始まりの気持ち10
次の日。
「おはよう大輔君っ。」
爽やかな笑顔だった。
それはもう晴れやかで人生楽しくて仕方ないって程に。
それを見て大輔はとっても不機嫌になった。
昨日慌てて学校を飛び出した大輔は帰る途中返事をし忘れた事を思い出した。
なにせまだ答えは出ていない。
逃げて来てラッキーと思った。
そうして家に帰っても姉やら母やらに考え事がジャマされるのは想像ついていたので、諦めて近くの公園でボーッとブランコをこいでいた。
チビモンは熟睡体勢に入っているためしっかり抱えてやったまま器用にこぐ。
「わっかんねー。」
自分の感情なのにわからない。
だって好きってどんな気持ちなんだろう?
光ちゃんの事がずっと好きだと思っていた。
それじゃあ今は?
好きだけど・・・・・ちょっと違う気がする。
一昨日までは笑顔見たらドキドキして仕方なかったのに、今はただ嬉しい。
それじゃあタケルは?
「・・・タケルの笑顔?なんかあいついつも笑ってっからなー。」
笑顔見て嬉しいと思うよりむかつく。
あのヘラヘラした笑いがなんかしゃくに障る。
じゃあ笑ってなかったら?
昨日凄く真剣な目をしていた。
今日の朝は?
死にそうな目・・・してた・・な。
あんな目見たくなかった。
見てて辛かった。
そんなタケル見たくない。
でもあんな顔を見せていたのは自分にだけだった。
光にもいつもの笑顔だった。
それが少し・・・誇らしい・・というか優越感を感じるような・・・。
自分にだけ。
「好きだよ。」
耳元に優しい声が蘇る。
っかぁぁぁ恥ずかしいっっ。
頭をぶんぶんふりその声を思考から振り落とすと大輔はもう一度考える。
タケル・・ねえ。
好きか嫌いか・・って言ったら嫌いだったんだよな。
実は。
でもさ・・。
そんじゃぁ振ればイーじゃん?とか考えたらなんか嫌な感じがして。
なんでだよ?
だってあいつ男だぜ?最近までむちゃくちゃ嫌いだった奴だぜ?
なのにきっぱりNoと言えない自分がいる。
わけわかんねぇぇ。
髪をぐしゃっとかき混ぜるとブランコを止める。
もう帰るかな・・・。
腹減ったし。
「あれ?大輔?」
その声は救いのように大輔には聞こえた。
「賢・・・。」
振り返るとそこにはミノモンを抱えた賢がいた。
夕暮れの公園で二人は驚いた顔で互いを見つめ合った。
先に口火をきったのは賢。
「どうしたの?こんなところで。」
「あ・・いや・・その・・・ちょっと考え事を。」
必至で言い訳を考えたが思いつかずほんとうの事を述べる。
「?珍しいね。そんなに難しい事?」
「うーん難しいといえば難しい・・かな。答えが出ないんだよな。」
「僕でよかったら聞くよ?」
「・・・・ちょっと・・・。」
さすがに優しい賢でも男に告白されて悩んでいるなんて言ったら引くだろう。
「そういえば昨日はどうしたの?」
「あっ」
夜に電話しようと思っていたのにそれすら忘れていたのだ。
チビモンの事ばっかり考えていたから。
「あーーあのなー。」
恥ずかしながらも昨日と今日の出来事を説明する事にした大輔。
賢は隣のブランコに腰掛けると面白そうに聞き出した。
聞き終えた後の賢の反応はすさまじかった。
「あはははははははははははははははははははは。」
笑いがとまらない。
もうどのくらい笑っているだろうか?
大輔は恥ずかしいのを通り越してだんだん呆れてきた。
「そんなに面白いかぁ?」
腹を抱えて笑う賢は目尻の涙をぬぐいつつ苦しそうにうなづいた。
酸欠らしい。
「お・・・おもしろ・・過ぎ・・・大輔・・・・。」
まだ笑う。
自分でもバカだったなぁと思うがそれでも昨日の悩みは真剣なものだったのだ。
それをここまで笑われるのはちょっとむかつく。
「けぇぇんー。怒るぞっ。」
「いや・・ごめん。笑い事じゃなかったんだろうけど。でもよかったよね。笑い事ですんで。」
「まあな。本当に。」
言われてみればそうなので大人しくうなづく。
「それじゃあ仕方ないよね昨日これなくても。」
「うん悪いな。」
本当はそれだけが理由じゃなくタケルの事もあったのだがそこらははしょっておく。
「でもその事件が解決したのに新たにまた悩み事が出来たんだ?大変だね。」
「ああ。本当に・・・こればっかりはな・・・。」
「急ぎなの?」
「明日が期限なんだ。」
期限・・・と口の中でつぶやくと賢はんーーと少し首を傾げ考えた後つっかえつっかえ話し出した。
「あのね。僕も内容が解らないからそんなに大したこと言えないけど・・・・えっとうーん。
それはどうして答えを出さなきゃいけない問題なんだよね?」
「うん。中途半端とか解らないは駄目なんだ。」
「でも答えが出ない。適当に答えたら駄目なの?」
「うん。もしかすると俺の一生に関わってくるから。」
一生?目を丸くする賢に大輔は小さく笑う。
「うーーんそこまで壮大だと本当に何も言えないな。でもね、一生に関わる事ならなおさらきちんと考えないと後で後悔するよね。」
「うん。」
「ギリギリになって答えが出ないからそれじゃあこっちでいいや・・・なんて答えだしたら後ですっごく後悔すると思うんだ。」
「うん。解る。」
「だから一つだけアドバイス。僕なら―――――」
「賢なら?」
「限界まで期限を引き延ばす。」
据わった目だった。
それは怖いほど真剣なだけあって大輔は息をのんだ。
「引き延ばす・・・賢ってそんな事するんだ?」
「まあね。ほらっサッカーとかも一瞬の判断が命取りだよね?そんな時に止まって少し考える時間とかを作るんだよね。」
「そっか。」
大輔なら考えずつっこむ。
だから賢はいつもあんなにスムーズな動きをするんだな・・と頷いた。
「限界まで・・・引き延ばす・・か。」
使えるかもしれない。
タケルが了解するかは解らないけど。
「サンキュっ賢。やってみるよ俺。」
突然元気になった大輔に一応的はずれなアドバイスじゃなかったことにホッとした賢はゆっくりブランコから立ち上がり地面に置いておいた買い物の袋を手にした。
コンビニに行った帰りなのだ。
「頑張ってね。」
よくわからないけど。
「おうっありがとなっっ。そんじゃまた今度昨日の埋め合わせするからっっっ。」
「うん。またね。」
大輔も元気よくブランコから飛び降りチビモンがぐずる。
「ちーびーもーーん。またねぇぇ。」
「んーーみのもんのこえぇぇ。」
小さくつぶやくチビモンにミノモンと二人は笑い出す。
「ミノモンと賢にバイバイって。」
「ん・・・ばいばい。」
かっわいーーー。メロメロな大輔に賢は口元に手をあて緩んだ口元を隠す。
「それじゃあな賢。」
「うん。」
バイバーーイミノモンの声に大きく手を振って走り出す大輔。
「なんだったんだろうね」
「さあ?」
ミノモンも賢も大輔の悩みは解らない。
それでも元気になったのだけは確かだしいっか・・と思っていた。
あのあと大輔はそれでも延期なんて言ったらタケルが切れるかな・・・とか思い直しもう一度悩みのるつぼにはまり昨日はまた眠れない夜を過ごしたのだ。
今度こそくまが出来ている。
二日連続徹夜だ。
このまま記録更新してやろうか?真剣にそんなやけっぱちな事を考えるほど今の大輔は機嫌が悪かった。
「大輔君凄い顔している。」
「・・・・だれのせいだ。」
「それってやっぱり僕?」
嬉しそうに顔を輝かせるタケルに大輔はよけいに不機嫌になる。
こいつが喜ぶとなんか気にさわる。
「ほっとけよ。」
ヒラヒラと手を振りむこうに行けっと暗に示すとタケルはそれ以上なにも言わずに大人しく席に戻った。
実に賢明な判断である。
「あーあ。大輔君かわいそーに。」
「あんなに悩むと思わなかった。」
「そう?でもそれだけタケル君の存在が大きいということよね。」
「どういうこと?」
「だって振るから振らないか悩んでるんでしょ?」
「うわ・・嫌な言い方。せめて付き合うか付き合わないかと言って欲しいけどね。」
「あら的確な言葉だと思ったんだけど?大輔君の場合は振るか振らないか・・よきっと。
だけど振るという選択があるのにそれを即座に選べないくらいタケル君の存在が大きい・・・ということよね。」
「嬉しいのか悲しいのか。こんなに悩むほど僕への愛情は小さいのかな・・。」
「愛情なんてあるの?」
「・・・・冷たい。光ちゃんが冷たい。」
「だって大輔君の好きって友達の好きと違い解ってないじゃない。今もそれで悩んでいると思うのよ。」
「あーー。そうだよね。きっと。はぁ・・・。」
鈍い大輔君って好きだけどこんな時は困るよな。
身勝手な事をつぶやきつつタケルは盛大なため息をついた。
「帰りまでに答えが出るのかしらね?」
「出ないからお前なんかと付き合わない・・・て言われたら終わりだよね。」
「そういう可能性もあるのよね。そういえば。やれやれ。困っちゃうわ。」
何故光が困るのか?
光の『第三の心許せる友達作ろう計画』(長い)を知らないタケルにはわかるまい。
あーあ。頼むから大輔君。僕を振らないで。
大輔は学校にいても朝からずっと悩んでいた。
悩みつかれてそろそろ頭も朦朧としてきそうなくらいに。
多分こんなに考えたのは生まれて初めてじゃないだろうか?大輔は思う。
出ない・・・答えが・・・。
もうチャイムが鳴ってしまうのに。
これが鳴ったらもうHR、約束の放課後だ
いつもはあまりのトロサに蹴りを入れたくなる時計が今日に限っては飛ぶように早い。
あの時計くるってんじゃねーのか?
ジッと教室の時計を睨み付けているとその視界の隅にいる担任が怯えたように大輔から顔をそらした。
ちくしょーーイライラするっ。
こんなんなら苦手な算数でもやってた方がましだぜっ。
ほらあと10秒しかない。
3.2.1.
キーンコーンカーンコーン
タイムオーバーだ。
思考ももうストップしている。
もーいーや。考えんの疲れた。
こーなったら矢でも鉄砲でももってこいの気分の大輔はまぎれもなくやけっぱちだった。
いつもより手早くHRを終え(大輔的主観)帰りのあいさつをして皆ががたがたと動き出す。
そんな中いち早く大輔に近づいたのはもちろんあいつ。
「だっいすっけくーん」
まるでちょっと前の大輔の姿だった。よく「ひっかりちゃぁぁん」とやっていたあれととても酷似したタケルの姿に頭がクラクラしそうだ。
イライラの元凶は実に晴れやかな笑みを浮かべていた。
こいつの幸せな笑顔は俺の不幸の元に成り立ってやがんだ・・・・。
そう思うととてつもなく凶暴な気分に大輔はなった。
「・・・・・」
イスに座ったままチラリとタケルを見るだけの大輔。
「あれ?どうしたのだまっちゃって」
いつもならうるさいくらいの大輔にタケルは訝しげな目をむけた。
自分の席について両腕と足を偉そうに組む大輔をタケルは机の横にしゃがみこみふちに両手とあごをのっけるとキョトンとした目で見上げた。
どーしたもこーしたも―――――
あー・・・なんかすっっげぇぇぇぇむかついてきた。
「俺はなあ本当の本当のほんっとぉーに昨日からず――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――っと悩んできたんだ。」
ゆらりと立ち上がると下を向いたまま実に感情的にそれだけ言う。
溜めがとても長かった。
うんうんとタケルがいつもと全く違うデレデレの笑みをうかべる。
それにムッとしつつも気合い一発とばかりに指をつきつけた。
ぎっとにらみつける大輔に何が起こったのかよく分からないタケルは目の前の指を見つめて寄り目になっていた。
「今、現在の、俺の考えを、すんばらしく、きっぱり、はっきり、言ってやる」
一句一句を区切りタケルの脳に浸透するようにゆっくり大輔は言った。
「あ、うん」
まだ教室には数人が残ってこの二人の劇を何事か見つめているというのに。
いいの?こんな所で?っていうか答えじゃなくて考え?なにそれ?
そんなタケルをよそに据わった目で大輔はのたまった。
「答えが出るまで保留だっっっっ。じゃあなっ。」
え・・・?
怒鳴りつけすっきりしたのか憑き物が落ちたかのような爽やかな笑みで大輔はかばんを手に堂々と教室をあとにした。
追いかけるように右手を伸ばしたままタケルは石と化していた。
あまりの事に呆然としているようだ。
(ほ・・・ほりゅう?)
なにそれ?
予想しない出来事だったらしい。
「あー考えたわね。大輔君。」
なかなかやるじゃない・・・とどこからか感心する声が聞こえる。
「・・・ひかりちゃん・・・いつからそこに?」
もうすでに帰ったと思っていた光。
彼女は秘かに机の間にしゃがみこみ息をひそめて二人の会話を盗み聞きしていた。
「最初からよ。」
光りはスックと立ち上がると盗み聞きしていた様子をまったく見せずあでやかにタケルに微笑んだ。
もちろんタケルにはバレバレだが、まだクラスに残っていた数人の生徒はきっと騙されるだろう。
「断られなかっただけましじゃないの?」
「―――――まあね。」
それは自分でも思っていたからタケルはうなずく。
でも複雑なのだ。
何故保留。
「保留なんてようするに答えが出なかったって事よね?よかったじゃない50%は付き合ってもいいかな?っと思ってる証拠よ。」
「・・・うん。まあね。」
脈有りっぽかったからまさかこんなどんでん返しを食らうとは思わなかった。
まだ悩んでいたら誘導してとりあえずOKさせちゃおうかと思っていた自分の計画はパーだ。
「はあ・・・。」
肩を落とすタケルに光はにっこり笑って背中を叩いた。
「またまだっっ。これからよ。」
そう、光の言うとおりまだまだ人生は長い。
この2日の間で大輔に自分への恋心という種を植え付けられただけで上出来なのではないのか?
タケルは考え直した。
ゆっくり大切にそれを育てていけばいいじゃないか。
焦る事なんかないのだから。
「待つのは嫌いじゃないしね。」
その時の笑みはタケルの本性丸出しの光ですらビビるほどのダークな笑みだった。
「・・・がんばれっ・・・大輔君。」
光が心でつぶやいたとしてもムリはないのではなかろうか。
彼らの闘いは今始まったばかり。
End
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