He came here through the endless time. The encounter ・・・ of the miracle ・・・・
何度でも自分に挑んできたあの小さな名探偵がいなくなった。 今まで世話になった毛利探偵事務所に、今度行く地へは一緒に連れて行くからといって彼の母親が迎えに来たのだという。 それと同時に在籍していた小学校からも転校となり、彼「江戸川コナン」は日本から姿を消した。
彼がいなくなる直前にあったキッドの犯行。 そのときに彼はいつも通り自分を追いつめてくれた。 帰りの中継地点に立っていたのも彼だけ。 そこまでは前までとまったく同じこと。 ただひとつ違うのは、彼が浮かべていた笑みがいつものように不敵なものではなくどこか淋しげであったこと。 本人はそれを悟らせまいと必死にポーカーフェイスを作っていたようだが、キッドにはすぐにわかってしまった。 だから、何かあったのかとすぐに考えた。
それでもやり取りはいつもと変わらなくて。 そろそろパトカーのサイレンの音も近づいてきてたからついさっき奪った獲物を彼に放って翼を広げ飛びたとうとした。 足が地面から離れた瞬間に聞こえてきた小さな呟き。
「じゃあな」
とっさに振り向いたときには自分の体は宙に浮いていて、一瞬しか見ることが叶わなかった彼の顔は、装うことをやめてしまったかのように哀しげな思いを表に出していた。 引き返すことなんかできなくて、そのままどんどんと離れていく。
警察の追尾を振り切ったあとすぐに降り立ってキッドの衣装を解き、再びその場所へと急いでむかったけれど、当然のように彼の姿はどこにもなく、今度は離れていくサイレンの音だけが響いていた。 先ほどまで彼が立っていた場所に佇み自嘲する。
この姿で彼と会って、自分はなにをしたかったのか。 彼は「怪盗キッド」としての自分を知っていても、「黒羽快斗」としては面識がないのに。 そして同時になぜ自分がこんなに焦っているのかもわからなかった。 きっと彼がらしくなくあんな顔をしているからだと責任転嫁をしてみても、胸のもやもやは消えない。 彼が呟いた「じゃあな」の言葉が離れなかった。
「・・・ばかみてぇ」
どうしたんだ?なんでそんな哀しげな顔をしている? 近づいて顔を覗き込んで、心配そうに話しかける。 自分たちの関係はそんなことができるほど甘いものではなかった。
快斗は一度月が輝く夜空を仰ぎ見て溜息をつくと、帰路につくために屋上から去っていった。
そのときの彼の表情の意味がわかったのはそれから数日後だった。 知ったのは同じクラスの白馬の話から。 とても頭の切れる子供がいたのだが、両親に連れられて日本を離れてしまった、話もあいそうだったから喜んでいたのに、と残念そうに話しているのを聞いて快斗はそれが誰のことなのかを悟った。 その日の帰りにいつのまにか毛利探偵事務所まで足を運んでしまい、ずっと見ていたのだが、帰ってきたのは青子にそっくりな少女だけ。 小さな探偵が帰ってくることなく、気がついたらとっくに日が暮れていた。
その次の日に聞いた話はあの行方不明だった東の名探偵「工藤新一」が帰ってきたということ。 これはクラスの女子が騒いでいた。 今は怪我か病気かは知らないが、都内の病院に入院しているのだという。
それを聞いて、ああそうかと思った。
もとに、戻れたんだな・・・
自分は「江戸川コナン」=「工藤新一」の図式を知っている。 それについ最近、ひとつの大きな組織が崩壊の危機に陥ったということも情報で知っていた。
コナンが消えたときに、きっとそうなのかもしれないという思いはあった。 コナンが転校していったという話も作られた話。 新一が復活するためにはなくてはならないということ。
ならばあのじゃあな、は・・・・
「もう、来ないつもりか・・・」
薄々感じていたことを言葉にしてみると、それが重くのしかかってくる。 そう、きっと彼は自分の前には姿を現さないつもりだろう。
「やけに、切ねぇじゃん?」
胸を締め付ける思いに自然と苦笑いがこぼれおちる。 あのとき彼があんなに淋しげな顔をしていることを思い出し、彼も少しはそう思っていてくれたのだろうかという憶測だけが、唯一の慰めのような気がした。
きっとこんな思いは今だけだ。 時間が経つにつれて徐々に薄くなりいずれは消えるだろう。 出会う前に戻るだけだ。 自分も、彼も・・・・ 「そう、すべて消えてなくなる」
授業の話を聞き流しながら、快斗はずっと外の青い空を見つめていた。 その青が、あの名探偵の瞳と同じ色だったから、それが少しうれしいと感じた自分がまたおかしかった。
* * * *
「とかなんとか言っておきながら、矛盾してるよな〜俺」
学校帰り、いま自分が向かっている場所を思うと、自然に苦笑いがこぼれる。 徐々に見えてきた大豪邸の屋根。 そう、向かっている先はかの世界的推理小説家の工藤優作氏の本邸。 しかし現在住んでいるのは息子の新一ただひとり。 検査だけの入院だったらしく、彼はもう普通に学校に通っているのだという。
訪ねていってどうこうしようというつもりはまったくない。 ただその姿を、無事に元の姿に戻り、平和に元気に日常へと戻っていった彼の姿を、実際にこの目で確かめたかっただけだ。 今ごろはきっと、あの元気だけれどどこか儚げな幼馴染の少女と前と同じように仲良くやっているのだろうとは思ったのだが、もう一度最後にと足がひとりでに動き出した。
これは未練か? 浮かんできた考えにおかしくなる。 相手はキッドの現場でしか顔を合わせたことのない名探偵、付き合っていた女でもあるまいしとすぐさま否定してみるが、その言い訳がましい言葉がなぜか虚しかった。
まぁいい、これで本当に最後だから。 遠くから眺めて姿を確認して、またそこから一歩を踏み出せればいい。 どうせ声をかけたところで、彼に自分はわからないから。 わからないままに、俺たちの関係は―――――終わる。
なんとなく重くなった足取りで工藤邸の正面玄関のほうまでやってきた快斗は、ふとその工藤邸の前に倒れている黒い影を見つけた。 工藤邸に入ろうとして途中で力尽きたという感じで人が倒れていたのだ。 その人物がそこにそうしているということは、きっとまだ新一は帰ってきていないのだろう。
無視するわけにもいかず、仕方なしに快斗はその人物へと近づき、うつぶせに倒れているその人を抱き起こした。
「おいあんた、どうしたん・・・」
覗き見たその人物の顔を見た快斗は絶句する。 その状態のまま動くことができなくなり、まじまじとその人物の顔を見つめてしまった。 快斗が見たその顔は・・・
「工藤、新一・・・?」
そう、今快斗が訪ねていこうとした名探偵、この大きな屋敷の現在の住人。 似ている、というのではない。 あの稀有なる蒼い瞳は、瞼の裏に隠されてしまっているが、快斗はこの人物が工藤新一であると確信する。 しかし、疑問な点がひとつ、あった。
「こいつ、確か俺と同い年だったはずだよな?」
工藤新一は黒羽快斗と同じ、高校3年生だったはず。 だが目の前にいる青年は、もっと大人びているように見えた。
どういう、ことだろうか?
不思議に思った快斗だったが、このままここにいてもしょうがないと思い直し、一旦場所を変えるためにその青年を抱き上げた。 自分とそんなに変わらないように見えるのに妙に軽いその体に一瞬眉を寄せたが、近くの公園まで歩きベンチに寝かせると、唯一の協力者に迎えを頼んだ。 家には母がいる、連れて行くわけにはいかない。 快斗は30分ほどしてやってきた寺井の車に彼ごと乗り込み、行き先として自分の隠れ家に使っているマンションを指定した。 もし彼が本当に工藤新一だったとしても、自分の隠れ家はたくさんあるから問題ないと言い訳しながら。
脇のイスに腰掛けてベットに横たわっている青年の顔を快斗はなにも言わずにただじっと見つめていた。
彼をここへと運び込んでからすでに数時間経ち、すでに外は闇に包まれている。 寺井はしばらくここにいて一緒に面倒をみてくれていたのだが、一向に目覚める気配がなかったため、ふたり分の食事を用意してから先に帰っていった。
改めてこうやって見ていると、顔色が悪く、ひどく疲労していることがわかる。 その表情はなぜかわからないがどこか辛そうに歪められていた。
彼は間違いなく工藤新一だ。 そう確信できたのは、薄汚れていた服を快斗のものへ着替えさせているときに見た腹の傷。 大分薄くなってはいたが、引き攣ったようなその痕は銃によるものだ。 そこは確かコナンであったときに彼が撃たれた場所。
『江戸川コナン』については、その行動を逐一チェックしていた。 それがただのライバルのことを知りたいからと理由だけではないのかもしれないということはあのころは考えもしなかった。 とにかく自分にとって危険になるかもしれない人物を調べるという名目でかなり細かいところまで調べたものだ。 だからコナンが撃たれたことも、その後一時的にもとの姿に戻っていたことも知っていた。 あの学園祭には実際に青子に連れられて行っていたし。
「ん・・」
快斗が考えをめぐらしていたとき、かすかな吐息が聞こえた。 とっさにそちらへ視線を向けると、瞼がわずかに震えている。 イスから立ち上がり、覗き込むように彼の顔に自分の顔を近づけて覚醒を待つ。 そこから現れるあの蒼い瞳が自分を映してくれるのを期待しながら。
やがて薄っすらと開かれた瞳が期待通りに自分を映し出してくれたとき、言い知れぬ喜びが心の中に湧き出た。 だがその瞳はすぐに何かを捜すかのようにきょろきょろと空を彷徨う。
「気がついたか?」 「・・・ここ、は?」
覗き込んだ快斗を再びとらえて、問いかけてきた。 快斗の顔を見ても焦ることもない。 快斗のことがわからないようだ。 それはわかっていたことだが、やはり少し淋しかった。
「ここは俺の家。道歩いてたらあんた倒れてたからさ、連れてきたんだ」
そんな心中を悟られまいと、努めて明るく快斗は応えた。
「あんたなんで倒れてたんだ?なんだかすごく疲れてるみたいだけど」 「俺・・倒れてた・・?なんで・・?」
突然彼は顔を歪めて頭を抱えた。 驚いた快斗はベットへと腰かけると、崩れ落ちそうになっている彼を支えた。
「頭が、ワレル・・・わからない・・俺は・・おれ、は・・・」 「わからないって・・名前は?」
快斗の質問にも頭を抱えたまま首を横に振るだけだ。 もしかして、という考えが快斗の中で生まれる。
なにもわからないという彼。 自分の名前でさえも。
快斗のなかで、ひとつの甘美な思いが浮かんだ。 だめだ、という自分もいたけれど、それは大した力を持たなかった。
頭を抱えて震える青年の腕を掴み、そっとはずさせる。 そして正面から柔らかい眼差しで見つめた。
「無理に思い出そうとしなくていいよ。時間をかけてゆっくり、思い出していけばいい。きっとある日突然、ていうことがあるさ」 「・・でも」 「行き場がないなら、ってあってもわからないか。とにかく、ここを使ってもいいからさ。俺別に家があってここは時々しか使ってないから、あんまりものはないけど、生活するには困らないと思うし」
そうしなよ、ね?
人懐こい笑顔でそう提案する快斗を、青年はしばらく黙って見つめていた。
「お前、もしかしてお坊ちゃんか?」 「実はそうなんだ〜♪親のすねかじりってやつ?」 「親不孝者だな。かなり遊んでるんだろ」
おどける快斗を見て、ようやく彼が微笑んだ。 そのことに少し胸をなでおろす。
「失礼だな!俺は一途なんだぜ?」 「そうか?」
絶対嘘だろうと疑いの眼差しで見てくる彼に、自分はそんなに軽そうに見えるのかと本気で心配になったりした。 う〜んと唸る快斗に、新一はくすりと笑う。
「さっきの話だけど、本当にここにいていいのか?正直、その、なにも覚えてねぇから行く場所がねぇんだ」 「いいって言ったでしょ?ゆっくりしてってよ。必要なものは言ってくれれば俺が用意するからさ」
あくまで明るい快斗に、彼はほっとしたように微笑んだ。
「でも、名前がないと不便だなぁ〜」 「わりぃ・・」 「あ、そんな意味じゃないよ。いつまでもあんたって言うわけにもいかないし・・・ねぇ、俺がつけてもいい?」 「お前が?・・・変な名前じゃねぇだろうな」
そんなんじゃないよ、と快斗は苦笑する。
「さっき浮かんだんだけどさ、『しん』ってどう?真実の真って書くんだ」 「真・・・いいな」 「ホント?じゃあ今から真ね」
真実を追い求める彼にあうなと思いついた名前。 本当は本名を知っているけれど、あえてついた嘘。 今だけは、どうか見抜かないで。
「お前は?」 「え?」
名前、と口を動かした青年、真に快斗はああと頷いた。
「俺は黒羽快斗っていうんだ。黒い羽に快晴の快、北斗七星の斗」 「黒羽、か」 「そう、よろしくね」
そう言って差し出した手に、躊躇いもなく白い手が重なる。
「それはこっちのセリフだろ?迷惑かけると思うけど、よろしく頼むよ」 「もちろん」
快斗は放した手を真の肩へと移動させた。 なんだ?と真は目で問いかけてくる。
「まだ顔色が悪いよ。もう少し休んでればいい。俺、家に連絡してくる」 「連絡?」 「そう。今日はこっちに泊まる。今真をひとりにしておくの不安だからさ」 「本当に、わりぃな」
申し訳なさそうに苦笑いする真に少し罪悪感がわく。 それを振り払うかのように快斗は肩を押してそっとベットへと寝かせた。 逆らうことなく真は横になる。
「俺が提案したことなんだから、気にしないでよ」 ね?
それに頷いて真は瞳を閉じた。 それを確認して快斗は部屋を出ようと立ち上がった。
「俺、お前のこと知っている気がする」
そんな快斗の背にかけられた言葉にもう一度振り向いた。 真は目は閉じたまま、口元に笑みを浮かべている。
「なんだかさ、落ち着くっていうのかな・・・気が楽になるんだ。なぜだろう、な・・・」
そのあとにすぐ寝息が聞こえてくる。 本当に疲れていたらしい。 真が言ったことには少し驚いたのだが、先ほどとは違って穏やかになった寝顔に微笑んで、快斗は部屋をあとにした。
リビングで無造作に床に置いてある電話の受話器をとり、番号を打ちこんでいく。 かける先は真に言った家ではなく、とある家。
『はい、工藤です』
出た相手に思わず息を呑んだ。 それは当然のことなのかもしれない。 相手はあの工藤新一本人なのだから。
『・・・もしもし?』
受話器から聞こえてくる声が不機嫌になった。 きっと出たのはいいがまったく応答のない電話にいたずらだとでも思ったのだろう。
「あ、ごめんなさい、間違えてしまいました」
女性の声色で少し焦ったかのようにそう応えた。 しばらくの沈黙のあと、相手工藤新一はそうですかといって電話を切った。
わずかに震える手で、受話器を置いた。 もしかしてと考えていたありえないはずの可能性が現実として目の前にあった。
自分よりも大人びていた真。 でも彼は間違いなく『工藤新一』本人で。 そして、今電話に出た相手も、『工藤新一』本人だ。
そんなバカなと思ってみてもこれは現実だ。 ほっぺを抓ってみたって痛いだけ。 部屋をもう一度のぞいてみても、間違いなく彼はそこに存在していた。
快斗は再びベットへと近づいて寝ている真の前髪をそっとかきあげた。 それに少し身じろぎしたが、深い眠りに入っているようで起きることはなかった。
彼が何者でもいい。 確かに『工藤新一』で、今は自分のそばにいるから。 自分はもう、言い訳をつけて気持ちを誤魔化したり、逃げたりなんかしない。
「好きだよ、『新一』・・・・・」
本人には告げられない名前を呟いて、快斗はそっとキスをした。
* * * *
「ずいぶんとおもしろい人がそばにいるのね」 「いきなり、なんのことだよ」
翌朝教室へと入ってきた快斗を見て、紅子が屋上へ来るように言った。 乗り気ではなかったが、仕方なしにあとについていく。 誰もいない朝の屋上で、紅い魔女と正面から向き合う。 出た言葉とは裏腹に、彼女の表情は険しいものであった。 なぜ彼女が話しかけてきたのか、予想していたことだったがそれに気づかないふりをして快斗はあくまでとぼける。
「わかっているのでしょう?彼は・・」 「だったらなんだよ。おめぇには関係ないことだ」
一向に自分の方を見ようともしない快斗に、紅子は苛立つ。 無理やり自分の方をむかせようと肩に置いた手は、素っ気なく払われてしまった。
「彼はこの時代の人間じゃないのよ?!昨日次元に歪みが生じていた。きっとそこから迷い込んできてしまったのよ。もし彼がこちらの時代の自分に会ってしまったら、なにが起きるかわからない」 「だったら会わせないようにするだけだ」 「黒羽君!」 「俺はもう、自分の心を偽らない。逃げたりしない」
話は終わっただろう?
そう言い残して、快斗は紅子をその場に残して踵を返した。 その背を、紅子は複雑な顔をして見送るだけだ。
「本物の、この時代の光の魔人に対することがなければ、その思いは幻よ。逃げないと言いながら、その実あなたは逃げているのよ。それを、本当はわかっているのでしょう?」
紡がれた紅子の言葉は、すでにこの場にいない者に届くことはなく、風に吹かれて青い空へと消えていったのだった。
その日、一日中紅子は快斗を見つめていたが、快斗は気にする風もなく、いつも通り過ごしていた。 授業中は居眠りをして担任に怒られ、それでも指定された問題はいとも簡単に解いてそのうるさい口を黙らせた。 休み時間になると級友たちとバカ騒ぎをする。 違うところ、といえばホームルームが終わった瞬間にものすごい勢いで教室を飛び出していったこと。 その理由を知るものは、紅子以外にはいなかった。
「ただいま!」 「ああ、おかえり」
全速で走って帰ってきた快斗が飛び込んだところは、母がいる本来の自宅ではなく隠れ家のひとつのマンション、真がいる場所だった。 勢いよくドアをあけた快斗に、真はソファに腰かけたまま笑顔を向けた。 その膝の上にはきっと好きだろうからと快斗が用意しておいた小説がページを開いた状態で置かれている。 本が好きなのはいかにも彼らしいと思う。 彼の笑顔を見て快斗はようやく安心して息をつくことができた。
自分が目を離している間に、彼がいなくなったらどうしよう。 普段どおりに振舞っているその心の内でそのことがひどく不安だった。
だがこうして帰ってきた自分を迎えてくれる真に、それらは一瞬で吹き飛んでしまう。 「おかえり」の声がひどく心に暖かく響いた。
扉のところに立ち尽くしたまま柔らかく微笑んでいる快斗に、真は首をかしげた。
「黒羽?どうしたんだ?」 「え、あ、なんでもないよ」 「そうか?じゃあ着替えてこいよ。俺コーヒーでもいれておく。っていいよな?」 「うん。勝手に使っちゃって。今ここは真の家だからさ」
そうか、と言って真は立ち上がり、カウンターキッチンへと移動した。 その際にしっかりと読みかけの本に栞を挟むことを忘れずに。 それを確認してから、快斗は自分の部屋に入っていった。
昨日はずっと横になっていたからわからなかったのだが、今朝起きてきた真を見たときに、身長が自分よりも少しだけ高いことに驚いてしまった。 抱えあげたときにはあんなに軽かったというのに。 それは仕方のないことだとわかっている。 彼はおそらく、今現在よりも未来から来た人なのだから。 それでも少し悔しかったりする。
「なぁ真、外に出たいか?」
煎れてくれたコーヒーに口をつけながら、再び小説を読み始めた真にさりげなく聞いてみる。
「う〜ん、今はあんまりわからないから正直外に出るのは怖い気がする」 「そっか・・」
真の返答に安心した。 もし彼が蘭ちゃんや他の知り合いに会ってしまったら・・・いや、それぐらいならまだ誤魔化せるがもしもうひとりの『工藤新一』に会ってしまったら・・・ なにが起こるかわからないとあの紅魔女も言っていた。
「もし出かけたくなったら言ってよ。俺が連れて行ってやるからさ」
真ひとりだと心配で・・・
「むっ。お前の方が年下のくせに」 「そんなこと言って、真自分の年も忘れてるじゃないか」 「明らかに俺の方が年上だろ」
むきになって言い合いをする。 こんなやり取りも、快斗にとってはうれしいことだ。 そして、ますます離したくないという思いが強くなるのだった。
to be continued.
02/04/24 to the second volume |