そして運命のバレンタイン当日。
ウキウキワクワクのタケルはいつもより早く学校に登校し、光の気の毒そうな瞳にも気付かずただひたすら最愛の人からのチョコを待っていた。
いつくれるのかな。あっもしかして学校帰りとかかな?
うーん焦らされるほうが余計に気になるんだけどなぁ。
あっでも帰りのほうが人もいないし渡しやすいか、そーだようん。きっと帰りだ。
なかなか渡されないチョコレートにタケルはそう見当つけ、鷹揚に待ちかまえることに決めた。
なにせあの時のチョコは自分の物に違いないと思いこんでいるのだから仕方がない。
お待ちかねの帰りの時間になり、生憎今日日直だった大輔に付き合い黒板を消しおえたタケルは、この間の光のように日誌を書いている大輔に近寄り弾む声をかけた。
もう教室に残っているのは自分達くらいである。
光は京と遊ぶ約束があるからと先ほど慌てて帰っていった(本当は落ちこむタケルを見たくなかったのかもしれないが)
チョコを渡す絶好のチャンスだろう。
「ねっ大輔君。チョコレート・・」
「ん?ああ。結構もらったぜ。お前は?」
「え?」
ホクホク顔で戦利品を見せられタケルは思考が止まった。
いつ渡すかで悩んでいるのならもっと複雑な顔をしているはずなのだ大輔は。
この単純明快な大輔がまさかポーカーフェイスを会得しているはずもなく、タケルは今更ながらに気付いた。
も・・・もしかして大輔君チョコレート僕にくれる気ない?
それどころか何で俺が?とか言いだしそうな気配だ。
まあこれだけチョコを貰えばバレンタインはチョコを貰う日と思いこんでいても仕方がない。
あげるなんて考えもつかないだろう。
じゃああのチョコは何だったんだぁぁぁぁぁぁぁ。
悲嘆にくれるタケルに気付く様子も見せず大輔は嬉しげにタケルがもらったチョコを一つ一つ検分していた。
「へー利香子ちゃんからも貰ったんだーすっげー。」
目を丸くしながら隣のクラスのかなり可愛い少女の名前をつぶやく大輔。
(俺なんか義理ばっかなのになー・・・・本命チョコ・・だよなこれ。)
明らかに高そうなチョコ(とは言っても小学生のものなのでほどほどだが)の包みをみて大輔は小さくため息をついた。
自分との違いにショックを受けたのもあるが、やはりタケルはもてるんだな・・・と改めて知り暗い気分に陥ったのだ。
このチョコの数だけの人がタケルの恋人になりたがっている。
自分もその中の一人で、運良くタケルが好きになってくれたからよかったものの、本当だったら絶対そんな仲になんてなれなかった筈なのだ。
どう考えたって自分なんかよりこのチョコをくれた女の子達のほうが可愛いし、一緒にいて嬉しくなると思う。
俺なんかで・・・本当にいいのかなこいつ・・・。
「大輔君?どうしたの気分悪い?」
「え?あっ違うわりぃっ」
チョコを見つめたまま顔をあげようとしない大輔にようやくショックから立ち直ったタケルは心配げに顔をのぞき込んだ。
「そう?ちょっと顔色悪いよ?早く帰って寝た方がいいんじゃないかな」
「そうか?」
「うん。」
貧血でも起こしたような青ざめた顔の大輔にタケルはチョコの衝撃も忘れる程慌てた。
いつも元気な大輔がこんな表情をするなんて本当にめったにないのだ。
「んじゃ帰るか。日誌も書いたし。先に下駄箱行っててくれるか?俺職員室にこれ届けてくるから」
「僕が持っていこうか?」
「んにゃ。いいよこんくらい。待っててくれただけで十分だって」
力無い笑顔を見せられタケルもそれ以上言えずわかったと頷く。
だが、心配で心配で仕方がないタケルは大輔のランドセルを無理矢理奪い、先に下駄箱へと行くことに決めた。
「別に大丈夫なのにな」
過保護なタケルの様子に大輔は嬉しげに笑いながら職員室へと向かうのだった。
担任に日誌を手渡し、やはりここでも顔色が悪い事を指摘された大輔は宿題はいいから寝なさいの担任の言葉にラッキーと思いつつ愁傷に頷き、その場を退散した。
職員室を出た瞬間廊下の少し離れた所を走っている伊織を見かけ、大輔はあれ?と首をかしげた。
「伊織っまだいたのか?」
「あっ大輔さん丁度よかった。そーなんです大輔さんを探していたんですよ。」
「俺?なんか用か?」
「はい。これです。チョコレート」
鞄からごそごそと取り出すと伊織は小さな包みを大輔の手の平にのっけた。
それに目をやり大輔は訝しげな顔を伊織にむけた。
「は?俺に?」
「はい。日頃お世話になってるお礼です。タケルさんには休み時間に渡したんですけど大輔さん日直の仕事でいなかったから。」
「ああそっか・・ってあれ?これお前から?家族からとかじゃなく?」
「はい」
「・・・・・・・」
何故だ?お礼にチョコを渡すものなのか?
大輔にとってはプチカルチャーショックと言った感じである。
苦虫をかみつぶしたような大輔の顔に伊織は首をかしげ不安そうに尋ねた。
「何か変でしたか?」
「いや・・・・バレンタインって男がチョコやってもいいもんなのか?」
「えーっと・・・どうでしょう?でも京さんと光さんもチョコを渡し合っているようですし、男も別にかまわないんじゃないですか?」
「そういうもんなのか」
根本的に時代錯誤の思考の持ち主の大輔は、男からチョコレートは変だっっっっという絶対の先入観をもっていたせいか、どうしてもタケルに渡すのははばかられた。
そっか別に渡してもいいのか。
目から鱗である。可愛い女の子達からもらったチョコを嬉しそうに(大輔主観)持ち帰るタケルを見るのはやっぱり悲しかった。せめて自分も渡せたら少しはこの気持ちが薄らぐかなとか考えていた。
いや・・もっと言うと自分のチョコが一番嬉しいと言ってくれるかもしれないそんな贅沢な事まで考えてしまっていた。そんな自分に大輔は大きなため息をつくと、あーーーー俺って女々しいと心の中で嘆いた。
でも考えてみるとさっきチョコの話題の時明らかにタケルの様子はおかしかった。
もしかすると自分が用意していると思っていたのだろうか?そしたらすっごい悪い事をした気がする。
反対に貰ったチョコの自慢をしてしまったのだから。
そこまで思考をめぐらせて突然大輔は青ざめた。やばいっ絶対やばい。
こんなんじゃ呆れられたってしかたねーって。
チョコか・・金ないしなぁ。しかもなんか今更だよな。
あーあダメじゃん俺。
嫌われたって仕方ねーよ。
「えーっと大輔さん?気分悪いんですか?」
手のひらで顔を押さえ卑屈のどん底にたっぷり浸っていた大輔ははっと覚醒すると目の前の伊織のドアップに声にならない叫びをあげた。
それに驚いたのは伊織のほうだ。素晴らしい反射神経で大輔から離れるとちょっと遠巻きに大輔を観察した。
「いやあのその・・えーっとうんそうだ俺確か具合悪いらしくってさっきタケルにも担任にも帰って寝ろって言われたんだよ。うんうん。だからそう。気分悪いんだよきっと」
なにか人ごとのような訳の分からない事を言い募ると大輔は引きつった笑みをなんとか見せて下駄箱へと去っていった。
「な・・・なんだったんでしょうか今のは・・・」
大輔の態度と怪しい笑顔にちょっぴり危機を感じていた伊織は背中を滑り落ちる冷や汗に身震いを一つして壁にもたれかかった。触らぬ神にたたりなし。それって名言ですね。
「タケルっごめん俺先帰るっっっ」
「え?先ってえ?え?ええええええ」
下駄箱で待っていたタケルは猛スピードで駆けてきてランドセルを奪い目にも留まらぬ早業で運動靴へと履き替えとっくに後姿をみせている大輔に目をぱちくりさせただ間抜けな声をあげた。
待ってたのに・・・どういうことなの大輔君っっ。
怒るより先に何が起こったのかが気になって気になって仕方がないタケル君を置いて大輔はひたすら走り続けた。家へと。
「ねーちゃんっチョコっっチョコ残ってねーかっ」
道すがら名案を思いついた大輔は家にありあまっているチョコのことを思い出した。
姉のをちょっと分けてもらえばいいじゃないかと。
「えー?あるわよーたぁぁぁぁっくさん。――――失敗作がね」
「そうじゃなくって」
「なによ私の成功品を奪おうっていうの?なんて子なのかしらっ」
「ちぃぃがぁぁうぅぅぅ」
「ここにあるチョコは全部食べていいわよ。あとそこに残った材料もあげるわ。チョコ食べるとにきび出来ちゃうもんね。じゃあ私はこれをヤマト様に届けてくるからチョコあげる替わりにここの片づけ任せたわよ」
それだけ言うとじゅんはお出掛け用のワンピース姿で小さな箱を片手に楽しげに玄関へと向かった。
後に残されたのは無惨な惨状の台所。
「これを片づけろって?何やったらここまで酷いことになんだ?」
呆れた顔でつぶやくが、自分がこれを片づけるのだと思うとやりきれない気分になる。
チョコはまあ失敗作でもチビモンは喜んで食べるだろうからありがたい。
だがこれをタケルにあげる勇気は大輔にはなかった。
いびつなカタチ程度ならいい。分離と指紋の跡が無惨に残されたこれはさすがに大輔自身食べる気がしないのだ。
「あっそういや残った材料とか言ったな。これ・・か?これがあのチョコの元?へーもしかしてこのまんまの方がうまかったりして」
「その通りよ大輔。」
「うはぁぁ」
陰気な声が背後から聞こえ大輔は飛び上がった。
「な・・母さんっっ今俺口から心臓出るかと思ったぞ。」
「出たら押し込んであげるわよ。」
「せんでいいっっ。それよりチョコってこのままのが旨いのか?」
「じゅんのはね。あの子料理下手すぎるわ。手伝ってあげるって言うのにジャマとか追い出すし。
あーー台所が・・」
そして片づけず去って行くのだから大したものであるあの姉も。
「なあチョコってどうやって作るんだ?」
「なあに誰かにあげるの?」
「タケルに―――――」
そこまで言って慌てて口を押さえた。やばっうっかり口が滑った。
「あらタケル君?そうねいっつもお世話になってるものねー。」
ありがたい勘違いをしてくれた母にそうそうと慌てて首を縦にふる。
台所の惨状を見た今これを片づけてからチョコを作るのでは明日になってしまうと諦めていたが、母が見方ならば心強い。
「それじゃあ片づけ後回しにして一緒に作りましょうか?」
コクコク。なんていい親なんだ。
心の中で盛大に母に抱きつき感謝の言葉を立て板に水のごとくまくし立てた大輔は、現実の母に軽くさんきゅと照れくさそうにつぶやくのだった。
「これでよしっと後は一時間くらい冷蔵庫にいれて、あっ触ったらだめよ指紋がついちゃうから」
「おうっ」
ちょっととびでたチョコの表面を治そうとした大輔は慌てて指をひっこめた。
そうかそれが姉のチョコづくりの失敗の原因の一因だろうとうなづくと大輔はようやく新たな問題にぶちあたった。
これを俺はタケルの家まで持っていくのか?どんな顔して渡せばいいんだよおいっっ。
そこまで考えていなかった大輔は思考の渦へと巻き込まれていった。
恥ずかしいのだどうしても。
しかも手作りだぜ・・・うわーー渡したくねーーーー。
よ・・よしっなにか紙袋にでもいれて中身解らない状態にしておいて、渡したら速攻逃げるっ。
これだっっっ。
なにか怪しい爆弾でも渡すような雰囲気である。
しかし本人はこれで至って真剣なのだ。
なにか紙袋探すか。
「でも思ったより大輔の方がこーゆー才能あったのね」
驚いた様子の母にあの姉と比べられてもなぁと複雑な顔をみせる。
「っていうか姉ちゃんが酷すぎなんじゃ」
「・・・・誰に似たのかしら」
うう・・と手のひらで顔をおおう母に大輔はさあねぇとそっぽを向いた。
「そうだ紙袋ってどっかある?」
その言葉にパッと顔をあげ母は首をかしげた。
「袋?なにに―――――」
使うのの部分が玄関のチャイムでかき消された。
時間的にはそろそろ父が帰ってきてもおかしくないため母はいそいそと玄関に向かった。
「はぁぁぁい」
覗き窓を覗いて見ると意外な人物がちょっこり立っていた。
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