バレンタインってどんな日?ACT3



「あら。タケル君」
その母の言葉を聞きつけ台所を片づけていた大輔は大慌てで玄関へと駆けだした。
「すみません突然に。えっと大輔君は―――――大輔君っっ」
きっと気分が悪くて寝込んでいるのだろうと思っていたタケルは母の隣で驚いた顔で自分を見つめる大輔を見て思わず指をさしてしまった。
「なんで起きてるのちゃんと寝ないとっっ」
「え?」
「だって具合悪いんでしょ?伊織君もなんか大輔君が変だったって言ってたし、先生も気分悪そうだったって」
あの後訳の分からないタケルは丁度通りかかった伊織に大輔の様子を聞かされ、その後担任にも何かあったのか尋ねたのだ。
二人が二人して大輔の様子がおかしかったことを口にしたので、タケルは吐き気でもして慌てて帰ったのだろうと思っていた。
それがどうしたことか目の前で元気に立っているではないか。
「あーーえっと・・・いやもう大丈夫」
具合が悪いわけではなく、チョコレートについて悩んでいただけだ・・なんて言えるはずもない大輔は右手を軽くふりヘラリと笑った。

「タケルこそどうしたんだ?」
「大輔君のかばん届けに。さっき間違えて僕の持って帰ったでしょ?」
「あ・・」
手提げバックは間違えなかったものの、ランドセルは見ただけでは解らなかったらしい。
うっかり間違えてタケルの方を持って帰ってきたのにも気付かないほど混乱していたのだなと今更自分で呆れてまう。
「わりぃ。すぐ持ってくる。上がるか?」
まだチョコ固まってねーんだよなー。一時間無理矢理引き留めるか?等頭の中でグルグル考えながら、尋ねると。
「ううん。ここでいいよ。それより本当に大丈夫?」
「ああ。心配かけたな。ほらっもうすっかり元気元気」
腕をぶんぶん振り回しアピールするとタケルはほっとしたように強ばった表情をゆるめた。

「タケル君よかったら家で夜ご飯食べていかない?」
「え?」
そんな二人を楽しげに見守っていた母はようやく口を挟めたとばかりに突然尋ねた。
それにタケルは目をぱちくりさせる。
今まで大輔の家でご飯を食べた事は何度かある。
泊まりに来た時や、母が仕事で遅くなるとき。
初めは沢山の人にかまわれながら食べる食事にとまどいも感じたけれど今ではもう一人でご飯を食べるのが味気なく感じるほど慣れてきてしまった。
「でも・・」
「いいのよ。ほらっいつもお世話になってるからお礼にねっおばさんからチョコのかわりっ」
「あ。えっと」
「もしかしておばさんが夜ご飯用意しちゃってるのか?」
未だとまどった風のタケルに大輔も母の援護をする。
「いや今日は遅くなるって。でも・・いいのかな?」
「いいっていいって母さんが誘ってるんだから遠慮すんなって明日休みだしそのまま泊まってってもいーしなっ」
「いやそこまでは」
大輔の軽い口調に苦笑するとタケルはようやく頭をさげた。
「それじゃあお邪魔します。」
「はいはい。ちょっと居間でダラダラしててねー。大輔っ手伝いなさい」
「えーーーー」
「あの台所どうにかしなきゃならないのよ。さっき手伝ってあげたでしょ?」
「ちぇぇぇぇ解ったよー」
そんな二人のやりとりに似通ったなにかを見つけ親子だなぁと微笑んでいたタケルは慌てて申し出た。
「あの僕も何か―――――」
「タケル君は大人しいぃぃぃぃくテレビでも見ててね。」
そんなタケルを母はにっこり迫力の笑顔一つで黙らせた。
「はい・・」



父も帰ってきて、じゅんもふくれっ面で(なにが起こったかはだいたい想像つく)帰ってきた本宮家は一気ににぎやかになった。
母と大輔作のハンバーグにタケルは満足気に舌鼓をうつと
「おいしいね」
「そうか?よかったっ。それ俺が作ったんだぜ?いっちばーーんでっかいの」
偉そうに言う大輔にじゅんが意地悪気にたんに丸めただけじゃないっと口を挟んで小さく姉弟喧嘩を始めたがいつものこととタケルは笑いだしてしまう。

「なんだ一番大きいのはお父さんのじゃなかったのか?」
「ぶっぶー父さんのは二番目ですー」
「大輔が分量あやまって大きく作っちゃっただけですよ。中まで火通ってる?」
大人げない父に母はクスクス笑うとタケルに尋ねた。
「ちゃんと焼けてますよ。」
ハンバーグの生焼けはさすがに挑戦したくないタケル。だが、大輔が一番大きいのを自分に渡してくれた事がタケルは嬉しい。元々そんなに食べないほうだが、これは絶対に残せないぞっと心に決め、タケルは最後の一口まで幸せそうに食べきった。
こうして一緒にご飯を食べれるなんて(しかも大輔の手作りだ)チョコなんかよりよっぽど嬉しい。


母より先に帰って家に明かりを灯して置こうと思っているタケルは泊まっていけと嬉しいさそいをしてくれる大輔を振りきって食後すぐに立ち上がった。
「慌ただしくてすみません。」
「何言ってるの無理矢理上がらせちゃったみたいね」
「いえそんな事ないですよ。おいしかったです。僕一人だとつい手を抜いちゃうからご馳走様でした。」
「そうなのよねー私も一人だとついカップラーメンとかで終わらせちゃうからよく解るわー」
あははははと二人でまるで主婦のような会話を交わすのをよそに部屋へタケルのランドセルを取りに行った大輔は少し考えた末に自分の服をつめて小さな鞄を作った。

タケルにランドセルを渡し自分のバックを足下へ降ろすと唐突に大輔は母とタケルに向かっていった。
「母さん俺タケルんち泊まってくる」
「それは良いわねー」
「え?」
普通ここはご迷惑でしょやめなさいと言う物だろう。だが大輔の母は違った。
「あら?大輔行くとうるさいかしら?でもお母さん今日も遅いんでしょ?一人って寂しいじゃない。こんなんでも少しは役立つと思うのよ」
「・・・こんなん?」
「話し相手くらいにしかならないけどね。」
「充分じゃねーかっそれで。他になにしろってんだ。」
「そーねー肩もみとか?」
「・・・・百回で100円な」
「せこいわこの子。」

えんえんと続く二人の漫才のような会話にタケルはようやく理解したらしく涙が出そうになった。
なんとか目をしばたいて涙をひっこめると眩しそうに目を細め微笑む。
「それじゃあ。ありがたく大輔君借りていきますね。」
「ええ。こき使ってやって頂戴。」
ドンッと大輔の背中を叩きタケルにのしつけると母は冷蔵庫へと向かい小さな袋を大輔に手渡した。多分じゅんが買ってきた大量のラッピングの一つだろう。
緑色のシンプルな袋にチョコを入れて、タケルに見えないようにそっとかばんに詰めてくれる母に大輔は小さく頭を下げた。
「はい。忘れないように」
「さんきゅ。んじゃ行って来る。」


タケルの家にたどりつき、大輔は母から渡されたチョコの袋を握りしめたままずっと悩んでいた。
そんな様子に首を傾げつつタケルは台所へ行き二人分のホットミルクを作ると大輔に渡した。
「はい。暖まるよ」
「あ・・さんきゅ」
袋を右手に左手でコップを受け取ると大輔はようやく意を決したようにタケルの顔を仰いだ。
「タケル・・・あのなーやっぱ今日中に渡さないと意味ない気ーするしあー渡したくねーけどやるっ」
ポンッと放り投げられた小さな緑色の袋。
突然の事に慌ててキャッチしたタケルは危うく牛乳をこぼすところだった。
なんとか両方無事なのを確認してタケルはすぐに右手で受け止めた物体をまじまじとのぞき込んだ。
透明のため中が透けてみえる。
「これって・・」
ビックリして続きの言葉がでなかった。
チョコだ。しかも手作り。
小さなサイズのチョコが5個カップに入っている。
「お・・おばさんから?」
期待しながらもつい念のため尋ねてしまう。やはり一度裏切られたショックは大きかったためか防衛が働いてしまうらしい。
「・・・・母さんに手伝ってもらって俺が作ったんだよ。悪いかっ」
「悪くない悪くないぜんっっぜん悪いくないっっっっうれしい・・」
照れたようにフンッとあらぬ方を向く大輔にタケルはぶんぶん首を振ると袋をギュッと抱きしめた。
どうしようすごく嬉しい。
そこら中駆け回ってチョコ見せびらかしたいっっっ。

「まあ。その・・俺男がチョコやるのっておかしいって思ってたんだよな。伊織にもらうまで・・」
首まで赤い大輔は頬をぽりぽりと掻きつつ目線をあちこちへ彷徨わせながらとつとつと語る。
きっと沈黙が耐えきれなかったのだろう。
タケルはやっぱりそんな事だろうと思っていたと思いつつ、影の功労者の伊織に拍手喝采だった。
今度なにかお礼をしなければ。
「しかもタケルチョコ沢山もらってたじゃねーか?なんか・・・その・・な。もやもやしてさ」
それってまさかし・・・・しししし嫉妬とかやきもちとかいった物だったりするのかな?
あまりに嬉しい事態にタケルは手をぐぐっっと握りしめた。
「そ、そうだったんだ。でも僕甘い物はそんなに得意じゃないから全部パタモンにあげるし。食べるのは大輔君のだけだよ?」
「・・・・・・・・得意じゃない?」
しまった。といった顔の大輔にタケルもしまったと思う。
正直な話チョコは苦手だ。
だが大輔からのしかも手作りチョコならまた別だろう。たとえバケツ一杯出てきても食べきる自信はある。
「えーっと大輔君気ぃ悪くしちゃったかな?大輔君のは絶対食べるよ。」
「ムリしなくていい」
「ムリじゃないって」
「いいよ。俺が食うから」
泣き出しそうな顔で大輔はタケルの手から大切なチョコをうばった。
そんな顔は反則だよ大輔君。
一瞬涙のうかんだ瞳に見とれていたのがタケルの敗因。
5個しかないチョコのうち一個が大輔の口へと入ってしまったのだ。
き・・貴重な大輔君からのチョコがっっっっっ
なんて事だっっと思いつつタケルは大輔の顔をひっつかみ口をあけさせようとする。
それにあらがう大輔。
なにがなにやらもう二人には訳がわからなかった。
とにかくそのチョコは僕のなんだっっっ。
そう思ったらタケルは思わず口づけていた。
深い意味はない。
ただチョコを取り戻そうとしただけの事だ。
舌を差し込み溶けてしまったチョコの甘みを感じる。

「んっっっっ」
ようやく激情が去ったのか大輔は我に返り今の状態にようやく気がついた。
慌ててタケルを押しのけると口元を手のひらで覆った。
「なにすんだっっ」
「何ってチョコ取り返そうと思って。それは僕のだっ」
据わった瞳のタケルに大輔は頭が混乱してきた。
このチョコが欲しいのか?だってさっき好きじゃないみたいなこと言ってたじゃねーか。
でもあんな事してまでチョコ食おうってんだから欲しいんだよな?
嬉しいけどなんか変だタケル。
「それともまた口移しで食べさせてくれる?」
「バカッッッ」
「大輔君の口の中のチョコすっごく美味しかったんだけどなぁそれだったら何個でも食べれそう。ねっもう一個だけっね?」
大輔の手からチョコの袋を奪い一個取り出す。
口元へと当てられたチョコに大輔は困った顔でタケルを見上げた。
本気で言ってるのかこいつ?それとも悪質な冗句か?
「あーーんして。」
まるで新婚さんのような事を言われ大輔は今の状況も忘れ笑ってしまう。
俺が旦那か?
確かにタケルならいい奥さんになれそうだ飯は作れるわ気はきくわ。
だがと笑った拍子にチョコを放り込まれてすぐに唇をふさがれた大輔は思う。
この状態ではどこからどう見ても俺が奥さん役じゃねーか。
なんでかうまいタケルのキスに大輔は悔しいが翻弄されてしまう。
チョコを食べるという名目でタケルはまんまと大輔の唇を頂いてしまったのだ。


「また来年もこうやってチョコ食べさせてね。」
それに酸欠で朦朧としていた大輔はコックリ頷いた。
とろんとした瞳も赤く蒸気した頬もなにもかもがタケルのもの。
大好きな人からチョコがもらえて、更に寂しいだろうと泊まりにきてもらって口移しでチョコ食べさせてもらって今こうして抱きしめている幸福。

今までの中で最高のバレンタインだ。
幸せの絶頂の中タケルはもう一度大輔に深く深く口づけるのだった。



一時間後日付もそろそろ変わろうかと言う頃ようやく帰宅したタケルの母は、いつもならドアが開くとともにすっ飛んでくる筈のタケルがなかなかやって来ないのにおや?と首を傾げた。
「タケル?」
小さく声を掛けてみる。家の中ではテレビの音だけが響いていた。
いつのもこの静かな空間の中一人で息子は自分の帰りを待っているのだ。
一人でご飯を食べて一人でテレビを見て・・・。
はあ・・・と盛大にため息を付くとタケルがいるであろう居間へと足を運ぶ。
多分テレビの前で居眠りでもしているのだろうから。
「タケル?あら」
そこにはコタツに突っ伏す二人の姿があった。
「大輔君が来てくれていたのね。」
こんな寒い日に一人でいるのはとても寂しい。この優しい少年はタケルの事を思って泊まりにきてくれようだった。
テーブルの上には緑色の袋とからになった小さなアルミのカップが5つ。
「チョコ・・そっか今日はバレンタインだったわね。そんな事も忘れていたわ」

呟く声に反応したのかタケルがぴくりと肩を揺らした。
「タケル・・大輔君。ただいま。待っていてくれてありがとうね。風邪引くからお布団に移動しましょう」
「ん・・・お母さん?おかえり」
「うん。ただ今。遅くなってごめんね。」
「大丈夫大輔君が居てくれたから」
眠そうな目でフニャリと微笑む息子に母は柔らかく笑うとそうねとタケルの頬をなでた。
「ご飯は食べた?」
「うん大輔君家でごちそうになっちゃった。バレンタインにって」
「そう。よかった。」
「大輔君がおっきいハンバーグ作ってくれたんだよ」
クスクス小さく笑うタケルに母は大輔に目をやり心の中で礼を述べる。
どんなに感謝してもしたり無いくらいだ。
タケルがこんなに懐いた友達も初めてだし、タケルの事を分かってくれて、
こうして食事に誘ってくれたり泊まりにきてくれたりする友達も初めてだったから。


タケルは母の手にくすぐったそうに首をすくめるとテーブルの向かい側で眠っている大輔の頭を揺らした。
「大輔君っ起きてっ」
「んーーーー」
うるさそうにタケルの手を振り払う大輔は完璧に熟睡体勢のようだった。
「もー仕方ないなぁ」
口では文句を言いつつもタケルは嬉しそうに大輔の腕を自分の首に回しなんとか立たせた。
もう片方を母が支え二人で大輔をタケルの部屋まで運ぶと、ベッドの横に敷いて置いた布団にごろんと転がした。
それでも全く目覚める気配のない大輔に二人で密やかに笑うとタケルも自分のベッドへと潜りこんだ。
「おやすみなさい。」
「おやすみタケル。大輔君。」
パチンと電気を消してそっと扉を閉める。

その後母が大慌てでコンビニまでバレンタインのチョコを買いに行ったのを二人は知らない。
「今度本宮さんのお宅になにかお礼持っていかなきゃ」
小さく呟きながら深夜のコンビニでタケルの母は一人ほくそ笑んでいた。
息子の大切なお友達の事を思って。




後日談

「・・・チョコ貰った?え・・うそ・・」
何故かショックを受けているのは光だった。
そんな貴重な瞬間を見逃したなんて―――――たんなる出歯亀根性なのか光は二人の進展はどんなささやかな事までも自分の目で見たかった。
特に今回は大輔が前日まで渡さないと言い切っていたチョコを渡すきっかけはなんだったのかっっとか。しかも手作りらしいが(聞き出した)どんなチョコだったか・・とか。
この目の前のタケルのアイスが溶けたようなふにゃふにゃの笑顔の原因はなんなのか・・とか(ただチョコを貰っただけにしては溶けきっている)。いろいろ本当にいろいろと見逃してしまったのだ。
しかも二人とも絶対に口を割らない(タケルは言いたそうだが大輔に叱られるからと口をつむんでいる。)
何て事だっっ。

一生の不覚っっっっっ。

その日頬が緩みっぱなしのタケルとそれを見て顔を赤くする大輔と、そんな二人を見て不機嫌になる光の三人が教室の空気を支配していたらしい。

タケルと大輔にはさまれた位置に座っていた女の子はあまりの感情の乱れた空気に悪酔いしたのか1時間目保健室行ってから帰りまで教室へ帰ってこなかったらしい。
その後も気分を悪くするものが続出でもう少しで学級閉鎖になるところだったとか光の不機嫌な睨みにビビッタ先生が授業を自習にして職員室に逃げ込んだとかまことしなやかな噂が学校中に流れていたがどこまで本当かは被害にあった者達だけの秘密だ。

きり番部屋   ACT2

えー・・・万葉様に捧げます。
返品はまあ心の中でしておいて下さい(笑)
はたしてラブラブを表現できたのか謎ですが、
とりあえずタケル君の大輔君への愛だけは溢れているかな・・と(いつもの事だけど(笑))
さらに大輔君もちょっぴり進化してもらったつもりでおります。
照れ屋さんな彼がどうやってタケルにチョコを渡すかっっ。
それは最大の難問でした(爆)
私からも言いたい伊織君ありがとうっっ。
そしてそして、曜日がおかしいのは大目に見てやってください。
それでは、こんな物ですみませんがきり番消化ですっっ。


2002.2.14