手に入れなければ…、一刻も早く。
何故なのだ、どうしてないんだ……あれがないと世界が狂う…。

 日々強くなっていく日射しの中、上から下まで全身白尽くめの男が路上をフラフラと彷
徨っていた。
何処か焦点の合わない目、何事か呟き続ける唇。
通り過ぎる人々が皆彼を見ては顔を顰めていく。
だがそんな外野の視線も何もかもが男にはどうでもよく、泣叫びたい気持ちを必死に堪え
るばかりだ。
もしも神様がいるのだとしたら今だけでいいから助けて欲しい。
叶えてくれたらこれから自分はあなたを本気で信じ、敬うようにするから。
だからお願いだ…。
 「……絶対に見つけだす」
 固く拳を握りながら男は血を吐く程の望みを口にした。


tradition          
                    BY 流多和ラト


<前編>

 「ねえ坊や、この辺りに駅ってあるかな」
 突然呼び止められても新一…江戸川コナンは驚かなかった。
その女が道に立ってキョロキョロと何かを、もしくは誰かを探しているような素振りをも
うずっと遠くにいた時から見ていたのだ。
そして一度バスに乗ろうとしてすぐに降りてきたところも。
 「うん、あるよ」
 コナンは小学生らしくおっとりと微笑んでみせた、その裏ではしっかりと観察眼を働か
せながら。
それは彼の癖のようなものであり半分は無意識の産物であるが、今の場合は……。
化粧ッ気のない顔、おせじにも美人という訳でもなく、疲れたように陰気さをその端々に
こびりつかせている。
シンプルなデザインのワンピース、帽子、バッグ、靴まで全て白で統一されたファッ
ションはより寂しい印象を抱かせ、若いわりに年令以上に老けて見えた。
 「でもここから少し距離があるから案内するよお姉さん」
 迷わずそう言ってコナンは振り返った。
そして学校帰り、先程まで一緒にサッカーを楽しんでいたお馴染みの仲間と顔を合わせそ
のまま別れを告げれば
 「え〜?コナン君一人で?歩美達も一緒に行くよ、ねえ?」
 思った通りの反応が返ってきて、彼女に促された少年二人ともう一人の大人びた少女は
やはりお決まりのように深く頷いたのだった。
コナンは乾いた笑いを漏らしたがこんな展開にもそろそろ慣れ始めていた。
それにそういう意味では今回危険はないだろうと思う。
どちらにしてもこんな時自分には決定権がない。
 「じゃあお姉さん、行こうか」
 いきなり沢山の子供連れになり、白尽くめの女は困ったように薄い眉を顰めたが、強引
に握られた子供特有の手の熱さが先を促すように添えられれば拒む術など見当たらなかっ
た。

 早く夏休みに入ってしまえ!そう思う程の暑い一日の終わりをようやく告げた電子音に
一斉にホッとしたような和んだ空気が教室を満たしていた。
欠伸が混ざっているのは御愛嬌だ。
何しろ最後の最後になっての授業が現国だったのだから仕方ない。
その欠伸をした生徒の内の一人がゆっくりと机から頭を上げた。
まだ眠そうなその顔はこの暑さの割に殆ど汗を掻いていなかった。
 「も〜快斗ってば、今日ずっと寝てたわね」
 予想通りすかさず現れたのは幼馴染みの少女。
言われると思っていた、優しい彼女は何だ言っても内心では自分を心配してくれている。
 「い〜だろ別に、眠いんだからよ。それにモーレツにかったりい授業なんてやってるセ
ンセが悪ぃんだよ」
 「またそんな事言って、進級出来なかったら知らないんだから」
 青子の怒った顔はとても可愛らしい。
快斗はその顔を眺めながら内心でほくそ笑む。
もう少し屈んでくれたら多少はましになってきた胸の膨らみが見えそうなのだが。
その下心ありげな視線に気付いた青子は問答無用で拳を纏まりの悪い頭に叩き付けた。
 「…って〜な!!」
 「なによ!快斗が悪いんでしょう?!ほんとにやらしいんだから!!でもこれで目が覚
めたんじゃない?!」
 変な所で勘の良い奴、と快斗が感心していると近付いてきた気配に内心で顔を顰める。
それを表に出すにはまだ早い距離だ、普通は。
 「まあまあ中森さん、可憐な女性に暴力は似合いませんよ。それに黒羽君はお疲れなん
ですから」
 何時ものタイミングで入ってきたのは白馬。
途端演技でない本物の顰め面を今度はきちんと表に出した。
青子が可憐と言われポ〜っとなっているのも気に入らない。
 「ま〜たおメーか。勝手に人の会話に割り込んでくんじゃねえよ」
 「快斗ってば態度悪いわよ?!この前折角遊園地で仲良くなったんでしょ?」
 「仲良くなんてなってねえ!!!」
 即答する快斗に若干寂し気に微笑んで…白馬はすぐに何でもなかったように肩を竦め
た。
 「…いいんですよ。人は疲れている時は機嫌が悪くなるものですし、特に寝不足はきつ
いですからね。もうすぐ<彼>の予告日ですからそのうち解消されるでしょう、それがど
んな形でかは分かりませんが」
 「………おメーさ、……いや、やっぱいい」
 何度似たような会話を繰り返してきたか、快斗は真面目にコメントを返す気力もない。
寝不足であるのはその理由も含め彼の指摘通り間違いなく、しかし余計な事を言って相手
を喜ばせる気はさらさらなかった。
 「ふ〜ん?快斗って何時も暇そうなのにね。マジックショーはこの前終わったばかりで
しょう?何で寝不足になる程忙しいの?」
 そのショーと言うのはパーティーなどの場を盛り上げる為の余興として時折何処からか
噂を聞き付け頼まれるバイトである。
学生という事で安くて済むのと、そうとは信じられない程の腕の良さに評判が評判を呼ん
でいた。
つい先日もホテル側から頼まれディナーショーに出演したばかりだ。
さて、この場をどう楽して逃れ速やかに帰宅するか…。
快斗がそう考えた時、帰路に着いた筈のクラスメイトが箱を抱えて戻って来たのが見え
た。
そしてその女生徒がこちらへ近付いて来る。
 「黒羽君、これさっき門の所で渡してくれって頼まれたんだけど」
 直系二十cm四方のシンプルで上品な箱が目の前に置かれた。
丁寧にラッピングの施されたそれ。
帰ろうとしていた他の生徒達も何事かと集まって来る。
ただでさえ暑いのに篭った熱気に快斗は顔を顰めたがそれ以上に感心が高いのは箱の中
身。
 「…どんな奴だった?」
 「えっとね、変な人だったなあそういえば。上から下まで白尽くめの結構若い男の人
で、サングラスとマスクまでしてた」
 (確かに思いっきり変な奴だなおい)
 「で、そいつはその後どうした?」
 「商店街の方へ歩いていったみたいだけど」
 目線を箱へと戻す。
こんな物を贈られる覚えなんてない(特に野郎には)。
あるとすれば…もう一つの仕事の関係……?
快斗はその箱を持って場所を移動する事に決めた。
半ばまで席を立ちかけて…皆の視線、特に白馬の喰い入るようなそれにどうしたものかと
動作を中断する。
中を見るまでは梃子でも動かないだろう。
 (仕方ねえな〜、さっきも面倒な事言ってたばっかだし……まあヤバいって決まった訳
じゃねえしチラっと見るくらいならいいか)
それに、危険に対する勘が働かない。
これは彼がこれまでに培って来た馬鹿にならない感覚である。
快斗は慎重に包みを開くと蓋を少しだけ持ち上げ、誰よりも先に中を覗いてみた。
顔を近付けた途端広がった甘い香りと見えた白いものに蓋を全開にする。
 「わ〜!美味しそう!!」
 入っていたのはケーキ。
箱ギリギリの大きさで生クリームたっぷりのスポンジケーキがシンプルなコーディネート
で飾られていた。
 「これって黒羽のマジックのファンとかの差し入れなんじゃねえの?」
 「食べた〜い!!ねえ一寸味見してもいい??」
 ワイワイと盛り上がっている級友達を外野に少しホッして…しかし添えられた白いカー
ドに目を細める。
 <白き衣の怪盗様 聖なる木の元にて貴方の持つ 永遠 を頂きに参上します>
 快斗は素早くカードを手の内に折って収めてしまうと立ち上がった。
目を丸くした周囲に、ケーキを元通りに仕舞い直すとさっさと背を向ける。
流れるような一連の動作に皆口を挟む暇すらない。
 「バーロ、これは俺のなんだぞ?見せるだけに決まってんだろ!」
 じゃあな〜!とニヤリと笑って去って行くその姿にブーイングが出たのはしかし初めだ
けであった。
何しろ彼の言う事は正しくまた彼が甘党である事は周知の事実だからだ。
一寸したイベントが終われば皆気持ちの切り替えも早く散り散りになっていく。
その中で白馬だけが一つ頷くと教室を後にした快斗を追って出て行った。
一人残された青子は頬を膨らませた。
 「もう、快斗ってば先に帰っちゃって!しかもこんなに散らかしたまま」
 青子はラッピングに使われていた包装紙やリボンをぶつぶつ言いながらも拾い集めた。
 「…あれ?よく見たらこの包みって………」

 若い女性と小学生の不思議な一団は人々の視線を集めつつ駅への道程を歩いていた。
 「お姉さんこの辺の人じゃないよね、何処から来たの?」
 眼鏡を掛けた可愛らしい顔は無邪気な微笑みすら浮かべていて、この問いに逆らえる人
間はそうはいないと思われる。
現に話す気のなさそうな固く引き結ばれた唇が少しだけ開いた。
 「…遠くから、かな」
 「へえ〜どんな所?」
 隣から目を輝かせて割って入ったのは歩美。
驚いたように身を引き、しかし相手が少女だと知ると小さく息をついた。
 「海が側にあってとても綺麗な所」
 「海か〜いいですねえ」
 光彦が相槌をうつ。
 「こんだけ暑いと毎日でも泳よぎてえよな〜」
 「元太君の場合海の家で食べるかき氷が目当てでしょう」
 歩美の言葉に元太は笑いながら
 「ついでに泳いだ後で食べるうな重がまた上手いんだぜ〜」
 とお決まりの台詞を口にする。
どんな些細な話題でも盛り上がる事の出来るそのパワーはいっそ眩しい程であった。
 「それで今からそのお家に帰るところだったの?」
 女を現実に引き戻すように放たれた声はコナンのもの。
 「……え?!え、ええ。…そう、帰るところだったの」
 焦ったように言いながら目を反らせ女は口元に淡い笑みを浮かべた。
傾いた日射しがその顔に暗い影を落とす。
コナンは眼鏡の奥で大きな瞳を僅かに細めた。
 「今日は何しにここまで?」
 ハッキリと女の顔が強ばった。
だがやはりよく見ればその少年は可愛らしい小学生そのもので、女は何を怯えているのだ
ろうと息を整える。
 「……一寸ね、…人に会いに…でもすれ違っちゃったみたい…」
 喉の奥で削られ、掠れた声が雑踏に紛れるより前に微かにコナンの耳に届いた。
彼はゆっくりと目を閉じると女の手をもう一度力を込めて握った。
 「ねえまだ時間とかある?どうしても急いで帰らなきゃいけない?」
 この子は何を言っているのだろう…?女は目を剥いて小さな少年を見つめる。
離れて歩いていた灰原が二人に視線を送った。
 「折角だしさ、駅へ行くついでにこの辺りを案内してあげるよ。だってまだ明るいし遠
くから来てくれたんなら楽しいって思って帰って欲しいもん」
 「……でも…」
 ハッキリと拒絶の色を出せなかったのはその蒼の瞳を見てしまったからだろうか。
包み込むような深淵の蒼は全てを知っているようで、しかし冷たさだけではない何かを秘
めているようでもあった。
即答する筈だった、もう疲れていた、全てに。
 「それってナイスですよ!コナン君」
 「うんうん、歩美もいいとこ知ってるよ!」
 「俺うな重の旨い店教えてやるぜ」
 「…いいんじゃない?」
 約一名己の願望丸出しの不当な発言があったが、一瞬でも返事を迷った女の負けであ
る。
走りだす子供は止められない、ましてあのメンバーでは尚更。
コナンの掌から女の手は離れ、今度は三人の子供が各々引っ張っている。
 (良かったかな、これで本当に…?)
離れていた灰原がさり気なくコナンの隣に並んだ。
 「…あの人、死相が出てるわ」
 「……やっぱそう思うか?」
 囁き程度の声での会話。
 「何となくだけど死にとりつかれた人間の匂いは分かる…。でも、あなたの場合はそれ
なりに根拠も見つけてあるんでしょう?」
 普通の小学生の交わす会話とは程遠い雰囲気に通行人が思わず振り返った。
 「あの人、一度バスに乗ってすぐに一万円札をしまいながら降りて来てただろ?あれ
って多分両替機の都合もあって崩せなくて乗車を諦めたんだぜ。初めからバスに乗るつも
り ならそれなりに小銭くらい用意してる筈だ」
 「…つまりは発作的に乗ろうとしたって事ね」
 「しかもあのバスは海じゃなく山へ向かう長距離バスだ。こんな時間からあんな格好で
行くとこでもねえだろ」
 女は小さなバッグ一つを手荷物にワンピース、その上ハイヒールまで履いている。
 「駅までの道程を聞いたって事はここに来るのに車を使ったという事。さっきタクシー
に乗らずバスを選んだのは…顔を覚えられたくなかったからかもしれねえ」
 「厄介ね」
 灰原はため息をついて肩を竦めた。
 「そう言うなよ、これもきっと何かの縁だろ。出来る限りの事考えてみようぜ。杞憂で
済めばそれでいいし」
 「……そうじゃなくて…」
 ジッと己を見つめる瞳にコナンは首を傾げる。
 「分からないのならまあいいわ、…私はあなたに付いていくだけだし」
 諦めたようにそう言って、少女は更に大きなため息をついてみせた。

 快斗は商店街に向け足早に歩いていた。
手渡ししたと言うのだからまだこの辺りに居る可能性が高い。
箱の中身がケーキと分かった時点で結構どうでもいいと思っていた。
しかし一枚のカードがそれを変えた。
何者なのか、カードに記されたメッセージからすればその男は快斗の正体を知っている事
になる。
<永遠>とはまさか…手にした覚えもない例のビッグジュエルの事を言っているのか、そ
れとも単純に命を狙うという宣戦布告なのか…。
あまりに心当たりがあり過ぎて誰だと断定する事も出来ない。
ケーキを持ち出して来たのは単純に毒入りなのではないかとも思ったからだ。
爆弾が仕掛けられている訳でもないのは何時も持ち歩いている小型の探知機ですでに調査
済みである。
ならばさっさとそのケーキを置いて身軽になればいいと思うのだが、そうもいかない厄介
な事情がある。
これが実は目下のところ快斗の一番の頭痛のタネだった。
 「…白馬、おメー何で勝手に人の後付けてくんだよ!?」
 「すみません、気にしないで下さい」
 「すっげ〜気になるに決まってんだろが!さっさと消えろ」
 「黒羽君が無事に家に帰るところを見てからにします」
 ニッコリと笑ったその顔に快斗は乾いた笑いを漏らす。
何故これ以上厄介事を抱え込まなければならないのか。
 「…俺は見送りが必要なガキか?」
 「まあ…ある意味では<子供>なのではないですか?」
 優し気な瞳の中に宿った光が快斗を鋭く照らし出す。
 「そのケーキの送り主に会いにいくのでしょう?あのメッセージカードには何と書かれ
ていたのか教えては下さらないでしょうし、是非お供させて頂きたいのですよ」
 (やっぱこいつあのカードに気付いてやがったか)
 素早く抜いて始末したつもりだったが流石は探偵の観察眼といったところか。
目の前で開けざるを得なかった訳であるから仕方なかったとも言えたが。
 「却下。おメーに俺のプライベートを干渉する権利はねえぜ」
 「…確かにそうですね。ですから、勝手に僕が付いて行くだけですので気になさらない
で下さい」
 一瞬説得に応じるように頷いたかと思えば彼は次の瞬間には再びニッコリと笑ってそう
言った。
話がまた逆戻りした。
あまりのマイペースさに快斗は時折彼を苦手と感じるが今はそれに流されては居られない。
振り切るのは始めから簡単であったが、それをするのはより不自然さをアピールしている
ようでやらなかったのだ。
まして未だに快斗は今回の件に関し何時もの危険に対する勘が働かない。
それがここまでの彼の追跡をつい放っておいた原因でもあるが……。
やはりここはもうさり気なく播いてしまおう、快斗がそう結論付けた時、視界の端に全身
白尽くめの男を捉えた。
まだかなり遠くに居るが彼の目にはハッキリとその姿が見て取れる。
クラスメイトが告げた通り全身に白い服を纏いサングラスと顔の殆どを覆うマスクをして
おり、同じ場所を言ったり来たりしている姿は挙動不審を絵に描いたようだ。
白馬も自分の視線の先の人物にようやく気付いたらしい。
視線が通り過ぎていくのを感じる。
取り敢えず全ての思考を中断し、快斗はその男に近付いてみる事にした。
誰もが危ないものを感じているのか通行人は皆その男を避けるように遠巻きに歩いて行
く。
近付くごとにもっとよく分かる、太めの体に無理矢理着込んだ白の上下のスーツはお世辞
にも似合っているとは言えなかった。
それどころかあまりに場違いな様は滑稽でもあり、その上マスクにサングラスとくればそ
れはもう笑って済まされる問題ではなく立派な犯罪者予備軍に見える。
だが、犯罪者予備軍であって犯罪者ではない。
少なくとも快斗の目から見て彼は素人にしか見えない。
どうしたものか、そう思っていると先に相手の方が振り返った。
 「…ああ!!」
 くぐもった声はマスクのせいだろう。
どうも酷く驚いているようであるが表情は読み取れない。
快斗は黙ったまま立ち尽くした。
どう出るべきか、演技である可能性を捨て切れないでいると、その男はヨロヨロとこちら
へと近付いて来た。
白馬が快斗の隣に並んだ。
その横顔に緊張が浮かんでいる。
快斗は一瞬鬱陶しそうにそれを見遣ったがすぐに視線を元に戻した。
男はとうとう快斗の前に立つと大きく息をついた。
 「…く、…く、黒羽さんですね…?!」
 「…これくれたのってあんた?」
 快斗は答えず、しかしそれを肯定する言葉を質問で返した。
 「そ、そそそうです!!僕です!!受け取って下さったんですね〜?!」
 男は拳を握って悶えると地団駄踏む勢いで喜びを全身で現しておいてその後ゼイゼイ肩
で息をする。
この夏の盛り、スーツを着込んだ挙げ句顔を布やら何やらで隠していればそれは暑さで体
力を消耗するに決まっているだろう。
よく見ればスーツは汗でびっしょりだ。
 「その上わざわざ追い掛けて下さるなんて感激です〜〜!!」
 「わざわざっつうか……」
 快斗はそれ以上言葉にならなかった。
 「本当はカードに書いておいた例の場所で待っていようと思っていたんですが、あまり
に性急過ぎるのではと今になって悩んでいたんです。でもこんな所で御会い出来るなんて
僕は幸せだ〜」
 マスクを取って感激のあまりか鼻を盛大にかみ始めた男を快斗は今直ぐここから去りた
いような気分に陥りながら見ていた。
この怪しい男、なにしろ目立つ。
しかも変な意味で。
白馬など先程からただ目を丸くして固まっている。
彼にとっても予想外の展開だったのだろう、それは勿論快斗においても同じであるが。
だが例の場所と言うからにはやはりあのカードを書いたのはこの男という事になる。
快斗は思いきり眉根を寄せながら口を開いた。
 「…あのカード、どういうつもりだ?」
 白馬は放心しているようなので、それでも一応内容は伏せて尋ねれば男は途端露になっ
たふくよかで汗に塗れた頬をめいっぱい赤くして拳を握った。
 「あれは勿論僕の心からの気持ちです!先日のマジックショーで光輝いていたあなたを
見て僕は…僕は一目で恋に堕ちてしまった!今日のこの服装はあの日のあなたと同じ
!!<白き魔術師様 貴方のハートを頂きに聖なる木の元にてお待ち致します>!!
あのメッセージ、本気ですよ僕は〜〜!!!」
 いきなり大声での白昼堂々、しかも変態にしか見えない野郎からの告白に快斗の頭は瞬
間強制終了した。


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