


いい加減わかれよっと二人は突っ込みたい。
たぶん綾子は分かっているのだろう。
だが隆は展開が突然すぎて付いてこれなかったらしい。

「隆さん。わたくし笹貫綾子ともうします。あなたの結婚相手・・・のようですね」
「ええ?だってお見合い写真の顔は・・え?ばあやっこんな顔だったかい?」
綾子の顔をひっつかみ乳母の方へと向けさせる失礼な男。
「さあ?ちょっと化粧で印象が変わっているようですね」
「写真と申されますともしや成人式の?」
「はい。あの写真とは全然違いますよね」
「そうですね。あれは父の命令でおしろい塗りたくってとにかく化粧が濃かったですから。息するのも大変でしたわ」
「そうだったんですか。あなたが僕の婚約者だったのか。僕たちはどうやら運命という名の絆で結ばれていたようですね」
「まあ。嬉しい事を。それでは隆さん。」
「ああ。綾子さん。」

手を取り合い二人は朗らかに微笑み会った。

「「まずは交換日記から」」

二人の声が素敵にハモッた。

辺りに脱力感が漂ったのは仕方の無いことだろう。


「綾子」
「隆」
一体どういうことだと詰め寄る父達に二人が事のあらましを説明している間にコナンも快斗もさっさとその場を去った。実に賢明な判断である。
下手をすれば仲人がどうの言われかねない。


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